義経と弁慶
武蔵坊弁慶こと山岡小路義晴は、自身のステータスを確認していた。
武蔵坊弁慶
豪傑Lv72
HP 192 [192]
MP 67 [68]
筋力 88
体力 225
知恵 62
精神 65
スキル
・鑑定Lv2
・治癒魔術Lv3
・大音声Lv2
EQ
・草薙の剣
・山伏装束
確認する度に、面倒な手続きなど抜きにして直接、頼朝の首級を挙げればどうか。と思う程、この所の逃亡生活に飽きていた。歴史が変わればパラドックスの恐れがある。時間を遡行したのか、異世界転生なのか判断できない以上、君子危うきに近寄らずの通り用心に越した事は無い。
今日何度目かの堂々巡りが無聊を慰める助けとなるか分からないが。
弁慶は九郎のステータスを確認した。
源九郎判官義経
軍神Lv19
HP 77 [77]
MP 12 [12]
筋力 61
体力 75
知恵 60
精神 66
スキル
・回避Lv3
EQ
・太刀「銘:壇ノ浦」
小天狗Lv35だった義経は、木曽義仲との戦いで軍神Lv1へとクラスチェンジした。
平家追討後も暇を見つけては妖怪を狩っていたので、今では平知盛、平教経と比べても遜色無いほどのパラメータに成っている。
「こうも関所が多いと陸奥に着くまでに捕まりそうだな。どう思う、弁慶」
「はぁ、その為の変装なんだけど。ばれても、その時は、その時だね」
「左様。我が太刀は主君の御為に御在ます。関所の番卒なぞ斬り捨てて参りましょう」
気の短いのは義経四天王である。四天王とは言うけれど常時5・6人いる。何人いるのか4人を越えてからは誰も数えちゃいない。
「まぁ待ちなよ、騒いで通れば面倒事は雪達磨式に大きくなるってもんだ。知らぬ振りしてやり過ごすのが賢いやり方さ」
「じゃ、あとは弁慶に任せる。好きにしろ」
「はぁ、クロは成るべく目立たない様に気を付けろよ」
山伏に化け、弁慶を先導に山を進む。九郎だけは荷物持ちのコスプレで笠を目深にかぶって最後尾に付く。この時代、山伏は神通力を持っており霊験あらたかな存在だと思われていた。当然、関所は顔パスだった。
加賀の国、安宅の関、今で云う石川県の小松あたり。
「すいませーん、山伏ですけど。誰かお願いしまーす」
「なんと山伏めが参ったか、暫時控えておれ」
番卒は上司を呼びに行く。関守、富樫左衛門であった。開口一番、富樫は言う。
「ここは関所です」
「・・・・・・はぁ? ええっと我々は東大寺建立の寄進集めに北陸道を回っておりまして」
「殊勝ですな、しかし山伏は通れなんだ」
「なぜ?」
「なんでも判官殿が陸奥へ逃げていて、鎌倉殿の命令で厳しく山伏を詮議せよとの事でな」
「そうですか、山伏に化けてますか。しかし本物の山伏なら大丈夫では?」
「どんな山伏も通る事はならん。押し通るなら昨日の山伏の如く切り棄てゴメンネだ」
「その切った山伏は、判官さんでしたか? もし違うなら・・・」
「問答無用!! 通る事まかりならん!!」
「罪無き修験者を殺めるとは災難ぞ。死ぬならばせめて最後にのう皆の衆、力の限りに真言を唱えながら死のうじゃないか。さあさあ最後に大日如来へ願おうか!!」
六人の山伏が口々に、オンアビラウンケンソワカ云々唱え始める。富樫はじめ番卒一同青くなる。神通力の信じられていた時代である。
「まあまあ坊さん、立派な覚悟。参ったねどうも。あーあ、所で坊さん、勧進に行くと言うからには、勧進帳を持ってるでしょう? その勧進帳を読んで聞かせてはくれませんかねぇ」
「勧進帳ですか?」
「いかにも」
「はぁ、やってみましょう」
荷物から巻物を取り出して、弁慶は読み上げる。勿論、こうなる事は転生前の知識で知っていた。事前にカンペを作成済みだ。
「それつらつら惟ん見るに、大恩教主の秋月は涅槃の雲に隠れ・・・・・・当来にて数千蓮華の上に坐す。帰命稽首、敬って申す」
「か、勧進帳は確認できました。ついでに教えてほしいんですが。山伏が厳めしい姿で仏門修行をするのは訝しく思える。これに理由がありますかな」
「理由ですか・・・・・・。修行は、険山悪所を踏み開き、悪獣毒蛇を退治して、民衆を安心させ、あるいは難行苦行の功を積み、悪霊亡魂を成仏得脱させ、一日中、天下泰平の祈祷。故に山伏は内に慈悲を持ち、表に降魔の相を顕し、悪鬼外道を威伏する。修験道は胎蔵界と金剛界が大切です」
先の展開は既に知っている。事前に予習済みであった。
「・・・では、袈裟をまとう仏徒でありながら、なぜ兜巾を被る?」
「兜巾篠懸は甲冑同様。腰に弥陀の利剣。手に釈迦の金剛杖。杖で大地を突いて踏み開き、高山難所を歩きます」
「寺僧は錫杖を持っているが、山伏は金剛杖を持っている。その由来は?」
「金剛杖は天竺壇特山の阿羅々仙の持っていた霊杖で、胎蔵金剛の功徳が有る。釈迦が矍曇沙禰と名乗って阿羅々仙の元で修行していた頃、仙人は釈迦の信力を感じ矍曇沙禰を改め照普比丘と名づけた。阿羅々仙より照普比丘へ伝わる金剛杖。我等が宗祖・役の小角がこれを持って山野を跋渉して以来、代々杖を伝えている」
「仏門にありながら帯刀するのは、脅す為か、斬る為か」
「脅す為ではない。仏法王法に害なす悪獣毒蛇は言うにおよばず斬り殺す。例え人でも仏法王法に敵する悪人なら、一殺多生の理によって、ただちに斬って捨てるつもりだ」
「もし無形の陰鬼陽魔が仏法王法を邪魔すれば、何をもって斬るか?」
「九字真言を持って斬らん」
「山伏の装束はどんな意味が?」
「不動明王の尊形を模す」
「兜巾は」
「五知の宝冠、十二因縁の襞を取る」
「袈裟は」
「九会曼荼羅の柿色の篠懸」
「脛巾は」
「胎蔵黒色の脛巾」
「結び目八つの草鞋は」
「八葉の蓮華を踏む心」
「息は」
「阿吽二字」
「・・・そもそも、九字真言とはいかなる意味か。ことのついでに問い申そう。さあ」
「九字の意味なぞ、修行者だけに語られる秘事。だが疑念を晴らすために説明しよう。九字とは臨兵闘者皆陣列在前。切るときは姿勢を整え、歯を叩くこと三十六。右親指で四縦五横を書く。急々如律令と呪するなら、五陰鬼、煩悩鬼、悪魔、外道、死霊、生霊、たちどころに滅ぶ。げに無明を斬る大利剣、莫耶の剣もなんのその、まだこの上に疑いあらば、尋ねに応じ答え申さん。だが修験の道は広大無量、肝に刻みて人に語るべからず。あなかしこ、恐ろしや。大日本の天神地祇、諸仏菩薩も御照覧あれ。百拝稽首、謹んで申し上げるは、かくの通り」
富樫は感心した。立派な坊さんだと思った。立派過ぎるとさえ思った。
「こんな立派な坊さんを疑ったのは間違いでした。お詫びに布施をお持ち下さい」
家来が運ぶ台に白綾袴がひと重ね。富樫の前に沢山の加賀絹も並べられた。
「僅かなお布施ですが、御受納して頂きたい」
「これは有難の大檀那。現世来世は安楽でありましょう。我々は近国を勧進して回り、卯月半ばに都へ上ります。それまで嵩張る品は預けて置きましょう。じゃあ皆さん行きますよ」
「心得て候。心得申して候」
「待て、そこの荷物持ち、止まりなさい」
富樫は荷物持ちを咎める。すわこそ一大事とばかりに四天王は九郎の方へ戻っていく。
「しばらく、しばらく。慌てちゃいけない。おい荷物持ち、何故立ち止まる」
「その者は、こちらで引き止めました」
「何かありました?」
「なに、あいつは少し似ていると言う番卒がいましてな」
「誰に?」
「判官殿に似ていると番卒が言うので、確かめる為に止めたのです」
「判官さんに似てるとは一期の思い出。馬鹿野郎。今日中に能登まで行く予定が、小箱ひとつ背負って一人だけ遅れて歩くから怪しまれる。判官一行かと怪しまれるのは、おんどれが悪いんやで。思えば、憎っし、憎し、憎し。ぶち殺してけつかるでぇ!」
弁慶は荷物持ちこと九郎判官義経を金剛杖で滅多打ちにする。
その勢いで固有スキル・大音声Lv2を発動した。
「早よ通らんかいな!!」
「ま、ま、待て。荷物持ちはまかりならん」
「荷物に目え付けるたぁ、貴様ぁ盗賊か!!」
四天王は吠え、富樫へ詰め寄ろうとする。番卒達は刀に手をかけ、睨め付ける。
弁慶は間に入って、抜け抜けと言い放つ。
「待て待て。あなた方によくよく言って置く。段平を抜いて荷物持ちを脅かすのは、弱い者いじめを喜ぶ為か。このウスノロが怖い為か。まだこの上にも疑うのなら、こいつは引き渡します。どうにでも調べて下さい。それとも打ち殺して見せましょうか?」
「は? いえ殺すには及びませんが」
「いやいや、疑念を晴らす為にも、こいつは今ここで殺しましょう」
「早まっちゃいけません。番卒の早合点で、疑われたからこそ、山伏殿は荷物持ちを、打擲したのでしょう・・・・・・・・・・・・・・・」
富樫は黙る。
「・・・・・・が、こちらの勘違い、だったようですな。さ、早う通られよ」
「大檀那の言葉が無ければ殺す所だが、命冥加なぁ奴よ、以後気を付けぃ」
富樫は番卒を引き連れて、関所の中へと入って行った。
「弁慶、良くやった。機転を利かせて殴ってくれたからこそ疑いは晴れたのだ」
関を行き過ぎてしばらく、大岩へ腰掛けて休憩中の一行。
顔が赤黒くパンパンに腫れた九郎が声を掛ける。
「・・・計略とは言え、御主君様を打つなどと、恐れ多い事で、いかな剛力の某も、思わず知らず手が痺れ、取り落しそうに成る程に、金剛杖が重く感じられました・・・」
忠節など鼻糞ほども持ち合わせていない弁慶であったが、話の流れ・場の雰囲気を読んで四天王や九郎にベンチャラを使う。少し男泣きに見える様に目を瞑った。
一同その忠誠心へ感じ入りしばしの沈黙。突然。
「のう坊さん、しばし待たれよ」
富樫が現れた。途端に四天王は殺気立つ。
「さても、率爾を言いまして、粗酒をひとつ持参したので、一盃やって下さい」
「あら有難の大檀那。御馳走、頂戴つかまつる」
人の情の杯を受けてぐっと飲み干して、杯ひらひら打ち振り舞い踊る。人目の関のやるせなさ、悟られぬこそ浮世なれ。富樫は、とうに気付いていた。気付いて尚弁慶に一杯食わされた。
弁慶は富樫の腹の内を読んだ、読みながら舞い踊った、舞い踊りながら読んだ。
万歳ましませ巌の上。亀は棲むなり。ありうどんど。これなる山水(九郎)の落ちて、巌(天下)に響くこそ。
弁慶の舞に見惚れる富樫をよそに、九郎と四天王とは早々に立ち去って跡形も無く。
仲間の消えたのを確認して、ようやく弁慶は暇乞い。
虎の尾を踏み、毒蛇の口を、逃がれたる、心地して、陸奧の国へぞ、下りける。
もう随分と山道を進んだ所で、弁慶振り返り、富樫の居た方角へ一礼、天の神様に一礼。心地良い鳶の声がピーヒョロオーと空を舞う。地面を杖で一突き。先行く九郎へ追い付く為、足早に片足ケンケンでその場を去って行った。鳶は鳴いていた。