其の七
その日、珍しく男の許に客が来た。二人の侍だった。男が二人を家へと上げる。侍の一人が名を名乗る。何やら何処何処の誰誰に仕えているのだとか言っている様だったが、女には難しくてよく判らなかった。そして、侍の話は本題へと入る。
「実は、我が殿がそなたの作った人形を見られて大層気に入られてな。殿の為に一体作ってはくれまいか」
侍は偉そうだ。当たり前の事である。男とは身分が違うのだから。けれど、女は気に入らなかった。 言い難そうに男が言う。
「・・・人形は、もう作れまへん」
何故だ、と侍が問う。
「妻を亡くしました」
だから作れないと男は言う。侍は少し同情したようだった。
「作れないのならば、今在る人形でも良い」
言い乍ら男の傍に在る人形を見る。
「・・・多少汚れてはいる様だが、中々如何して、美しい人形ではないか。否、その血の様なものが美しさを際立たせているのか」
その人形ならば殿も満足されると関心した様に言う。
女は血の気が引く様な思いになった。
――それは。それは私の娘。お願い、その子だけは――。
「それは、そんだけは勘弁してください!それは妻の形見なんです!」
男は必死で頭を下げた。夫も同じ思いだったのだ。
「そうか・・・しかしな、これは殿の願いなのだ。この意味は判るな」
それは断れないという事だ。女にもそのくらいの事は判った。
侍は後日また来るから考えておく様にと言って帰っていった。
――あの子を渡すくらいならば。
男には悩む事すら許されなかった。人形を作る事にした。再び来るであろう侍にそう告げるつもりだった。しかし――。
御免、と再び侍がやって来た。先日と同じ二人組みである。男が戸を開ける。その少し後ろから女が様子を伺っている。
「人形の件だが――」
言葉が終わらないうちに男は作らせて戴きますと言った。しかし侍は頸を振る。
「否、実はな。先日の人形の事を殿に申し上げたら是非とも欲しいと言われるのだ。残念だが――」
すまぬ、と侍が言う。しかし頭は下げない。
夫の後ろで妻は放心していた。
「そんな・・・何で、何で言うたんです?妻の形見やと言うたやないですか!」
男は侍の袖を掴み必死で問い質す。
「離さぬか無礼者めが!」
侍が男を突き飛ばした。男は倒れ、柱に後頭部をうちつけた。頭からは血が出ている。
『あなた!』
女が駆け寄る。けれど抱き起こす事すら出来ない。
「貴様等には判らぬのだ!武士の務めというものは!」
侍が怒鳴る。乱れた袖を払い家の中へと入る。
――そんなもの、判るものか。
侍が人形へと手を掛ける。
『やめて!その子だけは!』
どんなに叫んでもその声は届かない。
おい、と侍がもう一人を呼びつけ人形を運び出そうとする。そして持ち上げた。
その時、男が侍に組みかかった。
「お願いや!その人形は、その子だけは勘弁して下さい!」
必死で止めさせようと叫ぶ。しかし――。
女の頭の中は真っ白になった。




