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第25話 それでも僕は強くなりたい

 リオンがパーティ〝空腹の獅子〟に加入することになったきっかけは、実はゴルと出会ったことだった。


 今から半年ほど前のこと。

 村人たちの反対を押し切り、リオンは生まれ育った田舎の村から飛び出した。


 何の〝加護〟も持たないというのに、冒険者になりたいなんで無謀だ。

 お前は父親とは違う。

 才能が無い。


 皆からそう言われても、他ならぬリオン自身がそれを受け入れることができなかったのだ。

 確かに自分には戦いに向くような〝加護〟がない。

 それでも絶え間ない努力を続けていけば、父のような英雄とまではいかなくとも、一角の冒険者にはなれるはずだ。

 そう己を信じ、若い闘志と野望を燃やしたリオンは、単身でここ迷宮都市ロストウェルへとやってきたのだった。


 とは言え、右も左も分からぬ駆け出し。

 リオンとて最初から無茶な冒険はしない。

 最初は〈迷宮の大樹ツリー・オブ・ダンジョン〉の中でも、最も難易度が低いとされているB1ダンジョン〈土人形の迷宮〉で肩慣らしだ。そう考えたリオンだったが――


 ――あっさりと死にかけていた。


『う、嘘でしょ!? これで難易度が低いって!?』


 土人形たちに追い駆けられ、必死に逃げ惑うリオン。だが不運なことに逃げた先にも土人形がいて、挟み撃ちにされてしまう。

 土人形一体一体は、村で一人鍛錬を積んでいたこともあり、リオンでもどうにか倒せるくらいの強さだ。だがそれが一度に何体も群れを成して襲ってくるとあっては、もはや逃げる以外の手段はなかった。


 自分はこんなところで死んでしまうのか? 村人たちに「今に見てろ」と啖呵を切って飛び出してきたというのに、こんなにも呆気なく?


 嫌だ。

 死にたくない。


 そのときだった。

 突然、大柄な人影が割り込んできたかと思うと、豪快に戦斧を振り回してリオンを追い詰めていた土人形数体を纏めて薙ぎ払ったのだ。

 その圧倒的な力への驚きと、助かったことからくる安堵で呆けるリオンに、その人物は爽やかな笑みとともに告げたのだった。


『俺が来たからにはもう大丈夫だぜ、お嬢さん』


 その光景はさながら、美しきヒロインと、それを救う素敵な英雄の出会いのようで――


 ――残念ながらそのヒロインは男で、英雄の見た目はゴリラだったわけだが。




 自らが壁となってリオンを護りながら、ゴルはあっという間に土人形を蹴散らしていった。

 その際、ゴルは幾度も土人形の攻撃を喰らっていた。だというのにまるで平然としていて、身体には打撲痕一つ付いていない。


『それは俺が《重戦士》の〝加護〟を持っているからだ。土人形程度の攻撃なんて、俺には蝿が止まったようなもんだ』


 これが〝加護〟の力……。


 そのとき初めてリオンは知ったのだ。〝加護〟を持っているということが、いかに冒険において有利なのかということを。


 それからリオンが駆け出しのソロ冒険者であることを知ったゴルは、自分の所属するパーティに入らないかと熱心に誘ってきた。

 リオンとしても大いにソロ攻略の危険性を痛感したこともあって、すぐにその誘いに乗ることにした。冒険者のことやダンジョンのことなど、初対面の自分に懇切丁寧に教えてくれるゴルのことを、不覚にも良い奴だと勘違いしてしまったせいでもある。


 そしてすぐにリオンはパーティの面々に紹介された。


『えっと、始めまして。僕はリオン。リオン=ハルベルトだよ』

『めっちゃ可愛ええ子キターーーーっ!』

『ちょ、いきなり何すんのさっ? あと僕、男なんだけどっ』

『……は? お、女じゃねぇのか……?』

『え……? そ、そうだけど?』

『なっ……だ、騙しやがって! 俺の純情を返せっ、くそったれがっ! 戦力にならねぇ男なんて要らねぇっつーの!』


 リオンが男だと知った途端、それはもう盛大な掌返しをかましてきたゴルだった。



    ◇ ◇ ◇



「う~あ~~っ」

「……あのときからずっと、僕は君に嫉妬していたよっ!」


 呻き声を漏らしながら必殺の一撃を見舞わんとするゴル。リオンはそれを間一髪で躱しつつ、すれ違いざまに首筋をナイフで斬り付けていく。


『今日は何体モンスター倒したよ? え? 五体? はははっ、聞いて驚くんじゃねぇぞ! 俺様は二十五体だ!』


 ゴルは事あるごとにリオンのことを馬鹿にしてきた。恐らく本人としてはそれほど悪気があった訳ではなく、ちょっとしたからかいの延長だったのだろう。あるいは、リオンに性別を騙されたことへの意趣返しだったのかもしれない。


「っ……このっ!」


 直撃すれば即死しかねない刃を極限の集中力で避け、リオンはゴルに攻撃を加えていく。緊張で汗ばむ手から、油断するとナイフを滑り落としてしまいそうだ。


 リオンはゴルのことが苦手だった。

 いつも自分を馬鹿にし、見下してくるから――という以上に。

 自分にはできないことができるゴルを見ていると、自分の弱さを痛感させられるからだ。


 パーティの盾。

 リオンを助けてくれたときのように、敵の群れに立ちはだかり、その攻撃を一身に受けながら仲間たちを護り抜く。

 その姿はまさに、リオンにはない〝男らしさ〟や〝強さ〟の象徴だった。


「僕はそんな君を見ていると、弱い自分を痛感させられて苦しかった! 僕だって、君みたいに皆を護ることができる力が欲しいって、いつもいつも思ってた……ッ!」


 風を斬り裂き、破壊的な威力を有して迫った戦斧がリオンの肩を掠めた。

 それだけで軽鎧の肩当てが吹き飛び、血が飛び散り、激痛が走る。それでもリオンは足を止めず、ゴルの懐に飛び込んで鎧に空いた穴を足場に飛翔。坊主頭の上を舞い、渾身の力でナイフを振るった。

 着地とともにすぐさま離脱。眼前を巨大な刃が擦過し、風圧がリオンの前髪を巻き上げる。


 嵐のごとき戦斧の連撃を懸命に掻い潜りながら、リオンは幾度も幾度も攻撃を仕掛け続けていた。《重戦士》の誇る圧倒的な防御力に対し、力のないリオンはとにかく手数で勝負を挑むしかないのだ。しかも一撃でもまともな攻撃を喰らえば、即敗北。


 汗と血を散らし息を切らしながら、時に無様に地べたを転がる。真正面から敵に挑み、力で粉砕していくゴルとはまさに対照的な戦い方だった。どちらが英雄らしいかと言えば、明らかにゴルの方だろう。顔はともかく。


「……くっ!」


 真っ先に限界がきたのはリオンの手だった。硬い肉を全力で斬り裂くたび、ナイフを持つ手に凄まじい負荷がかかって握力を消耗していたのだ。感覚はとうに麻痺している。


「う~あ~~」


 ただでさえ硬い肉に与える一撃は塵のごとき威力だというのに、弱まった握力ではなおさらだ。このままでは倒し切る前に、確実にリオンの体力が尽きてしまう。


 それに、敵はこいつだけじゃない……っ!


 リオンは呼気を荒らげながら、ちらりと仲間たちの方へと視線を向ける。

 そこには死竜を引きつけつつ逃げ回るララやイルーネ、魔法の詠唱を続けるティリア、そして大型の全裸マンと戦うサーシャの姿があった。


「いつまでも君の相手をしてるわけにはいかないんだよっ!」


 長引くほど不利になる。すでに体力も握力も限界。攻撃を避け続けることも、攻撃を続けることも厳しい。

 次で決める。

 そう心を固め、リオンは勝負に出る。


「……確かに、僕は弱い。父さんのように英雄になれる才能なんてない。君のような〝加護〟もない。でも、それでも……」


 リオンは己の限界に抗うかのように、痺れた手で強く強くナイフを握り締めた。


「それでも僕は強くなりたい! 大切な仲間を護れるくらいに!」


 地面を蹴った。

 力を振り絞った全力疾走。


「だから今日、僕はここで君を越えていくっ!!!!」


 ゴルは身体を捻って戦斧を構えた。そして正面から馬鹿正直に突っ込んでくる愚かな冒険者に引導を渡さんと、その圧倒的な膂力に任せて横薙ぎの一撃を繰り出す。


「うあああああああああああああっ!!!!」


 怒声を轟かせ、リオンは懸命に恐怖心を振り払う。まともに喰らえば一瞬で肉塊に成り果てるだろうその刃を前に、リオンは決して足を緩めない。

 そして――全力でしゃがみ込んだ。

 地面すれすれを駆けるリオンのすぐ頭上を、髪の毛を何本か斬り飛ばしながら大質量が擦過していく。高まり切った集中の中で、リオンにはそれがゆっくりと見えた。


 ここだっ!


の刹那、リオンは左手を必死に伸ばし、通り過ぎる戦斧の柄を掴み取っていた。


「ぐっ……」


 左肩が脱臼しそうなほどの衝撃。

 だがリオンは絶対にそれを手放さなかった。

 振り回される戦斧に合せて、リオンの華奢な身体もまた、引き千切られそうになりながらゴルの周囲を回転していく。その勢いを味方に付け、リオンは残された全握力で逆手に握ったナイフを、


「う、うおおおおおおおおおっ!!!」


 ゴルの首筋へと見舞った。


 ――ザンッ。


 これまでとは違う、確かな感触。

 リオンのナイフはゴルの頸椎を完全に寸断していた。


 直後、斧の柄を手放し、リオンの小柄な身体は遠心力で大きく吹き飛ばされる。どんっ、と数メートルも離れた場所に落下した。


「う……あ…………」


 ゴルが小さな呻き声を上げた。そして、どさりと大柄な身体が地面に崩れ落ちる。

 その様を見届けて、


「……お休み、ゴル」


 リオンは彼の冥福を祈った。


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