第20話 死せる竜
「団長!? みんなも!」
「リオン、ティリア!? 無事だったか!」
仲間たちとは意外にもすぐに合流することができた。
真っ暗闇の部屋には隅に階段が一つだけあって、そこを上っていった先にあった扉を開けると、ちょうどそこに彼女たちがいたのだ。
一見すると袋小路だったのだが、どうやら壁に隠し扉があったらしい。
いきなり壁が動き始めたためララたちが警戒して身構えていると、偶然にも階段を上がってきたばかりのリオンたちと遭遇したのだった。
「……いてて」
大型全裸マンと交戦したときにできた傷を、サーシャの聖気によって治してもらう。
肉を噛み千切られた右腿は意外にも浅い傷だった。あのとき反射的に足を退いたせいか、幸い深くは噛まれなかったようだ。
一方、背中から地面に叩き付けられた際の打撲が思っていたよりも酷かった。もしかしたら骨にヒビが入っているかもしれない。
それでも彼女の聖気による治療は優秀で、しばらくすると右腿の傷が塞がり、背中の痛みも治まってくれた。
後はちょっとお尻も痛い気がするが、ここは我慢するとしよう。と思っていると、ララに目ざとく見抜かれてしまった。
「リオン、そこも痛いんじゃないか?」
「こ、ここは大丈夫!」
「あかんで、リオンはん! 万一のこともあるし、見といてもらった方がええで! ハァハァ」
「大丈夫だってば! って、なに脱がそうとしてんのさ!?」
「そうです、先輩。ここは慎重を期すべきです」
「君まで何やってんの!? やめてってば!」
ズボンをずり下げようとしてくるイルーネとティリアの頭を、リオンは順番に引っぱたいてやった。
しかし結局、サーシャからも強く心配され、診てもらうことに。聖気での治療は患部を見なければできないため、恥ずかしいがお尻を見せるしかない。
「かわいいお尻……」
「あんまりジロジロ見ないでよ!」
「はっ……す、すまぬ。……うむ、どうやら軽い打ち身のようだな。よかった」
「うちもリオンはんのプリケツ見たい!」
「私もです」
「君たちはあっち行ってろ!」
イルーネとティリアを懸命に追い払っていると、すぐに治療が終わった。
「この下にすごくデカい全裸マンがいたんだよ。危うく死ぬとこだったし」
それから一行は、先ほどリオンたちがいた真っ暗の空間へと足を運んだ。
「こいつはやべぇな……」
「めっちゃでかいやん!」
リオンたちが倒した大型の全裸マンの死体を見せると、物凄く驚かれた。
「リオン殿、これはもしかしてボスモンスターではないのだろうか?」
「うーん、さすがに違うでしょ? ボスにしては弱かったし……」
「弱い? けっ、言うようになったじゃねぇか」
「いや、ティリアがいてくれたからだけどさっ」
からかうように言ってくるゴルに、リオンは首を振った。
もしティリアがおらず、転移したのがリオン一人だけだったとしたら間違いなくこの部屋が墓場になっていただろう。
だがティリアとしても同じ気持ちだったらしく、礼を言われてしまう。
「先輩が付いてきてくれなければ、私は今頃これの栄養になっていたと思います。ありがとうございました」
「……う、うん。もしそれが僕以外の誰かだったら、あんなに冷や冷やしたことにはならなかったと思うけどね……」
しかしトラップに引っ掛かったのが彼女であることを差し引いても、自分の方が助けられた感が強いなぁと思うリオンだった。
大型全裸マンは恐らく、時折ダンジョンに現れる特殊個体だろう。ボスではないが、それに準じる強さを持つモンスターだ。中ボスなどと呼ばれることもあり、今回のように特別な部屋で冒険者たちを待ち構えているケースが多い。
そんな相手を、リオンのお陰で詠唱時間を稼げたとは言え、ティリアは一撃で仕留めてしまったのだ。改めて彼女の魔法の才能には驚かされる。
「さて、どうにか無事に合流できたのはいいが、問題はここがどこかだな」
彼女たちも転移トラップによってこの近くへ飛ばされてきたため、現在地がまったく分からなくなってしまっているという。
地下遺跡内であることはたぶん間違いないだろう。だが、先ほどまでいた階層とは別の階層にいる可能性も十分にある。
地下遺跡は同じような通路が続いているため、これまで必ず一定距離ごとに目印となるようなものを地図に記載していた。だが、それに当てはまるものは周囲になく、少なくともここは今まで踏破したことのある場所ではなさそうだ。
「……手探りで進んでいくしかないね」
神妙な顔でリオンは結論付けた。
別の紙を用意し、新たに地図を作っていくことにする。ちなみにこの地図作成作業は、もっぱらリオンの役割である。
しばらく進んでみたが、出現するモンスターは今までと大差なかった。全裸マンと木乃伊男が大半を占め、たまに動く死体が現れる程度。
何度も交戦してきたため、これらのモンスター相手に後れを取ることはなかった。だが新タイプのモンスターが現れてもおかしくないので、油断はできない。無論、トラップへの注意も必要だ。
「いったん休憩を取ろう」
ララの指示で、袋小路にて身体を休める。水分を取り、非常食で栄養を補給する。
探索はすでにかなりの長丁場になってきていた。
ダンジョンに潜り始めて、すでに五時間以上は経過している。当初の予定では、すでに地上へと引き返し始めている頃合いだ。
「ティリア、大丈夫?」
「はい。体力の方は。……ですが、すでに半分以上、魔力を消費してしまっています」
《魔女》の中でも魔力量の多いティリアだが、ここまでにかなりの回数、魔法を発動している。大型全裸マン相手に大魔法を放ったこともあり、大分消耗してしまっているようだ。
「ティリアの魔法はできる限り節約しておいた方がいいな」
ララがそう方針を示す。ティリアの大魔法はパーティの最大火力であり、万が一のときの切り札だ。こういうときだからこそ、もしもの場合に備えて温存しておくべきだろう。
小休憩を終えた一行は、再び歩き出す。
やがて、今まで足を踏み入れた中でも最大級の広さを誇る空間へと辿り着いた。
「っ……なんやあれ……壁?」
「……気を付けろ。嫌な感じがするぜ」
その広大な空間の真ん中に、巨大な壁が聳え立っていたのだ。
しかしそれがただの壁ではないことは、そこに刻まれた彫刻を見れば一目瞭然だった。
「まさか……棺桶じゃないよね?」
リオンは恐る恐る呟いた。木乃伊男たちが眠っている棺桶と雰囲気がよく似ているのだ。ただしその大きさはまるで違う。高さは三メートルを超えており、横幅に至っては七メートル近くある。
壁の上部には真っ直ぐな線――というより、割れ目が存在していた。生憎リオンたちの位置からでは判別がつかないが、見る方角から見れば、それが蓋であることがすぐに分かったことだろう。
ズズズ……。
巨大棺桶の蓋がズレた。
「あれ絶対、中に何かいるよね!? しかもヤバい奴っぽいよね!?」
思わず後ずさるリオン。
直後、ゆっくりと蓋が持ち上がった。そして中から現れたのは――――腐った肉。
腐乱した肉が蓋を押し退け、姿を現す。
よく見るとそれは腕だった。先端には鋭い爪を有した四本の指が付いている。
さらに蓋が持ち上がり、やがて後方へと激しい地響きとともに落下した。そして化け物がその全貌を露わにする。
蛇を思わせる長い首に、蜥蜴のような頭部。しかしそこには立派な角が付随し、巨大な咢には剣のような牙の列が並んでいた。
二階建ての建物を超すほどの巨体が持ち上がり、リオンたちを見下ろしてくる。その様は一口で言うと威風堂々。さながら王者の風格。
「ドラゴン……っ!」
誰かがその魔物の王の名を呼んだ。
ドラゴン。あるいは、竜。
最強最悪のモンスターとして知られる、暴力の化身。
過去、ドラゴンの襲来によって滅ぼされた都市は数知れず。その鱗は鋼鉄の剣程度では傷一つ付かないとされており、熟練の冒険者パーティですら、遭遇したら逃走一択、見つかる前に全力で踵を返すという。
しかし目の前に現れたドラゴンは、鱗の大部分が剥がれ落ちていた。さらに肉が腐り、所々で骨や内臓が露出している。背中には雄大な翼が生えていたと思われるが、ほとんど骨と化していて、あれでは空を飛ぶことは不可能だろう。
「死竜……っ!」
ダンジョンが産み落とした、本来ならば動くはずがない竜の屍のモンスター。
こいつは、ヤバい。ボスも含めて、今まで戦ったことのあるモンスターの中でも別格だ。リオンは本能でそう確信できてしまう。
先ほど大型の全裸マンと対峙したときとは比べ物にならない。今はパーティ全員が揃っているというのに、圧倒的で濃厚な死の気配がリオンの身体を凍り付かせた。
「気を付けろ! 恐らくこいつがこのダンジョンのボスだ!」
ララが声を張り上げた直後、
「オアアアアアアッ!!」
悍ましい雄叫びとともに、ボスモンスターが棺桶から飛び出し、リオンたちへと襲いかかってきた。




