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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

鬼の話

作者: 846u1


「久しぶり」からでいいのかな?


最後に会ってから、どれくらい経ったかな。気軽に書いていれば書き出しで悩むこともなかったんだろう。でも、時間をおいてしまうとダメだね。

たとえ、忙しさに連絡を忘れていたとしても、君が僕を責めることはないと知っているんだけど。


君がこれを読んでくれればさらに嬉しいけど、どうだろう?

きっと君が読むことはなくても、君の耳には届くと思う。


最後に君に会ってから、僕なりに考えたことがあるんだ。

僕が知った話を君に届けようと思う。

少しだけど、君に会った時に話しが弾むように。

僕が罪悪感を感じないようにするほんの少しの我儘なんだけど、ね。


--


森の奥に彼等の住処はあるらしい。この深い森のどこかに。

森の獣を狩る彼等のことを、里のものは鬼と呼んだ。

里は森に寄り添うようにあり、人々は畑を耕しつつましく暮らしていた。

里と森の狭間には社があり、そこには巫女が住んでいる。巫女は里と鬼の共存を支えていた。


基本的に穏やかな場所だった。


少女が青年に初めて会ったのは社だった。

里で採れた菜を納めに行ったときにすれ違ったのだ。里の者ではない青年が鬼と呼ばれる存在のひとりとは知らなかったが、見慣れぬ者として記憶に残った。

その晩に母に見慣れぬ者のことを話した。母は眉をひそめ鬼と呼ばれる森の者の話をし、「決して話しかけてはいけない」と少女に伝えた。


2度目に見たのはそれから1年ほど経ち、病に倒れた母の看病をしていた頃。

日に日にやつれていく母に頼まれ、巫女に手紙を持参したときだった。

巫女は母からの手紙を読み思案した。

少女は巫女の前に座した。母への返事があると思ったからだ。

やがて巫女は少女に待つように告げ、場を離れた。

草を走る風の音が聞こえた。社の中を風が抜ける。

床の軋む音にそちらを見ると、いつかの青年が部屋に入ってくるところだった。

青年の姿に母の言葉を思い出し、顔を伏せる。青年は座った少女に気付くとその場で立ち止まった。

少女の困惑と狼狽を察したのか、それ以上動くことはない。青年の視線を感じ、ただ身を竦ませる。

どれくらいの時を刻んだかはわからないが、少女の前には巫女が戻り、母への返書を受け取った。

青年はいつの間にか姿を消していた。


それからしばらくして、少女の母は死んだ。

日々の生活に母がいなくなったものの、母が生きていたころと変わらず、里の子供たちの面倒を見、男たちの食事の準備の手伝い、たまに社へ納めるものを運ぶなど、生活に大きな変化はなかった。

ただ、この少女には血縁のあるものがいないという事実ができただけだった。


少女が10才になると、里の長は彼女を呼び、里と森の話をした。

以前母に聞いた鬼について、長は詳しく話した。

森に住み、獣を狩る彼らをなぜ鬼と呼ぶのかについても。

話を聞いた帰り道に、彼女は青年を見かけた。

遠目にその背に気づいただけだった。

その日を境に彼女は鬼と呼ばれる青年を見かけることが多くなった。

何度も姿を見るたびに、かつて感じた恐れは無くなっていた。


--


鬼と呼ばれるものは、森深くにある集落に住む者全員を指している。

人と同じ容姿の、人よりも永い時間を過ごす存在。

ただ、里における鬼はと呼ばれるものは、その集落から社まで来るひとりの青年のことをさしている場合が多い。


青年が彼女の存在を知ったのは巫女から渡された紙からだった。青年は文字が読めないため、何が書いてあるのかはわからない。

その紙をもってきたのが、先ほど見かけた部屋で縮こまる彼女らしい。

聞くと巫女は「家族のことが書いてある」と言った。

家族というのが里に住む者にとって大切なものというのは知っていた。

集落における仲間と同じだろう。

それと同時に彼女は以前から姿を見るということに思い当たる。

どうやら彼女のねぐらは社に近いところにあるらしいということを察した。


その後、社に行くたびに彼女を見かけた。

里のもののねぐらは家族ごとに使うと聞いていたが、彼女のねぐらには彼女以外使っている者はいない。彼女には家族というものがないようだった。


彼女の姿が見えない日があった。

決して彼女を探しているのではないが、結果として姿が見えない日は姿を確認するまで社にいることになった。

彼女を確認しながら、青年の日々は過ぎていく。


彼女が嫁ぐことになった。

嫁ぎ先は里のものではないという。

嫁ぐ日、森の中から華やかなその一行を見送った。

里の者にひかれた牛の背に揺られ、彼女は穏やかな顔をしていた。

青年はただ見つめ、その姿をもう見ることはないのだという事実に少し、虚さをおぼえた。


何度か収穫の時期を迎え、唐突に彼女が里へ戻された。

彼女が戻ると言うのに里の者たちは暗い顔をし、囁くように言葉を交わしていた。

戻された彼女は、社に預けられることとなった。それはまるで、戻って来た彼女を里の者が拒絶したかのようだった。

久しぶりに見た彼女は窶れ、虚ろな目をしていた。

台所に立ちたがり、叶わないと分かれば掃除をしようとする。たまにくる村長の妻がゆっくり休んでくれと泣いても、彼女は働きたがった。


「望まれて嫁いだが、嫁ぎ先が望んだのは女中となる女だったようだな」

巫女は青年に呟く。ちらりとそちらを見ると、言葉が返って来た。

「夫となったものの母に、悉くやられたらしい。碌な飯は炊けず、掃除もできない、何の役にも立たない女、とな」

巫女もまた彼女を見ている。

縁側に腰掛け、うつむいたままの彼女を。


日が昇る前の最も暗くなるときに、彼女を見かけたのは川だった。

凍えるような川辺には誰もいなかった。その様子を見たのは青年だけだった。

彼女はぼんやりとした様子で寝間着のまま川辺に立っていたが、やがてゆっくりとした動作で川に向かって歩き出し、消えた。


--


その後、鬼はどうやら葬儀の場に現れたらしい。そして女の遺骸を持ち去った。

しばらくして、女の嫁ぎ先だった商家は火事を起こし店をたたまざるを得なくなり、それとは別に里は廃れていった…。

社と呼ばれていた場所に行ってみたけど、管理人が常駐してる場所でもなかったし、この話はこの周辺の伝承として聞いただけだから真偽はわからない。


でも、君が探していた話の一編だと思うから伝えたいと思ったんだ。


また仕事の手が空いたときに手紙を書くよ。この辺りはこういう話が多いみたいだから。

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