余命半年のOL
現代社会において、仕事を辞めてパーッと海外に行ったり好きなことをして暮らせるのは、宝くじで一億円当たった人と余命宣告された人だと思う。
私は、後者。
ここんとこずっと身体が怠いなとは思ってたんだけど、血便が出て食欲もなくなって、ついに病院に行ってきた。
初めて直腸の…その、お尻から管を入れる検査までした。
身内に癌の人はいるか聞かれて答えたけど、うちはお祖父ちゃんも叔母さんも癌で亡くしてる。確か、遺伝するんだよね。
血の気が引くってああいうのを言うんだな…。
先生に、入院した方がいいか、親に連絡した方がいいか聞いたら優しく笑って「また来週、検査しましょう。」って言われた。
良性の腫瘍じゃないんだって。
まだ20代だし進行が早いのかも。症状が出てから病院に行っても、そこらじゅうに転移してて、気付いた時には手遅れ。
ショックすぎて涙も出ないよ。
親になんて言おうか考えながら帰ると、誰かと神妙な顔で電話してた。
あぁ、家には連絡が来たんだなってすぐわかった。
お母さんが泣いてるの、あんまり見たことないからびっくりしちゃった。
仕事は、辞めよう。
とりあえず仲の良い先輩に…電話だと言いにくいからメールで伝えた。すぐに折り返しで着信があったけど、話す気分じゃないから出なかった。
友達にはSNSでお知らせした。こういうのって可哀想な自分をアピールしてるみたいで好きじゃなかったけど、実際なってみるとわかる。私が生きた証っていうか…どういう気持ちだったのか、遺しておきたくなるんだね。
私は、交友関係は広い方じゃない。だけど突然の報告に沢山のコメントがついた。
みんな、ありがとう。
それから一週間。仕事は有給消化にあてた。
好きな映画を観て、懐かしい友達に会って、今まで先延ばしにしてた予定を整理した。
そして、再診の日。
「さっき会社から電話があったんだけど。」
出掛けようとした私を、お母さんが呼び止めた。
「あんたずっと休んでるんだって?有給の申請もまだ…」
急だったから、申請は出してない。
でも書類なんて後からだって何とかなるでしょ。
「ごめんね。病院…、行ってくるから。」
家族は普通に接してくれてるみたいだけど、私の好きなものが夕飯に出てきたりすると堪らない気持ちになる。
親不孝な娘で、ごめんなさい。
今日はスムーズに診察室へ通された。
「半年、くらいでしょうか?」
勇気を出して先生に聞いてみる。
「うーん…もうちょっと早いと思いますよ。」
「えっ…。そんなに早く…。」
まだ、やりたい事いっぱいあるのに。
結婚して子ども産んで…それから…。
鼻の奥がツンとして、目から涙が溢れた。
急に泣き出した私を見て看護師さんが慌ててる。
「大丈夫よ、そんな悲観しないで。」
「今は結構いるんだから。痔になる若い女の子。」
…え?
「痔?」
「痔。」
「痔なんですか?私。」
「え?」
「余命わずかじゃないんですか?」
「痔じゃ死なないよ。」
カーテン越しに誰かがプッと吹き出す声。
「…癌じゃないんですか?」
「痔です。字はちょっと似てるけどね。ははっ。」
「食欲もなかったんですけど!」
「気のせいでしょう。」
じゃぁあの日、お母さんが泣いてたのは別件?
好物が食卓に並んだのも偶然?
無断欠勤にSNSでの報告までして、今さら痔だったなんて言えない。
…。
私の人生、本当に終了かも。
…。
♠︎直腸の検査は心身ともにダメージがでかいのです。