第28話 報告
迷宮都市ロストウェルの街並みを見下ろす高台の上に、その墓地はあった。
丘の上を覆っている草むらには無数の白い墓石が並んでいる。相当な数だ。当然ながら大量の墓石は、これまでにそれだけ大勢の人間が亡くなったことを示している。
丘のもっと高いところには立派な墓が見えるが、中腹のこの辺りにある墓はどれも小さい。庶民の墓だからだ。
その中にゴルの墓があった。
彼は戦争孤児だったらしく、故郷も身寄りもなかった。
とある国の貧民街でしぶとく生きていたところを、旅の商人に労働力として雇われ、しばらく大陸各地を転々としていたそうだ。だがあるとき隊商の護衛を任された冒険者の話に魅せられ、世話になった商人を半ば裏切るような形で迷宮都市にやってきたのだという。
本人の遺言などないが、きっとここで眠ることが彼にとっては一番良いだろうと、皆で話し合った結果だった。
「ゴル。……オレたち、ダンジョン〈死者の王国〉を攻略したぜ」
墓石の前でララが報告する。
「てめぇのお陰だ。礼を言う。ありがとよ」
ぶっきら棒な口振りだったが、そこにはたぶん、彼女にしか分からない万感の思いが込められているのだろうとリオンは思った。
「ゴル殿……」
サーシャが前に進み出で、ララの横に並んだ。
そして腰に差していた鞘から剣を抜く。
美しい刀身が陽光を反射して煌めいた。だが次の瞬間、陽炎のように刀身が揺らめいたかと思うと、彼女の手にあったはずの剣が消えていた。
「これが宝物庫の中にあったものだ。名前は分からぬが……」
ダンジョンを最初に攻略した者だけが手にできる、伝説級アイテム。
装備者以外からは、刀身が消えたように見えるという特殊な力を持つ剣だった。
売れば一生生活に困らないほどの大金が入ってくるだろうが、誰もそうしようとは思わなかった。そして彼女以外に剣を使う者はいないため、満場一致でサーシャが装備することになったのである。
イルーネが持っていた花を墓前に沿えた。
「生前やと花なんて全然似合わへんかったけど、今なら問題あらへんな」
確かにそうだろう。リオンはゴルが花を手にしている姿を想像して思わず笑ってしまう。似合わないにもほどがある。
けれど、今は。
そこに彼の名前が刻まれていることを除けば、他の墓石とほとんど見分けがつかない。あの特徴的な容姿も、死んでしまうと無くなってしまうんだな。そんな当たり前のことを思うと、今度は急に悲しくなって涙が出そうになった。
ぐっと堪える。
冒険者にとって、死とは身近なものだ。ギルドに行けば、仲間を失ったパーティなど五万といる。当然、誰もが大なり小なり覚悟しているものだ。自分の死も含めて。
失った仲間のことを忘れることなんてできない。
けれどその悲しみを抱えながらも、前に進んでいかなければならないのだ。それが冒険者というものだと、リオンは思う。
「じゃあな、ゴル」
ララがあっさりと踵を返す。傍から見ると、墓参りにしてはかなり薄情な印象を受けるかもしれない。けれど、リオンは「団長らしい」と思った。
「僕たちも帰ろっか」
「うむ」
「せやな」
「はい」
ララの後を追って、リオンたちは立ち去る。
しかしふと一瞬だけ立ち止まって、リオンは小さな声で呟いた。
「……また来るよ、ゴル」
坂道を下りる途中、不意にララが言った。
「……リオン。改めてお前にも礼を言いたい」
「え?」
いきなり畏まった彼女に、リオンはキョトンとしてしまう。
「お前がいなければ、オレたちがダンジョンを攻略することはできなかっただろう」
「……まぁ、ほとんどこれのお陰だけどね」
リオンは腰のホルスターから魔法銃を抜きつつ、応える。
《創造者》ミールが作った新作アイテム。これがあったからこそ、リオンは死竜にトドメを刺すことができたのだ。
「それに、魔法を充填してくれたのはティリアだしね」
撃ったのはリオンだが、〝弾〟に高威力の魔法を込めることができる彼女がいなければ、ただの高価な置物に成り下がってしまう。それなのにまるでリオンだけの功績のように言われると、色々と心苦しかった。
「ですが、それを言うなら私がここにいるのも先輩のお陰です」
「それに、そのことだけじゃない。あのときオレを止めてくれたこと、それからゴルの仇を撃つためダンジョンを攻略したいと言ってくれたこと。どっちも助かったぜ」
「……う、うん」
こんな風に手放しに褒められてしまうと、何だかむず痒い。
けれどいつも仲間たちに頼ってばかりだ。そんなことでもパーティのために貢献できたのだとすれば、素直に嬉しかった。
「……ただ、二度とあんな無茶はしないようにな?」
「う……わ、分かってるってば!」
すでに何度目か分からないが、また釘を刺されてしまう。あの場面は仕方なかったでしょっ、とリオンは心の中で反論した。
「いや、お前は分かっていない」
そんなリオンの内心を見抜いたかのように、ララは首を振った。
「お前は自分のことを卑下しすぎだ。心のどこかで、自分ならどうなってもいいと思ってしまっている。だがな、それはお前のことを大切に思ってくれている人に対する侮辱だぞ」
「それや! 団長、ええこと言った!」
「うむ、わたしも団長の意見に同意だ」
「そうですね。他人に優しくするだけでなく、先輩はもっと自分のことも大切にしてください」
「……みんな」
不覚にもうるっときてしまった。
リオンは目端に浮かんだ涙を隠すように、力強く頷いた。
「わ、分かったよ! うん、もう無茶はしないよ!」
……だけど、みんなを護るためなら……僕はたぶん……
と、言葉とは反する想いが湧き上がったが、この気持ちは胸の内に秘めておくことにする。
「ところでリオン殿。ずっと気になっていたのだが、その魔法銃? というものだが、一体どうやって手に入れたのだ?」
「これ? とある道具屋さんで買ったんだよ」
サーシャに訊かれ、リオンは答えた。
「かなり高かったんだけどね」
「幾らしたんや?」
リオンはちょっと躊躇ってから、正直に告げる。
「……えっと…………さ、三百万クローネ」
「「「は?」」」
びっくりしたような顔を一斉に向けられてしまった。
「先輩、どこにそんなお金があったのですか?」
ずいっと身を乗り出してくるティリア。心なしか目が冷ややかだ。怖い。助けを求めるように他の仲間たちの顔を見たが、全員がじっとりとした視線をリオンへと注いできていた。
冷や汗が吹き出してくる。
「あ~……えっと…………しゃ、借金しちゃった」
彼女たちに嘘は言いたくない。というか、言ってもバレる。女性というのは総じて勘が鋭いものだ。それに、そもそもリオンは嘘を吐くのが苦手だった。
「……おい。詳しく訊かせてもらおうじゃないか?」
ララが笑顔で迫ってきた。ただし目はまったく笑っていなかったが。
これはマズイ。リオンは後退りしたが、逃げ道を塞ぐように女性陣が取り囲んできた。
「リオン殿」
「リオンはん」
「先輩」
「ひえっ……」
――この後、めちゃくちゃ怒られた。
そして結局、仲間たちから援助してもらうことになり、リオンは無事に借金を返済することができたのだが……
「先輩。罰として一緒に銭湯に行きましょう」
「おっ、それは名案やな!」
「えっ? せ、銭湯って……べ、別に良いけど……でも、どのみち別々だよね? 僕だけ男湯だし……」
「問題ありません。先輩なら女風呂でも十分に通用します」
「しないよ!?」
「……そ、そうだな。うん、リオン殿であれば何の問題もない。問題ない……問題ない……」
「あるよ! むしろ問題しかないんだけどさ!」
「おら、リオン。こいつは罰だ。てめぇに拒否権はない」
「ちょ、団長まで!?」
「にしし、リオンはんとお風呂っ……ハァハァ……」
「ついに……先輩の真実が明らかに……」
「う、嘘だよね!? 冗談だよね!? 冗談って言ってよ! ――ぎゃっ!? なっ、何を……? は、放してっ! いやだぁぁぁぁっ!!!」
無理やり連行されるリオンの悲鳴が迷宮都市に響き渡った。
ここでいったん完結とさせていただきます。お読みいただきありがとうございました。