聖人(偽)
「お待たせしました。遅れましたが、僕はアプリの衛兵隊に所属しているレントンと言います」
ゴブリンから魔石を取り出してきた青年がそう名乗ったので、こちらも名乗り返しておいた。
さっきまでは、切った張ったという雰囲気だったから気付かなかったが、よく見ればレントンは所謂イケメンだった。
栗色の髪に、幼さの残る薄味系ではあるが端正な顔立ち。身長は俺より10センチ程低いが、それも相俟って、年上のお姉さん達が放っておかなそうなタイプだ。
出会いが最悪に近かったので心配していたが……
「――それでですね、その時、助けてもらったワット隊長に憧れて衛兵隊に志願したんですよ。それでようやく今年になって――」
レントン君は最初の印象とは、うってかわってお喋りな人懐こい青年だった……。これは、お姉さんキラーで間違いなさそうだ。
……おかげで街に着くまでにウェヌスから『霧の女王』についての新たな情報を得るという俺の望みは絶たれた。
どうやら、レントンは今年から衛兵に配属されたようでピカピカの新人らしい。そう考えれば、さっきのいきなりの抜剣も余裕の無さからとった行動と言えなくもないのか?
しかしそれは逆に言えば、一年目にして既に人を躊躇無く斬るという覚悟があるということだ。これは衛兵の訓練のおかげか、それとも彼個人の資質か……。
「あ、そういえば魔石渡しておきますね」
レントンはそう言って小指の爪くらいの黒い石を渡してきた。
「いや、こちらのミスをフォローして貰っておいて受け取れないよ」
大した価値はないだろうけど、さすがに申し訳ない。
「いえ、魔石はモンスターを倒した人の所有物だと決まっていますので」
そう言って無理やり渡してきた。意外と頑固か? それとも、神殿の倫理教育の賜物となのか。はたまたカルマによる影響なのか。
俺は魔石を腰の革袋へ硬貨と一緒に突っ込んでおいた。冒険者をやるなら魔石用の容れ物も必要だな。
「そういえば、ゴブリンの魔石を取り出したのに血で汚れてないようだけど」
俺がそう言うとレントンは何とも言えない微笑を浮かべた。
「光魔術ですよ。リンドーさんも洗礼を受けているなら使えるはずですが」
「ああ、俺は光魔術はLv1なので《浄化》しか使えないんですよ」
「なるほど、僕の使ったのはLv2の《清浄》ですね」
この世界の魔術の仕組みは少し複雑だ。
まず、基本的に魔術のLvを上げる為には、その属性に対する理解を深める事と、属性毎に違う魔力の操作を上達させていくしかない。
魔術を創意工夫しながら使い続けていくと、ある日Lvが上がる。そうして、更に理解を深めていく。つまるところ、この世界の魔術とは本来、個人のオリジナルなのだ。
しかし、それではあまりに効率が悪すぎるので弟子入りして教えを乞うたり、お金を払って習ったりもする。人に魔術を教える事を生業としてる人も当然いて、魔術やその向上方法を教えるというのは通常、対価を必要とする。
唯一の例外は光魔術で、神殿はより効率的に光魔術のLvが上がる為のカリキュラムを無料で公開している。さらには、Lvが上がった者に対してはそのLvに対応した魔術を教えていく。
今回の話でいうと、Lv2になると勝手に《清浄》が使えるようになるのではなく、Lv2になったら神殿で《清浄》を教えて貰うことができる、という事である。
この辺りの情報は、魔術を使用する為の前提知識のようで、スキルと一緒にインストールされていた。忘れたという事にしても良さそうなものだが、魔術に関する記憶が無いと魔術自体が発動しない可能性もあるようで、それを避けたのだろう。
「リンドーさんのその棒も《清浄》をかけておきましょうか……【清浄】」
そういってレントンが手をかざすと、薄っすらとした光の霧のようなものが棒に纏わり付き、ゴブリンのもろもろがこびり付いたのが綺麗になった。
「ありがとう、街に着いたら神殿に行ってみるよ」
この手の便利な魔術は覚えておいて損は無い。できるだけ早くカリキュラムとやらを知る必要があるな。
「ええ、案内しますよ」
彼はそう言ってから門に向かって走りだした。
「ちょっと先に行って事情を説明しますので、そのまま歩いて来てください」
合図代わりに軽く手を挙げておく。
街の門の近くまで来て、気づいたんだが人の通りが少なすぎる気がする。城壁の高さは10メートル近くあり、門も浅草の雷門くらいの大きさなのに誰も通ってない。
『ウェヌス、人が全然いないんだが、外から見るほど人口はいない感じなのか?』
『三万人位いる筈ですよ。ここがあんまり使われない門なんじゃないですか?』
なるほど、裏口に辿り着いたのか。
「リンドーさんこっちです」
声のした方を見ると、レントンともう一人男がいた。
「こちらは衛兵の先輩になるバリーさんです」
「バリーだ、よろしく頼む」
そう言いながらバリーは手を差し出してきた。こちらの世界でも握手は友好の証のようだ。
「リンドウです、お世話になります」
そう言いながら握り返しておいたが、テンプレである握力試し的なイベントは起きなかった。
「それで、『霧の民』なんだってな。詐称した場合の沙汰は聞いたか?」
「はい、知ってます」
「まぁ、どちらにしても判断するのは俺達じゃない。とりあえず、今から代官様へ先触れを出す。その後は連絡次第だが……とりあえず今できる事をしとくか」
バリーはそういって銀色のカードを出した。
「カルマは知ってるな? ここに簡易測定器がある。ちゃんと神殿から買った物だから精度は間違いない。悪いが、このカードに触れてくれ」
なるほど、これがカルマを測る魔道具か、一応マイナスだから問題ないと思うが……右手の人差し指でチョンと触れる。
次の瞬間、バリーの顔色が明らかに悪くなった。
「バリーさんどうしました?」
レントンも明らかな異常を感じ取り無意識に剣の柄に手が伸びている……意外とコイツ怖いわ……。
「-49だと……見たこともねぇ数字だ……」
「-49? 本当ですか!バリーさん」
バリーは信じられないといった顔でこちらを見てきたが、何故かレントンは英雄を見る少年のような顔である。
「素晴らしいです!リンドウさん。-49なんて聖人の一歩手前ですよ。その若さでどれだけの事をしてきたんですか」
恍惚とした表情でこちらを見てくるレントン。っていうかコイツ、もしかしたらかなり敬虔な光神教の教徒なんじゃないか?アンデッドの件での態度といい、そんな気がする。
「レントン、教会の方にも使いを出して、指示を仰げ」
「勿論ですよ!リンドウさんには是非とも司教様に会って頂かないと」
何かさっきからレントンがヤバイ。一人だけヘブン状態だ。
『おいウェヌス、なんで俺のカルマ値はそんな数値なんだよ。もう少し、無難にできなかったのか?』
『無理ですよ、カルマは肉体じゃなく記憶と人格に紐付けされたシステムなんですから。ちなみに魂が引き継ぐ業は、そこから善悪の概念を取り去った経験だけです。それと数値の異常さを端的に言うと”二階級特進”ですね』
やっぱり異常なんか……『霧の民』とかいう謎の肩書きを背負う事になったと思ったら、次は『聖人』かよ……、しかも両方とも偽者なんだよな。
「リンドウさん、今方々へ使いを出してますので、一旦、衛兵の詰め所でお待ち下さい」
そう言ってレントンが先導する。コイツ、『一旦信じます』とか言ってたけど、もう完全に信じてるよな。
なんだかんだ言って、一応これで街の中に入る事はできた。その代わり、何だか分からない設定の人になってしまっているような気がするが……少しだけホッとした。
『なぁウェヌス……なんか俺今、異世界来て良かったなって思ってる』
『それじゃあ死刑にならないようにしないとですね』
『ほんとそれ』
そんな事を言い合いながら、俺達は異世界に来て初めての街の門を潜った。
最後まで読んでいただきありがとうございました
500メートルしか進まなかった……