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誰もが煩い、向き合わなければいけないもの。


学校のチャイムが聴こえる。

茜色の夕焼けが鮮やかな中、少し離れた友達の手が大きく左右に揺れる。

バイバイ、そう言って私は夕日を背に友達と別れた。



アスファルトには赤い夕陽に当てられた、真っ黒な影が長く伸びている。

私の影だというのにえらく長い。

ゆっくり足を動かしてゆけば、影も私と同じくついてくる。


そして突然、


『よく、あんな作り笑いができるな。』


と、ひどく馬鹿にしたような声がした。


私は立ち止ってしまった。けれど、慌ててあたりを見回すのではなく、瞬間的にそれを見た。

それはアスファルトに写る、私の影だ。

影は真っ黒だというのに、そいつは私を見ているのだと思った。まるで、このアスファルトが硝子か何かのように、私をしっかり見据えていることを私だけが知っているのだ。


「作り笑いではないわ。」


私は焦ることもせず、それに返事した。だが、それはさらに馬鹿にしたようにケタケタと品のない笑いをする。


『作り笑いだろう?それにお前、本当はあんな奴と一緒にいたくないんだろう?』


「別に。」


『嘘だね。お前は嘘をついているよ。』


それは当然のことのように私の言葉を否定する。

私はそれに対して苛立つことも、否定したくなる言葉もなかった。

真っ黒のそいつは私にこう続けた。


『俺はお前のことを何でも知ってる。毎日楽しくもねぇ学校に行きながら、楽しいふりしやがって。まるで、笑い人形だな。』


「そうだね。」


私は肯定してみた。それ以前に事実を言われただけなのだが。そいつは私を気に食わなそうに睨んでいた。


「私は、君にあげてしまったからね。私には分からないや。」


『あげたんじゃない。お前は捨てたんだ。我慢するのをやめて投げ出したんだ。だから、俺はここにいる。』


真っ黒の影は私をしっかりと見ていた。私が視線をそらすことを赦さないように。



「うん。だから、何も分からない。だから、返して。私の影。」



人間には影が必ず存在するのだ。それを捨ててしまった私は、随分、楽になった。そのはずなのに、心が空っぽになったように生きている気がしなくなった。


『嫌だね。どうして、お前に返さなければいけねぇんだよ?捨てたもんだろ?お前にはもう権利がねぇんだよ。』


「私は君が存在するおかげで、すっかり真っ白。苦しいことなんて何一つないの。すごく、楽なの。だけどね、つまらない。」


世界には綺麗なものがいっぱいあるのと同じで、汚いものも等しく存在している。


「綺麗なままでいるのは、最高につまらないの。誰かを好きになったり、楽しむだけだったり…そんなものも幸せなんだけど、やっぱりそれは偽り。誰かにムカついたり、嫉妬したり、とか。そんなドロドロしたものも大切な私なの。だから、影返して。」


『俺はお前が嫌いだ。都合のいいことしか望まないお前なんて、嫌いだ。』


「うん。私は真っ白だから、君が存在しているんだよね。」


誰かを嫌うこともなく、誰かを疎ましく感じることもない。

この世には善人なんていない。

その人は本当の意味で「生きて」いないんだ。

人を嫌って、好いて、嫌って、好いて、嫌って、好いて、嫌って、好いて…。

そうやって人はお互いのことを知るんだ。


「真っ白でいるのは…とても寂しいよ。帰ってきてよ。」


目を細めると、影は笑ったように見えた。





『お前が真っ白?バカ言うんじゃねぇよ。お前は真っ黒だよ。』





サンセットの光を背にしている私を見て、影はケラケラ笑う。そして、それと同時に私の影はどんどん薄れていった。夕日が沈んで、影は闇に消えていった。

暗くなったそこには確かに私しかいない。どこからも声は聴こえなかった。なのに私は、涙を流した。

ほろほろと、零れだす涙は止まらない。

心にずしりとした重みが感じられる。







心って、こんなに苦しくて…大切なものなのか。

完璧な人間なんて、いてたまるか。

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