死ねと言ってくれて、ありがとう
昔間違えて性描写がないのにムーンライトノベルズの方で載せちゃった小説です。
ジャンル変更してたら気付いたのでこちらにものせることにしました。
怖かった。
彼に対して抱いた思いは、その一言だけ。
家族を人質に取り、自分の物になれと脅してくるのにも。
好きと言えと、命令してくるのにも。
逃げるのは許さないと、笑顔で告げた時も。
心から独占欲と愛を向けてきた、彼に対して私はただ、恐怖しかわかなかった。
怖かった。何もかもが。
けれど、彼の言う通り、逃げることは許されない。
逃げても捕まる。彼程の権力をもつ人なら。
死ぬのも無理だ。死んだら家族に濡れ衣を着せ、社会的に殺すと言われた。
ハッタリではない。彼なら絶対にやれる。やる。
だからこそー助けてくれた彼女の為に、私は今死ぬ。
私が彼と会ったのは、高校1年の時。
そこそこ頭が良かった私は、大企業の御曹司が沢山いる、色々な意味で凄い高校に入学した。
どこが凄いのか聞かれたら、多すぎて答えられない。
屋内プール。しかもジャグジーと温泉プール付き。
誰も使わないような教室までの、徹底的な冷暖房設備。
キャビアとかが平然と出てくる学食。
凄かった。本当に。
何故私があんな高校に入れたのかは、分からない。思い出せない。
だって、高校という単語で思い浮かぶのは、ヤンデレ、怖い、死にたい、憎い、誰か助けて、という支離滅裂な言葉だけ。
先程から怖いという単語が沢山出ている気がするが、簡単に言うと、ヤンデレに気に入られた。ただ、それだけ。
歪んだ独占欲で、私を逃がそうとしなかった。
脅されたのだ。その権力で。
怖かった。全てが怖かった。
彼が目に入るたび目眩がして、吐き気がした。
嫌悪感もあったけど、一番抱いたのは恐怖。
好きだと言われた。自分の物だと言われた。
そんなことを言われても、嬉しくなんかなかった。
好きだと言った相手に、付き合えと脅すの?
嫌だと拒否したら、家族がどうなってもいいのかと、脅迫するの?
しかも、どちらにしろ脅してるじゃないか。これ。
よくヤンデレという言葉を耳にするが、あんなの愛じゃない。
ただの独占欲だ。人間と思っていない。相手の都合なんて考えない。
自分の物になればそれでいいと、思っているだけだ。
泣いた。ただただ恐怖し、泣くことしか出来なかった。
誰にも相談出来ず、ああ、きっと私は逃げられないんだなと、諦めかけていた。
そんなある日。
私は、1人で泣きながら歩いていた。
丁度その日は彼の誕生日で、彼の望む物を、彼の望む表情と仕草で、彼の望むタイミングで渡した帰りだった。
もう嫌だと泣き叫んでいた私に、声を掛けたのが彼女だった。
ー貴方、あの男が怖い?
そう安心させるように、笑いながら言った彼女は、私の耳元で囁いた。
ー彼から逃げたくはない?復讐したくはない?
私はその言葉に頷き、彼女に従った。
最初の一週間は、今までの思いを全て吐き出した。彼女は黙って聞いてくれた。
次の一週間は、ひたすら泣いた。彼女は黙って抱きしめてくれた。
その次の一週間は、彼に対する憎しみを抱いた。彼女は黙って頷いてくれた。
最後の一週間は、彼女の話を聞いた。
前世の記憶があること、前世、同じように彼に脅されていたこと、怖かったこと、逃げようとして、殺されたこと。
そして、復讐しようと、決心したこと。
ーこんなことを頼むのはわかってる。他人の悲しいことに漬け込むことだということも。
そう悲しそうにいい、彼女は私に最初で最後の、頼み事をした。
即ち、『私の為に死んで欲しい』と。
馬鹿だよね。最低だよね。そう言ったあの人。
お願い。ふざけるなと怒って。私を殴って。殺して。
そう縋り、泣き叫んでいた。
本当にあいつが憎いのだと。
その為に、簡単に死を命じられる、自分が怖いのだと。
だから、殺して欲しい。
懇願し、謝り、怯え、号泣していた恩人に、私は笑った。
ーありがとう、と。
死ねと言ってくれてありがとう。死んでもいいのだと、思わせてくれてありがとう。
私なんかの為に、泣いてくれてありがとう。
もう私は耐えられなかったのだ。
彼から逃げれても、生きたいとは思えない程に。
彼に抱きしめられて、帰ってから血が滲む程体を洗った。
唇が触れた時は、一週間なにも食べれなかった。
彼が消えても、死んでも、私は生きられない。
だからこそ、死ねと言われて、嬉しかった。心の底から感謝できた。
自分の憎しみや悲しみを黙って聞いてくれた、貴方の為なら。
ー私は死ねる。
「大嫌いだったよ。吐き気がした。貴方に触られるたび、何度も殺し掛けた。」
笑顔でそう告げる少女。
その言葉に、愕然とする少年。
「なんでって顔してるよね。まさか、私の嘘を本気にしちゃった?本気で私が貴方を好きになったとでも?」
「ああ、家族がどうなっても、とか脅そうとしても無駄だよ。貴方はどうせ、その権力を失うんだから。」
「なんでって?さっきからそればかりだね。単純にいうと、今までの事を、貴方の両親にいったの。
性的暴行、脅迫罪…色々な罪になるだろうね。」
「愛していた?自分の物のはず?ふざけないで。私は物じゃない。貴方を憎む権利も、逃げる権利も、他の人を愛する権利もあるよ。」
「ええ、そうよ。私は愛したの!あの人を!私を助け、死ねと言ってくれた彼女を!」
「勿論恋愛的な愛では無いわ。けれど、私はあの人を愛してる。助けてくれた、恩的な意味でね。」
ーだから、死のうと思うの。
「私は貴方が嫌いだよ。人のことを考えず、歪んだ独占欲で、縛り付けた貴方が。
どれだけ嫌だと言っても、家族を人質にいうことをきかせた貴方が。
彼女にも、同じ苦しみを味合わせた貴方が。」
そう睨み、フェンスの外に立っている彼女の目にあるのは、憎悪だけ。
「これで貴方から逃げられる。けれど、私はもう生きられない。笑うことすら出来ない。
貴方のせいで、私が生きることに楽しみを、見つけられなくなった。
何をしても貴方のことを思い出して、吐き気がして、目眩がして、怖くてたまらない。」
「だから死ぬ。死ねと言ってくれた彼女の頼み通り、死ぬよ。」
「バイバイ。大嫌いだったよ。ー死ねばいい。」
後ろにゆっくりと倒れていく。
目の前の彼が慌て、掴もうとする腕を、精一杯の力で払う。
いい音がなった。
世界が崩れて行く。全てが終わって行く。
死ぬ直前に見えた空は、今まで見た中で、一番綺麗だった。
ーありがとう。死ねと言ってくれてありがとう。
そうやって、私は救われた。
ハッピーエンドじゃないと言われても、私にとってはハッピーエンドだよ。