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第19話 大型全裸マン

 気づけばリオンは無明の闇の中にいた。


 どういう原理か分からないが、基本的にダンジョン内では目が見えないということはない。たとえば〈死者の国〉の墓場では光源を発見することができないというのに、なぜか真っ暗ではない。地下遺跡も同様で、墓場のフロアよりも暗いが、それでもある程度は前を見通すことができた。


 だがここは違う。本当に何も見えないのだ。


「ティリア、いる?」

「はい。ここに」


 呼びかけると返事が返ってきて、リオンはホッとする。考えてみれば彼女の柔らかな腕を掴んでいるため、いないはずがないのだが。

 どうやら少し混乱しているらしい。むしろその冷静な声音から、ティリアの方が落ち着いているくらいかもしれないとリオンは思った。


「すいません。トラップに引っ掛かってしまったどころか、先輩まで巻き込んでしまって」

「いや、いいよ。転移トラップは最も対処が難しいトラップの一つだし」


 特に、隠蔽されているものについては、もはや運任せで対処不可能と言っても過言ではないだろう。事前情報があれば避けられるが、運悪く新しく出現したものに引っ掛かってしまうケースもある。前回、パーティがバラバラになったのはそれだった。リオンたちより前に引っ掛かったパーティもいたようだが、まだ情報が出回っていなかったのだ。


「でも、君さっき隠蔽されてるはずなのに察知してたよね?」

「微かな魔力だったので確信はありませんでしたけど」


 さすがは天才《魔女》だ。今後は彼女さえいれば、魔法系のトラップを回避できるかもしれない。


「……その前にまず、皆と合流しなくちゃいけないけど」

「ですね。――フラル」


 ぽっと、リオンたちの頭上に拳大の小さな光が灯った。

 光魔法だ。

 お陰で数メートル先まで見渡せるようになった。


「……広いね」


 だがそれでも部屋全体どころか、壁すらも見えない。どうやらかなり広い空間らしい。


「そうですね。もっと強い光にしてみましょうか」

「っ! 待って…………今、何か音がしなかった……?」


 一瞬、水が滴り落ちるような、ぴちゃり、という音が聞こえた気がした。

 息を潜め、耳を澄ませる。だが辺りを支配するのは静寂と、自分たちの呼吸音だけ。


 ――ぴちゃり。


 っ……やっぱり聞こえた。ただの水音? けど、すぐ近くからだったような……。


 そこでハッとして、リオンは上を向いた。何となくそこから不穏な気配を感じ取ったのだ。

 天井はかなり高い。だがティリアの光魔法のお陰で、辛うじて見ることができた。


 そこに――――蜥蜴のようにへばり付く影があった。


「ぜ、全裸マン……っ!? でもっ……」


 直後、それが天井からリオンたち目がけて飛び降りてくる。


「ラルダーロ!」


 ティリアが咄嗟に雷撃を放つ。胸の辺りに直撃したはずだが、しかしそれはほとんど勢いを減じさせることなく降ってきた。かなり重量があるようだ。


「危ないっ!」


 リオンは思いきり地面を蹴り、ティリアを押し倒すようにして地面を転がった。すぐ背後で地響きが鳴る。

 振り返ったリオンは思わず悲鳴を上げた。


「でかっ!? 何こいつ!?」


 通常の全裸マンは、全長一・六から大きくてもせいぜい一・七メートル程度だ。だが目の前に現れたそれは、全長二メートルをゆうに超えていた。しかも全身の筋肉が発達し、横幅もある。頭部もやたらとでかい。


 全裸マンは青白い肌をしているが、こいつは全身が皮を剥いだかのように不気味なピンク色だった。手足には鋭く太い爪が伸び、口には獣めいた牙が並んでいる。そして蛇のように長い舌が垂れていて、ねっとりとした粘液で覆われていた。どうやら先ほどの水音の正体は、舌から滴った唾液だったらしい。


 大型全裸マンがゆっくりとこちらを振り向いた。この真っ暗闇の中で退化したからなのか何なのか、その顔には目が存在しなかった。


 や、やばい……っ! こいつはやばい!


 リオンの頭の中でカンカンと警鐘が鳴り響く。まさかこんな化け物の巣に転移されるなんて、不運にもほどがある。しかもここに来てすでに三十秒くらい経つが、仲間たちが後を追ってきてくれる様子はない。最悪なことにランダム転移だったのだろう。


「シャアアアアッ!」


 唾液を散らし、大型全裸マンが牙を剥き出して突進してくる。あんな短剣のごとき牙に噛み付かれれば、一巻の終わりだろう。迫りくる巨体を前に、けれど逃げるわけにはいかない。背後にティリアがいるからだ。

 だが彼女はすでに次の魔法の詠唱を始めていた。


「ドグサディウラル、グルスダーロ」

「ギャシャァァッ?」


 ギリギリのところで間に合った。先ほどより激しい雷鳴が迸り、頭部に直撃を受けた大型全裸マンが壁に激突したかのように弾かれる。


 頭部が赤黒く変色し、煙を上げていた。

 だがこの程度で倒せるような相手ではないはずだ。リオンは叫ぶ。


「ティリアは下がって大魔法の準備を! 僕が引きつけておくから!」

「っ……ですが――」

「分かってるよ! 僕一人じゃ厳しいって! できればやりたくないよ! でもそれしかないでしょ!」


 現状、それが最も生存率の高い方法だろう。

 こんな化け物相手にリオン一人で時間を稼ぐなど、どう考えても無謀極まりないし、ぜひとも御免こうむりたい話だが、生き残るためにはやるしかないのだ。


「わ、分かりました!」

「できれば三十秒くらいでお願い!」

「……何とかします!」

「シャアアアッ!」

「君の相手は僕だよ!」


 叫びながら、投擲用のダートを投げ付ける。ダメージを与えることはできないが、こっちに引きつけることくらいはできるはずだ。

 期待通り、大型全裸マンがリオンの方へと顔を向けてくる。

 先ほどの一撃に憤ったのか、いっそう苛烈に突っ込んできた。巨体だというのに、その動きの速さは通常の全裸マンに勝るとも劣らない。


 猛牛めいた突進を横転して回避する。

 だがそれを大型全裸マンの爪が許さなかった。


「……くぅっ」


 辛うじてナイフで爪を受け止めたが、その勢いを押し留めることはできず、リオンの華奢な身体は容易く吹っ飛ばされてしまう。

 地面をごろごろと転がり、痛みに顔を顰めながらもすぐさま起き上った。


 すかさず距離を詰めてくる大型全裸マン。

 この怪物からしてみれば、リオンなんてか弱い小動物のようなもの。恐らくただの捕食対象としか思っていないに違いない。実際、それくらいの力の差があった。


 でも、窮鼠猫を噛むっていう言葉だってあるんだよ!


 身を低くして噛み付き攻撃を躱すと、リオンは大型全裸マンの身体の下へと潜り込む。


「おりゃあああっ!!」


 その際、裂帛の気合いとともに大型全裸マンの喉首を思いきりナイフで斬り裂いた。そのままリオンは転がるようにして大型全裸マンの後方へと抜ける。


「ぜぇ、はぁ……」


 まだ大して動いていないというのに、息が荒い。それだけ緊張しているということだろう。全身から滝のような汗が噴き出していた。

 一方、首を斬られたはずの大型全裸マンの方は悠然とリオンの方へと振り返った。口からだらっと垂れた舌が地面を濡らし、そのままリオンの足元まで伸びてきていて――


「っ!?」


 突然、何かに足を取られて引っくり返った。

 見ると、リオンの足に大型全裸マンの舌が巻き付いていた。


 しまった――


 舌とは思えない力に、リオンの身体が宙へと浮かぶ。振り回され、背中から地面へと思いきり叩き付けられる。


「ぐはっ……」


 肺から強制的に息が漏れ、凄まじい痛みに意識が飛びそうになる。だが大型全裸マンは容赦なく再びリオンの身体を舌で持ち上げた。


「くっそっ! 気持ち悪い」


 舌にぶら下げられた状態のリオンは、腹筋の力だけで身を起こすと、足に絡み付く舌にナイフを思いきり叩きつけた。ずぷりと貫き、さらに横に薙いで切断する。

 解放され、地面へと落下するリオン。どうにか受け身を取ったが、そこへ間髪入れず大型全裸マンが躍りかかってくる。


 強烈な頭突きを喰らい、リオンはまたしても吹っ飛ばされた。硬い石床の上をごろごろと転がる。全身が痛い。それでも追撃の牙を避け、爪を躱す。だがもはや限界だ。ナイフを手から弾かれたかと思うと、右脚の腿に噛み付かれた。肉を引き千切られ、血が吹き出す。


「ああああっ!」


 悲鳴を上げ、地面で悶え転がるリオン。そこへ大型全裸マンは容赦なく覆い被さってきて――不意に、ぴたりと動きを止めた。


 一瞬、助かったと思ったが、そこでリオンは最悪な状況に気づく。

 大型全裸マンが頭を詠唱中のティリアの方へと向けていたのだ。直後、リオンから離れたかと思うと、無防備な彼女の方へと走り出した。恐らく放置すると危険だと察知したのだろう。化け物のくせに鋭い。


 まずい……っ!


 リオンは痛みを堪え、大型全裸マンを追い駆けようとする。だが追い付かない。そもそも、たとえ万全の状態でだったとしても、リオンの走力は大型全裸マンに劣るだろう。この負傷ではなおさらだ。


「ティリアっ……逃げてっ!」


 リオンの声に、しかしティリアはゆっくりと首を振った。

 そして、


「――リオメルカス、アルディリアーナ」


 詠唱が終わった。

 リオンは咄嗟に足を止め、さらには後方に飛び退りながら地面に身を投げ出した。

 直後、信じられないほどの光の奔流が辺りの闇を切り払った。

 ほぼ同時に耳を弄する轟音が鳴り響き、遅れてやってきた衝撃波にリオンの身体が吹き飛ばされそうになる。


 物凄い雷撃だった。


 僅か一瞬のそれが過ぎ去ると、今の出来事が嘘のような静寂が戻ってくる。


「や、やったの……?」


 リオンは足の痛みも忘れ、恐る恐る身を起こした。

 振り返った先にあったのは、大型全裸マンの変わり果てた姿。上半身がほとんど消滅し、焦げた肉片が辺りに散らばっていた。


「……相変わらず、えげつない威力だね……」

「雷魔法レベル3です。先輩が時間を稼いでくれたお陰で発動できました」


 ティリアのいつもと変わらない淡々とした返答を聞いて、リオンは胸を撫で下ろしたのだった。


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