其の八
――一体何が起こったのだろう。
今日は家に先日来たお侍がまたやって来て、夫と話をして、あの人を突き飛ばして、あの子を連れて行こうとして、あの人がそれを止めようとして、それから・・・それから・・・ぎらぎらと光る・・・あれは、かたな?あか、い・・・あれは・・・あ の ひ と の ち ?
ぃ・・・や・・・嫌あああぁぁ!
『嘘よ、嘘よ、嘘よ、嘘よ!嫌よ、嫌よ、嫌よぉ!貴方まで死んで如何するのよぉ!』
男は畳の上で倒れている。男からは血が出続けている。
女は叫んだ。夫に向かって。必死で夫を揺さぶろうとする。聞こえはしないのに。出来はしないのに。助けを呼ぶ事すら出来ない。何も出来ない。胸が潰れそうになる。同時に、何かが胸の内から濁流のように溢れ出してくる。気が狂う。
『繰子、お願いよ、助けを呼んできてよぉ!』
遂には答えるはずの無い人形に向かって叫びだす。
人形は何も答えずに倒れている。
そして。
嘆きの矛先は。
夫の生を奪った者達へと。
向けられた。
――如何して・・・。
――如何して、こんな事に・・・。
気が付けば、女は一人で泣いていた。三つの死体に囲まれながら。一つは夫。二つは侍。
女は怒りに任せて侍達を殺してしまった。侍達の顔は恐怖によって元の形が判らない程に歪んでいた。女の着物は侍の血で真っ紅に染まっていた。
それはとても簡単だった。とても。
『あなた、あなたぁ・・・』
男を呼び続ける。けれど、男はもう、動かなかった。
声は嗚咽へと変わっていった。
そして。
人形は、畳の上にだらしなく倒れている。
人形は、斬られた夫の血で真っ赤だった。
男の傍で女は泣き続けた。泣いても泣いても泪は枯れる事は無かった。どれ程の間そうしていたのか。それを数える者は誰も居なかった。男の許には滅多に客は来ない。自分の為に薬を届けてくれていた女中も自分が死んでからは来なくなった。尋ねてくる友も居ない。男は孤独だった。漸く気付いた。生きている間は楽しくて、仕合せで。判らなかった。だから、誰も夫の死に気付かなかった。
『・・・私はこれから如何すればいいの?』
答えは無い。
女は待っていた。
待っていれば死んだ夫に会えると思った。
自分と同じ存在になった夫に。
そうしているうちに侍たちが現れた。何か言っている。叫んでいる。刀を振り回して暴れている。女は気にしなかった。煩い。自業自得だと思った。暫くして侍たちは何処かへ行ってしまった。
けれど、いつまで経っても夫は現れなかった。