表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

後編


 翌日学校に行くまでの間、念のため野々宮のケータイに電話をしてみた。だが、野々宮は電波の届かない場所にいて、連絡は付かなかった。繰り返し電話をするほどの勇気はなかったので、翌日、普通に教室で姿を見るまで不安が続くこととなった。

 古賀さんが教室に現れたときは、いつもと変わらない感じに胸をなで下ろした反面、昨日のことについては何もなかったか聴いてみたくもあった。でも、やはりその度胸もない。それだけでなく、部活でもない限り側に寄って話を聞くことも抵抗があった。何よりクラスでも注目を集めている女子だ。同じ部活というだけでもいい顔されない状態で、話しかけるのはかなりハードルの高いことであった。

 一方の野々宮は教室に現れるなり早速声をかけてきた。

「おはよ。昨日はお疲れね」

 おお、と短く返事を返し、昨日のことを聞こうものか迷った。組織のことがどうしても気になっていたのだ。下手なことも聞けないし、どの程度質問して大丈夫なのか見極めが難しかった。

 が、その話は野々宮から出た。

「で、昨日は普通に帰ったの? どこか寄ってくとか言ってたけど」

「え?」

 思わず聞き返すが、野々宮は逆にきょとんとした顔を見せる。

「”え?”って、そっちこそ”え?”でしょ。何も話題見つからないから学校に戻ろうって話したら”ぼくこのまま帰る”って、すぐ帰っちゃったくせに」

「ああ、そうだっけ」

 記憶の操作、というか催眠術的な何かだろうか。あの不自然な最後のシーンをなにか別の記憶で書き換えているらしい。ちょっとほっとする。って、ほっとしていいのかもちょっと迷うけど。

「まあ、まっすぐ帰ったんだけど」

「そう。まあ、あたしたちも”じゃあ、こっちもそうしよっか”って、まっすぐ帰ったんだけどね」

 昨日の事とこの状況を合わせて考えると、やはり思った以上に大掛かりな何かが動いている実感があった。何せ、人の記憶まで操作する事態である。さらに人の運命とか。段々自分の中でいろんなモノが噛み合わなくなって来るというか、自分という入れ物の容量をオーバーしてくる実感があった。このまま行けば自分がパンクする。でも、こんな荒唐無稽な話、誰が信じてもらえるだろうか。

 占い研の先輩方を思い出す。

 自分の師匠である坂下先輩、何でもできそうな鳥居先輩、クールなネム先輩、意外に一番許容量の大きそうな仁野先輩。神春先生はやはり信じないだろうか。

 普通に考えれば一介の高校生に大掛かりな組織に対抗したりとか、そんな術は考えつかない。

 一人で悩むことになるのか。

 気分が浮かない。そんなタイミングながら、まだ占いを頼むという声も寄せられ、どうにかなりそうな気はしていた。


 取材&ネタ集め翌日、あれから最初となる部室での編集会議。昨日一緒に逃げ回ったメンバーと坂下先輩、ネム先輩の計五名での話し会いとなる。テーマはもう明後日にやってきた締め切りとそこでの記事について。自分内のどっしりと重いテーマは一時お預けとして、大人しく話し合いに参加する。

 デジカメを手に野々宮が言う。

「で、何で先に帰るなんていうのよ」

 いきなり僕が槍玉に上げられるようだった。

「そうなの?」

 と、坂下先輩が眉をひそめる。この人は本当に感情が隠れない。

「昨日の取材中、先に帰るとか言い出すんですよ」

「そうなの?」

 同じ言い回しで先輩が僕を見る。

「ええ、と。ちょっと用事があって。時間かかるなんて思わなかったものだから」

 精一杯頭を働かせ、その場を取り繕う言い訳をひねり出す。

「そういう時は先に連絡を頂戴。そこまで無理なんかしなくていいから」

 すみません、と謝り、野々宮と古賀さんを見る。ふふん、てな表情で僕を見ているが、今はいい。

「ところでデジカメの中なんだけど、何これ?」

 野々宮からデジカメを受け取ったネム先輩が、そのメモリをノートパソコンに入れて中身を表示させる。そこに映ってるのは駅ビルの周辺で撮った数々の写真だが、後半、妙な追っ手の写真も残っていた。駅ビルの遠景や放置自転車はいいとして、スーツにサングラスが不自然な男、それも数人というのはおかしい。それだけでなく、走ってくる外国人の写真とか、駅ビルの階段らしいぶれた写真などが続き、よくわからない鉄の扉で急に終わってるのはかなり不自然だ。

 組織、記憶を操作出来るわりに仕事が甘い。

「あんたらどんな取材してたのよ」

 ネム先輩が僕達に尋ねる。

「確か、普通に駅の周辺を歩いて、そこから公園か工事中の県道の方まで行こうかって話してて」

「そうそう、で、外人って何だっけ?」

 古賀さんの話を野々宮が受ける。

「公園にサングラスの人とか外国人がいたとか」

「そうそう、確かそうでした」

 ネム先輩の言葉に、慌てて僕が声を挟む。

「そうだっけ?」と、野々宮。

「あれ、違ったかな?」

 と、とぼけると、

「追われてるのは勝手に写真撮ったから追われてるの?」と坂下先輩。「だめよ、そんなことしちゃ」

「まあ、そんなことより」と、ネム先輩が助け舟を出す。「取材は失敗しましたで終わるつもり? ペーパーに穴が開くわよ?」

「まあ、こんな事した後じゃ取材なんて危なくて行けないわね」

「いっそこの外人さんの写真そのまま全部載せちゃえば面白いんじゃない?」

 いつの間にか鳥居先輩が混ざっていた。

「先輩の中では面白くとも、世間的にはアウトですから」

 何となく助けがきたような気持ちになり、僕がそれに答える。

「じゃあ、それ繋ぎあわせてストーリー作って」

「鳥居くん、ちょっと」坂下先輩が話を止め、話の流れはそこでまた元に戻る。

「いっそ、占い結果オンリーの特集号にしたらいいんじゃない?」

 急にそう言い出すのはネム先輩。

「おお」と声が上がり、みんなが納得したような空気になる。それでよかったんだろうか。

 するとその時、部室のドアがノックされた。

 出入口の側に座ってた野々宮が返事とともに立ち上がる。他のみんなも見ている中、ドアが開けられると、見知らぬメガネの男子生徒が居た。

「お取り込み中すみません。生徒会ですけど、部長さんいますか?」

 坂下先輩が立ち上がり、そっちへと歩み寄る。

「すみません。今いないんで代行が話を伺いますけど」

「じゃあ」そう言うとメガネの男子生徒は、小脇に抱えていたバインダーから紙を一枚取り出し、先輩に渡す。「実は学校の風紀に鑑みて、有害サークルの廃止が決定しまして」

 受け取った紙を見て、坂下先輩が凍りついてるのが分かる。ネム先輩がその後につき、僕も椅子から立ち上がる。

「急で申し訳ないんですが、今月中に部室棟からの撤退をお願いします。あ、この話は他の有害サークルにも行ってて、占い研だけというわけではないですからね」

 ネム先輩が口を開く。

「ウチが有害サークルってどういうことですか?」

「先日の学食の爆破事件、アレに関与してたって噂があったでしょ?」

「なんですか、それ。関与って、何か出来るわけ無いじゃないですか。事件じゃなくて事故でしょ?」

「照屋くん、でしたっけ。占いよく当たる方」メガネを直しながら、今度は僕の方を見る。「その方のための仕込みじゃないかって話があってですね」

「するわけないでしょう。常識で考えても」

「それ以前にもあまりに当たりすぎるという事で、人心を惑わすとも言われてるんですよ」

 中世の魔女狩りもこんな感じで始まったんだろうか。関係ないけど、そんなことを思ってみる。

「とにかく、この辺他の有害サークルにも同じような話ししてますんで、よろしくおねがいします」



 一方的な押し付けの後、再び会議テーブルにて。

「みんな何か聞いてる?」と坂下先輩。

「まあ、照屋の噂ならちらほら。当たり過ぎるって」と鳥居先輩。

「だからってコレは変ですよ。絶対なにかありますよ」そう感情的になるのは古賀さん。さっきはおとなしかったのに。

 でも、話はそこで終わり、再び重い沈黙となる。

 僕はというと昨日の駅ビルでのことが思い出され、どう対処していいのか分からずに一人で混乱してみる。顔には出さずに。

 これも僕の能力とやらでどうにか出来るものなんだろうか。その前に、してもいいのか。さらにその前に、有害サークルって何?

 どうもおかしい。みんなきっとそう思ってるだろう空気の中で、時間だけが過ぎる。

 すると、再度部室のドアがノックされた。

「占い研、いる?」

 ラノベ研の皆川部長だった。

 はい、と鳥居先輩が返事を返す。

 皆川部長は勝手知ったるなんとやらで部屋に入ってくると、空いてる椅子に勝手に座り込む。

「生徒会から変なのが来たんだけど、占い研もなんだ」そういってひらひら手に持って見せるのは、さっきと同じような通達文書だった。

「そっちは何ですか?」

「よくわからないけど、有害サークルだから部室棟出て行けって。で、それで俺らの部屋どうなるのかって訊いたら、新しいサークルが使うってさ」

「新しいサークル?」

「聞いたこと無いけどね」

 いつの間にか、他のラノベ研の部員も集まって来ていた。野々宮と話し込んでる女子もいる。すると、他のサークルからも次々と人が現れ、ちょっとした集会場になった。

 成功研究会、鉄道研究会、落研、映研、他。どれも有害サークル指定呼ばわりされながらも、よくわからない理由に不満を抱えている。当然だ。

 どのサークルも有害なサークルであると決めつけられ、部室棟の部屋を明け渡すように言われていた。そして、その有害という理由はこじつけであったり、ただの偏見であったりと何の説得力もない。どう対抗しようかの議論が続いた。

 その話の最中、新たに訪問者があった。

「ここって、有害サークルの集まり?」

 その声の方に注目が集まる。その人物を見て、ラノベ研の皆川部長が返事を返す。

「そっちにも行ったんだ」

「ああ。本当しょうもないよな」

 皆川部長によると弁論部の部長との事だった。ディベート術の研究で知られ、代表者はディベート選手権の全国大会にも出場したことのある、実績のある部である。ところが生徒会には気に入られなかったようで「集まってディベートの練習するだけなら部室はいらないだろう」との処置を受けたとか。

「横暴もいいところだな」

「こっちも、その理屈に正当性はないって伝えに行ったら、何だか変な奴が出てきてな」

「なんだそれ?」

「江戸時代くらい昔のヤンキーみたいのが”何か文句あるのか、ああ?”なんて騒ぎ出してな」

「そんなのが混ざってるんだ」

「どの辺が生徒会なのか分からなかったよ。何なんだ、あれ?」

 いつの間にか占い研の部室で対策会議が始まる。いつの間にか現れた仁野先輩がみんなにお茶入れてくれるのはいいとして、こっち側からの問題提起を生徒会にすることで話は一致した。

「じゃ、抗議文と申請はこっちで書くわ」と弁論部部長。

 弁舌の立つこの人達が動くという事は、他の文化系クラブの人間には心強いものであった。校内の弁護士グループ、文化系サークル弁護団。そんな存在に心強さを感じ、安心したものの、それはほんの少しの間であった。

 その後、生徒会から弁論部の処置を解除するという通達が出た。このことにより有害サークルのリストから外れ、有害サークルの弁護資格はないとの事だったが、そんなものだろうか。

 弁論部の代表者たちは、「じゃあ、有害サークルとか関係なく、弁護に入りますよ」とねじ込んだが、今度は顧問まで出てくることになったらしい。

 いつの間にやら生徒会対策会議室|(仁野先輩のお茶付き)となった占い研部室でうなだれる弁論部部長。

「本当、すまん。顧問まで出てこられちゃどうにもならんのだよ」

「生徒の自主的な運営ってどこいったんでしょうね」

「いや、まったく」

 だが、腐ってても始まらない。生徒会への抗議は残りの部のメンバーで行うこととなった。

 そんなおり、その後しばらく姿をくらませていた鳥居先輩が再度登場した。

「大変ですなみなさん」

 マイペースで登場する姿に、思わず僕が声をかける。

「どこ行ってたんですか」

「校内。文句言いに行くなら代表一人じゃなく、各サークルから三〜四人づつ出して大多数で一度に押しかけたほうがいいぞ。そこで文句言われたら全部の代表者二名くらいになる。雰囲気作りは大切だよ」

「鳥居、お前よくそんな知恵を」

「弁論部的な戦術じゃないですか。数の暴力ってプロ市民の得意技でしょ」

「プロ市民って、お前」

 弁論部部長が困りながら笑う。

 ではどうしようか、その場にいる物で話が始まる。そんなことしてるうちに、鳥居先輩はまたスイッといなくなった。

 弁論部部長によると、放課後は大抵、生徒会室に会長他役員が誰かしら居るらしい。そのタイミングを見計らって、みんなで押しかけようと言うことになった。人選はそれぞれの部で行うとして、行動は翌日。これは負けられない話であり、自分もちょっと気合いが入る。

 他の部のみんなはそれぞれの部室に戻り、抗議に行く人間の人選を始めるとのことだった。具体的に誰が会長と話をするのかは未定。それでも、この調子なら誰であれ堂々と意見を主張できそうな気はしていた。


 その後の人の居なくなった占い研部室にネム先輩が現れた。

 そういえば、さっきまで姿は見ていなかった気がする。

「何処に行ってたんですか?」

「ラノベ研の部室よ。ここ、人がいっぱいだったからね。野々ちゃんと古賀ちゃんとコレ書いてたのよ」

 見せてもらったのは出す予定だったフリーペーパーの下地になるデザインだった。

 そういえば、忘れていたことを思い出す。占い研発行のペーパーについて、自分では何もしていなかったのだ。

「みんなは有害サークル云々で忙しいだろうから、こっちはこっちで進めてるのよ。まあ締め切り過ぎちゃって、謝罪文入りだけどね」

 何もしていないことについて申し訳なく思う。

 すみません、と頭を下げると、

「こっちも話せずに勝手に進めちゃってこめんね。照屋くんやコトちゃんは生徒会の件で忙しいと思ったし」

 と逆に謝られてしまう。

 改めてデザインの紙を見せてもらう。

 写真こそ載っていないものの、占星術班らしく各星座の週報、この時期の惑星の位置による影響、季節的な風水の話、インフルエンザなどの予防に風通しを良くする工夫などが載っており、以前打ち合わせた通りの占いメインの内容になりそうだった。一カ所、イラストが入るのは野々宮の担当になるらしい。そういえば、その話も野々宮から聞いていない。

「こういうペーパーに載せた方が良いんじゃないですか? ”生徒会の横暴を許すな”とか。こんな時だからこそ」

 僕のそういう提案に、ネム先輩がフフッと笑う。

「そんな物が書きたかったら、他の方法でやっているわよ」

「他の方法って、何です?」

「まあ、このペーパーには少なくともそんな物は書かないから。君、このペーパーのバックナンバー読んだ?」

 そう言われてちょっと言葉に詰まる。確かに読んだけど、あまり把握はしていないからだった。

「このペーパーは普通の学園生活のためのもので、何かを主張するためのものじゃないから。それに、そういうペーパーだからこそ、この時期に普通の内容で出そうとも思うわけだし」

 そんなものかと思い、もう一度デザインに目を落とす。

 前回分までの内容とさほど変わらないという言い方はどうかとも思うが、いつもと同じような記事の並びに日常生活のような安心感を感じるのだろうか。

 以前、ロンドンでテロ事件があったとき、ロンドン市民はそれに過剰な反応するのではなく、いつもの生活をいち早く再開、継続することで対抗したという話を思い出す。

 使えるものは使えばいいのにと安易に考えていたことに、ちょっと気恥ずかしさを覚える。

 そんな自分に、ネム先輩がこんなことを言った。

「それとも君、脱ぐ決心ついた?」

「ついてません。冗談は辞めてください」

 と、僕が可能な限り素早く即答する。

 するとその時、

「照屋、脱ぐの?」

 と、こっちに質問を浴びせながら赤縁メガネ女・野々宮が登場した。どういうタイミングで出てくる。

「脱ぐべきだよねー」

「脱ぐべきですよねー」

 セクハラ姉妹がまた無駄な盛り上がりを見せるので、

「絶対ありえませんので、この話題、今後凍結でお願いしますよ。いえ、全廃で。完全撤廃で」

 と永久終了宣言を出す。

 が、この人たちには届かない。「焼け石に水」が具体的な形で見える。

「こんな時だからこそ脱ぐべきだよね」

「本当です。半裸で縛られた姿で、”会長、辞めてください!”とかやるべきですよね」

「そうそう。コンデンスミルクとかでベトベトになってね」

「いいですね、それ。場所はここの部室でいいですよね」

「床にタロットカードも散らばせてね」

「服は引き千切られるんじゃ無くて、自ら脱ぐように命じられるのが基本ですよね」

「屈強な生徒会役員たちに抑え込まれるようにしてね」

「そのうち一人はハンディカム持ってたりして」

「いいねー、荒縄で縛られた跡隠すのに日頃はサポーターつけてるとか、そういう設定も入れたりして幅持たせるのも必要ね」

「あ! あたしそういう内容で小説書きます。照屋が脱がないなら、そういうところから始めて禁断の学園叙事詩を展開しましょうよ」

「野々ちゃん絵も文章も上手いから絶対書くべきよ。読みたいわ、それ」

 最後の方の会話は怒鳴りつけても良かったと思う。

 こういう会話を目の前で堂々とされるのはセクハラだ。しかしながら、分け入って中断させるすべがわからない。ってか、単純に自分に度胸がないだけだとも思うんだけど。でも、野々宮だし。

 セクハラ発言のひとつひとつがボディブローの様に地味で嫌なダメージを与えてくれる。

 するとそこに、

「みんな、いる?」

 と可愛い声がした。

 ドアの方を振り返ると、そこにはメイド服着た仁野先輩がいた。黒地のドレスに白いエプロン。頭にボンネットも着け、小柄な先輩にはとても似合っていた。

 その姿に「かわいー」とセクハラ姉妹が声を上げる。

 仁野先輩はその声にくるりと一回りし、ポーズを決める。

「どうしたんですか、それ」

 ネム先輩の問いかけに、上機嫌な声を返す。

「みんなにお茶入れるのに着たら面白いかなと思って。借りてきたのよ」

「人生楽しんでますねえ。ね、ネム先輩」

「自分のキャラ乗りこなすのは基本だもの。ふふふ」

 そう言って気分良さそうな仁野先輩を見て、またもや鳥居先輩を思い出す。この部のノリというのは、部員として継承されているものなんだろうか。

 同時に少し前、この部室で仁野先輩と話したことも思い出す。なんだか思ったより重厚で深い人だと感じていたのに、こういう姿を見せられては本質がよくわからなくなってくる。でも、こういう人はそのまま受け入れるべきなのかも知れない。現実がそうであるように。

 さっきまでは深刻な話し合いをしていたのに、いつの間にやら今は何だかわからない変な盛り上がり。前々から感じていた現実社会への態度のように、あるがままを受け入れる度量を求められてる気がした。

 そのとき、入り口の所で固まっている古賀さんも見かける。いつからそこにいたのかはわからないけど、ラノベ研の部室でネム先輩たちと仕事してたはず。さっきの会話から全部聴いてて固まってるんだろうか。ついでに仁野先輩にも声をかけられたものの固まってて反応が返せなかったとか。

「古賀さん」

 僕がそう声をかける。

 すると彼女は踵を返し、その場から逃げていった。

 何か酷く誤解された気がする。

 これもあるがまま、って、それは勘弁というか、正直ついて行けない。



 当日、各サークルからは三〜四人の代表が選ばれた。占い研からは坂下先輩、ネム先輩、そして、数少ない男子部員の僕という事になった。隣のラノベ研からは会長以下、男子生徒ばかり総勢三人ほど。文化系サークル全体で総勢数十名で押しかける。

 生徒会室を訪ねる。

「会長いますか? 直訴に来たんですが」

 いつの間にか全体の代表っぽくなっている皆川部長がそう声を上げる。

「ああ?」

 そう不機嫌そうな声がして、声のする方を見ると、ひと目で分かるヤンキーみたいなのがかったるそうにこっちを見ていた。そこだけ見ると部屋を間違ったかのような印象がある。

「なんだお前ら」

「有害サークルというあの処置に反対しているものだ。取り消していただきたい」

 皆川部長がそう内容を伝えると、そのヤンキーは返事を返した。

「ああ?」

 コレしか語彙が無いようなものの言い方で必死に凄むそのヤンキーを制し、会長が出てくる。メガネをかけ、一件まともそうに見えるが、側にいるのがこういう人だからか、それとも”有害サークル”なんて幼稚な括りを用いるからか、見てくれに反した人なんだろうかという気がしてくる。

 その会長が迷惑そうに言う。

「先日、弁論部の主張を通したと思ったら、今度はこれですか。有害サークルの存在はみんが困ってるんですよ」

 その言い方に、大変な偏見と悪意を感じる。思わず僕もむっとする。

「大体、急に来られても相手出来るわけ無いでしょう。真面目に話し合う気があるんですか」

 どっちの言い分だと思って聞いていると、

「当然だ」

 と声がした。

「ラノベ研部長、皆川だ。今回の処置について聞きたいことなど山のようにある。公開で討論を申し込みたい」

 生徒会長の後ろで、無言ながらさっきのヤンキーが凄んでいる。

 会長は僕らを一瞥すると、やれやれと言った雰囲気でこう答えた。

「いいでしょう。それで気が済むなら、その機会を設けましょう。ただし、その場には君が出てくださいよ、占い研の照屋くん」

「えっ?」

 思わず声が出る。同時にみんなの注目が僕に集まる。

「当然でしょう。全ては君が騒ぎを起こしたことから始まってるんです」

 僕の占いって騒ぎだったのかと一瞬あ然とする。こういう言い回しって、印象操作ってやつではないだろうか。または、常にそんなこと考えているから、自然に口をついて出てくる言葉だとか。それって卑しくない?

 するとその時、

「騒ぎってなんですか? 占いが当たったことが騒ぎだなんて、そんなこと聞いたこともありません。おかしな偏見や印象操作は辞めてください!」

 意外にも、そう声を荒げたのは坂下先輩だった。

「騒ぎは騒ぎでしょう。しかも学食の爆破ですか。幸い負傷者は出なかったにせよ、あのことでどれだけの人が困ってると思ってるんですか」

 おめえら、気持ち悪いんだよ、と会長の後ろでヤンキーが吐き捨てる。が、坂下先輩は聞いていない。

「照屋くんが爆破事件なんて起こすわけ無いでしょう」

「じゃあ、あれはどう説明付けるんです?」

「ただの偶然以外に考えられないでしょう」

「偶然であんなことが起こりますか」

「起こったじゃないですか」

「起こるわけないでしょう」

 坂下先輩がここまで怒るのをはじめて見た気がした。同じようなことはほかの文化系サークルのみんなも思ってるらしく、ちょっと緊迫した空気になった。

 さっきから無視されているヤンキーが、一生懸命雰囲気を出そうとしている。正直、邪魔だ。

 他のみんなの取りなしにより、その場は収まった。でも後味の悪さは変わらなかった。

 何より、場の雰囲気を荒げるということを冷静な坂下先輩がしてしまったという事で、先輩本人も気に病んでいるようだった。

 でも、

「正直すっとしたわ」

 とは、ラノベ研部長の弁。

「あんな風にはっきり言ってくれて、気分良かった。ありがとう」

 他の部の人からも同じような声が上がる。先輩は気にしてるようだけど、みんなの結束が固まったのは事実だった。

 坂下先輩は申し訳なさそうにしていたが、あの空気なら他の誰かが言っていたような気がする。

「でも、このあとどうしようか。照屋、何言われるかわからんが、ちゃんと話とか出来るか?」

 ラノベ研の皆川部長が言う。正直、自信はないけど名指しされた以上、自分が出るしか無いのはわかっていた。

 でもそれと同時に、気になっていたことがひとつある。先日の「組織」から聞いた話だ。そんな力があるのなら、あの会長とその一味を黙らせることも出来るんではないか。でも、それはやってもいいことなのか。自分では判断つかなかったし、自分の意志ひとつで何かの状況を操るという事に、正直、抵抗があった。

 シスターの話が聞きたい。そんなことを思った。

 部室での対策の話し合い自体はそんなに長くはかからずにすぐに終わった。生徒会との話し合いは二日後。場所は講堂で、僕の他に坂下先輩がついて出てくれることになる。弁論部のヘルプがお願いできない以上、文化系サークル代表として占い研が生徒会との直接討論となる。この図式も変だけど、そう指定があった以上、仕方ない。

「舐められてるのよ」

 ネム先輩がそういう。たしかにそうだと思う。でも、この状況を確実に突き返してやりたい。そんなことを考えた。

 話し合いの後、急用があると言い訳して先に下校した。そして、駅ビルの、シスターのところに向かった。四階のエスカレーター脇、あの占いコーナーに行く。パーテーションの入り口に準備中の札が下がっていないのを確認し、入り口から中を覗き込んでみる。が、そこにいたのはやはりシスターではなく、やはり見知らぬおばさんだった。

「はい、どうされました? あら、この前の」

 プロの占い師だからか僕の顔はすでに覚えているようだった。

「ああ、ロマ先生ね。ごめんなさい、今日もいらっしゃらないのよ。お急ぎ?」

「いえ、こっちこそすみません。失礼します」

 占いブースを後にして、今度は関係者用の階段を目指す。誰も人が居ないのを確認し、非常階段に回りこみ、五階まで上る。そして、あの鉄の扉を探すが、それは無かった。たしかに前に追われた時にはあったはずなのに。何かの間違いだろうか、とそのあたりを探していると、

「ちょっと、そこで何してるの」

と声がした。ビクッとして振り返ると、警備員がいた。「ダメだよ、ここに入っちゃ」

 そういう警備員に、

「すみません。迷っちゃって。あのトイレどこでしょう?」

 と、とぼけてその場を離れる。部屋がないのは何故だろうか。あの時の話は夢とかで無かったはず。

 ふと、あのときの帰り、エレベーターの表示が八階だったのを思い出す。そこまで行かなければならなかったか。

 駅ビルを出て、もう一度建物を見上げる。窓の数を確認しながらビルの高さを確認し、思わず息が詰まる。

 このビル、六階までしか無い。

 今まで意識したこともなかったけど、改めて階数を数え、あまりのことに言葉を失う。あのとき、エレベーターは確かに八階からの降下だった。まさか、ビルの中で時空がねじれているとか。

 あのとき、一階入り口にバイクが突っ込むという事故もあり、その後、跡が残ってないことに意外に早く片付けられたなという印象もあったが、一連の不自然さが繋がっているようで、自分の感覚が分からなくなって来る。

 改めて、自分は何に巻き込まれてしまったんだろうか。



 翌日、部室にて先輩と話をする。生徒会からの突っ込みをどうするか。無実であることの証明と有害サークルというレッテルの撤廃などをどう話すかがテーマではあるが、依然として話は平行線で終わりそうな気もしていた。目障りなサークルを一掃する他に、いまいち基準の見えない締め上げをゴリ押しする辺りに、単純な嫌悪感以外のよくわからない動機があるような気がしていた。同じ事は坂下先輩も思っていたらしく、まず自分たちにできることとして下手なことを言わないことなどを話ししてみる。

 自分としては、ここ数日抱えている、例の「組織」の話もしたくはあった。謎の事件が続く理由とその特殊能力、古賀さんと野々宮の記憶が消されている件、無くなっている駅ビルの扉。秘密とは言われていたが、坂下先輩になら話していい気もしていた。が、それが正しいのか、場合によっては坂下先輩までいらないことに巻き込みそうで、葛藤は消えなかった。

 自宅にもどると自分宛にダイレクトメールが来ていた。レンタルDVD屋の差し出しで、「スペシャルポイント一〇〇〇点大プレゼント!」「さっそくチャレンジ!」などというメッセージと共にQRコードがプリントされていた。なんとはなしにケータイでそれを取り込むとネット経由でとあるメッセージが表示された。

「組織に連絡を取りたければ例のアドレスにメールを出して。直接訪ねては来ないでちょうだい。シスター・ロマ」

 その表示にまたドキリとする。全部判ってたんだ。一度ネットを切り、気持ちを落ち着ける。念の為と再度、そのコードからネットにつなぐと、「うーん、惜しい! 次にチャレンジ!」と表示された。

 組織としての技術力になるんだろうか。記憶操作したり、駅ビルに被害のある事故なんかも簡単に無くしてみたり、器用なものだなと思っていた所、ケータイに着信があった。でも表示されている番号に見覚えはない。少々不安に思いながら電話に出る。

「はい。照屋ですけど」

「照屋くん? 古賀ですけど、今いい?」

 意外な人物からの電話にちょっと驚く。

「いいけど、何? ってか、僕のケータイ番号どこから聞いたの」

「野々ちゃんから聞いた。出来ればこれから会えない?」


 呼び出されたのは僕の家から近い、最寄り駅そばのファストフード店だった。古賀さんも実は隣駅に住んでいるということで、意外なご近所さんだったようだ。

 普段着に着替え、待ち合わせ場所に行くと、同じく普段着姿の彼女がいた。赤いコートを傍らに置き、明るいクリーム色のセーター、下は黒いミニスカートに黒いストッキング、そして黒いブーツ姿だ。店に入り、先にイートイン席の彼女の側に行く。

「遅くなった。ごめん」

「こっちこそ急にごめんね」

 古賀さんにあわせて自分もミルクティを注文し、改めて席につく。

「照屋くんって甘いもの好きなの?」

「ああ。なんだかそういう家系みたいで、親父も酒がダメで会社の忘年会とか苦労してるみたいなんだよね」

 笑いながらそう答えると古賀さんは「そう」と簡単に会話を区切り、一度呼吸をして話しだした。

「明日、どうするの?」

 やはりこの話題か、と、気持ちを落ち着ける。

「まあ、何も変なことはしていないって、堂々としてるしかないけどね。坂下先輩も側についてくれるし」

「いいよね、そういう人がいるって」

「凄く心強いよね」

「ねえ、照屋くんってさ」

 古賀さんがこっちの顔を見ずに話す。「なんでタロット占いに興味持ったの?」

 そう聞かれて何度目になるかわからない受験のことを話す。

「バカにしたりしなかった?」

「何で?」

「そんなもの、非現実的だって。当たったのだってたまたまだし、むしろそんなものに興味を持つのは気持ち悪いって」

 ちょっと考えてみるが、特に思い当たることはかった。

「思わなかったな、マジで。まあ、人に話して初めて退かれたってのはあるけど、だからって興味ないふりも違うと思うし」

「いいね。そういう人に運命って味方するんだろうね」

 古賀さんはそう言うと、一度居住まいを正し、こっちをじっと見据えた。

「自分語りになるけど、いい?」

「どうぞ」

 僕がそう返すと、古賀さんは落ち着いた口調で話し出した。

「あたし、小さい頃から結構注目を集めてて、周囲からちやほやされてたの」

 それはよく分かる。この器量だし、相当モテたんだろうなと思う。

「でも、小学校の二年くらいかな、どんどん同じ女子から仲間ハズレにされて、最後には完全に孤立しちゃってね。うちの父がしっかりした人だから”周りの人には感謝の気持を忘れないように”、”誰に対しても誠実に接しなさい”、”何があっても人の悪口を言ってはいけない”って言われてたから、それ守ってたつもりだし、人の悪口や陰口なんて言ったことないんだけど、なんだかね。人間に中身なんて必要ないんだって思った。上手く立ち回ったヒトの勝ちなんだって」

「残念な話だな」

「でもそのあとで天罰ってあるんだなって思ったよ。その仲間外れにしてたグループの中で仲間割れが起こったようで、あちこちで陰口や貶し合い、嫌がらせとか当てつけが横行してクラスの中が戦争状態みたいになって、先生がノイローゼになっちゃたりしてね。またあたしに擦り寄ってくる子もいたりで、正直、人間不信になった。学校行きたくなかったもの」

 小さい頃にこういうことがあるとトラウマとしても残るんじゃないだろうか。冷めつつあるミルクティーを飲み干す。

「その頃に星占いに興味持ってね。あたしは双子座だから、こういう運命なんだとか、あの子らとは仲が悪いんだって。自分なりに解釈してね。どんどんのめり込んでいったんだけど、今度はそれが叩かれる要因になった。バカにされたり、暗いとか、呪いとか信じてるのかって。古賀に何かやったら呪われるぞーとかね。上手く行かないものね」

 古賀さんが人と距離を置きたがるように見えるのって、こういうのが原因かと分かってくる。

「人を見下す人って、こっちが何をしててもバカにしてくるし、マジメに付き合おうとするだけ本当に無駄。だから、そんな人たちが本気で嫌いなの」

 教室で僕に絡んできたあいつらを思い出す。古賀さんの気を引きたかったのかも知れないが、残念なことで。

「だから、そういうのバカにしない人って素敵だと思うし、自分も応援したいと思う。その点、占い研は凄く居心地の良い場所だもの。先輩達はみんな分かってくれるし、占い以外の話もできて嬉しいし。そうそう、知ってる? 仁野先輩って車の免許持ってるんだよ」

 意外な話に「え?」なんて声を出してしまい、二人でちょっと笑う。

「仁野先輩、四月生まれの牡牛座だから、すぐに免許取ったんだって。家の軽自動車乗り回してるって言ってたわ」

「凄いね、それ。でも仁野先輩なら不思議ではないかも。いや、似合わないかな」

「どっちなの」

 また二人で笑う。正直似合わないとも思ったけど、納得できる話でもあった。

「ネム先輩も色んな事知ってるし、色んな事教えてくれるし。こんな風に気楽にいられる場所って今まで無かったと思う」

「僕もそうかな。タロットカードの話して退かれないどころか、もっと色々話に乗ってくれるのって、占い研だけだしね」

「うん」そう一言区切り、古賀さんが続ける。「そんな大切な場所だから偏見で潰そうとする人が許せない。本当は関わりたくないんだけど」

「大丈夫だよ」

 自然とそう口にする。迷いも疑問もなかった。

「こっちは間違ってないことを胸張って主張すれば良いんだ。何もやましいことはないんだし、事実を突きつけるだけだしね。大丈夫、勝つから」

 僕がそう言うと、古賀さんの表情に今まで見たこと無い安堵の色が見えた気がした。

「照屋くんってさ、女子の間で結構信頼されてるんだよ。知ってた?」

「いや、初耳だけど」

「馬鹿なことしないし、変な自意識から不自然なポーズ取ったりするようなタイプじゃない。みんなから結構信頼されてる。だからコト先輩|(坂下先輩)もお気に入りなんだろうね。コト先輩ね、照屋くんのこと、弟みたいだって言ってたのよ。素直だし、真面目でよく勉強するしって。嬉しそうにね」

 首筋の辺りが熱くなった気がした。その僕の表情を読むように続ける。

「羨ましかったんだよね。側にそんな風に思ってくれる誰かがいてくれるのって」

「古賀さんにもネム先輩や仁野先輩がいるじゃない」

「あの二人は放任主義だもん。一緒にカード見ながら”目隠しの解釈がどうの”とか”聖書は教養としてでも読んでおかなきゃ”とか、そんな話はしてないし」

 部室での僕と先輩とのやりとりが、ほとんどそんな感じだったのを思い出す。

「脇で聞いてたんだ……」

「あたしもタロットやろうかなって思ったよ」

 ふと気づくと古賀さんがいつもより口数が多く、明るい表情で話していることに気づく。普段の無表情か固まってるか、または嫌悪の色を浮かべているときとは大違いだった。

「照屋くん見てるとね、自分で変に力が入ってることがバカバカしく思えてくる。だから頼りなく見えるときもあるし、いいなって思えるときもあるんだ」

 今日呼び出されたのは、やはり頼りなく見えたからなんだろうか。分かるけど。

「照屋くん、頑張ってね。なんだか何しに来たのかも分からなくなっちゃったけど、天秤座には今火星が入ってるし、絶対に上手く行くから。しっかりね」

 二人でファストフード店を出て、駅まで古賀さんを送る。改札口で分かれる際、彼女はこんなことを言った。

「照屋くんは運って信じてる?」

 信じてるもなにも、目下の悩みの一つがその操作についてだったりする。

「あたし、因果応報って本当だと思う。良い行いをすれば良いことは返って来るって」

「本当だよね」自分で言って良いか一瞬迷うが、そう言ってみる。「僕らは間違ったことも恥ずかしいことも、何もしてないんだから胸張ってないとね」

 古賀さんを見送り、自宅に向かう。空には雨雲が張り出し、雨の気配が近づいているのを感じる。古賀さん、雨が降り出さない内に帰れると良いななんて思いながらも、いつの間にか普通に話が出来るようになってたことに気づく。物事の移り変わりに、本当に運とかって必要なんだろうか。そんなことを思ってみる。間違ったことをしないこと。それだけで物事は良い方向に流れて行くような気もする。

 本当にそうなのか、それを知るのは明日になるんだろうか。

 その明日の対決について考える。

 自分のすることって、何だろうか。カードを使えば、簡単に蹴散らせるだろう事は解る。でも、それをすることにまだ抵抗があった。古賀さんの言っていた”因果応報”。自分でもそれは本当だと思う。そして、そこに影響なりを与えることに抵抗があるんだろうか。何より、自分がそんな重要な人物かということに居心地の悪さを感じる。人によっては喜ぶんだろうけど、自分にはどうしてもダメだ。

 古賀さんと普通に話が出来るようになったことを考えてみる。それは自分でも望んではいたが、そのために何かしたということはない。せいぜい、普通に付き合い、変なポーズを取ったり気取ってみたりをせず、そのときそのとき誠実に向き合った結果だと思う。そしてこういうのを”因果応報”というのではないだろうか。

 自分の能力は無駄な物だと思った。何より、有効な使い方がわからない。私利私欲のためならいくらでも使えるんだろうけど、そんな風にはなりたくないし。

 明日の大きな問題を前に、自分はありのままで行くのか、それともやはりカードの力を借りることになるのか。判断も決心も付かないまま、曇り空の下を歩いた。



 生徒会との討論日、朝から緊張はあった。文化系サークルほとんどの期待を背負っているのはひしひしと感じていたので特に。他のサークルの先輩は「大丈夫、君は奇跡を起こせる!」などと言ってくれるが、その奇跡もタダではないというか、お気楽に起こして良い物かという事を話したい気持ちもあった。ってか、占い研が言い勝つとして、それって奇跡なんですか?

 窓の外を見る。昨日に引き続き曇っている空から雨が落ち始め、不穏な空気を更に盛り上げてくれる。確か、天気予報では雷雨に注意などとも出ていたはず。無駄なお膳立てに運命の配慮を思い切り感じてみる。運命。ってことは自分で晴れにも出来るのだろうか。

 部室で坂下先輩と落ちあう。ネム先輩、仁野先輩も一緒にいるし、古賀さんも野々宮もいる。鳥居先輩は居ないが。

 時間になり講堂に行く。結構注目を集めているようで、人の入りはかなりあった。講堂の座席には他の文化系サークルのみんなの姿も見える。軽く会釈する。

 新聞部がカメラを向けている。何だか格闘技の選手にでもなった気分だ。

 講堂の壇上に設置された席には会長がいた。その横には例のヤンキー。やはり、何のためにいるのか分からない。

 壇上の席に着く。誰かが咳払いを一つする。

 会長が口火を切る。

「じゃあ、早速話ししましょう。有害なサークルとしての活動を即刻辞めて、部活棟を明け渡してくださいと言ってるんです」

 早速の一方的な言い分にむっとする。だが、僕より先に、側にいた坂下先輩が言う。

「有害とおっしゃいますがその根拠は何なんですか?」

 坂下先輩の問いかけに、例のヤンキーが「ああ?」と声を上げる。ここでも同じような役割のようだ。

「学食の爆発事件を起こしたでしょう。アレがほとんどです」講堂の内部でざわめきが起こる。「他にも運動部の結果を操作したり、一部教職員に便宜を図ったり、常識的な部活動の範囲を超えている」

 こういう考え方自体が常識を超えているような気がするが、言っている本人たちは真面目なんだろうか。

「そのような非常識かつ悪質で有害なサークルは解散し、高校生らしい部活動による生徒会の運営を実現させる」

 何の迷いも感じさせずにそう言ってのける会長に、坂下先輩が反論する。

「まず、ウチのサークルがそんなことに関係しているという認識自体が間違いです。照屋くんの占い結果はただの結果であって、それ以外のことには何も関係ありません」

「ぁああーっ?」

 件のヤンキーがまた声を上げる。威嚇しかできないのかと思ってると、講堂の前の方に陣取っている一段が騒ぎ出した。「そうだそうだ!」「気持ちわりいんだよ!」。野次ってくるその一団へ静粛を促すような注意は飛ばない。また、こっちの応援として来ていたみんなが静かだったのは、その一団が無言の圧力をかけているかららしい。無意味にジロジロと睨まれては、萎縮するものだろう。なるほど、数の暴力は有効だ。

「じゃあ、なんであんなに事件が起こるんですか? 意図的にやっているとしか思えないでしょう」

「実際にやった証拠などあるなら出してください。ただの偶然にそんなものありませんが。それに、それだけ実際の事件への的中率が高いなら、それだけウチの照屋くんの占いが優れているってことでしょう」

「なら、照屋くん。君、ここで私のことでも占ってくれないですか? まあ、ここでどんな結果が出ても私が相手ならどんな裏工作も通用しないでしょうが」

 会長の半ばバカにしたような言い方に、思わず僕もむっとする。

 壇の脇にいた古賀さんと野々宮が顔を見合わせ、どこかへ向かう。僕のタロットデッキを持ってきてくれるんだろうか。

「大丈夫よ」

 坂下先輩が僕に言う。

「こっちこそ大丈夫ですよ」

 僕もそう返す。

 そのとき。

「もうひとつ部室棟作ればいいんじゃないの?」

 講堂に声がして、みんながその声の方を見る。鳥居先輩だ。みんな先輩がどんな人間だかわかっているからか、講堂が妙にざわつく。「すまんね、遅れちゃって」

 講堂の中を分け入るように入ってくる。何人かのヤンキーが立ち上がり、睨みを利かすが、先輩は同じポーズを真似て返し、挑発して遊んだりしている。だが、そういうおふざけもそこそこに、すぐ壇上に登って来た。

「鳥居くん、どこ行ってたの」

「いやまあ、こういうの拾いに」

 坂下先輩の声に軽く答えると、鳥居先輩は手にした紙を広げる。それは新同好会設立申請のコピーだった。

「格闘技研究会」「ダンス研究会」「リアルサグ・ストリートカルチャー研究会」「ガーリークラブ”ハイ・スカート”」。最後二つは何かというと、片方はストリート文化の研究がどうとかで、活動内容はよくわからない。もうひとつは女の子らしく女の子の文化を研究するクラブで入部資格は女子限定とか。皆川部長がラノベ研の部室で聞いたのはこのことだったのかと思い至る。

 だがその反面、実際にこういう話があったこと自体誰も知らなかったらしく、やはり会場はざわつく。

「こういうのの新設に今ある部が邪魔なんでしょ? 会長。権力の使い方の悪い見本ですよ。先に生徒の生活に入り込んで丸め込むところからしないと。まるで我慢しないでいきなり行動はじめて自滅する頭の悪いヤクザみたいですよ。上手く入り込んでる外人や宗教団体見習わないと。あと、リアルなサグって何? さつまいも味のグミだったら自分にも一個くださいよ」

「なんだよお前!」

 側のヤンキーが立ち上がる。

「会長、これ何の背後霊?」

 その言葉に失笑が漏れる。

「君には関係無いでしょう」

「確かに。背後霊って実はよくわからないんですが」

「そっちじゃねえよ!」とヤンキー。

「背後霊に聞いてねえよ」と鳥居先輩。

 席のヤンキーたちが座席から次々と立ち上がり、威圧する。

「ああ、背後霊がいっぱいでグループ魂だあ」

 鳥居先輩がふざけた口調で挑発を続ける。一部のヤンキーは壇上に駆け上がらんばかりの勢いだ。

 だがそのヤンキーの前に出て行く姿があった。仁野先輩だ。

 いつもの幼げな空気のまま「ここ席、空いてるでしょ? ごめんね」などと言いながら、ヤンキー達の側に腰を下ろす。緊迫した空気が一度途切れるが、その後さらに増した空気の重さは仁野先輩が出しているようにも見えた。

 その先輩のもとにネム先輩も寄る。そして手にしたオレンジジュースのペットボトルを仁野先輩に渡し、二人で飲みながら薄ら笑いの表情でこっちを見る。

 何も言えなくなっている席のヤンキー達、威圧されている他の生徒たち。その空気をさらに乱すように、鳥居先輩が言う。

「ねえ背後霊こと二階先輩。こんなところで背後霊なんてやってないで、普通に受験の準備でもしないとまずいんじゃないですか? サッカー部、下手すぎて退部してから何一つまともなことしてないでしょ?」

 その言葉に、講堂がざわつく。

「なんだよ。うるせえな」

 誰に云うとも無く、鳥居先輩は続ける。

「いやね、この人。サッカー部の超お荷物だったんだって。で、一年の途中でやめて、なんかグレて、今ここでこんな風に権力者に取り憑いて他所の部に圧力かける背後霊やってるってさ」

「おまえにゃ関係ねえよ」

「あるよ。占い研の次期部長だし」

「じゃあ、部活来てよ」と坂下先輩が小さくつぶやく。

 野々宮と古賀さんが僕のデッキを持ってくる。鳥居先輩を見て「え? 何でここに?」的な表情を浮かべる。が、その二人からデッキを受け取り、我らが個性派先輩が僕の方を向く。

「ほら、照屋」デッキを僕に渡しながら、「派手にやってくれ」とニヤリ。

 生徒会の役員が壇上に新たにテーブルを出す。僕はその上にタロットカードを広げ、それをシャッフルする。その間、心で思ってみる。組織の人から言われた操作する力、それについて自分は何を考えればいいのかと。下手にこの人らが不幸になること考えればそれは現実するんだろうけど、それってどうか。そういう力を持ってても自分はそんなことしたくないなというのが本音だったりする。何を考えればいいのか、人前のプレッシャーから頭に血が登ってよく考えられなくなっている。

 なるようになれ。そう運を天に任す。

「では会長、左手でこのカードに触れてください。で、知りたいことなどあったら思い浮かべてください。そのことについての導きが出ます」

 半分バカにしたような目で会長が左手を載せる。ありがとうございますと一言告げ、さらにカードをシャッフル。

 そしてそれらをまとめ、いくつかの山に分け、再度ひとつにまとめてから星型に配置する。

 そこで一度、テーブルから手を離す。

 今、誰の意識も入り込まない、純粋な運勢による導きをお見せします。心でそうつぶやき、最初のカードに手を触れる。

「では、会長についてです」

 一枚目のカードをめくる。”ソードの八”正位置のカードだった。

「これは会長の今の状況なんですが、何か変な圧力とか、かかってますか?」

 そう訊きながら顔色を伺うと一瞬ビクッと反応した影が見えた。僕が解説を加える。

「このカードは理不尽な事情とか圧力に苦しんでるものなんです。解釈のためにサブカードというのを引いて、その詳細とか背景を見ることもできますが」

「いや、いい。もう外れてるから。先読んでくれ」

 会長にそう言われ、次に二枚目のカードを引くと、”恋人”の逆位置のカードだった。それを見て鳥居先輩がニヤリと笑う。

「これは今抱えてる問題点ですけど、あの……」

 口ごもる僕に野次が飛ぶ。

「おーい、外れてんだろ?」「イカサマ野郎!」笑い声。

 坂下先輩がそっちを見る。反応して「何おまえ」の声と笑い声。仁野先輩が咳払いを一つする。

「照屋、どうした?」と鳥居先輩。ニヤニヤ。

「あの、会長のプライベートになるような気がするんですが、言っていいんですか?」

「構わない。そんな占いなんて当てにならないからな」と会長。

「じゃあ行け、照屋。情け容赦なくぶちまけてやれ」と鳥居先輩。

「はい……。あの」

 僕は意を決して、ハッキリと告げる。

「恋愛問題で悩んでるというカードが出てるんですけど!」

 おおーという声と笑い声が起こる。「そりゃ言えないよなあ」の声も聞こえる。

「いや、外れている。全く外れている。そんな話はない」

 そう言いながら会長は落ち着きをなくしている。顔も赤くなったり青くなったり。

「んじゃ、次」と鳥居先輩。

「はい、いいんですよね?」と確認を取りながら、三枚目を引く。”カップのエース”の逆位置。

「その問題につながってる、原因なんですけど。なんというか”厄介ごとが入って色々と妨害されてる”とか”本当は上手く行くのにダメ”とか、そんなカードが」

「おー、なんででしょうねえ。下らない活動の相手してるからかなあ?」と鳥居先輩。お願いです。黙ってください。坂下先輩が鳥居先輩のシャツの裾を引っ張る。会長は無言。

 四枚目のカードを引く前に一応聴いてみる。

「いいんですよね」

「いい。外れてるし、信じてないしな。どうでもいい。早く読んでくれ」

 矛盾してることにも気付いてない辺り、本人が混乱に気づかないくらい相当言い当ててしまってるんだろうか。ちょっと罪悪感も感じる。カードをめくったところ、”悪魔”の逆位置が出た。

「四枚目のカードは対策です。で、”悪い関係を絶つ”というのが出てまして」

「きっと理不尽な圧力だな」と先輩。講堂内に失笑が漏れる。

 会長は無言だ。

 悪い関係って何だよ、と例のヤンキーこと二階先輩が言う。サブカードいいですかと会長に確認する。無言でうなづく会長。引いたところ、”塔”の正位置が出た。落雷を受けて崩壊する塔とそこから投げ出された人が描かれている、学食の爆破事故のときに出たアレである。でも、ここではそんな悪い意味があるようには思えなかった。

「厄介ごと捨てると言った意味の物、出てますけど」

 会長は相変わらず無言。

「さらに何か無いか?」

 鳥居先輩がそう口を挟む。ひょっとして、鳥居先輩もカードが読めるとか? とりあえず、その後をつづけ、こう付け足してみる。

「捨てるだけじゃなく、厄介ごとにダメージ追わせて追い払うような、そんなイメージです」

 くだらねえ、と吐き捨てたのは二階先輩。会長は無言。

「じゃ、最後に結論のカードですけど」

 めくってみると”世界”のカード、正位置。

「会長、ハッピーエンドです」

 おおー、という声と拍手が起こる。

「厄介ごとと手を切って、全部上手く行くみたいです。いい結果です」

 会長はまだ無表情のまま反応がない。

「で、この内容ですけど、この結果をやり直すとか拒否するカードを引くことができます。どうします?」

 スプレッドのルールにより、一応聞いてみる。

 無言のまま凍りついていた会長が、重く口を開く。

「……ちょっと考えさせてくれ」

「いえ、今決めないとダメなんですが……」

「おまえら、いい加減にしろよ!」と二階先輩が立ち上がる。「さっきからウダウダくだらねえんだよ! お前らが出て行っていなくなればいいんだよ! 何が占いだよ。お前らの下らないもの押し付けてんじゃねえぞ!」

 その時、場の空気を吹き飛ばすような、大音量の雷鳴が轟いた。あまりの大きな音に悲鳴が上がり、窓ガラスがびりびりと揺れる。そして、いきなり電気が落ちた。

 続けて悲鳴が上がる。

「おい、何だよコレ! 小細工してんじゃねえぞ!」

 二階先輩の怒号が講堂に響き渡る。どういう小細工すれば雷落とせるというのか。

 直後、すぐに電源が回復する。でも講堂の中は薄暗く感じられた。

「どうしますー? まだ続けますー?」

 鳥居先輩の問いかけに騒ぎ出すヤンキーこと二階先輩。

「くだらねえっつってんだよ!」

 彼はヒステリックにそう叫ぶなり、壇上のテーブルごとカードをひっくり返した。

「あ、これでセッションが終わったという事で、結果は成立しました」

 なんとか僕がそう声をひねり出す。

「何がセッションだコラ!」

 さらに騒ぎ出そうとする二階先輩の前に鳥居先輩が出る。

「先輩ー、みんな見てますよ。興奮しないでくださいよー」

「何が興奮だよ! ふざけんな、お前!」

「じゃあ、落ち着きましょうね。はい」と、二階先輩の顔の前でひとつ手を叩く。

「何が”はい”だ、コラ!」

「落ち着きました?」

「落ち着きましたじゃねえよ! ああ?」

「じゃあ、静かに話し合いってできないじゃないですかぁ」

「ああ? なんだとこら」

「だから、落ち着いて、話し合いができないじゃないですかああ?」

「ああ? ああ?」

 二階先輩は鳥居先輩に思い切り顔を近づける。視界もふさがれるほどの距離で大声を上げるその人を相手に、鳥居先輩は一歩前に進み、自分の鼻を相手の鼻にくっつけた。

 そして、大きな声でコール。

「エスキモーのキーッス!」

 その声に押し殺したような笑いと微妙な空気が講堂にあふれる。あわてて身体を離し、鼻を押さえながら二階先輩は言う。

「てめ、調子に乗ってんじゃねえぞコラ!」

「だーかーらー」

「ああ?」

「だから話」

「ああ?」

「だから話し合いにならないでしょうって。落ち着いてくださいよ。三歳児がダダこねてるんじゃないんですから、って最近の三歳児って結構理知的で話し合いできるんですよ? 知ってました? 先輩、仮にも先輩なんだから見習ってくださいよ、三歳児を」

 最後のセリフの間中、二階先輩は「ああ? ああ?」と恫喝の声を上げ続けた。壇上でひたすら悪目立ちしかしていないのだけど、本人は興奮しきってて分からないようだ。そして、それを悪い方に誘導しているのは明らかに鳥居先輩。講堂中が笑いだそうにも笑えない空気に包まれている。

 悪趣味な挑発をひと通り続けた後で、鳥居先輩が講堂の後ろへと声をかけた。

「映研、撮ってます?」

 気がつくと講堂後ろの出入り口そばに、三脚を構えた映研の部長と一年生が二人、この様子を撮影している姿が目に入った。

 その映研部長は右手親指を立て、高々と掲げる。

「フッざけんなよ!」

 二階先輩がそっちに向かおうとするのを鳥居先輩が止める。

「せんぱーい。まだ話終わってないですよー」

「もういいんだよ!」

「いえ、有害サークルの処置については何も話ししてないじゃないですかー。ガーリーとか格闘技研究会とかリアルでサグはどうするんですか? ってか、本当サグって何です? 埼玉県生まれの群馬県民ならオレの叔父にいますけどー。ガーリーとか。ミスター・セカンドフロー!」

「もういいってんだろ!」

「もういいそうですよー。みなさーん」

 と、その二階先輩の仲間方向に声をかけるが、誰も反応しない。

「あの、会長、どうします?」

 すっかり置いてきぼりにされている僕が、さっきから固まってる会長に声をかける。会長はほとんど感情を交えない声でこう言った。

「ああ、もういいかな」



 なし崩し的に終わった話について、特に誰かから声が上がるとかはなかった。有害サークル云々の話も、あんなに強気に出てたにもかかわらず、関係者も「もう触れてくれるな」的な雰囲気を漂わせていた。その感じにちょっと嫌な気はするが、するだけで何かすることはない。何かしてまた被害が出たら嫌だし。

 もう一つ気になってた事があった。レベルの高い進学校のはずなのにヤンキーっぽい人がいるのはなぜか。大変な女帝ぶりが発覚した肝っ玉ガールの仁野先輩によると、勉強して入ったものの、いい学校である分レベルは高く、その分以前より勉強の順位など落とした落ちこぼれが開き直ってそうなるらしいとのことだった。元優等生の落ちこぼれというケース。僕も下手するとこうなってたんだろうか。いや、元々優等生ではないので違う気もするが。

 部活棟はそのまま使用となり、有害サークルなどとレッテルを貼られた自分たちにも普通の生活が戻ってきた。落研からは発声練習が聞こえ、成功研究会の部室からも「東証爆上げ!」の声が聞こえる。占い研の部室も以前と同じような落ち着きを見せ、ネム先輩と野々宮のソフトなセクハラも再発しだした。ちなみに、ネム先輩と野々宮は本の貸し借りなんかもしてるらしい。どんな本かは知りたくないが。

 そして、生徒会長はあの背後霊の二階先輩とは手を切ったとのこと。そして、手を切った直後、会長は片思いのお相手さんと良い仲に進展したとのこと。おめでとうございます。一説によると自称ネゴシエーターの二階先輩が生徒会に来るようになってから、それを嫌う彼女さんが会長に近づかなくなっていたとか。なるほど。一方でその二階先輩は内緒でしてたバイク登校|(注:校則で禁止されている)の途中、道路に飛び出した黒猫を避けそこねて事故に遭い、全治三ヶ月の重傷を負ってしまった。救急車で運ばれる最中、うわ言のように「あいつらのせいだ」とか言い続けてたとか。そうなるだろうか。そんなカードを引いてしまった当人として、ちょっと気になることであった。


 また音楽活動もしている鳥居先輩が曲を作り、軽音の人たちと校内放送で発表なんかしてた。曲名は「エスキモーのキッス」。「僕らには落ち着くことが必要だ」と歌う歌詞に「ああー! ああー!」と野太いコーラスが絡み、事情を知ってる人たちは死ぬほど笑い転げていた。その曲の最後に派手なクラッシュ音も入ってるのは大変悪趣味でもあったが、申し訳なく思いながら僕も吹き出してしまった。事情を知らない人たちにも話はすぐに伝わるだろう。

 鳥居先輩はその曲のPV動画を作りたいとかで映研にあの日のビデオを借りに行ったが、当日のビデオは映研会長判断で早速廃棄になったとか。「あんなもの記録の価値ないし、人が恥かくだけの動画なんていらない」というのがその理由だったようだ。立派だと思う。


 さて、その後の僕はというと占い研の預言者として一部から崇められ、一部から恐れられるという、大変微妙なポジションに入ってしまった。スクールカーストで言ってもどこになるんだろうか。気にしないのはそれ以前から付き合ってくれてたサッカー部の斎藤他クラスのみんな、占い研のみんなやラノベ研の皆川部長はじめ周囲のサークルくらい。今後の学園生活の先が思いやられる。

 そこに持ってきて、どんどん占いにのめり込んでいる妹が、受験の模試で吉祥高の合格率判定を思い切り上げてくるようになった。兄妹揃って公立の一流進学校と親は喜んでいるが、正直こいつには来てほしくない。何よりこの状況で。


「あのころ、火星が天秤座に入ってたから勝算は大分あったと思うわ。天秤座には土星も合だったけど、丁度さそり座に出ていくところだったし。鳥居くんは第三デークだから大変そうだったけど」

 仁野先輩、ネム先輩、古賀さんのアストロ三姉妹の分析である。意味はこのあと教わろうと思う。その話を聞き、僕も坂下先輩も、そして当日の真の主役と言っても過言ではない鳥居先輩が三人揃って天秤座であることを知ってこれまた驚いてみたりもした。鳥居先輩が天秤座というのは意外だったが、言われてみるとそんな気もするから不思議なものだ。



 駅ビルの四階に行ってみる。カスタードとバニラの入り混った香りの中、エスカレーターを上ると、あの占いスペースには「シスター・ロマ」の札がかかっていた。ほっとしながらブースを覗く。お客さんもいないで暇そうにしてたシスターが僕に気づいて笑顔を向けてくれる。

「あら、いらっしゃい」

 その笑顔には何か特別なエージェントの面影はなく、普通の占いのお姉さんであった。

「今、いいですか?」

 そう言いながらブースに入る。

「今日はどうしたの?」

「ええ、ちょっと色々あって」

 そう言いながらテーブル前の椅子に座る。

「自分はどうしたらいいのかなと」

「何が?」

「この能力重いです。誰にも相談とかできないし。何とかなりませんか?」

 早速シスターが黙ったまま一枚カードをめくる。

「あら、ひと仕事終えたってところなのね」

 なんでもカードで見透かされるのも慣れたことに、自分でようやく気づく。

 気を取り直して、この厄介な性質について話す。

「なんだかいちいち気を使うんですよね。ここでこんなこと考えたらそれが現実のものになるんじゃないかって。カード使わなくともなんですけど。たまに本当に意図しないところでも変なことが一致したりってあるし。先日も体育のマラソンの授業が嫌で”雨でも降って中止にならないかな”とか言ったら、記録的な豪雨で県道が冠水して被害まで出たんですよ」

 ついでに先日の対生徒会戦、講堂でのセッション時に起こった落雷のことを話す。

「”不自然だけど偶然”ってのは結構あることよ。それに、起こったら起こったで対処するしかないと思うけどね」

「どうも気になっちゃって。なんか引きずるんですよ」

「占いで悪い結果出して、それが現実になっても、それはそれでしょうがないと思わない? 大体自分の運命は自分で決めることができるというか、嫌な運命ならそれを否定するくらいの意識があればそんなものはいくらでも塗り替えられるって思わないかな?」

 僕は無言になる。シスターが言葉をつづける。

「今まで人間は何度絶滅したと思ってる? 太古の昔から自然の災害や疫病の流行、大きな紛争や戦争はあったけどそれを人類は乗り越えてきたわ。大切なのは希望を持つことでしょ。どんなにどん底の状態でもそこから顔を上げる勇気。そういうものを最初から持ってない人には、どんな幸運が訪れても何もできないんじゃない?」

「僕の占いは九割五分は実現するって」

「十割ではないわ。悪い結果や意図しない結論が出ても、それはただ示された行き先の一つというだけで成就してるわけじゃないでしょ。うそ臭いごまかし並べてるだけじゃ何もできないのは当然だし、適当な理由付けて何もしないなんてのは論外。君が気にすることじゃない。まあ普通、何が起こるか予想できないのは当然のことだけどね」

「そんなものですか」

 拍子抜けしたのか、毒を抜いてもらったのかそれは解らない。ただ、気持ちが少しだけ楽になったのを感じた。

 でも、ありがたかった。

「まあ、自分でも何とかやってみます」

 僕は鞄を持って席を立とうとする。これから部室に戻ろうかそのまま帰ろうかちょっと考える。占い研みんなの顔が見たくもあった。こんな自分が受け入れてもらえるみんなのところに戻りたい。みんなは僕をどんなふうに思ってくれてるんだろうか。直接聞くことは出来なくとも、その空気を感じてみたい。そんなふうに思った。

 シスターが僕に言う。

「じゃ、今日はセッションなしのカウンセリング三十分コースだから、学割使って千二百円ね」

「え? お金取るんですか?」

「そうよ。職業占い師に意見貰いに来てるんじゃない。予想出来なかった?」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ