権力者との対話(後)
「何を呆けた顔をしておるのじゃ、認めると言っておる」
「……何故でしょうか?」
前フリからの流れではギルティーに一直線だったはずなのに……。
某名人の名言『助からないと思っても助かっている』をリアルに実感する日が来るとは思わなかった。
「何故か……この世界も者は皆知っている事じゃが、『霧の民』には二つの面がある。一つは不幸な被害者、もう一つは『進化をもたらす者』じゃ」
進化?
「今から、200年前、突如現れた男がモンスターが跋扈していた大陸の西を驚異的な速さで開拓し、国を立ち上げた」
あれ? そういうのどっかで聞いたことあるんだけど……
「今から、100年前、これまた突如現れた女が、それまでに無い魔石の活用法を開発して大陸中に広めた」
それ、勇者なんじゃないか?
「その二人以外にも、時折、前触れなく現れる人々が我々に新しい知識、技術をもたらす事によって、この世界はその度に進化を続けてきた。もうわかるじゃろう、それこそが霧の民。だからこそ、我々は手厚く持て成すのじゃ」
え? 俺、勇者を断っておいて勇者を詐称したのか?
『ウェヌス、霧の民は勇者なのか?』
『違いますよ、エルフから知識と技術を授かった人達です』
なに? じゃあエルフって人攫いしてるのかよ……。善なる者とか言ってたじゃねーか。
「リンドウ殿、正直に言って唯の記憶のない者には我々は施すことはできない。しかし、その者が『進化をもたらす者』なら話は別じゃ。そして、お主は後者だと儂が認定したのじゃ」
「……失礼ですが、その根拠は何でしょうか?」
「そうさの、まず一つ目はその衣服じゃな。詳しく調べてみんとわからんが、まず既存の技術で作られたものではないのう」
そう言えば、この服メイドインウェヌスだったな……。
「ソフィア」
「はい」
ソフィアさんは返事をすると、俺に近づいて……って近すぎッ
「このシャツの織りの目の細かさは、ハールラの紡績技術では未だ再現不可能ですね。ボタンの精度も凄い……」
そう言いながら服越しに俺を弄るソフィアさん……ちょっと大胆過ぎませんかね?
「パンツの立体裁断も非常に参考になります。それになんと言ってもこの下着……」
そう言ったかと思うと、いつの間にか前のボタンを全て外していたソフィアさんはシャツを豪快に広げて中に着ているエ○リズムを手にとって凝視している。
「あり得ない……繊維の細さが綿糸の十分の一、いえ百分の一以下の細さです。それを寸分違わず編上げて、しかもこの強度……ん?微かに魔力の残滓がある。これはモンスターの素材を使っているの――」
完全に自分の世界に入っている……俺はどうしたらいいんだ。
「リンドウ殿、ソフィアはそうなったら暫くはどうにもならん、我慢してくれ。こちらは話を続けよう」
ええ? 俺、このまま弄られながら、真面目な話するのかよ。どんなプレイだよ。
「バリー」
代官がそう呼ぶとバリーが扉を開けて入ってきた。
「そちらは何かわかったかの?」
「はい、この棒を土魔術のスキル保持者に見せました処、『同じ物を作れと言われても、とてもこの強度は出せない』との事です。術者のスキルLvは3です」
「ふむ……なるほどな」
報告を聞き終わると、代官は俺に向き直り
「この棒を作成したのはリンドウ殿じゃな?」
「はい、私です」
間に合わせの素材で作った棒だったが、意外と出来が良かったのかな。
「もう分かったじゃろう。つまり、我々は現時点でこれだけリンドウ殿に聞きたいことがある。そして、貴殿の持っている知識はそれだけでないとも確信しておる。正直に言って、本当の『霧の民』かどうかは重要ではないんじゃよ、全てはこちらの利益の為なんじゃ」
確かになんの得も無い事にお偉いさんが出張ったりしないとは思っていたけど、こう堂々と言われるとはな。
まぁ面と向かって言うだけ誠意があるとも言えるか。懐柔するだけなら不必要な発言だしな。
それに、本当の霧の民でなくて良いというのは、言葉の綾だろうけど俺的には気持ちが楽になった。
「では、保護する見返りとして技術や知識の提供を求めると言うことですね」
「はっきり言ってしまえばそうじゃの。話が早くて助かる」
さて、どうするか……服の製造方法を聞かれても俺が作った訳じゃないから教えることは無理だ。でも、棒の方は教える事はできるし、俺以外の土魔術士との接点が出来るのは此方としても助かる。
あとは、さらに他の知識や技術だが、これはそもそもこの世界の技術水準やら常識やらを知らないと俺の持ってる知識の内、どれが有用なのかすら分からない。
「わかりました、但し条件を付けさせて下さい」
「ほう?どんな条件じゃ」
「まず、一つ目は行動の自由を。私は冒険者をしたいと思っております。理由はいろいろとありますが差し迫った問題として、どうやら私は平均的な成人男性よりLvが低いようですので、その改善をする必要があります。ですので、毎日拘束されてしまうのは困ります」
「ふむ、あまり危険な事はして欲しくないというのが、本音じゃが本人の希望とあっては仕方が無いの。それと、もとより毎日拘束などとは考えておらん、安心して欲しい」
「ありがとうございます、それでは二つ目というか、これは提案とさせて頂きたいのですが、私はこの世界の常識に関する記憶が特に酷く抜け落ちております。ですので、私自身も持っているどの知識が、この世界に『進化』をもたらすのかが分かっていない状況です。ですので、常識を教えて頂ける機会を設けて欲しいのです。そして、その場を通じて私の知る知識を提供できればと考えております」
△▼△▼△――――――――――――――――
俺は今、案内された部屋で寛いでいる。
あれから、代官との交渉は続き、結局週に二回ほど神殿の会議室にて常識を教えてくれる人との対話の時間を持つことになった。その中で、俺の気づいた事、非効率的な作業や遅れている知識等を指摘することで、あちらの望むものを引き出して貰う形になる。
冒険者に関しては基本的に好きに行動させて貰える事になった。ステータスを見せた際、Lvが2だったことを指摘され、お守りを付けられそうになったが丁重にお断りしておいた。パワーレベリングするなら有用だとも思ったが、万が一、裏切られた時のリスクを考えるとやめておいた。
俺の中でパーティーを組むというのは、連帯保証人になるというのと同義語だ。
ギフトに関しては驚かれたが、他の霧の民が習得の仕方も分かっていないスキルを持っていたりする事が多いらしく、それに比べると俺のギフトは割りと珍しくないスキルの組み合わせのようで、そこまでの衝撃は無かったようだ。ただし、棒術のギフトはレントンに大変羨ましがられた……。
住む所は、対話を続ける間は神殿の四階を使っていいと言われたが、冒険者業の収支を踏まえた上で折りを見て、どこかの宿に移動しようと思う。あまり、借りが嵩むと俺自身の精神的負担になる。
対話は火曜と木曜なので明日は空いている。装備と冒険者の登録をしよう。
だが、その前にはっきりとさせなくてはならない事がある……。
『ウェヌス、俺はどこまでお前に頼ってもいいんだ?』
俺の性質上、パーティーを組むというのは、すぐには無理だろう。その点をウェヌスを頼る事で補えるかもしれない。
『頼りたければどこまででも頼って貰って構いませんよ。常時監視しているといっても、その事に費やしている私のリソースは0.1%にも満たないんですから』
それなら――
『でも、やめておいた方がいいかもしれませんね』
『それは何故だ?』
『価値観の違い、特に死生観が違いすぎるからです。リンドウは、前世で自分が死んだ後の家族の事を私に聞いた事が無いですよね?何故ですか?』
『それは……』
考えた事もなかった……いや、嘘だな、怖かったんだ。
俺が死んだことによって、家族が不幸になっていたらと考えると聞けなかった。それ以上に聞いたら過去に囚われて身動きが取れなくなると分かっていたからだ。
『今リンドウが考えている事は大体分かりますが、その大元になる感情については私は全く理解できないのです。いえ、違いますね、分からないのではなく分かった上で考慮しないのです』
『どういう事だ?』
『私にとって死ぬ事とはただの魂の移動です。右から左に動いた、それだけの事です。そして、幸福やら不幸やら絶望やら希望といったものも私に言わせるとただの経験値にしか過ぎないのですよ』
そう言われてしまうと返す言葉が無い……普通に話しているけれど、存在自体に隔絶した開きがあるんだよな。
『そんな私に深く依存する事はリンドウの生物としての本能を大きく歪める事になりますよ』
なるほどな……妙に悟りを開いたようになって死への忌避感が薄れるというわけか。
宗教家になるならいいのかもしれないけど、冒険者としては致命的だな。
『わかった、それならそれで構わない。まぁ愚痴を聞いてくれる位はいいんだろ?』
『大丈夫ですよ、索敵しろとか敵の弱点を教えろっていうような私が居なくては成り立たなくなるような頼り方でなければ』
そうか、うん、何かスッキリしたな。なんかモヤモヤしていたウェヌスとの関係も俺の中で折り合いがついた感がある。
『だから、これだけ価値観が違うんですからリンドウが娼館に行って、老婆や幼女をオーダーしたとしても私は一向に構わないんですよ』
「俺が構うわッ!」
そんな会話をしつつ、俺は”自分の体内の魔石”に【浄化】をかけてから就寝した。
△▼△▼△――――――――――――――――
誰もが寝静まった頃、マルクスとソフィアの密談は続いていた。
「で、どうじゃった?」
「悪人ではないと感じましたが、カルマ値-49等という聖人のような存在かと言われれば否定せざるを得ないですわ。人間臭いどこにでもいる青年です、ただ……」
「どうした?」
「彼の呼気に僅かな『神気』を感じました」
「神気じゃと?」
「ええ、そのような存在と接触があったと考えるのが自然かと。まぁ本人は憶えてないのだと思いますが」
「ふむぅ……また何か気づいた事があったら報告してくれ」
「はい、お義父様……」
部屋を出て行くソフィアを見届けたマルクスは大きな溜息を付いてから執務椅子に腰掛けた。
「ウォレン……お前ならどうする……」
壁に掛けてある一枚の絵に投げかけた声に答える者は無かった……。
最後までお読み頂きありがとうございました
次回から遂に行動の自由が……