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第15話 大食いチャレンジ

 結局、ミールの新作アイテムの購入を、リオンは泣く泣く断念した。


『百万クローネにまけて? あと分割払いで』

『無理っす』

『そこをなんとか。ほら、僕と君の仲じゃない』

『そんな言うほど仲良くないっすよね、うちら?』

『ひ、ひどいっ』

『そんな命乞いする小動物みたいな目で見詰めてきても無理なものは無理っす。弾だけでなく、本体にもちょこちょこ聖銀ミスリルを使ってるんすよ。しかも魔法を前に飛ばすための推進力として、銃身の内側に魔法陣を刻んでるんすけど、これ、わざわざ《魔法使い》の知人に金払ってやってもらったっす。百万クローネじゃ、さすがに大赤字っすよ! あたしは別にお金のためにやってるわけじゃないっすけど、次の新しい道具を作るためにはやっぱりお金が必要っすからね』


 とのことで、粘ってはみたものの値引きは難しそうだったのだ。


 もっとお金が溜まってから……とは思うが、果たして今のペースだと何年かかることか。しかも現在、まるで儲からないダンジョンの探索中なのだからなおさらだ。


「まぁ仕方ないか」


 無い物ねだりしてもどうにもならない。リオンは頭を切り替えることにした。


 相変わらずごちゃごちゃとした狭くて汚い道を通り、とりあえず大き目の通りを目指して歩いて行く。この辺りはあまり治安が良くないため、できれば長居したくない。

 一応はリオンも冒険者なので、そこらの暴漢程度なら撃退できる自信はあるが、この辺にはギャングの拠点もあると聞く。さすがにギャングを敵に回したりしたら、リオン程度ではどうにもならない。拉致されてどっかに売り飛ばされるのがオチだろう。……幾らくらいで売れるのだろうか? あまり考えたくはない。


 足早に進んでいく――と、そのとき、


「ぐほぁっ!?」


 そんな悲鳴とともに、すぐ目の前にあった建物の窓から、いきなり男が降ってきた。ぐしゃっ、という嫌な音を奏でて地面に叩き付けられる。


「ちょ、君、大丈夫?」

「……あ……う……」


 男は声にならない声で呻くだけだ。

 しかし思わず声をかけてしまったが、よく見るとこの男、明らかに堅気ではない。人相が悪いだけでなく、体格が良くていかにも荒事に慣れてそうな雰囲気だ。

 もしかしたらこの建物こそが、まさしくそのギャングなの拠点かもしれない。

 これは放置してとっととここから離れた方が良さそうだ。建物の中からは激しい物音が聞こえきているし。


「このガキっ、調子に乗りやぐがっ!」

「んだとコラァ、てめぇ、オレがガキだとッ!? どっからどう見たって淑女レディだろうがッ!」

「どこが淑女だぶべっ!?」

「こっ、こいつマジでやべぇぞ!?」

「くそっ、構わねぇ! ぶっ殺しちまえ!」


 今、めちゃくちゃ聞いたことのある声が交じってた気がするんだけどさ……。


 しかしなぜ、こんなところにリオンのよく知る人物がいて、しかも連中と喧嘩しているのだろうか。まさか殴り込んだのか。

 いや――


 そこでリオンは物凄くアホらしい考えに思い至る。

 彼女は年齢こそ二十五歳であるが、見た目は十歳かそこらの女の子だ。それを指摘すると本人が物凄く不機嫌になるし、本人は自分のことを淑女と言って憚らないのだが、残念ながら百人いたら百人が「幼女」と勘違いするはずだ。


 で、恐らくギャングたちは、一人でいた彼女を誘拐したのだろう。なぜ彼女が大人しく誘拐されてしまったのかまでは知らないが、この街では子供の誘拐は珍しいことではない。胸糞の悪くなる話であるが、彼らは力の弱い子供を狙って拉致し、鉱山での強制労働に従事させたり、性奴隷として売り払ったりするのだ。


 しばらく怒号や悲鳴、物が割れる音や殴打音が響いていたが、やがて静かになった。

 そして建物から出てきたのは、果たしてリオンが予想した通りの人物だった。

 

「ん? どうしたんだリオン? こんなとこで?」

「それはこっちの台詞なんだけどさ……」


 呆れた顔をするリオンに気づいて、〝空腹の獅子〟の団長、ララ=リリィが目を丸くする。

 恐らく建物内にいた構成員全員を一人で片付けたのだろうが、見たところ掠り傷一つ負っていない。さすがである。


「僕はたまたま通りかかっただけ。団長は?」

「いや、今日は天気がいいからよ、ずっと公園で日向ぼっこしてたんだが、どうやら寝ちまってたらしくてな。……で、気づいたらこんなとこに連れて来られてたんだよ」

「そ、そうなんだ」


 概ねリオンの予想通りだった。ていうか、見た目は幼女なんだからそんな無防備なことしないでよ! と思うリオンであるが、言ったら怒るので言わない。


「淑女をいきなり拉致するとか、こいつら失礼にもほどがあるぜ。てか、とりあえず潰してやったが、こいつら何者だったんだ?」


 そう吐き捨て、先ほど窓から降ってきた男の顔を踏み付けるララ。淑女は一人でギャングを壊滅させたり、人の顔を踏んだりはしないと思う。


「ギャングでしょ、たぶん。他にも誘拐していたみたいだね」


 ララは一人ではなかった。ぞろぞろと後ろに数人の子供たちを引き連れていたのだ。ギャングに拉致されていた子たちだろう。


「ありがと!」

「すごく強いんだね!」


 口々にララに礼を言っている。偶然とは言え、お手柄だった。しかし恐らくこの中にララのことを大人だと思っている子はいないだろう。子供なのに物凄く強くて自分たちを助けてくれた、という認識に違いない。何だか誰かが逆鱗に触れてしまいそうで、リオンは冷や冷やする。


「なぁ、お前、名前は何ていうんだ? あ、俺はルークだ」


 どこかぶっきら棒にララに訊ねたのは、この中では一番年長らしい男の子だった。十二、三歳くらいだろうか。ちょうど生意気盛りといった印象だ。


「オレか? ……ララ。ララ=リリィだ」

「ララ、か。凄げぇんだな、お前」


 自分の名前があまり好きではないララがしぶしぶ答えると、ルークと名乗る少年は頷きながら復唱した。その瞬間、ララが纏う空気が激変する。


「……おいこら、オレのことはお姉さんと呼びやがれ」

「っ……!?」


 ララに睨まれたルーク少年はもちろんのこと、子供たちが一斉にビクッと肩を震わせた。それでも年上の男の子としてのプライドというやつか、ルーク少年は喘ぐように口を開いて、


「……い、いや……どう見ても、俺より年し――」

「はいストップ!!」


 さらなる地雷を踏もうとしているルーク少年を、リオンは寸でのところで押し留めた。


「み、みんな、家はどこかなっ? 送ってあげるよ! こんなことがあったばかりで、不安だしね! あ、僕はリオン! このお姉さんの知り合いだから!」


 強引に話題を変え、〝お姉さん〟という部分を強調するリオン。

 自分たちより明らかに年上のリオンが〝お姉さん〟と呼んだことで、子供たちは不思議そうに首を傾げた。リオンは目で訴える。僕に話を合せて! それをどうにかルーク少年は聞き入れてくれたようで、しぶしぶという感じで言った。


「……わ、分かったよ……お姉さんたち」


 リオンは思わず叫んだ。


「僕はお姉さんじゃない!」



   ◇ ◇ ◇



 子供たちをララと一緒にそれぞれの家へと送り届けたリオンは、ララとも別れて一人、遅めの昼食を取ることにした。


 この都市には大陸、いや、世界各地から人が集まってくることもあって、多様な食文化が発達している。食材も各地から輸送されてきて、色んな料理を楽しむことができるのだ。


 とは言え、リオンは食べ物に関しては保守的な性格だ。なので利用するお店も、できれば過去に食べたことがあり、味の保証があるところを選びたい。もし新しいお店に行くとしても、できれば知り合いや世間からの評判がいい店に入りたい派だった。


 そんなリオンだったが、この日は偶然目に留まった南国料理のお店に入ることにした。食べたことのない店だが、雰囲気が良さそうなので何となく惹かれたのだ。あと、南国料理と言えば特にパスタが有名で、今日はパスタを食べたい気分だったというのもある。


 しかし店内に入ると、そこはなぜか熱狂と喝采の坩堝にあった。


「すげぇ! これで何皿目だ?」

「もう八皿目だぞ! あと一皿で新記録だ!」

「しかもまだ半分以上も時間が残ってるぞ!?」


 一体何が起こっているのか、店内の奥に人が集まっていて、何やら興奮した様子で口々に叫んでいるのだ。


「いらっしゃいませ」

「何やってんの?」


 出迎えてくれた店員に訊いてみた。


「大食いチャレンジ中です」

「大食いチャレンジ?」


 話には聞いたことがあった。最近この街で流行っているらしい。ただしリオン自身はやったことはなく、詳しいシステムは良く知らなかった。

 店員が親切に説明してくれた。


「制限時間内に特盛パスタを五皿以上食べると、値段が無料になります」

「へぇ」

「十皿以上ですと、五千クローネ分の食券をプレゼントいたします。さらにそれ以降も、五皿ごとに五千クローネ分ずつ」

「すごい!」


 五千クローネというと、昼食なら十食近く食べられる金額だ。しかも食べた分が無料になった上に、そんな景品まで貰えるとは何という太っ腹だろうか。


「やる! 僕もやる!」

「畏まりました。ですが一応、どれくらいの量か確認してからの方がいいかと」

「あ、そうだね」


 勢いでやると宣言してしまったが、店員に諭されて頷くリオン。

 ちょうど今、チャレンジ中の客がいるというので、店の奥へと進み、人だかりの背後から背伸びしつつ覗いてみる。


「え、あれが一皿分?」


 リオンの頭くらいはあろうかという大きな皿に、パスタがこんもりと乗っかっていた。

 無理。どう考えても無理である。いつも激しく身体を動かしていることもあり、体型の割にはよく食べるリオンでも、あれでは一皿、よくても二皿で確実にギブアップするだろう。


 だがそんな大盛りのパスタを、あの挑戦者はなんともう七皿も食べたのだという。八皿目のパスタも、現在進行形で物凄い勢いで口の中へと消えている。

 豪快な食べっぷりだ。あんな量が身体に入るなんて、挑戦者はさぞかし巨漢なのだろう。それこそ豚人間オークくらいの――と思いきや、なんと金髪の女性で……


「って、イルーネじゃんか!?」

「はへ? いほんはんはんは(リオンはんやんか)?」


 口端からパスタをはみ出したイルーネが、リオンに気づいてもごもごと口を動かした。


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