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第17話 願望

 ゴーンゴーン……


「もうこんな時間か」


 夕刻に鳴らされる時鐘の音に、リオンは空を仰ぐ。

 気づけば太陽が西に大きく傾き、街並みはオレンジ色に染まりかけていた。


 サーシャと別れた後、翌日からの冒険に必要な諸々を揃えるために市場を巡っていたのだが、どうやらもう夕方らしい。時間が経つのはあっという間だなと、リオンは黄昏の空を見ながら哀愁じみた気持ちを覚えた。


 そろそろ帰ろうかと足をアパートの方へと向けたときだった。

 ちょうど目の前から、見知った男がこっちに向かって歩いてくるのを発見した。


 うわ、今日はよく皆に会うと思ってたけど、ここにきて一番会いたくない奴に会っちゃった。

 ……他人のフリしようかな?


 などと本気で迷っていると、向こうに気づかれてしまった。


「リオンじゃねぇか。何やってんだ、んなとこで?」

「わっ、人間の言葉をしゃべった!?」

「当たり前だろ!?」

「危ないからダンジョンから出てきちゃだめじゃん」

「俺は大猿モンスターじゃねぇ!」


 ゴルが大声で怒鳴ると、ちょうど傍を通りかかった人が「ひっ」と悲鳴を漏らした。その反応にゴルが何とも言えない表情になる。


「僕は今から家に帰るとこだよ。君こそ何してんの?」

「……き、決まってんだろ? これからクラブに飲みに行くんだよ」

「また? ほんと、何が楽しいんだか」

「はんっ、確かにお前みたいなガキにはまだ早いだろうな。けど、俺はもう大人だからよぉ? お前と違って経験も豊富だしな」


 ひっひっひ、とイヤらしい笑い声を漏らすゴル。


「そんなことにせっかく稼いだお金費やしてどうすんのさ……」

「けっ、お前はほんと分かってねぇなぁ? 美女にチヤホヤされるってのはな、男が鋭気を養う上で最高の方法なんだよ。そうやって翌日の冒険に備えているわけよ、俺は」

「まぁ君の場合、お金払わなくちゃ美人なんて寄ってきてくれないもんね」

「そうなんだよ。どいつもこいつも見てくれだけで俺を判断しやがって…………って、うっせぇよ! つか、ちゃんと俺のことをワイルドでカッコいいって言ってくれる子もいるんだよ!」

「営業用のリップサービスでしょ?」

「んなことねぇよ! 〝ラビットルーム〟のノウちゃんはな、マジで俺に惚れてくれてんだぜ?」

「はいはい、良かったね」

「信じてねぇだろ!?」


 この都市には数えきれないほどのクラブがある。ダンジョンのお陰で多くの人間が集まってくる街だが、比較的独身の男性の数が多い。ゆえにそうした店の需要が高いのである。


 基本的には女の子が酒を注いで接待してくれるところであるが、中には仲良くなった女の子が性的なサービスを提供してくれるようなところもあるという。


「なんなら、お前に俺の行きつけの良い店紹介してやろうか? 初心者にもお勧めの敷居の低い店があるんだよ。お前も大人の階段を上っちまえば、もう少しは男らしくなるかもしれねぇぜ?」


 余計なお世話だと、リオンは溜息を吐いて、


「いいよ、別に。お金が勿体ないし」

「かぁ~、お前、ほんとに男なのかよ?」

「男だよ!」


 リオンだって一応は男なので興味がまったくないというわけではないのだが、今は冒険に集中したいのだ。武器の整備費用くらいしかかからないゴルと違い、リオンは様々な道具を使って弱さをカバーしないとやってられない。そんな店にお金を使っている余裕はないのである。


 欲しいものだってあるしさ。当分、買うのは無理だろうけど。


 ミールのお店で見つけたあの道具のことを思い出し、リオンは心の中で嘆息した。


「それに将来もし結婚したいって思えるような人に出会ったときにさ、過去にそういうことしてると何だか相手に悪い気がするでしょ」

「かっ、出たぜ! たまにいるんだよな、お前みてぇなクソ真面目な奴! んなもん、バレなきゃいいんだよ、バレなきゃよ!」

「バレなくても、自分が後ろめたい気持ちになっちゃうでしょ!」

「なんねぇよ! むしろあるとすれば、このときのためにしっかり練習を積んきたぜっていう自信と誇りだろうな」

「ふーん。じゃあさ、いつまでも練習ばっかしてないで、早いとこ団長にアタックしちゃいなよ」

「けっ、練習ってもんはよ、別に幾ら積んだって構わ――――って、今なんつったよ!?」


 声を裏返して叫ぶゴル。その反応に、リオンは意地悪気に唇を吊り上げた。


「早く団長に告白しちゃえって言ったの」

「ななな、何言ってやがんだよ、お前っ!?」

「違うの? 君、ロリコンじゃないの? いやこの場合、合法ロリかな」

「ち、違うに決まってんだろ! 何でそうなるんだよっ!?」

「だって、いつも吹っ飛ばされて嬉しそうにしてんじゃん」

「なっ……」

「違うの? もしかして単にドMなだけ?」


 リオンはこう見えて観察眼には自信があった。そしてララに殴られたり蹴られたりするときの彼の反応から、言葉とは裏腹に実は喜んでいることを見抜いていたのだ。

 ただしそれがララに対する好意から来るものなのか、単純にMだからなのかまでは判別がつかないでいる。


「……あ、あいつは、そういうんじゃねぇよ」


 ゴルは呼吸を落ち着けてから、たどたどしくもそう断言した。


「じゃあ、ただドMなだけか」

「……」


 否定しないということは本人にも少なからず自覚があったのだろう。

 一説には、女神から与えられる〝加護〟は、当人の性質を反映したものだと言われている。ドMなゴルが《重戦士》の〝加護〟を持っているのは、この説の正しさを証拠づける一つの事例になるのかもしれない。


「そもそも、俺は根っからのボイン至上主義だ。胸のねぇ女なんざ、女じゃねぇ」

「それ、団長に言ったら殺されるよ?」

「だろうな」

「言おうかな。ドMなら、むしろ喜ぶんじゃない?」

「マジでやめろよ!? さすがにまだ死にたくはねぇよ!?」


 ……ほんとのとこはどうなんだろね?

 案外、彼は自分でも本当の気持ちに気づいていないだけなのかもしれない。さすがに野暮かと思い、リオンはそれ以上の追究はしなかったが。


「……けどまぁ、女としては見てねぇが、俺はあいつのことを認めている」

「へぇ」

「じゃなきゃ、あんなクソと五年以上も一緒にやっていけてねぇよ」

「そこはほら、ドMだから?」

「いやお前、さっきからMM連呼してやがるが、別にそこまでじゃねぇからな!? 変態みたいに言うんじゃねぇよ!」

「でもさ、そもそも何でパーティを組もうってなったの? 馴れ初めがまったく想像できないんだけど……」


 もうパーティに半年いるが、リオンは結成の経緯を知らなかった。最初はこの二人だけのパーティだったところに、イルーネやサーシャが加入していったということだけは聞いているのだが。


「最初は確か、冒険者ギルドにいたあいつに俺が注意したのが始まりだったな。当時は俺もまだガキだったが、『ここはガキが来るところじゃねぇぞ』って偉そうに注意してやったんだ。まぁ実際、ガキにしか見えなかったわけだが。そしたらいきなり殴りかかってきやがってよ」

「今と変わらないね」


 リオンには当時の光景が目に浮かぶようだった。


「他の冒険者の仲介でその場は何とかいったん収まったんだが、訊いてみたら俺よりも年上じゃねぇか。それで『嘘つくんじゃねぇ、どう見ても十歳かそこらにしか見えねぇ』って言ったら、また殴ってきやがった。その後は……別に特別な何かがあった訳じゃねぇな。ただ当時、お互いに駆け出しで仲間もいなかったからよ。一人じゃ難しいダンジョンに何度か一緒に行ってたら、いつの間にかパーティを組んでいるみたいになってたんだよ。パーティ名を付けたのはイルーネの奴が入って来てからだな。確か、あいつが適当に付けたんだ。意味はよく知らねぇ」

「へぇ、イルーネが付けたんだ。知らなかった」


 てか、まさか大食いキャラだから〝空腹の獅子〟って付けたわけじゃないよね? さすがにそんな安直じゃないよね? と、少し不安になるリオンだった。

 ちなみにパーティに加入したのは、イルーネ、サーシャ、リオン、そしてティリアの順ということになる。


「……こいつは珍しく一緒に飲んだとき、あいつが酔って勝手に話し始めたことだけどよ……あの女、アマゾネスの中では落ち零れだったそうだぜ」

「え? そうなの?」


 リオンは耳を疑う。今の彼女の姿からは想像できない話だった。


「普通のアマゾネスはもっと背が高くて手足が長いんだよ。だがあいつはあんな身体だ。子供の頃からまるで成長せず、戦闘に向かない身体つきのままだった。連中は戦闘民族だからな。弱い個体は処分されることもあるらしいぜ。あいつは幸いにも一族から追放されただけで済んだみてぇだが、元よりプライドの高い女だ。絶対に一族を見返してやると決意して、冒険者になったんだとよ」

「そうだったんだ……」


 初めて聞いたララの事情。

 それがリオンには他人事とは思えなかった。


 リオンだってそうだ。

 英雄の息子であることから、幼い頃は周囲から期待されて育った。

 なのに、何の〝加護〟も持っていないことが分かると、周りは手のひらを返したようにリオンのことを馬鹿にするようになった。

 自分も父親のような英雄なりたいと言っても、返ってくる言葉は「無理だ」「不可能だ」「身の程を知れ」というものばかり。


 見返してやりたい。

 リオンのその想いは、ララとまったく同じだった。


「ま、今回のダンジョン攻略を成し遂げることができれば、あいつのその目標に大きく近づくことができるだろうよ。だから……」

「うん、頑張ろう。絶対、攻略してやろうよ」


 ゴルが言い澱んだ継ぎ句を先読みして、リオンは頷いた。


 てか、こいつ、こんな顔して実はこんなことを考えてたんだ。……顔は余計か。


 好きかどうかは別として、やはり二人は強い絆で結ばれているのだろう。一緒に冒険をするというのは命を預け合うということであることを考えると、当然かもしれない。


 夢を実現したい。

 そう思っているのは何もリオンたちだけではないはずだ。この迷宮都市に集うすべての冒険者たちが、自らの願望を叶えるため、日々ダンジョンに挑んでいるのだ。

 けれど、その中で成功するのはほんの一握りだけ。


 リオンたちは今、それを掴みかけている。

 だからこそ、このチャンスを絶対に逃してはならないのだ。


 このパーティで未攻略ダンジョンの初攻略を成し遂げてみせる。

 リオンはその決意を新たにしたのだった。


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