第24話 アンデッド
「――ゴル?」
棺桶の向こうから姿を現したのは、死竜に呑み込まれたはずのゴルだった。
「な……まさか、生きていたのか……?」
ララが目を瞠り、唖然と呟く。
確かにあのとき、死竜に呑み込まれたはず。生存している可能性は万に一つもないと思っていた。
実際、分厚い鎧には幾つもの大きな穴が開き、それは明らかに中身にまで届いていた。あの日からすでに一週間近くが経過しているのだ。幾ら《重戦士》の彼と言えど、あれだけの傷を負って生きていることなどあり得ない。
それだけはない。彼の顔の皮膚は、その大部分が火傷を負ったように黒く変色していた。頭髪も半分以上が失われ、醜く焼け爛れている。
その瞳に生者の光はなかった。錆びつき、刃の欠けた戦斧を引き摺りながら、ただ何かに突き動かされるようにリオンたちの方へと歩いてくる。
「まさか……動く……死体……?」
その言葉を口から零しながらも、リオンはその現実を受け止めることができなかった。
「う~あ~~~っ!!」
だが相手がいきなり雄叫びを上げ、戦斧を手に襲いかかってきたとなれば、もはや戸惑っている場合ではない。
「そ、そんな……」
「う、嘘やろ……?」
「なぜこんなことがっ……」
しかし呪文を詠唱中のティリアを除き、仲間たちは呆然と立ち尽くしていた。あまりのことに思考が停止しているのだ。
リオンの胸の奥から強い感情が湧き上がってきた。
僕がやるしかない!
リオンは困惑を頭から無理やり振り払い、ナイフを構えた。
「あいつは僕がやるッ!」
「リオン!?」
そして単身、その動く死体へと立ち向かう。
そうだ。
あいつはゴルじゃない。ゴルはもう死んでいる。そしてどういう理由かは知らないが、アンデッドモンスターになってしまったのだ。
だから戦わなければならない。
そうでなければ、こっちが殺される。
殺られる前に殺らなければならないのだ。
たとえそれが、かつての仲間だったとしても。
けれどそんなこと、皆には絶対やらせられないよ!
この敵は自分一人で引き受けると、リオンは強靭な覚悟を込めて叫ぶ。
「みんなは下がってて! そんな嫌な役回り、僕だけで十分だっ! 来いよっ、このクソゴリラっ!」
「う~あ~~~~」
ゴルが戦斧を頭上に振り上げ、リオン目がけて振り下ろしてきた。手加減などない、全力の一撃だ。
「っ!」
咄嗟に横転し、何とかそれを回避するリオン。すぐ背後で戦斧が地面を抉る音が響き、削り取られた石片が飛び散った。
リオンは戦斧を振り下ろした状態のゴルに肉薄すると、ナイフを穴の開いた鎧部分に突き刺す。ずぶりと嫌な感触。仲間を刺したことにリオンの胸が罪悪感でずきりと痛むが、今は無視だ。
「っ……やっぱ効かないかっ!」
しかしこちらの覚悟を嘲笑うかのように、ダメージはゼロ。《重戦士》の耐久度の高さゆえというより、アンデッドになったことでそもそも痛覚が失われているせいだ。
ゴルはすぐにリオンを粉砕せんと戦斧を豪快に振り回しながら迫ってきた。咄嗟にしゃがみ込み、ギリギリでリオンは避ける。
どうすれば倒せる? 魔法銃を使う? いや、これは死竜と戦うために温存しておかないと!
アンデッドモンスターと言っても、文字通りの不死ではない。頭部や頸部の損傷が激しければ動けなくなる。
ならば一撃離脱(ヒット&アウェイ)で少しずつ削っていくしかないと、リオンは即座に頭の中で作戦を組み立てた。
幸い、ゴルの動きはそれほど速くない。あの怪力は厄介だが、戦斧の攻撃は大振りで、リオンでも辛うじて避けることができるレベルだ。
「リ、リオン……っ!」
「大丈夫だから!」
ララの不安げな声に、リオンは力強く返す。
と、そのとき。
ズズズ……
巨大棺桶の蓋がゆっくりとズレ始め、中から化け物の呻き声が聞こえてきた。
ああもうっ……こんなときに……っ!
石製の重たい蓋が地面に落下する。
激しい地響きが起こり、ついにソイツが姿を現した。
「死竜!」
ダンジョン〈死者の国〉のボスモンスターだった。
二階建ての建築物を超える巨体だ。最強最悪のモンスターとされるドラゴンのアンデッドモンスターが、再び現れた無謀な冒険者たちに死をもたらさんと棺の中から這い出してくる。
その直後――
凄まじい雷鳴が弾けた。
視界が一瞬、真っ白に変わり、地下遺跡ごと揺るがすような甚大な轟音が巻き起こる。
続けて発生した衝撃波に、リオンの軽い身体が一瞬宙を泳いだ。
雷魔法レベル4。天才《魔女》ティリアが、十分な時間をかけて呪文を詠唱し、威力を最大にまで高めて放った会心の一撃だ。
これなら、さすがの死竜も――
「オアアアアアッ!」
「っ……」
皆が思わず我が目を疑っていた。
ティリアの雷魔法は確かに直撃していた。
だがそれは死竜の顔半分から首にかけてを抉っただけに終わっていて、当然ながらその程度ではアンデッドモンスターを倒すことなどできない。
「な、なんでや!? あの威力、そんなもんやないやろ!?」
「くそっ……これならどうだよっ!」
リオンはゴルから距離を取りつつ、魔法銃の銃口を死竜へと向け、トリガーを引いた。
先ほどに匹敵する威力の雷撃が、今度は死竜の胴体部に直撃する。
「嘘でしょ!?」
だが死竜に与えることができた傷は、その威力から想像できるそれとは比べ物にならないくらいに小さなものだった。
「き、聞いたことがある! ドラゴンの鱗はあらゆる魔法に耐性を持つという話を! 鱗の大部分が失われているとは言え、魔法への耐性が残っているのかもしれぬ!」
そう叫んだのはサーシャだ。
「そんなっ……これで魔法が通じないなんて冗談じゃないよ!」
「いえ、まったく効いていないわけではありません。狙いを一か所に――頭部に絞って、そこに集中させれば……っ!」
「そ、そっか……っ!」
ティリアの言う通りだ。これまでの経験から考えて、アンデッドモンスターであっても頭部を破壊されれば動かなくなるはずだ。ならばすべての雷撃を頭部にぶつけ、粉砕してしまえばいい。
「オオオオオッ!」
そのとき死竜が、口の中からピンク色の塊のようなものを吐き出した。
それはリオンたちの頭上を越え、部屋の入り口付近に落下する。そして独りでに動き出したかと思うと、四つん這いの体勢で起き上った。
「なんやこれ!?」
「まさか……」
そいつは先日、リオンとティリアが二人掛かりで撃破したあの大型の全裸マンだった。
「シャアアアアッ!」
口から長い舌を蠢かし、大型全裸マンが蛇のような威嚇音を発する。
「くっ、こいつ、逃げ道を塞ぎやがったぞ!」
ララが忌々しげに悪態を吐く。あの腐った脳みそに学習能力があるのか定かではないが、死竜は前回のように撤退されることを厭い、出入り口を塞いできたのだ。
「サーシャ、そいつを倒せ! オレとイルーネが死竜を引きつけておくから、ティリアは二発目の準備だ! リオン、そっちは任せたぜ!」
「了解!」
「はい」
「うん、分かった!」
死竜や大型全裸マンのことは仲間たちに任せ、リオンは目の前の戦いに意識を集中する。
戦斧を手にゴルが躍りかかってくる。
ナイフで戦斧を受けるのは自殺行為だ。下手をすればナイフの方が折れるだろう。したがって、リオンはその身軽な身体を最大限に活かして必死に攻撃を避けるしかない。
そして一瞬の隙を付いて距離を詰めると、すれ違いざまにゴルの首筋をナイフで斬り裂く!
硬っ! どんな筋肉してんのさ!?
だが《重戦士》のゴルの肉は怖ろしく硬かった。即座に離脱しつつ、リオンは心中で悲鳴を上げる。
となると、この相手にも死竜と同じ戦法を取るしかない。
何度も何度も、繰り返し同様の箇所を狙って攻撃を仕掛けていった。
「はぁはぁっ……これは、疲れる……っ!」
毎朝のランニングのお陰で持久力には自信があるリオンだったが、それでもこの全身運動の連続。さすがに息が切れてくる。
「う~~~あ~~~~」
一方、呻き声を上げるゴルには、まるで動きが鈍る気配はない。
「でも負けないから! 僕は絶対に、君を倒す……っ!」
リオンは強烈な意志力で、全身の疲労を無理やり意識外へと押しやった。
「だから君はっ、とっとと眠ってろ……っ!」