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第10話 ミイラパニック

 広い部屋を埋め尽くす石造りの箱、箱、箱……。

 その重たい蓋が一斉に動き出したかと思うと、中から現れたのは包帯を巻いた手だった。


「何なのこいつら!?」

「見たことないモンスターやで!」


 箱――というより棺桶だろう――の中から、全身をボロい包帯で覆った木乃伊が次々と出てくる。骨戦士ほどではないが、いずれも触れれば折れそうなほど細い体躯。包帯の隙間から、水分を失って干からびた肌が覗いていた。


 悲鳴を上げるリオンたちに逃げ場はない。背後に階段があったはずなのだが、上から降りてきた石壁によって閉じ込められてしまったのだ。

 がんっ、とララが蹴りを叩き入れるが、その壁を壊すことはできそうにない。


「ちっ、こんな凶悪なトラップが仕掛けられてあったとはな」


 ララが舌打ちする。ダンジョンにおいて、大量のモンスターが出現する部屋は〝モンスターハウス〟などと呼ばれているが、階段を下りた直後の部屋がそれであるのは珍しい。

 しかもこれは、一度入るとモンスターを殲滅するまで出られないという、一際凶悪なタイプのものだ。

 事前に情報があれば対策も取れただろうが、仕方がない。未踏領域を進むということは、常にこうした危険が付き物なのだ。


「くそったれ! どんだけいやがんだよ、こいつらはっ!?」


 ゴルが怒鳴り声を上げるが、パッと見たところ、木乃伊男たちの数はゆうに百体を超えているだろう。

 しかも木乃伊男はこれまで遭遇したことのない未知の敵だ。能力や弱点、対処法なども分からない。


「これヤバくない!? 絶対ヤバいよね!?」

「確かにまずい状況だ。だがリオン殿、覚悟を決めて戦うしか道はないようだ」


「ウアアアアアッ」

「オアアアアアッ」

「アアアアアアッ」


 口々に怨念めいた叫びを発しながら、棺桶から出た木乃伊男たちが襲い掛かってきた。


「こいつら速いよ!?」


 身体が身軽だからだろう、動く死体よりも遥かに俊敏な動きで迫ってくる。

 盾役のゴルが皆の前に立ちはだかり、木乃伊男たちを迎え撃った。


「おらぁっ!」


 ゴルが豪快に戦斧を振るう。先頭集団にいた木乃伊男数体が、思いのほかあっさりとまとめて薙ぎ払われた。

 戦斧を直接受けた木乃伊男は今の一撃で腰がぽっきりと折れ曲がり、他の木乃伊たちも腕があらぬ方向に曲がったり足の骨が包帯の間から飛び出したりしている。


「っ! こいつら見た目通り軽いぜッ! 骨戦士並だッ!」


 予想より脆かった敵に、ゴルが少し余裕を取り戻して叫ぶ。だがその直後、彼の身体は押し寄せる木乃伊男の群れによってあっという間に呑み込まれそうになった。


「ゴル!」


 それを押し留めようとしたのはララだ。身体を回転させるような動きで拳や蹴りを見舞い、襲来する木乃伊男たちを吹っ飛ばしていく。だがそれも焼け石に水だ。


 一体一体は弱いようだが、やはり数の暴力は強い。木乃伊男たちは動きが速いため、このままではパーティごと木乃伊男たちに呑み込まれてしまうだろう。しかもアンデッドモンスターの例に漏れず、彼らも腕や足を粉砕されたくらいでは動きを止めないから厄介だ。


「一分、時間を稼いでください」


 そのときティリアが力強い声で宣言した。


「並みの魔法で各個撃破しても無駄でしょう。なので大魔法で一気に勝負を決めます」

「できるの!?」

「はい」

「よし、ティリア! 頼んだぞ!」


 ララが即座に決断する。

 ティリアの魔法の援護なしで一分。それは現状を鑑みれば、ギリギリ耐え切れるかどうかといった時間だ。厳しいが、それでもティリアが言う通り、並みの魔法で各個撃破していってもその先に待つのは「全滅」の二文字だろう。

 ならば、彼女の言う大魔法に望みを賭け、発動まで全員で彼女を死守するしかない。


「一分くらい耐えてやるぜ!」

「くそったれ! やったろうじゃねぇか!」

「了解だ!」

「頑張るで!」

「うん!」


 ゴルやララが撃ち漏らした木乃伊男は、ティリアの前に立つリオン、サーシャ、イルーネの三人で対処するしかない。サーシャが真ん中で、その両側がリオンとイルーネだ。近距離戦で矢は不利なため、イルーネは弓に代わって鉈を手している。


 迫ってきた木乃伊男に、リオンは足払いをかけた。ゴルが言った通り、やはり軽い。転倒した木乃伊男を踏み付けると、リオンはナイフを相手が動かなくなるまで振り下ろした。

 骨戦士とほぼ同じ戦法が使えることに、少しだけ安堵する。


 だけど数が多いよ……っ!


 休む暇もなく次の一体に対処する。リオンの後ろにはもう、詠唱中で完全に無防備のティリアしかいないのだ。自分が最終防衛戦。意地でも突破されるわけにはいかない。


 木乃伊男の主な攻撃は、動く死体と同様、抱き付きと噛み付きのようだ。だが時折、身体の包帯をこちらの身体に巻き付け、身動きを封じようとしてくる。ゴルなんかはすでに全身に包帯を巻かれ、木乃伊男と見分けがつかないくらいになっていた。


 ナイフで包帯を斬り裂きつつ、リオンは懸命に木乃伊男と戦う。同時に二体来たときは、一体に飛び蹴りを見舞って吹っ飛ばしてやるなどの方法を取った。

 すでに息が上がり、身体が重い。しかし仲間たちはもっと多数を相手に奮戦している。自分だけが泣き言を言う訳にはいかない。


「アルガール、リマルベア、タルアベルガ、テル、ランルゲリーサ、アウシュライ、リ、ガルイサル――」


 ねぇ、まだ……っ!?


 詠唱を続けるティリアをチラリと見やり、呼びかけるリオン。しかし集中を乱してはいけないので、心の中で。


 今どれくらい経っただろうか。焦れる。恐らくまだ三十秒ほどだろう。なのに、もう何時間も経過したかのような錯覚を覚える。一分というのはこんなにも長かっただろうか。


 っ、三体同時に……っ! どうすんのさっ!?


 ついに三体同時に迫ってきて、リオンは内心で悲鳴を上げた。だが死ぬ気でどうにかするしかない。

 そのとき一瞬脳裏を過ったのは、サーシャとの毎朝の訓練。ごく稀のことだが、目の前の戦いに本当に集中し切ったとき、普段であれば目で追うのがやっとであるはずのサーシャの剣が、不思議とゆっくりと見えるようになることがあった。


 あれができれば……っ!

 集中集中集中集中集中集中集中……っ!


 リオンはすべての意識を視覚だけに傾注させた。

 極限状態にあったゆえか、すぐに不要な情報がシャットダウンされていく。

 瞬間、木乃伊男たちの動きが遅くなった――かのように見えた。同時に自分の身体も思うように動かず、酷くもどかしい。けれど頭だけは高速で回転していた。

 時間が引き伸ばされたかのような感覚の中で、リオンはこの状況を打破するための道筋を見極める。


 ここだっ!


 正面の一体の脇腹へ左足で全力の蹴りを見舞うと、隣の一体を撒き込むように転倒させた。蹴った勢いそのままに一回転。そして振り向きざま、こちらに噛み付かんと迫っていた木乃伊男の顔面へと、逆手に持つナイフを思いきりぶっ刺した。


 裏拳気味に入ったその一撃は、木乃伊男をよろめかせる。直後、リオンは思いきり蹴りを放った。立ち上がりかけていた二体の上へと倒れ込む。


 当然これくらいでは倒せない。時間を稼げただけだ。彼らの後ろからはまた別の木乃伊男も迫りつつある。さすがにもう厳しいよ……そう思ったとき、


「――シャルアール、リフラシュラト」


 ティリアの詠唱が終わった。チラリと振り返ると、彼女が手にする杖の先端に凄まじい魔力が収束しているのが分かった。……冷たい。魔力を見ただけで、リオンは背筋が凍りそうなほどの寒気を覚えた。


「下がれッ!」


 ララが咆えるように叫ぶ。リオンが、サーシャが、イルーネが、ゴルが、即座にティリアの後方へと走った。その小さなスペースへと一目散に雪崩れ込む。

 だが木乃伊男の包帯に捕らわれていたゴルは、強引に引き千切ってこちらに戻って来ようとするが、遅い。


「間に合わないよ!?」

「構わない! ゴルごとやれ!」


 ララがとんでもない指示を出した。


「ちょっ、ちょっと待てぇぇぇぇぇぇっ!?」


 ティリアがこくりと頷き、ゴルが目を剥いて悲鳴を上げる。


 え? マジで? 良いの? 大丈夫? いやまぁゴルだし……大丈夫かな。

 ……本当に?


 そんなリオンの不安などお構いなく、ティリアは魔法を発動した。

 刹那、暴風めいた凄まじい冷気の渦が前方へと一気に放出される。


「うおおおおおっ!?」


 怒涛のごとき寒波がゴルを巻き添えにしながら地面を氷結させていく。それは瞬く間に部屋全体に広がり、さながら冬の湖のようになった。

 気づけばあれだけいた木乃伊男たちがすべて凍り付き、まるで時が止まったかのように、一斉にその動きを停止させていた。


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