Dogwood
振り返った彼女の顔を一生忘れることは出来ないだろう。
横たわるその姿を例えるなら眠っているようだと言うべきだろうか。
瞼を下ろし、まっすぐに閉じた薄い唇はまさに安らかな眠りの最中だ。
ならば、彼女の眠りを守り続ける私は何なのだろうか。
そもそも私は彼女にとって何だったのだろうか。
機械のように毎朝同じ時間に起床し、同じ電車に乗り、同じ日々を繰り返していた。
その事に何一つ不満などなかったのだ。
それなのに、彼女は突然現れた。
ただ繰り返すだけの単調な毎日から、一日中彼女だけを想う日々になった。
溢れる想いはそのうちに私を潰した。
彼女と話したい。
彼女に触れてみたい。
彼女と一緒にいたい。
彼女を見つめていたい。
彼女を私のものにしたい。
彼女と話しているのは誰だ?
彼女に触れているのは誰だ?
彼女の家に入ったのは誰だ?
彼女はなぜ頻繁に引っ越すんだ?
そのうちに、私はこの気持ちを抑えきれなくなっていた。
彼女はどんな香りがするのだろう。
彼女の肌はどれだけ柔らかいのだろう。
彼女の髪はどんな触り心地だろう。
彼女の脚は、腕は、胸は、
どんな味がするのだろう。
そこまでいって、ようやく、私はわたしの異常性を理解したのだった。
私のことを見つめる彼女は怯えた表情をしていました。
いえ、見つめるというより、見とれていたのでしょう。
おこがましいかもしれないが、わたしは顔も、体も、何もかもが完璧であった。
それに、まさかストーカーが女だとは思わなかったのでしょう。
「さぁ、もっとこっちへおいで」
彼女の桃色の唇はうっすらと開き、華奢な体がガタガタと震えている。
「もう大丈夫。何も怖くない」
肩へ手を伸ばした瞬間、彼女は私の脇をすり抜け逃げ出してしまった。
だがそれは、私にとって夢のような時間であった。
彼女が私を意識している。
彼女の瞳に私が写っている。
そう思うと胸の高鳴りを抑えられなかった。
だからこそ、追い詰めてしまった時はどこか寂しさがあった。
これでもう動く彼女とは会えなくなってしまう。
そう思うとわたしは今から行う行為を思い直したくなった。
だが、純粋な好奇心は何よりも強いもので、そんなことはとても出来るはずがない。
彼女を斧で薙ぎ払う瞬間、その唇は何かを紡いだが音になることはなかった。
好奇心はわたしへ休ませることを許してくれませんでした。
まずは腕からだった。
その次に柔らかく豊かな胸。
どれもこれも想定していたとおりの調理を行い口へ運ぶ。
彼女は、美味しかった。
それからはただただ、彼女と共に過ごす日々だった。
これほどの幸せは私の人生に一度もなかったことだろう。
だが、それは終わりを告げることになる。
横たわる彼女は、頭だけになっていた。
この美しい顔だけは壊したくない。
ただ傍にいたかった。
触れたかった。
話したかった。
ただ、それだけだった。
それだけのはずだった。
これは恋だったのでしょうか?
窓の外へ顔を向けるとハナミズキが目一杯の花を咲かしている。
どこで狂ってしまったのだろう。
Dogwood ハナミズキ
花言葉「私の想いを受けてください」