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第12話 嫉妬

「すいません。お話があります」


 ダンジョンを出て、いつもと変わらない別れ際。

 突然ティリアから呼び止められ、怪訝な顔でリオンが振り返った。


「私、今日でパーティを抜けます。短い間でしたがお世話になりました」


 そして告げられた唐突過ぎる脱退宣言。

 リオンは一瞬、彼女が何を言ったのか分からなかった。

「え、あ、うん? ほえ?」と、頷くような首を傾げるような中途半端な動作に加え、間の抜けた声を発してしまう。


 えっと、何かの冗談なのかな……?


「これからはやはりソロでやって行こうと思います。これまで、ありがとうございました」


 そう言ってペコリと頭を下げてくるティリア。

 ……彼女は冗談を言うようなタイプではない。付き合いはまだ短いが、それくらいのことはリオンにも分かる。


「ちょ、どういうことなのさ!?」


 リオンは思わず前のめりになって問い詰めていた。

 仲間たちも一様に驚いた顔をしている。ほぼ四六時中一緒にいたリオンも初めて聞いたのだから当然だが、どうやら全員が初耳らしい。


「いえ……」


 何かを躊躇うかのように、ティリアは小さく頭を揺らした。合せてその空色の髪もどこか悲しげに揺れる。

 言いにくいことなのだろうか。だが、何の理由もなしに脱退するなんて、とてもではないがリオンには納得がいかなかった。


「そ、そりゃさ、確かにとりあえず一時的にっていう話だったし、気に入らなければやめていいって言ってたけどさ。……でもさ、僕の勝手な思い込みだったのかもしれないけど、君、全然不満そうに見えなかったし、むしろ上手くやれてると思ってた。だからてっきり、このまま一緒にやっていけるって思ってたんだけど……」


 同意するところがあったのだろう、リオンの言葉に仲間たちも頷く。


「うちもリオンはんと同じように思とったで」

「わたしもだ。まだ短い期間だというのに、連携も上手くいっていたように思う」


 リオンはハッとして、ゴルを指差した。


「もしかして、こいつがいるせい? 汗臭いゴリラが嫌なの?」

「んなわけねぇだろ!? ……って、ほ、ほんとに俺のせいじゃねぇよなっ? た、確かに昔、汗臭い人嫌いなのって言われて女の子にフラれちまったことがあるけどよっ……」


 焦燥しているゴルに、本当にあったんだ……とリオンは少しだけ気の毒になる。


「違います。私も……」


 ティリアの表情が珍しく翳った。


「……私も、皆さんと一緒に冒険ができて楽しかったです」

「じゃあ、どうしてなのさっ?」


 リオンは彼女の華奢な肩を掴む。じっと瞳を覗き込むと、彼女はゆっくりと目を逸らしてしまった。


「……」

「……」


 それでもさすがに理由を話さずには許されないと思ったのか、たっぷり数十秒もの間、逡巡する素振りを見せた後、彼女はその小さな唇を開いた。


「……私がいると、先輩に悪いと思ったんです」

「へ? ど、どういうこと……?」


 リオンは目を丸くし、ぽかんと口を開けた。

 僕に悪い? それって家のこと? ようやく分かってくれたの? って、今さらそんな理由ってことはないよね……。

 だが、リオンにはそれくらいしか思い至らない。


「先輩には前にも言ったと思いますが、私は嫌われる性質なんです」


 当惑するリオンに、ティリアは説明を続けた。


「私は……私が傍にいると、大抵の人が私に嫉妬します。なぜなら、自分で言うのも変ですが……私には才能があるからです。……それも、人を傷つけてしまうほどに」


 そして彼女は教えてくれた。

 かつて魔法学院に入学したばかりの頃、友人だった女の子が才能の差を知って絶望し、離れていってしまったことを。


「私、知っています。毎朝、先輩が必死に訓練をしていることを。なのに、残念ながら先輩は冒険者になって僅か十日足らずでしかない私の、半分すらも活躍できていません」

「ぐはっ」


 当の後輩からはっきりと指摘され、リオンは決して小さくない精神的ダメージを受けた。だが事実なので言い返せない。


「だから先輩にこれ以上、辛い思いをしてほしくなかったんです。それに……嫌だったんです。せっかく仲良くなれた先輩に嫌われてしまうことも」


 相変わらず淡々と変化の乏しい表情で言うティリア。

 けれどリオンには、今ばかりは彼女が無理やり感情を押し殺しているように思えた。


 リオンは、はぁ、と息を吐き出し、言ってやった。


「ばか」

「え?」

「ばーか! ばかばかばーか! 君はばか! 超ばか! スペシャルばか! ミラクルばか!」


 バカバカと連呼するリオン。さすがに不愉快だったのか、ティリアは僅かに眉根を寄せて唇を尖らせる。そんな彼女に、リオンはジト目で問う。


「何で勝手に、君に僕の気持ちを決めつけられなくちゃならないわけ?」


 ティリアが微かに目を見開いたのが分かった。


「……ですが、今まで皆そうでした」

「ふーん。でも、僕は違うかもしれないじゃん?」

「いいえ、先輩だって私に嫉妬しています。それくらいは見れば分かります」


 鼻を鳴らして睨むリオンに、ティリアはそう断言した。私の目は誤魔化せません、とばかりに強い口ぶりだ。


「そりゃ、してるよ。……嫉妬くらい」


 彼女の言う通りだった。だがそれは当然の話だ。


「でも、嫉妬するに決まってるじゃん? 後輩にあっという間に追い抜かれちゃったらさ。どっかのゴリラも言ってたけど、君がいれば僕なんていらないかもしれない。そう考えたら辛いよ。キツイよ。僕が今までやってきたのは何だったんだって思っちゃうよ」

「だったら――」


「でも、だからって君を嫌いになるかどうかは別の話でしょ!」


「っ……」


 ティリアが息を呑む。

 リオンはきっぱりとした口調で続けた。


「僕は嫌いになんかなんないよ。てか、何でそんなことで嫌いにならなくちゃなんないの? それとこれとは別の話でしょ? 嫉妬する以上に、君と一緒にいて楽しいって思ってちゃいけないわけ? ダメなの? ダメじゃないでしょ?」

「……」


 驚いた顔で口を噤むティリアへ、リオンはさらに言い募った。


「それに、僕はそんなことで絶望なんてしない。生憎さ、僕にはびっくりするくらい才能がないもんね。僕は今まで何度も何度も自分より才能のある人を見て、嫉妬して、自分の無能っぷりに苦しんで……でも、それでも……それでもさ、何度だって自分を奮い立たせてここまできたんだよ」

「先輩……」

「だから、僕はこれからもそうやって生きていくつもりなの。誰が何と言おうとね!」


 そこまで言い切って、リオンは、ふん! と鼻から息を吐いた。


「リオン、なかなか良いこと言ったぜ」


 と、今までずっと黙していたララが初めて口を開く。


「ティリア。オレたちに遠慮するな。ここにいる奴らはよ、お前が考えているほど軟な連中じゃないぜ?」

「……そう、みたいですね」


 ティリアはゆっくりと頷いた。


「つーかよ、マジで魔法学院の学生ってのはそんなにメンタル弱ぇのかよ? はっ、これだから箱入りどもは。このゴル様の鋼精神を見習いやがれ! ははははぐひぇ!?」


 高らかに笑い出すゴルだったが、ララに殴られて悶絶する。


「な、に、しやがる!? 今のは別に殴る場面じゃなかっただろ!?」

「どんなに殴られても笑って受け流せる寛大な精神を、ぜひとも身に付けてもらいたいと思ってな」

「一生身に付けて堪るか!」


 いつものやり取りを始めたララとゴルに、やれやれと首を竦めてから、リオンは改めてティリアに訊いた。


「まぁ、そんな訳だからさ。ほんと、そんなこと気にしないでよ。もちろん、最後は君次第なんだけど……どうかな? これからも一緒に僕たちと冒険しない?」


 そして、手を差し出す。

 ティリアは、はい、と頷いて、


「これからもよろしくお願いします、先輩」


 リオンの手を握り返してくる。

 そのとき初めてリオンは、彼女が笑った顔を見た気がした。


「ところで……ティリアはん。何でリオンはんが毎朝訓練しとること知っとったん?」


 と、そこに割り込んできたのは、なぜかジト目のイルーネだ。


「私、小さな物音でも目が覚める性質なんです。それで、こんな朝早くにどこに行くのかと思って後を付けていたんです」

「小さな物音、ねぇ? もしかしてじぶん、リオンはんと同じアパートに住んどるん? けど、あそこ両隣埋まっとったはずやけど?」

「何でそんなこと君が知ってんの!? ……なんか怖いんだけど……」

「いえ、先輩のベッドで――」


 そこまで応えて、ティリアはようやく失態に気づいたらしい。あ、しまった、という顔でリオンを見てきた。


「ま、まさか、じぶんら……」


 や、やばい……っ!

 誤魔化して! 何とか誤魔化して!

 必死にアイコンタクトを送るリオンだったが、


「はい、先輩の家に泊めていただいてます」

「ちょっ!?」


 弁解は面倒だと思ったのか、ティリアはあっさり暴露してしまった。


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