第7話 未踏領域
〈不死の王国〉は、今から七十年ほど前に十九番目に発見されて以降、未だ誰にも攻略されたことのないダンジョンだ。
現在、〈迷宮の大樹〉では全部で三十四のダンジョンが見つかっている。
その中で、二十番までで未攻略なのは僅か三つ。〈不死の王国〉はその内の一つであり、今後も攻略は不可能なのではないかと言われていた。
そもそも立ち入る冒険者自体が少ないというのも、その理由の一つではある。だが、最も大きいのはすべてのマッピングを終えているにもかかわらず、未だにボスの居場所が発見されていないことだった。
理由は定かではないが、ダンジョンには必ずボスが存在している。
そしてボスを討伐すれば、宝物庫の扉が開き、攻略の証として中にある伝説級アイテムを手に入れることができるのだ。
実は偶然にも、この〈不死の王国〉における未踏領域へと続く入り口を、リオンたちが発見してしまったのである。
七十年も未攻略のダンジョン。
もしかしたら、その初めての攻略者が自分たちになるかもしれないのだ。
全会一致で、リオンたちは歴史に名を残す道を目指すことにした。
「その入り口がここに?」
「うん」
「何の変哲もないお墓にしか見えませんが」
ティリアの言う通り、今リオンたちの目の前にあるのは墓だった。
このダンジョンには沢山の墓があり、その大半がシンプルな直方体をしているのだが、それらと目の前にある墓はまったく同じ形状、同じ石材でできていた。
「ぬおおりゃあああっ!」
「このお墓、実は動くんだよ。ほら」
ゴルが力を入れて墓石を押すと、ずずずず、と重い音を立てて移動していく。
墓石の下には階段があった。
この階段を下りた先にあるのが、今まで誰も発見できなかった未踏領域である。
これまで見つからなかったのも無理はないと、リオンは思う。
普通、墓石を動かそうなど考えないだろうからだ。なにせ、前述した通りこの墓場型のダンジョンには無数の墓が存在している。そのすべてを確かめることなど気が遠くなるような話だった。
「どうやって見つけたのですか?」
「……団長がいつものようにゴルを吹っ飛ばしたんだよね。そしたらこの墓石にぶつかってさ」
そのときのことを思い出しながら、リオンは苦笑する。
ゴルが激突したことで、墓石が少しズレたのだ。それで「この石って動くの!?」と驚き、しっかり押してみたらその下に階段を見つけたのである。
つまるところ完全に偶然の産物だった。
「ほんま、団長のお陰や」
「そうだね」
「半分は俺のお陰だろうが! ぶはっ!?」
「うっせぇ。とっとと降りるぞ」
ゴルを蹴り飛ばしてから、ララが先頭で階段を下っていく。草むらに転がったゴルを放置し、リオンたちは後に続いた。
墓石は移動させたままだ。他の冒険者には見つかりたくないが、中から閉めることはできないため仕方がない。めったに冒険者が現れないダンジョンなので、発見される可能性は低いだろうが。
耳が痛くなるほどの静寂と黴臭い空気。
階段の下に広がっていたのは大規模な地下墳墓だった。
元々〈死者の王国〉は薄暗いダンジョンだが、この領域はさらに暗い。足元に注意しなければ、ちょっとした段差に躓いてしまいそうだ。
眼が闇に慣れてきても、せいぜい十メートルくらい先までしか見えなかった。どこからモンスターが飛び出してくるか分からないため、慎重に進んでいく必要があるだろう。《狩人》で目のいいイルーネは、もっと先まで見通すことができるようだが。
通路はそれなりに広い。先頭にララとゴル。真ん中にサーシャとイルーネ。そして最後尾はリオンとティリアという隊列で進んでいく。
未踏領域なのだから当然だが、マップ情報は一切ない。ゆえに新しい区画に移動するたびに、白紙に地図を記入していく作業が必要になる。とりあえず一行は、前回進んだ地点まで歩を進めることにした。
「……来るぞ、モンスターだ」
「随分と小さい? 気いつけえや。新手かもしれへんで」
ララとイルーネが真っ先に気づき、注意を促す。この地下墳墓にも動く死体と骨戦士が出現することは、これまでの探索で分かっている。だが、別のモンスターが棲息している可能性も十分にあった。
近づいてくるにつれ、その全貌が明らかになっていく。
「何あれ? 蜥蜴……?」
それは蜥蜴のように両手両足を地面に付け、四足歩行でこちらへと接近してきていた。
最初小さく見えたのは恐らくそのせいで、実際にはそんなに小さくない。
見た目は人のそれ。いや――動く死体だ。
「シャァァアッ!」
突然、悍ましい威嚇音を発したかと思うと、さながら蜥蜴のように地面を這うような格好で襲いかかってきた。速い。
「らぁっ!」
だがララがその頭部に蹴りを見舞った。四足歩行の動く死体は吹っ飛び、ごろごろと地面を転がって壁にぶつかる。
「っ! 気を付けるのだ! 他にもいるようだぞ!」
「うわ、何なのこいつら!?」
サーシャが叫び、直後にリオンも気付いた。
左右の壁、さらには天井にまで、同種の動く死体が張り付いていたのだ。加えて、いつの間にか背後にも。
「……普通の動く死体ではなさそうですね」
ティリアが指摘する通り、今まで遭遇してきた動く死体とは明らかに別種だ。手足が異様に長く、胴体も細長い。頭髪はすべて抜け落ちていて、変色した頭皮が完全に露出している。
動く死体は辛うじてボロを纏って裸を隠していたのに、目の前の別種は完全に裸だ。幸いなことに、壁に張り付いているため大事な部分は見えなくて済んでいるが。
ていうか、壁はともかく、どうやって天井に張り付いてんの!?
「とりあえず〝動く裸体〟と名付けるか」
ララが言った。
ダンジョンに棲息するモンスターの名前はかなり適当だ。正式な学名があるモンスターもいるが、少なくとも冒険者たちは好き勝手に呼んでいる。そして最初に発見した冒険者が付けた呼び名が広まり、正式名称っぽくなる場合が多い。
「死体要素なくしちゃっていいの!?」
「元々こいつらは死体じゃないだろう? 最初からこの姿で生まれて来てるんだ」
「そ、そうだけど……でもさすがに動く裸体は嫌すぎるってば! 動く、って言葉が意味を成してないし!」
「では〝全裸マン〟にしよう」
「ええっ?」
「来るで!」
イルーネの声で、リオンの反論は有耶無耶になった。たぶんこのまま〝全裸マン〟で決定しちゃうんだろうなと嘆息するが、すぐに今はそれどころじゃないと思い直す。
リオンがナイフを構えた直後、恥ずかしい名前を付けられたことなど露知らず、全裸マンたちが一斉に動き出した。
全裸マンは全部で七体いる。しかもバラけているため、いつものようにゴルが一人で引きつけることはできない。
前方の二体をララが、左手の壁の一体をゴルが、右手の壁の二体をサーシャが受け持つ。イルーネは天井に張り付く一体へと矢を向けた。
必然、後方の一体はリオンとティリアで対処することになる。
だがそのとき、イルーネの矢に射抜かれた天井の全裸マンが、首に矢が刺さったままリオン目がけて飛び降りてきた。
「リオンはん! 危ない!」
「うわっ!」
「レラル」
寸でのところでティリアが魔法を放ち、雷撃を浴びた全裸マンの軌道が僅かに逸れた。リオンのすぐ傍へと落下する。速度を優先したためか、詠唱が凄まじく短かった。
しかし速度優先で威力不足だったこともあってか、全裸マンは即座に起き上ると、リオンに飛びかかってきた。
「っ!」
足に噛み付かれてしまう。
幸い、そこは戦闘靴で護られている箇所だった。リオンはひっくり返りそうになりつつも堪え、どうにかナイフを全裸マンの首筋に突き刺した。
靴から顎が離れ、倒れ込む全裸マン。すかさずイルーネが矢で頭部を貫くが、まだだ。リオンは幾度もナイフを振り下ろし、全裸マンが完全に沈黙するまで攻撃を続ける。やはり動く死体同様、ちょっとやそっとのダメージでは倒せないようだ。
「ラルダーロ」
その間、振り向きざまにティリアが魔法を撃っていた。
先ほどよりずっと鋭い雷が迸り、背後から迫りつつあった別の全裸マンに直撃。
火傷を負い、ぷすぷすと身体から煙を出す全裸マンだが、それでもまだ襲いかかってこようとしている。
「ラルダーロ」
ティリアは間髪入れずに二撃目を放った。
黒こげになる全裸マン。しかしそれでも動けるようで、今度は匍匐前進で近づいてくる。
「シュルライ」
ならばと、ティリアが別の呪文を詠唱。すると全裸マンの全身が見る見るうちに氷結していった。それでようやく動きが停止する。
「どうやら氷魔法の方が効果的のようですね」
七体すべて撃破したのを確認してから、イルーネが声をかけてきた。
「かんにんな、リオンはん。まさか天井からあんなジャンプするとは思わんかった」
「ううん。僕ももっと注意を払うべきだったよ」
「これはもう、お詫びにうちの身体を捧げるしか……」
「要らない」
「顔色一つ変えずに拒絶された!?」
何やら喚いているイルーネを放置し、リオンはティリアに礼を言った。
「それより今度こそありがと、ティリア」
「いいえ。咄嗟に詠唱を短くしたのですが、間に合ってよかったです」
もし少しでも遅れていたら、リオンは全裸マンの下敷きになっていたかもしれない。色んな意味で嫌すぎる。
それにしても、ティリアは冒険者になったばかりだとはとても思えない。戦闘中でも冷静な判断ができ、かつそれを難なく実行に移せる力がある。
リオンが予想した通り、彼女の加勢はこのダンジョンを攻略するにあたって大きな戦力になるだろう。
僕も後輩に負けないように頑張らないとね!
すでに負けてる気がするけどさ……。
パーティは地下墳墓の奥へと進んでいく。