中堅都市アプリ
リンドウがこれから行く街の話です
ハールラ王国の中堅都市〈アプリ〉は人口三万人程の街である。
三万人というのは純粋に壁内に住んでいる領民という意味で、それ以外にも流動的な冒険者や行商人等が常時五千人程おり、さらには街の南に広がる平野にはアプリの商業と農業を支える千人規模の村が三つある。
このようないくつかの村が一つの都市圏に属している事が中堅都市と呼ばれる条件であったりもする。
アプリには4つの門があり、それぞれが特色を持っている。
まず、鉱山と遺跡に続いている北門は、鍛冶ギルドに属する採掘者と遺跡の踏破に挑む冒険者の行き来が激しい。
東門はというと、中規模の森に続いている。
この世界の遺跡と呼ばれる所は、出現するモンスターが魔法生物とアンデッドのみの為、皮や角等の素材を求める冒険者は遺跡以外の場所で狩らなければならない。そのような事情により、同じ冒険者でも遺跡を探索する者とフィールドにて狩りをする者に分かれる事になる。東門はそのうちのフィールドへ狩りに出る冒険者で溢れる門である。
次に南門は、アプリに属する村へ通じる門であり、さらに平野を通り抜ければ別の街へ、さらに進むと王都へと続く事になる。こちらの門は、村との交易の為、常時村民が行き来しており、さらには国内の様々な場所へと旅立っていく商人達、それを護衛する冒険者と、様々な職種の人間が利用するアプリの正門と言える。
最後に西門であるが、この門から伸びる道の先は国境である。接している国は〈鉱山都市国家フューゲル〉。今現在の関係は悪くないが、やはり国境を超えるということもあって、小規模な商いでは手を出しにくい。月に何度か商隊が出るが、それは幾つかの商会が合同で出すものであり、規模も馬車の数で三十台程、さらに護衛する冒険者の数も五十人以上という大規模なものに限られる。
つまり、この西門は月に何度かは大賑わいになるが、それ以外の時は寂れているという状況である。
しかし、一度フューゲルとの関係が悪くなり、侵略を受けることになれば、最初に攻められるのはアプリであり、最初に接する場所は西門になる。その為、門自体は非常に頑丈であり、重く開け閉めも一苦労だと言うのは、配属されている衛兵の談である。
「バリーさん、人が来ないからって座らないで下さいよ」
西門の本日の門番を勤めるレントンは、遂に立つ事さえ辞めてしまった先輩衛兵のバリーに苦言を呈した。実際に、人が通る事は稀だが全くのゼロではない。隊長に告げ口されてはたまったものではないし、本人が様子を見る来る事もありえなくは無い。
「いや、だって次の商隊は明後日だろう? それまで誰も来やしねーよ。せいぜい、街道脇の林からハグレのゴブリンが顔見せに来る程度か?」
東にある森のように、中規模の狩場は、魔素が濃く、奥へ行くほど強敵が現れ、モンスターもいくら狩っても枯れないという特性を持つ。しかし、一般的な街道脇にある林などに住むモンスターは、基本的には住む場所を追われて流れてきた個体であり、狩ってしまえば、それきり沸かない。そういったモンスターはハグレと呼ばれていた。
「ハグレでも何でもモンスターはモンスターですからね。それに国境の砦からの早馬が来ないとも限りませんし、準備だけは整えておかないと」
意気込んでそう言うレントンだったが、現在の情勢では早馬が来る可能性が低いのは明らかだった。
「お前も三年もすればわかるようになるさ……それより、今夜あ――」
バリーは不真面目な衛兵という訳では無い。ただ、この西門でそこまで肩の力を入れ続ける必要はないと分かっているのだ。しかし、新人であるレントンは、その辺りの経験が足りない。バリーはレントンに先輩として肩の力の抜き方でもアドバイスしてやろうとして、レントンが目を瞠っているのに気づいた。
「バリーさん、あれ……人が襲われてますよッ。助けに行きましょう」
興奮するレントンに言われ、バリーは街道に目を凝らす。そこでは、一人の男が棒切れを片手に、ゴブリンらしきモンスターに相対していた。
「ありゃ、ハグレのゴブリンだろ。しかも一匹なら、その辺の農夫でも武器があれば心配ねぇよ」
襲われている相手が、女子供でない事を確認したバリーが突っぱねた。さらに言えば、国境からの街道を一人で歩いているような男がゴブリンに遅れを取ることはないと経験則で分かっている。
「いや、でも……一応、何かあってからじゃ遅いんで、俺行ってもいいですか?」
いくら暇な西門だからといって、一応仕事中の二人は衛兵の正式な武装である金属の鎧を身に纏っている。それを着た状態で、見えている先、距離で言うと500メートルを駆けつけるとレントンは言っているのだ。
バリーは、内心呆れながら、やりたいなら好きにしろと若干生真面目の過ぎる後輩に許可を出した。
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