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第23話 借金

「ふぁぁぁ……さすがにそろそろ寝ないと体力がやばいっすね……」


 道具屋の店主である猫人族の少女は、上体を大きく反らして盛大な欠伸を漏らす。

 とある新作の製作に熱中するあまり、徹夜で作業を続けていたのだ。手先以外はずっと同じ体勢で固まっていたため、動かそうとすると酷い痺れに襲われてしまった。


 しかし《創造者》の〝加護〟を有する彼女にとって、これは決して珍しいことではない。お陰で目の下のは常に隈ができていて、せっかくの愛くるしい顔が台無しだった。


「……ベッドまで行くの面倒っす……」


 作業をやめた途端、猛烈な眠気が襲ってくる。彼女は横着して、作業台に突っ伏してそのまま眠ることにした。

 意識が眠りの世界へと落ちていく――


 ガンガンガンガンッ!!!


 ――その寸前、店のドアを叩く音が聞こえてきて、少女は意識を引き戻された。


「誰っすか……? 今日はもう閉店時間っすよ…………というか、ミールが起きている時間が開店時間っす。という訳で、おやすみなさいっす」


 少女は無視することにした。

 放っておけばそのうち帰るだろう。


 ガンガンガンガンッ!!!

 ガンガンガンガンッ!!!

 ガンガンガンガンッ!!!


「ねぇミール! いるんでしょ! 居留守使ってないで、とっとと出てきなよ!」


 ガンガンガンガンッ!!!

 ガンガンガンガンッ!!!

 ガンガンガンガンッ!!!


「ああああっ! うっさいっす!! 誰っすかまったくこんな朝早くにっ!!」






 ミールが店のドアを開けると、そこには店の常連の一人である冒険者の少年が立っていた。

 しかし冒険者には厳つい男が多い中、彼は中性的な顔をしている。体格も華奢で、女の子だと言われても普通に信じてしまうだろう。というより、むしろ七:三くらいで女の子かもしれない。


「で、何の用っすか、こんな朝早くに? 閉店の札はちゃんと出してたはずっすよね? あたし、徹夜明けで今から寝るとこだったんすけど?」


 ミールは不機嫌さを隠そうともせず訊いた。


「朝早くって、もうとっくにお昼なんだけどさ。また時間の感覚がおかしくなっちゃってんじゃないの?」

「……」


 あれ、とミールは首を傾げる。言われてみれば、早朝というには窓から差し込む太陽の日差しが強い気がする。


「まぁ無理に開けさせたのは謝るけどさ。でも、こんな生活続けてたら身体壊しちゃうよ?」

「わ、分かってるっす!」


 そっぽを向くミールだが、その頬は少し赤く染まっていた。

 両親のいない彼女には、こんなふうに自分のことを心配してくれる相手はいない。だから、ちょっとだけ嬉しいのだ。もちろん恥ずかしいので、そんな気持ちは絶対に彼に悟られたくはないが。


「まぁそれはともかく、今日はこの間のアレを売って貰いに来たんだ」

「アレ? っていうと、もしかして魔法銃のことっすか?」

「そう、それ! まだ誰にも売ってないよねっ?」


 ミールはハァと溜息を吐いた。


「まだ売ってはないっす。……けど、前回も言ったっすけど、あれは絶対にまけることはできないっすよ。幾ら泣き落とそうとしても無駄っすからね」


 ミールは自作の魔法銃に、三百万クローネの値を付けていた。しかし前回、この少年はそれを百万クローネにまけろとしつこくねだってきたのである。しかも分割払いで。図々しいにもほどがある。

 彼の冒険者としての実力はさておき、所属しているパーティはそこそこ名が知られているらしい。しかしそれでも、この短期間で三百万クローネを稼ぐのはどう考えても不可能だ。


 だがそんなミールの目の前に、少年はずっしりとした袋を置いて言った。


「もちろん、三百万クローネ持ってきたよ」

「……は?」


 思わずポカンと口を開けてしまうミール。有り得ない、と思いつつ、袋の中を覗いてみると、そこには大量の金貨が詰まっていた。数えてみると、確かにちょうど三百万クローネある。


「こ、これ、どうしたんすか?」


 まさか本当にこの短期間で稼いだのか。ミールは彼のことを過小評価していたかもしれないと、まじまじと目の前の少年を見る。

 だが返ってきたのはとんでもない返事だった。


「借金」

「へ?」

「普通はこんな大金、僕なんかじゃまず借りれないんだけどさ。期間内に返せなかったら身売りするっていう条件で、貸してもらったの。僕、一部の層の人たちに高く売れるらしいから」


 こいつ馬鹿なんじゃないだろうかと、ミールは本気で思った。



   ◇ ◇ ◇



 準備を完了させたリオンたちは、必勝を誓って再びダンジョン〈死者の国〉へと挑んでいた。


 目指すはもちろん、あの死竜のいたボス部屋だ。前回までの探索により、すでに最短ルートは判明している。元から度外視していた採算を今回はさらに無視し、アンデッド系のモンスターが嫌うとされる高価な聖水を全身にたっぷり振りかけておいた。そうして可能な限りモンスターとの遭遇を避けつつ、リオンたちは真っ直ぐ目的地へと向かう。


「……ゴル」


 途中、ゴルが死竜に呑み込まれたあの場所へと辿り着いた。あのときは全裸マンの死骸が転がっていたが、すでに綺麗に無くなっている。ダンジョンに吸収されたのだろう。

 だがゴルの死体は見つからなかった。モンスターの死骸と違って、冒険者の死体はダンジョンに吸収されることはない。そのため、この場所でゴルの死体を発見することも覚悟していたのだが……。


 死竜に呑み込まれ、今もまだ体内にいるのかもしれない。いや、あの強酸性の唾液を考えると、すでに骨も鎧も残らないくらいに完全に溶解してしまった可能性が高いだろう。

 いずれにしても、彼の遺体を回収することは恐らくできないだろう。


 あのとき死竜に追われ、我武者羅に逃げた道を逆行していく。刻一刻とあの化け物との戦いが近づいてきていることに、リオンは胃がきりきりと痛むような緊張感を覚えていた。


 勝てるのかな……? 僕たちだけで……。


 弱気に支配されそうになり、リオンは頭を振って自分に言い聞かせる。


 いや、勝つんだ。絶対に。……勝って、ダンジョンの〝初攻略者〟になるんだ。


 やがて、リオンたちはボス部屋へと辿り着いた。

 広大な空間のど真ん中に、巨大な棺桶。ごくり、と思わず唾液を呑み込む。


「ティリア、詠唱を始めろ」

「……はい」


 神妙に頷き、ティリアが大魔法の詠唱に入る。

 まだ棺桶の蓋が開く気配はない。恐らくは一定の距離まで近づかない限り、死竜が目覚めることはないのだろう。


 先手必勝。

 あの死竜が覚醒し、蓋を開けて姿を現すや否や、ティリアが最大威力の魔法を発動し、大ダメージを与えるという作戦だった。

 加えて――


「……」


 リオンは無言で腰のホルスターから〝それ〟を取り出した。

《創造者》ミールが創り出した魔法銃。

 トリガーを引くだけで、聖銀ミスリル製の〝弾〟に封じた魔法が前方に向かって発動されるという、画期的なアイテムだ。


〝弾〟は全部で三発。そこに込められた魔法はもちろん、天才《魔女》ティリアのものである。


 雷魔法レベル4 × 3発


 これが現在、彼女が発動できる最大威力の魔法だ。これならたった三発でも絶大なダメージを与えることができるはず。

 ちなみにここに挑む前に試し撃ちをしてみたが、大岩を粉々に破砕し、反動でリオンが数メートルも吹き飛ばされるほどのものだった。

 こいつをティリアの魔法発動に合せ、死竜にぶち込んでやるつもりだ。


 と、そのときだった。

 巨大棺桶の陰から、ふらりと人影が姿を現したのは。


 それは、重量級の鎧を身に纏う坊主頭の男で――


「――ゴル?」


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