其の九
――これは罰だろうか。人を殺してしまった私への、罰だろうか。それとも夫の孤独に気付かずに我儘に生きていた事への罰だろうか。夫は仕合せだったのか。私で良かったのか。本当は厭だったのでは無ないのだろうか。私を本当に・・・愛していたのだろうか。
考えて考えて考え続けた。答えは出ない。答えてくれる人はもう居ない。
そして女の視線が倒れたままの娘へと向けられた。
『・・・如何して、如何して何も言わないの?あんたが・・・あんたなんかが居たから・・・!だからこの人が・・・あんたの所為よ!あんたなんか作らなければ――!』
人形に怒りをぶつける。それは身勝手な事だと判っていた。けれどもう、そうする事でしか自分を保てなかった。
人形は答えない。只只、何も言わず沈黙し、倒れている。
――筈だった。
――かたん。
女が眼を見開いた。
――かたん。
女は自身の眼を疑った。
人形の腕が――動いた。それは腕を上げる。しかし、すぐにだらしなく落ちてしまう。二三度それが繰り返されてから、手を畳につけて起き上がろうとする。ゆっくりと上半身を起こそうとするが、旨くいかないのか崩れ落ちてしまう。けれど、再び起き上がろうとする。女は動けなかった。怖くて動けなかった。
――ずる。
人形は腕だけでもって必死で女――母――の許へと近づいて行く。
『い、や、来ないで――』
言った次の瞬間、人形の動きが止まった。そして血塗れの顔を此方――女の方――へと向ける。
微かに何かが聞こえる。
――い。
――これは――声?何?何を言っているの?
女は恐怖した。その存在が理解出来なかった。
「・・・ぇ、ん、ぁ、い」
人形が何度も言葉を繰り返す。
「お、え、ん、ぁ、い」
女に段々とその意味が判ってくる。
――ごめんなさい。
女にはそう言っている様に思えた。その意味が判った時、女の頬を一筋、泪が通った。
人形は繰り返し続けている。感情のない声で。
『あ、あ――』
人形は必死で謝っているのだ。何も出来なかった自分を、父を見殺しにした自分を、母から責められた自分を、赦してもらおうと必死で謝り続けているのだと女は思った。
恐る恐る人形に近づこうとする。
しかし、人形はそれに反応したのか、旨く動かない躯体で後ろに下がろうとする。
――真逆、私が来ないでと言ったから?
人形、否、娘には母の恐怖が判ったのだろうか。
『ごめ・・・んね、ごめんね!』
女が娘を抱きしめる。出来ない筈なのに何故かそれが出来た。
「ご、め、ん、え」
必死で娘が母の真似をしようとするが、旨く喋れない。
『いいの、もう、いいのよ。貴女の所為じゃない・・・!』
優しく頭を撫でながら女が言った。
娘が真似をして頭を撫でようとするが、矢張り上げた腕はだらりと落ちてしまう。
女にはその仕草が堪らなく愛おしく思えた。
もう、恐怖は消えていた。