第13話 三人集えば文殊の知恵
ティリアが正式に〝空腹の獅子〟の一員になることが決まった後。
リオンにとっては非常に不本意なことに、ティリア、イルーネ、そしてサーシャの三人がリオンの部屋へとやってきていた。
「ハァハァ、ここがリオンはんのお部屋……っ!」
部屋に上がるなり、イルーネが興奮しまくって鼻息を荒くしている。目は血走っていて、ぶっちゃけ変質者にしか見えない。
「そしてリオンはんのベッドぉぉぉっ!」
いきなり叫ぶと、彼女はベッドへとダイブして枕に顔を埋めた。
「ん~~~~っ! すぅはぁすぅはぁ…………あれ、匂いがちゃう?」
「ベッドにはいつも私が寝ているので、それは私の匂いかと。先輩はあちらの毛布を使ってます」
なぜ匂いで判別が付くのか。
「その毛布もらったぁぁぁっ!」
「やめてよ!?」
今度は最近リオンが寝るときに使っている毛布へと飛び付こうとしたので、その前にリオンが素早く毛布を回収した。
イルーネが目を爛々と輝かせてにじり寄ってくる。
「ハァハァ……ちょ、ちょっとその毛布……お姉さんに貸してもらえへんか……? ふへ、ふへへ……」
「こっち来んな変態っ!」
この毛布をあいつに渡してはヤバい。リオンは犬歯を剥き出して威嚇する。
「おい、イルーネ。人の家にお邪魔させてもらっているのだ。あまり迷惑をかけるようなことはするな」
そう忠告をしてくれたのはサーシャだった。
ああ、常識人がいてくれて助かった……とリオンは安堵する。
「なので、ここは大人しくジャンケンで決めようではないか。ジャンケンで勝った方が……そ、そのリオン殿の毛布を…………ごくり」
「ねぇ僕の毛布をどうするつもりなの!? そもそもこれは僕のものであって誰にも渡さないよ!」
イルーネが腕捲りして応じる。
「ええで! 受けて立ったる!」
「受けて立たないでよ!」
「では私も参加します」
「何で君まで!?」
「くっ、これは負けられぬ……」
「だから僕の毛布だって! 何で君らが取り合いしてるのさ!?」
リオンは毛布を持ってここから逃げ出したくなった。しかし生憎、この三人をこの部屋に放置することの方が遥かに怖ろしい。
リオンが断固死守の構えを見せていると、
「まぁ毛布でなくとも、あのクローゼットの中に先輩の服が入っているんですけどね」
そのティリアの一言で、キラン、とイルーネの目が光った。獣じみた俊敏さで彼女はクローゼットへと駆け寄ると、バタンと扉を開く。
「下着は!? 下着はどこや!?」
近所迷惑などお構いなしに、血眼になって叫ぶイルーネ。
ティリアが言った。
「一番下です」
「何で君がそんなこと知ってるのさ!?」
「リオンはんのパンティを手に入れたぁぁぁっ!」
「ちょ、勝手に触んな! てかその呼び方、女物みたいだからやめて!」
リオンのパンツを手にして拳を突き上げるイルーネから、瞬時にひったくる。イルーネは「ああ~」とこの世の終わりのような顔をして、
「ちゃんとお金払うから……っ! 献金するから……っ!」
「そういう問題じゃないんだけど!? ていうか何で献金!? 勝手に僕を崇めないで!」
「り、リオン殿…………い、幾らくらい払えばいいのだろうか?」
「ねぇサーシャ! お願いだから早くいつもの君に戻ってよ!」
「では私も一枚。オプションで脱ぐ瞬間も見せていただければと」
「何言ってんの!?」
もはやここに常識人はいないのかと、ついにリオンは頭を抱えてしまった。
「これって嫌がらせ!? 君たち僕に嫌がらせするために来たの!?」
――事の発端は、ティリアがリオンの部屋に泊まっていることがバレてしまったことだった。
ティリアにお金がなくて仕方なくリオンが自分の部屋に泊めてあげることになった経緯や、二人の間にそれ以上の何かがあった訳ではないことは納得してもらえたのだが、
「やったら、うちもリオンはんの家に泊まる!」
と、イルーネが主張し出したのである。もちろん何度も断ったが聞かず、追い払おうとしても勝手に付いてくるので、もう面倒になって半ば投げやり気味に「じゃあ今日だけだから」と認めてしまったのだった。
するとなぜかサーシャまでもが、
「わ、わたしも、いいだろうか……?」
イルーネが来ることを了承した以上、サーシャだけ断る訳にもいかない。彼女もダンジョン攻略後によく一緒に夕食を取る仲だし、朝の特訓に付き合ってもらっている恩もある。
そんな訳で、リオンの狭い部屋に、ティリア、イルーネ、サーシャの三人もの少女たちが泊まりにくることになったのだった。
「部屋の物に勝手に触るの禁止! 近所迷惑だから騒がしくするの禁止! いきなり服を脱ぎ出すのも禁止! それを守れないようなら、ここから追い出すからね! 分かった!?」
「「「はい」」」
部屋の真ん中で正座させられた少女三人が、額に青筋を浮かべたリオンの言葉に素直に頷いた。これまで見たことのない彼の剣幕に、さすがの彼女たちもこれ以上の奔放な振る舞いはマズイと悟ったのだろう。
「質問があるんやけど」
おずおずと手を上げたのはイルーネだ。
「何?」
「匂いを嗅ぐのはオーケー?」
「ダメ」
「それ息するなってことやんな!?」
そんな無体な、とイルーネは反論する。リオンは腕組みして告げた。
「呼吸は許す。でも能動的な行為としての〝嗅ぐ〟はダメ」
「……はぁい……」
何でそんな条件をいちいち付けないといけないのだろうと、リオンは自分で言いながらもちょっと頭が痛くなってくる。
「はぁ……とりあえず、汗掻いちゃったし、僕、シャワー浴びてくるよ。毛布とか下着とか、本当に触ったらダメだからね」
「被るのは?」
「もっとダメだから!」
きつく言い置いて、リオンは部屋を出ていった。
残された女子三人は、互いに顔を見合わせる。
「まぁ、チャンスやけど、下手なことはせえへん方がよさそうやな」
「ですね」
「う、うむ……」
彼女たちとて、さすがにこれ以上は家主の機嫌を損ねるようなことはしたくない。だから言いつけは守る。そう、言いつけは。
「にっしっし、けど覗くのは禁止されへんかったもんなァ?」
「いえ、無理ですね。シャワー室は中から鍵を掛けられると、窓もないので覗くことは不可能です」
イルーネが美少女とは思えない下卑た笑みを浮かべるが、ティリアがあっさりと首を振った。
「そうなんか……」
「ええ。先日試みて、すぐに不可能だと分かりました」
「こ、試みたのか……?」
サーシャが頬を引き攣らせる。
「はい。ちなみにトイレも同様の理由で難しいですね。隙間すらありません」
「じぶん、意外と危険人物やな?」
平然ととんでもないことを暴露するティリアに、自分のことを棚に上げて突っ込むイルーネだった。
「私、未だに先輩が本当に男なのか、確信が持てずにいるのです。なので、どうにかして確かめようと思いまして。寝ている間に触ってみようともしたのですが、いつも毛布にくるまっているため叶わず……」
「……確かに、気にはなるが……」
「せやなぁ。まぁ、リオンはんはリオンはんやし、うちにとってはぶっちゃけ性別なんてどっちでもええんやけど、気になることは気になるなぁ」
当然と言えば当然だが、もう半年ほどの付き合いがあるとはいえ、二人も本人の自己申告でしか彼の性別を知らない。本当は女の子なのだが、男の子のフリをしているだけなのではないか? と疑ったことも何度かある。それくらい、彼の顔は中性的なのだ。むしろどっちかろ言うとむしろ女の子よりですらある。本人は認めたがらないが。
「胸はまったくないけど、女の子でも胸のないもんはおるもんな」
言って、イルーネはティリアとサーシャの胸部へと順番に視線を向けた。
二人とも別に小さくはない。年齢からすれば平均的だ。だが、たわわに実ったイルーネから見ると、どうやら「ない」ものと扱われてしまったらしい。
「……」
「……」
軽く殺意を覚えるティリアとサーシャだった。
「だ、団長の例もありますしね」
ティリアが掠れる声で半ば自分を慰めるように言ったように、団長のララはその見た目に違わず、完璧な断崖絶壁である。
それから喧々諤々、互いの知恵を持ち寄り、いかにしてリオンの「アレを確かめるか」を、三人の少女たちは議論し始めた。……本人たちは至って真面目である。
「例えば、こんな手はどうや? 男やったら、女性の色気に反応してアレがああなるもんやろ? うちら三人で色仕掛けをしてやな……」
「いいい、色仕掛けだとっ? な、なんという破廉恥な……っ!」
「ですが、残念ながら私たちでは効果がない可能性があります。現に、イルーネさんの日々の積極的なアプローチをいつも平然と拒絶していますし、私も今まで同じ部屋にいながら一度も襲われたことがありません」
「むしろ、そのことがリオンはんが実は女の子である証拠かもしれへんな」
「そうかもしれません。ですが、男性の中にも反応しない人がいると聞きます。先輩がそのタイプである可能性もあるかと」
「……な、ならば、こういうのはどうだろうか? リオン殿の飲み物に睡眠薬を混ぜ、熟睡させた上で……」
「じぶん、意外と発想やばいな?」
「ですが、良い手かもしれません」
――と、あまりに集中し過ぎて、どうやらその気配に気づかなかったらしい。
「……ねぇ、君たち? そんなに真剣にさ、一体何の話をしているのかな……?」
ごごごごご、という擬音が聞こえてきそうな怒りのオーラを纏い、いつの間にか背後にリオンが立っていたのだ。
イルーネがおっかなびっくり問う。
「ど、どこから聞いとったん……?」
「色仕掛けがどうとかってとこから」
「「「……」」」
三人は盛大に顔を引き攣らせ、沈黙する。
――この後、めちゃくちゃ怒られた。