深夜の逃走
「はあ、やっぱり通信が切れるわね・・・」
ここは旧いさぎの私立高校にある管制室。
先ほど、カメラを付けたドローンを縦穴内部へ飛ばしたところだ。
無線では時空の歪みにドローンが入ると通信が消えてしまうので、有線ケーブルで試したところなのだが、やっぱりというべきか通信が切れてしまうのだった。
未だワームホールの先がどうなっているのか分かっていなかった。
「無線の時もそうでしたが、内臓のメモリーにも何も記録されていませんでしたし、電子機器はワームホールの向こう側では動作していない可能性が高いですね」
「でも、引き戻せば正常に動作を再開する・・・そう言えば探検家も生きて帰ってきたわよね。機械が駄目なら人が直に向こう側に行ってみたほうが早いんじゃない?」
「確かに生きては帰って来られると思いますが、どんな影響があるか分かりません。例えば未知のウイルスに感染する恐れもありますし・・・」
「・・・いや、ちょっと待って。向こうから引き戻したドローンには何も付着してなかったんでしょ?なら、例え向こうで感染しても、こちらには持ち込まれないんじゃない?」
「・・・確かに。そうすると後は身体の異常の有無が問題ですね」
「微生物とラットを使って検証しましょう。もし、寿命に明らかな違いが出なかったら問題ないかもしれない。あと探検家の身体チェックも必要ね」
「分かりました。すぐ手配します」
しかし、向こうに行けたとしても何も持ち帰れないのでは意味がない。そうなるとこのワームホールはただただ危険な代物になってしまう。向こう側から物を持ち帰る手段も考えないと・・・。
上下移動で輸送するなら、エレベーターかしらね。
****
すっかり辺りが暗闇に覆われた堂護持峠を2台のタクシーが走っていた。
俺は先頭を走る車の助手席に座っている。
後ろを見ると、さすがに疲れたのだろう、菫と母さんが寝息を立てている。
腕時計を見ると夜10時を回っていたところだった。
今のところは家を襲撃してきた何者かの追撃も無く順調に進んでおり、もう1時間もすれば検問所が見えるというところまで来ていた。
着替えも何も持たず、ここまで来たがこれからどうなるのだろう。
そんな不安な気持ちを吐き出すように、深く息を吐く。
「お客さん、大丈夫ですか?酔ったら言ってくださいね、一度車を止めて外の空気を吸った方が良い」
「いえ、大丈夫です。少し疲れただけですから」
「それなら良いんですが、この峠は結構くねくねと曲がる道が続きますので車酔いが酷い人には辛いと思いますよ?増して、真っ暗で景色も見えませんしね」
運転手の言う通り、普段なら酔っていたかもしれないが、今は気が張っているためか何とも無かった。ずっと周りの暗闇を警戒しているのだ、酔っている暇なんかない。
オヤジとシュウおじさんはどうしているだろうか?
後ろを向いて見てみるが、車のライトが眩しく車内の様子を窺う事は出来ない。
まあ、大丈夫だろ。
オヤジは多分寝ているだろうし、シュウおじさんは周りを警戒しているに違いない。
しかし、ふと視界の隅、自分たちの遥か後方の来た道に光が見えた。
その光は動いており、それが車のライトだと直ぐ分かった。
自分たちの乗った車からはかなり離れた位置だが、安心は出来ない。
よく見ると、その一台の車に続いて二台の車が走っていた。
・・・すごく嫌な予感がする。
「運転手さん、もう少しスピード上げれませんか?」
「ええ!?この道は路面が濡れていて滑りやすいからねえ・・・危ないなあ」
「なんとしても今日中に検問所に着かないといけないんです。お願いします!」
もちろん嘘だ。でも、もしさっき見えた車が追っ手だとしたら、このままだと追いつかれてしまう。
「うーん・・・分かりました。ちょっとだけスピードを上げますので、掴まっていて下さい」
ブオオオオオンーーー・・・
一度大きくエンジンを唸らせて、グンとスピードが上がった。
その分カーブを曲がるときに体が左右に振られる。
「アイタっ・・・っつー・・・何?何?」
「あら、もう着いたの?」
さすがに、二人とも目を覚ましたようだ。
「母さん、菫、ちょっとスピードを上げて走るからどこかに掴まって」
後ろを見ると、オヤジが乗ったタクシーもスピードを上げて付いて来ていた。
さっき見えた車を探すと、少し近づいているように見える。
向こうはかなりのスピードを出しているんじゃないか?
もし唯の走り屋とかだったら良いんだが・・・。
「どうしたの?スピードなんか上げて」
「かなり後ろの方だけど、車が来てる・・・」
「まさか見つかったの?!」
「分からない。でも、もしかしたら・・・」
プァン!プァン!
オヤジが乗った車からクラクションを鳴らされた。
「おや?どうしたんだ?」
後ろを見ると、車の窓から手を出して振っている。
おそらく、早く行けと合図なのだろうか・・・。
しかし、少し道幅が広いところに出ると、後続の車が速度を上げて並走してきた。
「…!………!」
オヤジ達が窓を開けて何か叫んでいるがよく聞こえない。
菫が窓を開けた。
「お前ら服を脱げえええええ!!早くううううう!」
裸になったオヤジ二人が窓から身を乗り出して叫んでいた。
・・・おっと、錯乱状態みたいだ。
人って錯乱するとあんな事になるのか・・・気を付けよう。
ん?・・・あ!
よく見たら運転手の人まで裸じゃないか!
どうなってるんだあの車内は???
「荷物を捨てろおおおおお!急げええええ!!」
まだオヤジが意味不明な事を叫び続けている。
高度が下がっている飛行機じゃあるまいし何を言ってるんだか。
後ろの席に目をやると、菫と母がオヤジ達の方を無表情で見ていた。
いや、どちらかというと汚物を見るような目で見ていた。
「菫!父さんの言う事を聞いて!服を脱いで!さあ____
そして母さんが窓をそっ閉じし、運転手に声を掛ける。
「運転手さん、もっとスピードを上げて下さらない?目が腐りそう」
「は、はい。承知しました」
ブオオオオオ
一気にオヤジ達の乗った車を引き離した。
タクシーの運転手といえども凄まじいドライビングテクニックを持ってるものだなあと思う。
助手席に座っていて恐怖すら感じる速度だというのに、カーブでも速度をあまり落とさずにギリギリで曲がっていくのだ。
しかし、あのオヤジ達は何をしていたんだろうか?
酒でも飲んだか?気でも触れたか?
「母さん、コンビニでオヤジ達に酒買ったの?」
「え?いいえ?お茶しか買ってないわよ」
変だな。
後方を見ると後続車からオヤジが上半身を出して何か叫んでいた。
・・・何か理由があるのかもしれない。
窓を開けてオヤジに向かって叫んだ。
「何やってんだよオヤジ!恥ずかしいからやめてくれえええ!」
「発信機が付けられてるんだああああ!荷物を捨てろおおお!!」
は、発信機!?
そんなのいつ付けられたというんだ・・・?
いや・・・家に盗聴器を仕掛けられていたとすれば、発信機ぐらい付ることは可能か。
それに、もし後ろから追ってきている車が追っ手だとしたら、何故俺達の居場所が分かったんだ?かなり広範囲を捜索していて、偶然見つかったとするより、発信機で追われていたとする方が妥当か・・・。
いや、しかし、それなら最初から位置が分かっていたとして何故コンビニで捕まえなかったのか?人目があったからか?目撃者を最小限にするため、ここまで待っていたという事なのか?
う〜ん、どうなんだろう・・・。
取り敢えずは発信機が付けられているとしたら、かなりマズイ状況じゃないか・・・。
「母さん、菫!服を脱げ!荷物を捨てるぞ!」
「・・・・・・」
「聞こえてないのか?」
「・・・あなた、疲れてるのよ。少し寝てなさい」
さっきオヤジ達に向けていた目でこちらを見ていた。
ぐう、結構辛いな、これは。
精神的にくる。
「違う。発信機だよ!発信機がどこかに付けられているんだ!」
「う、嘘!?どこによ!」
「分からないから、荷物を全て捨てるんだ」
「あ、あんた、私に裸になれって言ってるの!?」
「・・・う、うん。結果的にそうなるな。でも!捕まるよりマシだろ!」
「お客さん、もし裸でシートに座ったらクリーニング費用請求しますよ?」
「あ・・・はい。すみません・・・。あの後ろの車に乗ってるオヤジ達に請求して下さい・・・」
とにかく今は率先して服を脱ぎ始めよう。
脱いだ上着を窓から捨てると、後ろの車両から乗り出したオヤジが両腕を上に持ちあげ丸いかたちを作っていた。
いわゆるOKサイン、それで正しいという合図だ。
クソ、もうどうにでもなれだ。
ズボン、下着も脱いで真っ裸になった。
自分の荷物を全て掴んで窓から力一杯投げ捨てる。
後ろの席に振り返ると、完全に冷え切った雰囲気だった。
「母さん、菫、荷物を捨ててくれ!」
「・・・・・・・・は?」
「あ、あの菫・・・さん?怒ってる、いや、怒ってらっしゃる?」
「・・・・・・・・・」
返事が無い。
「母さんからも何か言ってくれよ」
「・・・・・・何よ?」
「いやいや、何よじゃなくて!ほら、二人とも恥ずかしがってないで脱いで!」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・あ!」
菫がハッと何かを思い出したように鞄の中を漁りだした。
「・・・・あ、あった!あった!」
「・・・何があったんだ?」
「検知器よ!爺やにいつも持たされていたのを忘れてた。これで発信機とか盗聴器がないか調べることが出来るの!」
「・・・おい、何でもっと早く思い出さないんだ。この姿を見てみろよ。もう俺の服はあの森の中だぞ」
「うるさいわね、北京原人」
服を脱いでから、なんだか地位が低くなった気がする。
いや、そういうものなのかもしれない。
服は文明の証、服は人としての尊厳・・・。
「菫ちゃん、良い子!」
母さんが菫を抱きしめて頭をこれでもかと撫でている。
菫はというと「えへへ〜」と喜んでおり、されるがままだ。
「・・・ちょっと、こっち見てんじゃないわよ!」
怒られた。
「す、すんません・・・」
ぎゃああああああああああ!!!!
後方から悲鳴が聞こえた。
何だと後ろを見ると、オヤジ達の乗った車に知らない車が並走していた。
ま、マズイ!
そう思った時には、その知らない車は凄いスピードで俺達が乗った車も追い越して行った。
・・・・・・・・。
「・・・あれ?」
・・・・・・・・・・。
まさか、無関係な車だったという事か?
なら、あの悲鳴は何?
そういえば、あの悲鳴、オヤジでもシュウおじさんの声でも無かったような・・・。
・・・もしかして、追い越して行った車に乗った誰かが、裸のオヤジ達を見て悲鳴を上げたのでは・・・。
そ、それなら他の2台は?
うわああああああああああ!
ぎゃー!変態!!!
また、後方から悲鳴が聞こえて次々と追い越されていく・・・。
そうか、疑心暗鬼の渦に飲み込まれていたのか、ははは。
うう・・・。
後ろの席から冷気が伝わってくるようだ。
「あ、あの、運転手さん、冷房切っても良いでしょうか?」
「暑くなるからやめて」
運転手が言うより早く、菫が感情のこもってない声で答える。
「・・・はい。」
・・・・・・・・・・・・・。
それからは何もなく、無事に検問所に着いた。
そこで驚くべき光景を目にする。
車から降りてきたオヤジ達が下着を履いていたのだ。
その姿を目を見開いて驚いていた俺にオヤジ達が声をかける。
「バカかお前、下着にまで発信機をつける奴がいるか!」
「すまないが、今は娘に近づかないでもらえるかな」
検問所にいた警察官にも何だあいつはという目で見られるわ・・・踏んだり蹴ったりだ。
「菫!大丈夫だったかい?」
「近づかないで変態!!!」
娘に拒絶されて、シュウおじさんが肩を落としていた。
ざまあみろだ。
「おい、母さん」
「あなた、今は近づかないで下さい。一緒に見られたくないわ」
妻に避けられ、オヤジの背中に哀愁が漂う。
しばらくすると警戒区域の中から一台の車がやって来た。
体格の良い男がドアを開けて出てきた。
「・・・え?先生?どうされたんです?」
「ああ、うん・・・ちょっと暑くてな、ははは。今日は熱帯夜じゃないか?」
苦しいいい!苦しい言い訳だ。
ほら、相手の顔が引きつっているじゃないか。
「・・・え、はあ。そうですか。ん!?あの全裸の少年は息子さんですか?」
「え!?あ・・・さ、さあ知らんな。変質者だろ」
「ちょ!何言ってんだよオヤジ!」
「知らん!お前なんぞ知らんぞ!」
「息子の顔を忘れるんじゃないいいいい!!!」
オヤジの掴みかかって、首をホールドする。
「ぐあ、ま、待て、冗談だ。ゲホッゴッホッ!」
クソ、早く服を調達しないと皆の俺への扱いが酷くなる一方だ。
「えー皆さん、車へ乗って下さいと言いたいところですけど、生憎4人乗りですので先ずは奥さんとお嬢さんをお連れします。後から三月という者が車を寄越しますので、男性の方はそちらへ乗って下さい」
「松平君!その判断は間違っていると思うぞ。三月君は女性だ。我々の・・・つまり、この軽装では問題があるだろう」
「ですが、奥さんとお嬢さんだけこちらに残って頂くのは、危険ではありませんか?それに冷えてきましたし、お風邪を召されるかもしれません」
「あなた、先に行ってるわね」
母さんはそう言って、車に乗り込んだ。菫もそれに続く。
松平が「ほらね」というようなジェスチャーをする。
「先生、もう暫くですからご辛抱下さい」
そう言うと松平は車を発進させて行ってしまった。
・・・・・・・・・・。
寒い・・・。




