第14話 魔法銃
迷宮都市ロストウェルは人口百万人を超す大都市だ。
それ自体が一つの国家にも匹敵する規模の経済力を有し、しかもダンジョン探索を生業とする冒険者たちのお陰で高い武力も兼ね備えている。それゆえ現在では、周辺国から完全に独立し、都市国家となっていた。
なお都市の運営は、市民から選挙によって選ばれた議員たちから成る〝議会〟によって行われている。
迷宮都市の人口は年々、増加の一途を辿っていた。
毎年、ダンジョンから得られる様々な恩恵に与り一山当てようと、冒険者はもちろん、商売人も大勢やってくるからである。
店の多くは、ダンジョンのある広場と、都市の玄関口として東西南北に一つずつある外門とを結ぶ四つのメインストリートや、その他の主要道路沿いに集中していた。
メインストリートは都市内で最も人通りが多い通りで、リオンたちの行きつけである〝戦乙女の給仕〟も東のメインストリート沿いにあった。
もちろん誰もが恵まれた立地で商売ができるわけではない。良い条件の場所に店を構えるためには、決して少なくない額の出店料を都市に納めなければならないからである。
「あいっ変わらず辺鄙なところにあるよね、このお店。大丈夫なの、経営? 潰れちゃうんじゃないの?」
と、リオンが辛辣な感想を漏らしたその店は、メインストリートどころか、少し大きめの通りから見ても随分と奥まったところにあった。どちらかというと古くて貧しい家々が並ぶ一帯だ。その店も周辺の建物に漏れず、今にも崩れそうなほどの古さである。
看板には掠れ切った文字で、「道具屋」とだけ書かれてあった。
中に入ると、棚いっぱいに積み上げられた大量の商品が出迎えてくれた。しかも床にまで侵食していて、足の踏み場もないほどである。
「……らっしゃいっす」
店の奥にあるカウンターの上で何やら手を動かしている少女が、愛想の欠片も感じられない声を寄こす。
商品を踏んづけないよう注意しながら近づいてみると、どうやら何かを作っている最中らしい。かなり集中しているようで、客の方を見向きもしない。一応、いらっしゃいと口にしたからには、客が来たことには気づいているようだが。
手元を覗き込んでみると、それはリオンが未だかつて見たことのないものだった。形状としてはL字型。筒のようなものに、手で握るグリップらしきものが付いている。
新しい発明品かもしれない。
実はこの店にある商品はすべて、店主であるこの少女が自作したものだった。彼女は《創造者》というレアな〝加護〟を持っていて、これまで無かったような新しい道具を幾つも生み出しているのである。
まぁそのほとんどが使えるのか使えないのか、よく分らないものなんだけど。
ただ中には高額で売れるようなものもあるらしく、彼女の熱心なファンもいるとかいないとか。だったらもう少しいいところに引っ越してもいいのでは、とリオンなんかは思ったりするが、どうもここが落ち着くらしい。
「今度は何つくってんの?」
「……銃っす」
「じゅう?」
リオンは首を傾げた。「じゅう」なんて道具、聞いたことも見たこともない。しかしこれ以上、詳しく訊いても答えは返ってこないだろう。作業が終わるまで待つしかない。
十分ほどが経った。
やがて作業がひと段落ついたのか、「ふぅ」と息を吐いた彼女はようやく顔を上げて、リオンを見た。
「って、リオンくんじゃないっすか。久しぶりっすね。生きてたっすか」
目の下に大きな隈があることを除けば、意外と可愛らしい少女である。実年齢は十九らしいが、童顔なのでずっと幼く見える。作業用のツナギを着ていて、道具作りで汚れたのか、顔や手に煤や油のようなものが付いていた。
ぴょこぴょこと猫耳を揺らす彼女の名は、ミール。猫人族という亜人の少女で、家族はおらず、たった一人でこの店を切り盛りしているらしい。
「まぁね。……つい昨日、ダンジョンで危うく死にかけたけどさ」
地下遺跡で木乃伊男たちに囲まれたときのことを思い出し、リオンは苦笑する。
「新人の活躍で何とか切り抜けたけど」
「今日の探索は休みっすか?」
「うん」
昨日の疲れもあるだろうということで、今日は一日完全にオフだった。
だからこそ昨晩、イルーネたちがリオンの家に泊まりにきたのであるが……そのせいで余計な疲労が堪ってしまった感がある。本末転倒とはこのことだ。
「それで新作商品を買いに来たってことっすね。毎度ありっす!」
「まだ買うかどうかは決めてないってば」
リオンが最初にこの店を発見したのは今から半年前、この都市に来てすぐの頃だった。
せっかくだから街中を探検してみようと思って当てもなく彷徨っていたら、偶然見つけたのである。
そのときはガラクタばかりで「何だこれ?」と思ってすぐに帰ったのだが、後にダンジョン探索で行き詰っていた頃、ふと思い出して再び立ち寄ってみた。そして幾つか冒険に使えそうな道具と出会ったのだ。
例えばリオンが使っているダートは、元々この店で買ったものだ。
普通のダートとは飛距離がまるで違う。そして投げたときの驚くべき安定感。しかも軽い。
専用の入れ物も、出し入れが容易なのでかなり重宝している。
ただ、一度作ってしまうとすぐに飽きてしまう性格らしく、現在は他の店にそのダートを持ち込み、まったく同じものを作ってもらっているが。どうやらアイデアは幾ら盗まれても構わないらしい。本当に経営は大丈夫なのだろうか?
先日、狼野郎相手に使った煙玉も元はミールが作成したものだ。これについてはリオン自身が作り方を教えてもらい、現在は自作している。
リオンの左腕を護っているプロテクターもここで買ったものである。その絶妙な湾曲具合がモンスターの攻撃を受け流してくれる優れもので、しかも内側は衝撃を大幅に吸収してくれる特殊なクッション性の素材でできていた。
要するに、正攻法では力不足なリオンにとって、ここのアイデア商品群の中にはそれを補う上で非常に役立つものが交じっている可能性があるのである。だからこうして、時折ふらりと立ち寄ってみることにしているのだ。
「で、その〝じゅう〟って一体、なんなのさ?」
「元々は火薬で鉛玉を飛ばす武器らしいっす」
「火薬で鉛玉を飛ばす?」
リオンは首を傾げた。
「そ。東方で開発された武器っすね。至近距離で発射すると、板金鎧すら貫くらしいっすよ」
「へぇ、すごいじゃん」
「けど、撃つまでにかなり時間がかかるらしいんすよ。なので多少、威力は低くとも、やっぱり矢の方がいいということであんまり普及はしなかったみたいっすけどね。あと命中力も残念なものだったそうっす」
「ふーん」
さすがと言うべきか、ミールはこうした知識にかなり詳しい。
「まぁ、あたしなら、それなりの速さで撃てて、しかも命中率も高いやつが作れると思うっすけど」
「じゃあ、その銃ってやつを作ってるんだね?」
「違うっすよ。今あたしが作ってるのは魔法を撃つための銃っす」
言って、ミールはL字型のそれを手に持った。やはりグリップだったらしく、L字の下の部分を握っている。
そして彼女はどこからか取り出した楕円体の物体を掲げてみせ、
「これが〝弾〟っす。これは聖銀でできていて、魔法を充填させることができるっす。こんなふうに」
ミールが「ジュラ」と火の魔法を発動する呪文を唱えると、火は発生せずに、代わりに楕円体の〝弾〟とやらが淡く光った。
彼女はそれを筒の中に入れる。どうやら後ろにも穴が開いていて、そっちから詰めるらしい。
「そして、このトリガーを引けば――」
ボッ、と筒から小さな炎が飛び出し、リオンの方へと飛んできた。
「危ない!? ちょ、何すんのさっ?」
慌てて避けると、炎はリオンの背後にあったガラクタにぶつかって四散した。
「あ、悪いっす。……ま、まぁ、こんなふうに人に向けて撃つのは危険なのでやめましょう」
「しかもこれ、金属製だったから良かったけど、燃えやすいものだったら大参事になってたとこだよ!?」
まったく……と嘆息するリオン。
だが――この道具は使える。
「見ての通り、いちいち呪文を詠唱する手間が省ける、素晴らしい武器っすよ。まぁ、それを充填できる人がいればの話っすけどね」
確かに、これを武器として使うためには、威力の高い魔法を発動できる人間が必要だ。
例えばリオンではどんなに長く詠唱して頑張ってみても、薪の火を起こせる程度の魔法しか使えず、そんなものを充填したところで大した武器にはならない。せいぜい狼野郎の鼻づらを焦がしてやる程度だろう。
しかし、今のリオンにはいるのだ。
強力な魔法を発動できる《魔女》の仲間が。
「買った!」
リオンは即決する。衝動買いだ。しかしこんないい道具、他の誰かに先に買われるわけにはいかない。この気紛れの店主は、一度作ったものは二度と作らないことも多いのだ。
「え? ほんとっすか?」
「うん! 幾らするのっ?」
目を丸くするミールへ、リオンは身を乗り出し気味に問う。
彼女は少し考えるように目を瞑ってから、
「そうっすね……ざっと三百万クローネってとこっすかね」
その値段に、リオンは――
「無理。高過ぎ。僕の全財産軽く超えてる。舐めてんの?」
諦めた。