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初めての街


 ――ゴーンゴーンゴーン


 突然の轟音に俺はベッドから転げ落ちた。

 一瞬、自分がどこにいるか分からなくなったが、すぐに思い起こし体制を整える。

 

「一体なんだってんだ……」


 次の瞬間、見計らったように部屋のドアがノックされた。


「リンドウさん大丈夫ですか? 大きな音がしましたが」


 大きな音とは俺が落ちた時のものだろうか? もっとデカイ音がその前に鳴ったと思うんだが。


「いえ、平気です。ちょっと大きな音が鳴ったので驚いただけですので」


 そう言うと助祭のサラさんが笑顔でドアを開けた。


「ああ、そう言えば言い忘れていましたね。神殿では6時と12時と18時に屋上にある鐘を鳴らすのですよ」

「屋上というと……」

「はい、この部屋の真上ですね」


 ……冒険者として早く生計を立てなくてはならない理由がまた一つ増えた。


 

 朝食は大食堂に行けば食べる事ができるとの事なので案内して貰う事にする。


「リンドウさんは本日の予定などは決まってますか?」

「ええ、冒険者の登録と装備品を見に行きたいですね。まぁ後は情報収集ですか」

「何か知りたい情報でも?」

「棒術の稽古を受けたいので、そのつてを得たいですね」


 この世界では、モンスターをただ倒すだけではLvは上がってもスキルは上がりにくい。もっとも効率的な上達方法は上位者に教えを乞う事だ。

 ゲーム好きからすると、早くLvを上げたい欲求も確かにある。しかし、現実では命は一つしかないわけで安全地帯での準備は万端にしてから先へ進みたい。


「棒術ですか、冒険者にしては珍しいですね」


 そうなんだよなぁ、贅沢が言える立場ではないが、棒術は冒険者と相性が悪い。 棒術はあくまでも護身術や逮捕術のような扱いになる。

 相手を殺さずに制圧する、特に剣術との相性はよく《剣術殺し》の異名を持つのが棒術だ。

 しかし、モンスター相手だとその評価は一変する。人型ならまだ優位性があるが、それ以外とはすこぶる相性が悪い。


「そうなんですよね、分かってはいるんですがギフトの関係で……」

「あら、武術系ギフトなんて凄いじゃないですか。そう言えば、神殿騎士の方は棒術を修めている事が多いですよ」


 なるほど、神殿騎士なら人間相手の場合、不殺をつらぬく必要があるのかもしれないな。


「良い事を聞かせて貰えました、ありがとうございます」

「いえ、お役に立てたなら幸いです」


 そうして、大食堂に着いた俺は朝食を食べた後、自室に戻り身支度を整える。


「あ、そういえば【清浄】を早く習得したいな……神殿には風呂はなさそうだし」

『誰かに【清浄】を使って貰って、その時に相手に触っていれば魔力の操作が分かりやすいですよ』


 独語のつもりだったが、ウェヌスが律儀に教えてくれた。


『スキルを自分の為に使ってもらう場合の対価ってどんな感じなんだ?』

『使って貰うスキルにもよりますし、相手との関係にもよりますよ』

『そりゃそうだな』


 冒険者ギルドに行く為に一階に下りるとソフィアさんがいたので挨拶を交わした後、少し質問させて貰う。


「ソフィアさん、【清浄】を使って貰う場合の対価ってどの程度お支払いすればいいのでしょうか?」


「あら、そう言えばリンドウさんはLv1でしたね。それなら昨日はそのまま就寝なさったのね。気が利かなくてごめんなさいね」


「いえ、気になさらないで下さい。それでですね、早く光魔術のLvを上げたいと思っていまして、何方どなたかに【清浄】をかけて頂いて、魔力操作のコツを見られればと思ったんですよ」


「あら、独力で【清浄】を覚えられるおつもりですね。そうですね、自分に浄化を毎夜使用していれば自然にある程度の年齢になればLv2にはなりますが、それでは時間を要しますしね」


「はい、できるだけ早く習得したいと考えているので」


「では、私で宜しければ協力しますよ。一般的にこの魔術は相当に苦手な人以外は殆どの住民が使えますし、例外は子供に親が使うくらいでしょうか。ですから、対価とかは気になさらずともいいと思いますよ」


 なるほど、親が自分の子供にかけるのか……そう言われると少し気恥ずかしいな。


 そうして、ソフィアさんに【清浄】をかけて貰いつつ魔力の流れを把握した。あとは、時間があるときに操作を思い出しながら試行錯誤していれば光魔術のLvは上がるだろう。


「ソフィアさん、神殿騎士の方に個人的なお願いをしたい場合、どうしたらいいでしょうか」

「個人的なお願いなら、冒険者ギルドを通しての依頼がいいのではないでしょうか。私から声を掛けても構わないのですけど、そうすると無償になる可能性が高いので。リンドウさんもそれだと心苦しいでしょう?」

「そうですね。できれば対価があったほうが気兼ねなくお願いできます。それにしても神殿騎士なのに冒険者登録しているんですか?」


 随分と俗っぽい神殿騎士だな。


「ええ、神殿騎士の主な任務はアンデッドの討伐です。ですから、冒険者の方たちと協力して事に当たる時の為に登録してあるんですよ」


 光神教のアンデッド嫌いの原因はおそらく《システム》の影響だろうな。魂の循環が乱れる云々言ってたし、『アンデッド殺すべし』とか神託してるんだろう。


「では今日はこれから冒険者ギルドに登録しに行くつもりなので、その時に依頼を出そうと思います」


 それからソフィアさんに礼を言って神殿の外に出る。棒はそのまま持ち歩くのは、少し問題があるので、布を分けて貰って巻いてある。ポケットには折りたたんだ羊皮紙、準備は万端だ。


 街をゆっくり歩くのは初めてだな。神殿までは馬車だったから外の様子もよく分からなかったし。改めて観察すると、何かが足りない事に気づく……そうだ! 獣人がいないんだ。


『ウェヌス、獣人はいないのか?』

『ハールラには少ないですね。南の《連合国家ナッツァ》には割りといますけどね』


 そうか、いるならいいんだ。ナッツァか……いつか行きたいな。


 朝6時に鐘によって強制的に起こされたので、今はまだ7時過ぎくらいか。

 ある程度、広い通りに出ると、そこかしこで朝市のような出店が出ていて活気がある。やはり、道行く人の髪の色は多彩だ。地球では滅多にお目にかかれない燃えるような赤や鮮やかな緑など、どこかのバンドマンかと思わせるが、雰囲気に自然に溶け込んでいるせいか違和感が無い。


『こういう光景を見ると異世界を実感するよな』

『これでもハールラは、この大陸では最も地球に近いと思ったから最初の転移先に選んだんですけどね』


 そんな会話をしながら目的地へ近づいていく。途中、肉まんのような物を買い食いしつつ道を聞きながら進んだので、幸い迷子にはならずに済んだ。


 「いらっしゃいませお客様」


 そうして着いたのが、この街で一番の総合商店〈フルブライト商会〉だ。


『装備を先にしたんですね』

『ああ、装備が無いのを理由に冒険者になろうとして絡まれるパターンを思い出したんだ』


 俺の身長は185センチある。街の人と比べても平均よりは大分高いだろう。年齢もレントンから見て、年上に見られるくらいだから二十歳は超えているように見えると思う。そうなると、冒険者ギルドのテンプレである『ガキの来るところじゃねー』は回避できているだろう。

 あとは、『そんななりでモンスターと戦うたぁ冒険者舐めてんのか!』パターンの可能性を潰しておく。


「本日はどのような物をお探しでしょうか?」


 非常に物腰が柔らかく丁寧な接客だ。この店を選んでよかった。


 確かに、ドワーフの頑固親父の店にも憧れはある(この街にあるのかどうかは別として)。

 しかし、俺には難易度が高すぎる。勇者体質の奴なら、才能を見抜かれて妙に仲良くなったりできそうだが、俺にはそういうのは無い。

 それに、俺自身が偉そうに接客する奴が大嫌いだ。そういう処は前世の社会人経験がしっかりと影響している。


「はい、今日は全身防具と荷物を入れるバッグを見に来ました」

「なるほど、畏まりました」


 そう言うと店員は不快にならない程度に俺の全身をチラッと確認して奥へと促した。

 これ絶対、今の一瞬で格付け終了してるな、この店員相当できる奴だ。


「防具と言いましても、様々な種類がございます。何か形状や素材にご希望はございますか?」

「あまり、仰々しい物は好きではないです。様式より実践的で合理的な物を好みます。あとは、動きが阻害される物は困りますので全身金属の物は除外して下さい」


 隊列を組んで、突撃する予定はないので板金鎧は必要ない。


「そうなりますと、革製もしくは金属繊維や植物繊維が御座いますね」


 そう言って幾つかの商品を見せてくれる。


「これは何の革ですか?」

「こちらは森に生息する〈一角牛〉の革になります。単純に二枚張り合わせたものと、間に薄い金属を挟み込んだものと御座います」


 どれも、中々いいんだけど、これといって決め手に欠けるな……。それと、もうちょっと奥の方にあるやつがさっきから気になってるんだよな。


「もう少し、お値段が張るものもご覧になりますか?」


 そう言って、俺がチラチラ見ていた商品の方へさりげなく誘導してくれる店員、やはりこいつはできる。


 その商品は分かりやすく言うとツナギだった。首元は顎下ギリギリまでのハイネックになっていて、袖は親指を通す穴が別途ある。手の甲も隠れる仕様だろう。アンクル丈でかなり絞り込んであるからブーツとの相性も良さそうだ。


「触ってみてもいいですか?」

「はい、是非お手に取ってご覧下さい」


 触った感じは意外とゴワゴワしていた。しかし、肌に触れる側はサラサラとしていて着心地は良さそうだ。弾力があり、多少の伸縮性もある。釣り糸のような透明な糸と金属のような銀色の糸、そして動物の毛を撚ったような繊維が組み合わせて織られていて、遠目からみると暗い灰色に見える。


「これはどういった物なのですか?」 

「こちらは最近、フューゲルから輸入した商品でして、あちらでは魔導スーツなどと呼ばれているそうですね。三種類の糸を使用しているのですが、どれも非常に強度があり、魔力の伝わりが良いものを選んでいます。そして、金属糸には魔石を混ぜ込んで〈形状記憶〉や〈体温調整〉を付加しております」


 素晴らしい性能じゃないか。でも、お高いんでしょう?


「しかし、欠点もありまして……」

「どのような?」

「はい、こちらのスーツを見て頂くと分かるように、前身頃まえみごろが縦に裂けておりまして、ここから体を入れて着ていただくのですが、ボタンがございませんでしょう?」


 確かにジッパーやボタンが必要な場所には何も無い。


「ボタンを使うと、隙間ができるという事で開発者が嫌がったそうで……その為、開け閉めには魔術が必要になります」


 なんと、着脱するだけでも魔術が必要なのか……それは人を選ぶな。


「さらに、形状記憶や体温調整も付加されているとは言え、結局は着用者の魔力を使うわけでして、ギフトとまでは言いませんが、かなりの魔術の素養が要求されます」


 魔術の素養か……俺も土魔術のギフトがあるけど、まだLv2だしな、どうなんだろ。


「魔術の素養が無い人が着るとどうなるのですか?性能が発揮できないのはわかりますが」

「そうですね、常時魔力を微量ながら吸われ続ける事になりますので、その感覚が耐えられないそうです」


 魔術スキルを習得しづらい人というのは大気中の魔素を自分の魔力に変換する力が弱いか、魔力を魔術という形に整形するのが苦手な人の二種類がいる。前者は着ているだけで不快だろう。後者は機能を上手く使いこなせないという事か。


「この防具を着用しつつ、別の魔術を行使するともなると相当な器用さが要求されるかと……」


 なるほど、確かに需要と供給がマッチしてない装備だと思う。魔術が得意なら後衛になるだろうから、そこまでの防御力は要求しない。反対に前衛になる人にとっては単純な防御力では金属鎧には劣るし、魔力も必要ともなれば選ぶ理由が無い。

 しかし……


「こちらはお幾らですか?」

「金貨十枚になります」


 金貨で五枚ほど足りないな……、そもそも金貨の価値がよくわからんし、ちょっと貯めれば買えるような物なのか。


「ちなみに先程見せてもらった革の防具はセットでお幾らですか?」

「金属を挟んで無いもので、銀貨五枚ですね」


 う~んおそらくこの魔導スーツがかなり高額なんだろうな。……諦めるか。


『リンドウ、これは貴方の人生ですよ。他の誰でも無い貴方が選択して作り上げていくんです。思った通り生きたらいいんですよ』

『何だよ急に』

『別に独り言ですよ』


 独り言って、リンドウって言ってたじゃん。

 でも、そうか……どういう結果になっても俺一人だ。好きにやってみるか!


「店員さん、お名前を伺っても?」

「私ですか? セバスと申します」


 やはりセバスだったか、俺もセバスじゃないかなと思っていたんだよ。


「それでセバスさん、物は相談なんですが、ここに未知の製法で作られたシャツとパンツがありまして――」


 そうして俺は交渉術Lv2を武器に戦いを開始した。


最後までお読み頂きありがとうございます。


次回はちゃんとギルドに行きます。

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