縦穴と噂
深夜2時頃、S県いさぎの市直下で震度3の地震が観測された。
幸いなことに、この地震による被災者はおらず、家屋の倒壊もなかった。
最近頻発している小さな地震の一つだろうと気にするものはおらず、また夜中ということもあり避難する者も見られない。
普通なら次の日の朝には忘れてしまうほどの出来事だった。
しかし、翌朝いさぎの私立高等学校の事務員が校庭に直径30メートルにもなる大きな縦穴が空いているのを発見した。
この突如発生した縦穴は近隣住民や生徒達によるSNSや動画投稿ですぐに広まり、お昼には全国ニュースに流れるほどで、知らぬ者はいないほど知れ渡った。
原因は、地震による地盤沈下か、液状化現象か、はたまた地殻変動による裂け目かなど憶測が飛び交い、調査のため専門家チームが派遣された。
縦穴はサッカーゴールがそのまま入るほど大きく、まるで地の底まで続いているかのように深い。明かりを点けたライトを投げ入れてもやがて見えなくなり、何の音も聞こえないほどだ。そこまで深い穴ならば、マグマが噴き上がってきそうに思えるが、ただただ全てを飲み込んでしまいそうな暗闇がそこにあるのみだった。
さて、かくいう自分は当時中学生だったため、実際の縦穴はニュースで流れた空撮でしか見たことがない。高校はすぐに立ち入り禁止になったし、縦穴には目隠しがされていたからだ。
そして、縦穴が発見されてから2週間が経った頃、いさぎの市は縦穴を中心として半径2kmが警戒区域に指定され、住民約2万人に退去命令が出された。
そのため、自分は家族とともにいさぎの市を去り、未だ一度も戻ってはいない。
その後、縦穴に関するニュースは報じられることがなかったが、噂はよく耳にした。
噂の内容はこうだ。
調査のためにケイビングに長けた探検家が、垂らしたロープを伝って縦穴を降りていったが、ロープにかかる力がフツリと消えたと思うと、連絡が取れなくなり消失した。
しかし数日後、姿を消したはずの探検家がロープを伝って戻って来た。
地上に戻ってきた彼はこう言ったのだという。
「縦穴を抜けた先には大地が広がっていた。」
しかし自分はまるで幽霊のような実体がない存在になったみたいに、物に触ることができず、そこにいたどんな生物にも気付かれることがなかったのだと言う。また、その大地は地球では見たこともない植物や動物がおり、自分は死後の世界に来てしまったのではないかと思ったそうだ。
しかし、彷徨っていた時に、生物から光が抜けるのが見え、その光を追っていくと空間に不自然い開いた穴に溶けるように入っていくのだった。空間に開いた穴は自分が降りてきた穴だった。
穴を覗き込んでも真っ暗で何も見え無いが、手を入れるとその先に自分が入れた手の感覚があり、空気の流れを確かに感じた。手を動かすと手にロープが当たった。その後、手でロープを掴み、地上へ上がってきたということらしい。
「まるでオカルトでよくある異世界の探検記じゃないか・・・」
「でもよ、本当だったら面白くないか?」
とキラキラした目でこちらを伺うのは、いさぎの市から引っ越してきて、こちらでできた友人の隼人だ。隼人は重度の筋トレ馬鹿で、休み時間のたび教室の桟にぶら下がり懸垂するほどだ。今も信号待ちでスクワットを繰り返している。
「ハッ、ハッ、ハッ、ホッ!」
・・・正直恥ずかしいから止めてほしい。
彼とは中学校への編入手続きで初めて会った。彼も編入手続きをしに学校に来ていたのだという。この時期にまさかとは思ったが、やはり彼もいさぎの市から引っ越してきたのだという。
中学ももう卒業間際という時期に編入したこともあり、周りは友達グループで受験勉強に熱心なため今から友達を作るのは難しかった。そんな中、同じ境遇の彼と仲良くなったのは必然とも言える。さらには同じ高校に受かり、これから長い付き合いになりそうだと予感させた。
彼との会話は、ほとんどがいさぎの市のことだ。
「そういや、不発弾が爆発して穴がで出来た可能性があるなんてネットに書いてあったな。危険な毒物が漏れた可能性があるから近隣住民を避難させたんじゃないか。」
「真面目か!」
今は、夏。澄み渡った青い空には、大きく真っ白な入道雲。
刺してくるような日差しの中、もう見慣れてしまった通学路を歩き、学校へ向かっている。
しかし、暑い。
以前住んでいたところ、いさぎの市はいわゆる田舎であり、四方を山で囲まれていたが、夏でも風が通り涼しかった。
田んぼを吹き抜けてくる風の青臭いような、土臭いような匂いを今でも思い出せる。
引っ越し先は街だった。高層ビルが立ち並ぶとまではいかないが、いさぎの市に比べて駅前は発展しているし、平野だからどこまでも住宅街が広がっている。
「それよりエアコンの効いた教室に急ごうぜ」
「だな、見ろよもう汗だくだ。替えのシャツなんて持ってきてねえぞ。」
「こんなクソ暑いのに筋トレなんかするからだ、バカ」
「バカはお前だ。筋肉の付いた男はモテるんだよ。」
「なら女の子に汗を拭いてもらうんだな」
「な!そんな小っ恥ずかしい事出来るかあああ!」




