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第27話 勇者

「団長っ、サーシャっ、イルーネっ、ティリアっ。お願い! 全力で死竜を引き付けてて!」


 硬い決意を込めた瞳を向け、仲間たちに大声で告げるリオン。


「勝算があるのかっ?」

「たぶん! 一か八かだけど!」

「分かった! やってみろ! だが無茶はすんな!」

「……うん!」


 ごめん、団長! 間違いなくすっごい無茶するよ!


 リオンは心の中で謝罪する。だが無茶を承知でやらなければ、目の前のこのボスモンスターを仕留めることはできないだろう。そしてこれは他の誰かにやらせるわけにはいかない。


 仲間たちが死竜を相手取ってくれている中、リオンは大きく深呼吸しながら息を整える。体力はとうに底を尽きかけている。だが次の行動は絶対に失敗の許されない最後のチャンスだ。リオンは死竜から一瞬たりとも目を離すことなく、その瞬間に向けて闘志を燃やした。しかし頭だけはどこまでも冷静に。


 走り出した。

 息を殺し、足音を殺し、気配を殺す。


 リオン=ハルベルトは弱い。


 先ほどアンデッド化したゴルを前に威勢よく啖呵を切ったが、それでもリオンが未だパーティの中で最弱であることには変わらない。


 リオンは、アマゾネス族のララのような優れた身体能力や体術を持たない。

 ゴルのように《重戦士》として仲間たちの盾となれる頑強さもない。

《聖騎士》の〝加護〟を持つサーシャのような剣の腕もなければ、聖気を使うこともできない。

《狩人》の〝加護〟を有するイルーネのように百発百中の矢の腕前もない。

 天才《魔女》であるティリアのような魔法の才能もない。


 冒険者全体を見てみても、数えればまず間違いなく下の方だろう。

 一般的に雑魚と言われるモンスターが相手でさえ、リオンは苦戦する。毒や目潰しなどといった搦め手を使って戦わなければ、確実に倒せるモンスターなど限られている。

 そんな人間が冒険者を続けていくには、何が必要か。


 勇気だ。


 小柄で華奢、そんな脆弱な身体で凶悪なモンスターに挑む勇気。

〝加護〟を持たない劣った戦闘能力で危険なダンジョンを探索する勇気。

 周りから才能がないと断じられながらも、それでも自分の可能性を信じる勇気。

 冒険者として、リオンには人一倍の勇気が必要だった。


 だからこそ、リオンは強敵を怖れない。


 死竜。

 このダンジョンにおいて、最強の称号を冠するボスモンスター。

 ドラゴンがアンデッド化した怪物。

 しかしこの見上げるほど巨大な敵へ、ちっぽけなリオンが勇敢に立ち向かう。


 僕はこれまで何度も何度も何度も自分よりも強い相手と戦ってきたんだ……ッ! 今さらお前なんかにビビらないよッ!


 リオン=ハルベルトには父親のような〝英雄〟になれる才能はないかもしれない。

 けれど――――彼は紛れもない〝勇者〟だった。


「リオン!?」

「リオン殿!?」

「な、何やっとんねんっ!?」

「先輩っ!?」


 仲間たちが一斉に驚愕の声を上げる。

 リオンは死竜に背後から迫り、あろうことか、その小山のような身体を上り始めたのだ。


 当然ながら死竜の動きに合わせ、その背中は大きく振動する。その度、リオンは振り落されそうになるのに必死に堪えた。時に死竜の背にナイフを突き刺しながら、懸命に巨体を駆け昇っていく。幸い痛覚がないせいか、リオンに気づく様子はない。


 痛っ……。


 だが死竜の腐った身体は、触れただけで金属すらも溶かしてしまう。必然、リオンの手に激痛が走る。


 こんなもの……っ!


 それでもリオンは無謀なクライミングをやめようとはしない。強酸性の粘液が顔に飛び散っても、力を振り絞って前進していく。


「オアアアアアッ!」

「っ……気づかれちゃった!?」


 だがさすがに死竜も背中の異物を察したか、急に身体を揺らしてリオンを振り落としにかかった。リオンは咄嗟に腐肉から突き出した骨にしがみ付いたが、このままではすぐにでも振り落されてしまうだろう。


 あとちょっとなのに……っ!


「……アルトリュテイ、シュルライセルレスっ!」


 そのとき残る魔力を振り絞り、ティリアが氷魔法を発動した。死竜の身体が氷に覆われ、一瞬だが硬直する。

 もはや立つ力すら消耗してしまったのか、ティリアはその場にへたり込んだ。


 今だ……っ!


 ティリアが必死に作ってくれたこの瞬間を逃すわけにはいかない。リオンはほとんど気力だけで腐肉の上を駆け上がり、ついに死竜の頭の上へと辿り着いた。

 そして――


 ――身体を宙へと投げ出した。


 背後で仲間たちが息を呑む音が聞こえる。天地が逆さになり、気持ちの悪い浮遊感がリオンを襲った。


「オアアアアアアアッ!!!」


 目の前には上下反対の死竜の顔。

 頭の上から降ってきた愚かな獲物の存在に即座に気づいて、その巨大な咢が思いきり開かれる。

 リオンを捕食せんと迫りくる、剣山のごとき牙の列。その向こう側には洞窟のような真っ暗闇が見えた。……ゴルが呑み込まれた口の中。


「リオオオオオンっ!!!」


 ゴルのときのように、目の前で仲間が一飲みされる一瞬後の未来を幻視したのだろう。ララが悲痛な叫び声を上げた。


 大丈夫だよ、団長、みんな。……僕は死なないっ!


「残念だけど、君が喰らうのは僕じゃなくてこいつだッ!」


 大口を開けて迫る死竜へ、リオンは魔法銃を向ける。そして、トリガーを引き絞った。


 激烈な雷光が迸った。

 銃口から放たれた雷撃は、死竜の口の中へと吸い込まれ――――爆散する。


 同時にその反動により、リオンの軽い身体は紙屑のように反対方向へと吹き飛ばされていた。


「うああああっ!?」


 せめて頭と足の上下を入れ替えようとするも、身体に力が入らない。とっくの昔に限界が来ていたのだ。迫りくるは硬い地面。このままだと頭から叩き付けられてしまう。


「リオンはんッ!」


 しかし寸でのところで、イルーネが落下点に走り込んできた。リオンを全身で受け止める。


 むにっ!


「ぶへっ!?」


 クッションのごとく柔らかい物体に顔から激突。お陰でどうにか衝撃の大部分を逃すことができたが、そのままイルーネと一緒に地面を転がった。


「いたた……」


 どうにか生きているらしい。リオンは痛みに呻きながらも起き上ろうとするが、


「あほっ! じぶんはあほかっ!? 何て危ないことやってんねんっ! もうちょっとで死ぬことやったやんか!」


 イルーネの叱責が耳をつんざく。

 だが今はそれどころではない。


「死竜はっ!? どうなったっ!?」

「ひゃんっ?」


 居ても立ってもいられず、イルーネを無理やり押し退け、リオンは背後を振り返った。その際、何か物凄く柔らかい物を揉んでしまった気もしたが、それも後回しだ。


「……うぅ、人の胸思いきり揉んどいて……さすがにそれは酷いと思うで……」


 イルーネの恨めしげな声も耳に入らない。


 リオンが目を向けると、死竜はその動きを完全に止め、静かにその場に屹立していた。頭部には無数の亀裂が走っている。全身の腐った肉がぼとぼとと落下し、骨が粉末状になって地面に降り注いでいた。

 そしてついには、堰を切ったように死竜の巨体が一気に崩壊していった。


「倒したの?」

「……たぶんな」


 恐る恐る口にすると、イルーネが頷いた。


 リオンがとった作戦は単純なものだった。

 外側から雷撃をぶつけたとしても、その破壊力の一部はどうしても四散して威力が弱まってしまう。だが口の中のある程度密閉された場所となれば話は別だ。

 しかもドラゴンの頭蓋は、外側より内側の方が脆い――らしい。


「よ、よかった……」


 ほっと安堵の息を吐きながら、リオンはその場にへたり込む。本当に一か八かだったが、どうにか上手くいったらしい。


「いでっ!?」


 いきなり頭に衝撃を受け、リオンは悲鳴を上げた。

 顔を上げると、不機嫌そうな顔でララが見下ろしていた。


「バカ野郎。無茶はするなって言っただろうが」

「……ご、ごめんなさい」

「リオン殿!」

「先輩!」


 そこにサーシャとティリアが駆け寄ってくる。頭を叩かれて涙目になっているリオンを見ると、二人とも呆れた様子で、


「まったく。何という無茶をするのだ」

「本当です。先輩のせいで間違いなく寿命が縮んでしまいました」

「ご、ごめん」

「見せてみろ。っ……酷いことになっているではないかっ」


 リオンの身体はあちこち焼け爛れたようになっていた。死竜の背中をロッククライミングしたことによる負傷だ。サーシャがすぐに聖気で治療してくれるが、聖気も万能ではない。完治するにはきっと時間がかかるだろう。


 ゴゴゴゴゴゴ――


「っ? な、なんなの今度はっ?」


 そのとき不意に地響きを伴う轟音が鳴り始め、リオンは思わず腰を浮かしてしまう。


「恐らく宝物庫の扉が開いたんだろう」

「ってことは……」


 ララが皆の顔を見渡してから、告げた。


「みんな、よくやった。オレたちはついに、このダンジョンを攻略したんだ」


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