追憶
真実を知らないまま大人になんてなりたくない。
俺は片手に力を込める。
公園の砂場を掘っていくと、水分を含んだ砂が出てくる。
それは川や海に通じているからだ。
「それまだ信じてんの?」
兄が呆れた顔で言う。
隠しても無駄。
砂場の下には、水が流れている。
「雨水が染みて」
信じない。
「砂場の深さ知ってるか?」
うるさい。
「せいぜい40センチ…」
なんの話だ。
あの10年前の夏の日。
幼かった俺には、確かに、涼やかな水音が聞こえたのだから。
今、暴いてやる。
砂場に膝をつき、小さなショベルを鋭角に入れる。
そのまま掘り続ける。
「やめとけ本当に」
掘り続ける。掘り続ける。
コツリと手応えがあった。何かに当たったようだ。
あぁ、失敗、失敗。
フチに近すぎたんだ。
砂場はすり鉢状になっているから、もっと真ん中を掘らないとコンクリに当たってしまうんだった。
掘り続ける。掘り続ける。
アタリがなかなか出てこない。
「やめとけ、本当に」
しゃがんで俺に忠告する。
そんなに邪魔をしたいのか。
掘り続ける。掘り続ける。
掘り続ける。掘り続ける。
汗が目に入る。
手が痺れてきた。
「お前の思い込みの激しさは病気だ」
今度は人格否定か。
だったら、あの時聞いた水音は?
ー暑い夏の日!!
ー少年だった俺が耳にした!!
ーせせらぎの音は!!
人目もはばからず、兄はズボンのチャックをおろした。
砂の山めがけて小便をかける。
ボボボ…と少し崩れる山。
それから道をつくり、俺が掘った穴に流れて行く。
その刹那、俺の耳元で記憶は鮮やかな色を持ち、全てが繋がる。
チロロ…
チロチロ…
「これだよ」
俺は泣いていた。
兄も泣いていた。
♠︎私も昔は砂場から海に繋がっていると思っていました。せせらぎの水音は聞こえませんでしたが。