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第22話 決起

「ゴルぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!!!」


 ゴルが死竜に呑み込まれた直後、誰よりも大きな声を上げたのは団長のララだった。


 すでにリオンたちは死竜の巨体では入ることができない、上階へと続く階段部へと逃げ込んでいる。

 だがゴルが死竜の口の中へと消えていった瞬間、ララが今にもそこから飛び出していこうとしていた。

 実際、それを止める者がいなければ、彼女は一目散に死竜へと突っ込んでいたことだろう。


 止めたのはリオンだった。


「団長っ!」


 リオンの非力では簡単に彼女を止めることはできない。だからリオンは彼女の腰に全力で抱き付いていた。それでも引き摺られてしまう。


「離しやがれ!」


 ララがいつにない剣幕でリオンを引き剥がそうとする。

 このとき初めて、彼女の中でどれだけゴルの存在が大きいものだったのか、リオンは強く思い知らされた。

 だからこそ、リオンは懸命に抗った。


「やだよっ!」


 ゴルはまだ生きている。

 リオンだってそう思いたい。

 だが彼はあの凶悪なボスモンスターに呑み込まれたのだ。触れただけで鋼鉄の鎧が溶ける唾液を吐き出すような化け物だ。果たしてその体内ともなれば、幾ら《重戦士》の〝加護〟を持つゴルと言えど、無事でいるはずがない。しかも呑み込まれる際、牙で鎧ごと胴体を噛み砕かれているのだ。


 よしんばまだ生きていたとしても、救出は不可能だ。ただでさえ倒すことはできないと判断し、逃げを選んだ相手。ゴルがいない今、戦力だって低下している。最大戦力と言っても過言ではないティリアも、もう魔法を放てるだけの力が残っていないのだ。


 そんな状況で。

 ここでもしララ一人で突っ込んでいったとしたら、さらに犠牲が増えるだけ。

 だからリオンは心を鬼にして叫ぶ。


「離さないよ! 僕は絶対に離さない!」

「ふざけんな! ゴルがっ……仲間が呑み込まれたんだぞ……っ!?」


 感情ではリオンだって助けに行きたい。当たり前だ。こんなときに理性に従うなんて、仲間としてどうなのかとも思う。

 だがそれでも、リオンは彼女を必死で引き止める。


 だってここで団長を止められなかったら、ゴルが犠牲になった意味がないじゃないか……っ!


「団長、申し訳ない」


 そのときララの首筋へ、誰かの手刀が叩き込まれた。リオンはハッとして振り仰ぐ。サーシャだった。彼女は苦悶の表情を浮かべていた。

 うっ、と苦鳴を漏らし、ララの身体から力が抜けていく。


「て、てめぇ……」

「後で幾らでもお叱りは受ける。だが今は眠っていてくれ」


 サーシャが謝罪する中、ララが瞼を閉じた。



   ◇ ◇ ◇



 階段を上った後、幸運なことにリオンたちはすぐにマッピング済みの場所へと出ることができた。

 そこからは地図に従い、最短距離で地上へと向かった。ララとゴルの二人に加え、魔力が枯渇したティリアも戦力にならず、サーシャ一人にかなり負担がかかってしまったが、聖気の温存を諦めたこともあって、獅子奮迅の活躍を見せてくれた。


 そして、どうにかダンジョンを脱出することができた。

 しかしまだララも眠ったままだ。当然このまま解散という訳にはいかない。

 サーシャの提案で、彼女の借りているアパートへと行くことになった。


 リオンが住んでいるところよりずっと新しいアパートだった。

 部屋も広い。高級住宅地とまではいかないが、それなりに住みやすい地域で、恐らく家賃はリオンの部屋よりずっと高いだろう。


 部屋はしっかりと整理整頓されていて、サーシャの生真面目な性格がよく表れている。

 ただ、整理されてはいるのだが、部屋には大量の小物が置いてあった。しかもそのほとんどが可愛らしいぬいぐるみだ。


「あ、あまり見ないでくれ……」


 彼女は男前な見た目とは裏腹に、女の子趣味なのである。


「ん…………ここは……?」


 しばらくして、ベッドに寝かせていたララが目を覚ました。

 ゆっくりと身を起こした彼女は、状況が掴めないのかしばし呆けた顔をしていたが、やがて気を失った理由を思い出したらしく大きく目を瞠った。


「……そうか……オレは……」

「団長」


 すっと前に歩み出たのはサーシャだ。律儀な彼女は、きっと無理やり気絶させたことを謝るつもりだろう。だがそれならリオンだって同罪だ。むしろララを最初に止めたのはリオンであり、ララの怒りの矛先は自分に向けられるべきだ。


「サーシャ」

「……リオン殿」


 だからサーシャを押し留め、リオンは彼女を庇うように前に出る。

 ララは短気な性格だが、今まで不思議とリオンは彼女から怒られたことが無かった。だが今回ばかりは避けられないだろう。彼女の怒りは甘んじて受け止めるつもりだ。もっとも、先ほどの自分の判断を、リオンは決して間違っていたとは思っていないが。


 ララがゆっくりと顔を上げ、目が合った。リオンは殴られることすらも覚悟し、ぐっと丹田に力を入れた。


「……リオン……さっきは悪かった。……そして、オレを止めてくれてありがとう」


 しかしララが発した一言は、完全に予想外のものだった。

 リオンは「……へ?」と、つい変な声を出してしまう。


「もしあのときお前が止めてくれなければ、オレは間違いなく死んでいただろう。ゴルを助けることもできず、待っていたのはただの犬死だった。……だから、お前の判断は間違っていなかった。怒鳴ってすまなかった」


 ララがベッドの上に座ったまま、リオンに向かって頭を下げてくる。それから彼女はサーシャの方へと目を向けて、彼女にも同じように礼を言った。


「サーシャも、助かった」

「いえ……」


 複雑な表情で小さく頷くサーシャ。

 ララの握り締められた小さな拳からは、赤い雫が垂れていた。

 張り裂けるような胸の想い。それを今、彼女はパーティを率いる団長としての責任感によって無理やり押し殺しているのだ。


 たとえ間違っていると分かっていても、団長はゴルを助けに行きたかったんだね……。


 リオンはそう思った。

 ララとゴルはいつも喧嘩ばかりしていた。けれど、二人は互いのことを強く認め合っていたのだろう。五年以上も共に歩んできた、冒険における最高のパートナーだったのだ。


「……あのダンジョンの攻略は諦めることにする」


 しばらくの間を置いて、ララは言った。


「あのボスは、オレたちの手には余る。これ以上の犠牲者を出すわけにはいかない」


 その判断はきっと妥当なものだろう。ゴルがいなくなり、戦力ダウンした今、あの死竜に再び挑むのは自殺行為だ。

 だから彼女は団長として、理性的に、自分の感情を押し殺してそう決断を下したのだ。


 それに、リオンは――


「僕は諦めたくない」


 ――真っ向から反対した。


「……どういうことだ、リオン?」


 ララが鋭い視線で睨め上げてくる。

 リオンははっきりと告げた。


「僕は、あのダンジョンの攻略を続けたいんだ」

「リオンはん……」

「リオン殿……」

「……先輩……」


 リオンの言葉に仲間たちが驚く。


「おい、何で今さらてめぇがそんなことを言い出しやがる?」


 静かな声だが、そこには隠し切れない怒りが滲んでいた。

 当然だろう。これ以上の犠牲を出さないため、彼女は自分の感情を押し殺すことを選んだ。なのに、他ならぬあのとき彼女を止めた本人が、今さらそれとは逆の意志を示したのだ。


 リオンは首を横に振った。


「違うよ。そうじゃない。あのとき僕が必死に団長を止めたのは、ゴルの犠牲を無駄にしないため。つまり、僕たちが今度こそダンジョンを攻略するためだよ」

「……」


 ララが口を噤む。

 リオンの脳裏には、つい昨日、ゴルと交したやり取りが過っていた。


「ゴルがね、言ってたんだ。団長のためにも、あのダンジョンを絶対に攻略したいってさ」

「……あいつが?」


 驚いたように目を見開くララ。

 リオンは昨日、ゴルの口から、彼女が冒険者をしている理由について訊かされた。

 アマゾネスの中で落ちこぼれだった彼女は、冒険者として名を上げて一族を見返そうとしているのだと。


 ――ま、今回のダンジョン攻略を成し遂げることができれば、あいつのその目標に大きく近づくことができるだろうよ。だから……


 だから彼は、今回の攻略に強い想いを抱いていたのだ。他ならぬ、ララのために。そんな素振り、普段はまるで見せなかったけれど。


「最後にさ、ゴルと目が合ったんだ。……何となくだけど、後のことは任せたって、そう言ってるような気がしたんだ」

「……」

「だから僕は攻略を続けたい。あのボスを倒して、ゴルの仇を取って…………それで、ゴルの最後の願いをかなえてやりたいんだ」


 言ってから、リオンは恐る恐る皆の顔を見渡した。

 偉そうなことを言いながらも、ダンジョン攻略はリオン一人ではできない。弱いリオンは、仲間たちの力を借りるしかないのだ。


「私は先輩に賛成です」

「うちも」

「もちろん、わたしもだ」


 嬉しいことに、ティリア、イルーネ、サーシャがすぐに賛成を表明してくれた。


「……だが……オレはもう一人も犠牲を出したくない」


 しかし唯一、反対の意を示したのはララだ。

 無論、ダンジョンを攻略したいという想いは誰よりも強いに違いない。

 だが今回の探索でボス部屋の場所は判明したものの、ゴルという重要な戦力が失われたのだ。今いるメンバーで、あの死竜を倒すことができるという確信が持てないのだろう。


「もちろん、僕だってもう誰も死なせたくないよ」


 リオンはそう頷いてから、告げたのだった。


「でも……僕に一つ、考えがあるんだ」


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