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第8話 早朝特訓

 早朝、ようやく東の空が微かに白み始めた頃――


 リオンは毛布から這い出し、んっ、と猫のように大きく伸びをした。

 それから、ふぁぁぁっ、と欠伸をする。


 よし、と気合を入れて立ち上がると、視線をベッドの方へと向けた。

 そこでは蒼い髪の女の子がすやすやと寝息を立てて眠っていた。

 リオンの誘いでパーティに加入した新人冒険者、ティリアだ。


 てか、もう一週間経つんだけど……。


 リオンは無防備に寝ている彼女をジト目で睨んだ。


 ここはもちろん、リオンが借りているアパートの一室だ。

 彼女と出会ったあの日、ティリアが文無しであることが判明し、ちょっとした勘違いもありつつ部屋に泊めてあげることになった。

 もちろんリオンとしては一晩だけのつもりだったのだが、「せめてアパートを借りれるようになるまで待ってください」とお願いされ、「まぁ確かに宿屋は高いしなぁ」と思って仕方なく了承してしまったのがいけなかった。


 そもそも、リオンたちが現在挑戦している〈死者の王国〉は実入りが最悪に良くないのだ。お陰で、もう一週間も年頃の男女二人が同じ部屋で寝泊まりしているのだった。アパートを借りるお金が溜まるには、恐らくまだまだ時間がかかることだろう。


「……早いとこイルーネかサーシャに押し付ければよかったよ」


 ぼやくが、今さらそれをしようとすると、今までティリアを部屋に泊めていたことがバレかねない。それは御免だった。


 リオンは嘆息しつつ、買い置きのミルクを胃に流し込む。それからティリアを起こさないよう、静かに服を着替えた。戦闘靴を履き、腰にはナイフを佩く。冒険に出るときの標準装備だ。


 部屋を出ると、朝の爽やかで冷たい空気が身を包んだ。

 しっかりと準備運動をしてから、リオンはゆっくりと走り出した。日課としている早朝のランニングである。

 腕力に乏しいリオンは、俊敏さを活かした戦い方をするしかない。だが余計に動き回る分、人一倍、持久力が必要なのだ。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 三十分ほどでいつものコースを走り切り、リオンは足を止めた。

 東の空にはすっかり太陽が顔を出している。


 これからもうひと踏ん張り。

 息を整えつつ、リオンは公園へと足を踏み入れた。

 しばらくすると、冒険時よりも少し簡易な鎧を纏った一人の少女がやってきた。

 サーシャだ。


「悪いね。こんな朝早くに」

「いや。リオン殿の頼みとあらば、わたしはいつでも応じよう」


 いつもながら堅苦しく応じる彼女だが、その言葉がリオンにはすごく嬉しかった。


「ふふ。やっぱし優しいよね、サーシャは」

「はっ……」


 にっこりとリオンが微笑みかけると、サーシャはなぜか一瞬息を呑んだような顔をして、


「…………い、今の笑顔…………かわゆす…………」

「? どうしたの?」

「い、いや、何でもない! では、早速始めるぞ!」


 なぜか顔が赤いサーシャが、シャランと音を立てて鞘から愛剣を引き抜いた。

「うん」と真剣な顔になってリオンは頷く。


 実はサーシャにお願いして、早朝の特訓に付き合ってもらっているのだ。

 少し前までは一人で素振り等をしていたのだが、やはり相手がいる方が有意義な訓練ができると考え、彼女に声をかけたのである。サーシャは二つ返事でオーケーしてくれた。


「はぁっ!」

「くっ……」


 サーシャが剣を振るい、それをリオンがナイフで捌く。もちろんサーシャはかなり手加減してくれているのだろうが、それでもリオンには簡単なことではない。右から、左から、下から、流れるような動きで次々と繰り出される斬撃に、リオンは対処するだけで精一杯だ。


 サーシャはかつて、某国で騎士見習いをしていたことがあるらしい。彼女が扱う剣術の基礎は、そのときに覚えたものだとか。

 それがなぜ冒険者になったのか、リオンは知らない。けれど、もし続けていれば、きっと今頃は一角の騎士になっていたに違いない。


「リオン殿! わたしの剣にばかり気を取られ過ぎているぞ! もっと相手の動きを総合的に見るのだ!」

「う、うん!」


 激しい剣戟に応じつつ、リオンは言われた通り、彼女の剣ではなく動き全体を捉えることに努める。とは言え、それがなかなか難しい。

 動作に無駄がないため、次の動きがなかなか読めないのだ。お陰でワンテンポ防御が遅れ、結果、完全な守勢へと追い込まれてしまう。


「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」

「よし。少し休憩をしよう」


 息を荒くするリオンに、サーシャが告げる。基本的に優しい性格の彼女だが、訓練中だけは結構容赦がない。お陰でリオンはすでにフラフラだった。


 しばらく休んでから、リオンは声をかけた。


「ねぇ、サーシャ」

「どうした、リオン殿?」

「お願いがあるんだけど……」

「先ほども言ったが、リオン殿の頼みであればわたしは何でも喜んで応じよう」


 何でもって……さすがにちょっと言いすぎじゃない? と思いつつも、リオンは「ありがと」と礼を言って、


「僕さ、全裸マンがすごく苦手なんだ」

「……? あれを好む者など、よほどの物好きくらいかと思うのだが……」

「いや、戦いの相性っていう意味でさ」


〈死者の王国〉に高頻度で出没するモンスターと言えば、動く死体と骨戦士だ。


 動く死体については、完璧とは言わないまでも、一対一ならリオンでも後れを取ることはまずないくらいになった。

 それから骨戦士に関しても、倒すのは比較的簡単だ。剣や槍などの武器を有している点は厄介だが、それを潜り抜けて懐に入り込むと、リオンのような小柄な身体のタックルでもあっさりと引っくり返る。足払いも効果的だ。骨の身体だけあって体重が軽いせいである。

 そして武器を持つ手の骨を破壊してしまえば、後は楽勝だ。


 だが地下墳墓に入ってから現れるようになった全裸マンだけは、未だに必勝法を見出せずにいた。


 動く死体と全裸マンの一番の違いは、動く死体が二足歩行で、全裸マンが四足歩行であるということだろう。しかもただ人間が四つん這いになっただけではなく、獣や蜥蜴のような俊敏さで動くのだ。つまり動く死体とは機敏さが段違いなのである。


 動く死体は足の一本を破壊してしまえば、その機動力の大部分を削ぐことが可能だ。それがリオンの攻略法でもある。

 しかし全裸マンの場合、最低でも二本を破壊しなければならない上、そもそも身を低くして素早く動き回る相手の腕や足を、ナイフで斬りつけるのは至難の技なのだった。


「ふむ。確かに、あれは厄介な相手だ。リオン殿に限らず、皆かなり苦戦しているようだ。動く死体などについてもそうだが、矢で射抜いても襲い掛かってくるため、イルーネも手を焼いている」


 団長のララもそうだ。さすがに劣勢になることはないが、それでも殴っても蹴っても何度も起き上ってくる相手には苦労している。最近は首を何度も捻り、頭部をもぎ取るという荒業をしているが……。

 逆に、戦斧で豪快に頭をかち割れるだけの膂力を持つゴルや、アンデッドモンスターに有効な聖気を持つサーシャなんかは、比較的有利に戦えていた。


「ティリアの氷撃もすごく効果的だよね」


 氷魔法が有効だと気づいたティリアは、詠唱の長さや込める魔力量により、全裸マンを一発で氷漬けにできる威力へと調整していた。それでも詠唱時間は十秒にも満たないのだから驚きだ。


「ともかくさ、僕はあいつを上手く倒す方法を見つけたいんだ。だから手伝ってもらえないかなって」

「もちろん、いいとも。だが、わたしは何をすればいいのだ?」


 首を傾げるサーシャに、リオンは言った。


「全裸マンの真似をして欲しいんだ」

「ななな、わ、わたしに全裸になれと!?」


 サーシャが目を剥いて頓狂な悲鳴を上げた。


「違うよ!? そこは真似しなくて良いから!」

「そ、そうか……よ、良かった……びっくりしたぞ……」


 むしろ僕の方がびっくりしたくらいだよ!

 前々から思っていたが、彼女は天然かもしれない。


「ゴルならともかく、サーシャにそんな鬼畜なこと頼まないってば」

「そ、そうだな…………………だが、リオン殿のお願いとあらば、それくらい……」

「……」


 ……僕は何も聞いていない。うん、何も聞いていないもんね。


 それからサーシャは剣を鞘に納めると、地面に蜥蜴のように両手両足を付く。さすがと言っていいのか、まさしくその格好は全裸マンだった。しかも白目を剥き、口から舌を出しているところまでそっくりだ。さらには、


「シャァァァァ!」

「あ、あのさっ!」


 全裸マンが良くやる威嚇音まで発しはじめたサーシャを見て、リオンは慌てて叫んだ。


「そこまで似せないでいいから! てか、やり過ぎだから! ダメだよ、女の子がそんな顔しちゃ! そもそも、足元に突進してくるところとか、そういう戦い方の部分を真似て欲しいってことだからさ!」


 サーシャは顔を真っ赤にした。


「……そ、それならそうと、先に言ってくれ……」


 言わなくても察してほしかったと、心から思うリオンだった。

 この人、やっぱりかなりの天然かもしれない……。


「……しかし、リオン殿に恥ずかしい姿を見られたというのに、なぜだろうか……こうも胸が高鳴るのは……」

「……」


 僕は何も聞いていない! 何も聞いていないんだからねっ!


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