備えあれば……
交渉を制した俺は意気揚々と冒険者ギルドへ歩を進めている。
結局、戦利品は魔導スーツにマジックバッグ、それとワゴンセールだった剣を一本だ。
こちらの持ち出しは金貨5枚とシャツとパンツ。思い出の品だったが後悔は無い。
実際の所、本当に得な取引だったかは何とも言えない。俺は金貨の価値すらわかってないんだから。
でも、帰り掛けのセバスのゲッソリした顔を見る限りは良い仕事はできたのではないかと確信している。
しかし、誤算もあった。
室内では地味に見えた濃灰色のツナギだが、金属の糸を使っているせいか、日光に当たるとキラキラ光る。
なんか、珍しさも相俟って、勘違い野郎が新しいファッションの風を吹かせようとしているみたいにも見える。少し汚れたらマシになるかなと思ったが、この世界には【清浄】がある事に気づいた……。
あとは、マジックバッグはやはりファンタジー性能だ。
何種類かあるらしいが、大きく分けると
・体積は無視できるが、重さは変わらない物(軽くて嵩張る物に向いている)
・大量に入り、重さも軽減される物
・大量に入り、重さも軽減され、時間も遅延される物
以上の三種類になる。
”大量”という部分と”軽減”という部分は良い品ほど、文字通り沢山入り軽くなる。
俺の買うことのできたのは、真ん中のランクの物で2㎥くらいの容量、軽減は90%だ。ギリギリいっぱいまで水だけを入れたら、恐らく持ち上がらないだろう。それでも金貨五枚もした。
時間の遅延まで付いている物は値段がつけられないらしい。
マジックバッグを作るのには、
《空間魔術》《重力魔術》《時魔術》《錬金術師》などの術士が必要だが、特に時魔術を使えるのが、他国に一人いるだけだとか。噂では、霧の民だと云われているようだ。
そういうわけで時間の遅延が付いている物は国宝扱いになり金を幾ら積んでも買えない。
アイスクリームで幼女を手懐けるテンプレは阻止されたわけだ……無念。
ワゴンセールの剣はちょっとした実験をしようとしている。その為に今はギルドへ行きがてら、人目が少ない路地裏を探している。
『ウェヌス、結局、金貨一枚で日本円にすると幾らになるんだ?』
『いくらと言われても基準になる商品が無いと答えられないですよ。この世界にビッグマックがあれば分かり易いんですが』
ビッグマック指数ってやつか。
『日本に比べて、この世界は人件費、もっと言えば人の値段が安い代わりに、日本では機械による大量生産されているの物がここでは高いです。布や鍋、陶器等ですか』
ふむふむ……
『ですので、例えばソープランドと平均的な娼館の――』
「ちょっと待てやッ!」
大声を出してしまったが路地裏に到着していたのでギリギリセーフだ……。
『なんでいつもそういう方向へもっていくんだ?なんか俺がそういうの大好きだって勘違いしてないか?』
『人の値段という意味では象徴的で分かり易いと思っただけですが?』
『ホントかよ……じゃあいいや、さっき屋台で売ってた林檎みたいなやつを基準にしてくれ』
『だとすると、金貨一枚で三十万円くらいですね』
『うそだろ……俺、いつの間にか追剥の最優先人物になってんじゃん……』
『身を守るはずの防具を守らなくてはならなくなりましたね』
くそ……エアマックス狩りされる前に実験を終えなくては。
俺は、バッグから棒を取り出した。
『何を始めるんです?』
『棒の強化かな?武器にまで金が回らなかったからさ。とりあえずはこの棒の構成している物質の中から強度を下げている原因を取り除く』
そう言ってから俺は棒に魔力を纏わせた……内部に気泡がある。しかも、結合を阻害している物も感じる。それに、水分も中の方は抜けきってないな……改めて見るとダメダメだ。
俺は棒の端の方から、扱く様に手を動かしながら内部から不純物を取り出していく……。俺が手で擦る度に細かな粉が棒から落ちていく――
――気づいたら、学校の鉄棒位の太さがあった棒が親指位の太さになった。
『硬度が上がったのは分かりますが、いかんせん細すぎませんか?』
『これで終わりじゃないからいいんだよ』
俺はバッグから鈍らを取り出すと、また集中する。
先ずは、剣の根元を切断したい……鉄の結合を緩める感じで……。
『鉄って思った以上に結合がしっかりしてるんだな。めちゃ大変だ』
『なぜ、土や岩と同じだと思ったのか聞いてもいいですか?』
ウェヌスがゴチャゴチャ言ってるが気にしない。ゆっくりと確実に結合を緩めていく。
二分ほど掛けて根元から切断した。後はこの刃を柔らかくするイメージだ……。ゆっくり……確実に……。
最後に棒にコーティングするように纏わせていく。これは、柔らかくなった物を伸ばすイメージだから難しくないな。飴細工みたいなもんだ。
最初の棒の中をスキャンするように調べたのは土魔術、その他は錬金術の【分離】と【融合】だ。
やはり、地球の知識と錬金術のスキルは相性がいい。恐らく、この世界の人とは違うイメージができるのだろう。時間さえあれば、大抵はなんとかなりそうだ。
戦闘には応用するのは難しいだろうな。時間が掛かりすぎる。
『ウェヌスできたぞ』
『棒状の岩に鉄のコーティングですか。衝撃で中身が折れそうですが』
『いや、純粋なコーティングではなく、融合を使っているから外側は一体化してるぞ。それに見てくれ、この表面の加工を』
『雪平鍋みたいですね』
『鍋ゆーな』
握りやすいように工夫したんだよ。
『職人として生きていく道もありそうですね、調理器具職人とか』
『それだと、転生じゃなくて、ただの転職だな』
そんな事を話しているとギルドが見えてきた。
俺は職人じゃない、ちゃんと冒険者になるんだ……。
最後までお読み頂きありがとうございました。
前回、ギルドに行くと言っていましたが行きませんでした。
すみません。