第5話「呉羽と璃々葉」
現代転生の御曹司
2014/8/01投稿
「よし、そろそろ帰るか」
話も終わり、雅彦とも和解したし、そろそろお家に帰りたい。疲れた。
「えー、いやいやいやいや、だめだよ慊人。まんぞくげな顔して帰ろうとしてるけど、まだ花屋敷さんと鴻巣さんとのことがあるからね!?」
結城が驚いた様子で帰ろうとする俺を引き留める。
……そういえばまだそんな面倒くさいイベントが残っていたな。
大したことはされてないとはいえ、鴻巣はともかく花屋敷は傷ついているみたいだからな、ちゃんとけじめをつけておかなければならない。
俺じゃなくて、斎藤がな。うんそうだな、斎藤に部屋の鍵を渡して俺たちは帰ろう。勝手に巻き込まれたけど実際は関係ないし。
やばい、あまりの名案に鳥肌がたった。
しかし無情にも扉のノック音が部屋に響くのであった。
「花屋敷様と鴻巣さま……あと廊下にいた不審人物をお連れしましたー」
ノックの後榛名が三人を引き連れて部屋に入ってくる。
花屋敷と鴻巣は二人とも制服のままだった。
そして廊下にいた不審人物とやらは執事服を着た長めの茶髪の男で、胡散臭い笑顔を顔に張り付けている。
……これ犬飼だろ。
狗神が速足で犬飼へと歩いていく。
「いけませんよ榛名さん、こんな見るからに怪しい不審人物を部屋に入れては」
そう榛名に話しかけながら犬飼の前に立つと、強く犬飼らしき男の頭を掴んだ。
「すみませんー!、お断りしたのですが、犬飼様があまりにもしつこくてー」
狗神は掴んだ頭を引っ張り、引きずりながら犬飼を外に出そうとする。
「ま、まて狗神。俺は雅彦様の執事なんだ!御傍に控えるのが俺の義務!」
「あなたは兄の八尋様の執事でしょう。学校内をあなたにうろつかれるだけでも目障りなのに、慊人様の部屋にまで入って来られては困ります」
ゴミでも捨てるかのように犬飼を外に投げ、扉を閉めて鍵を掛けた。
無関係だと言っていたのに、仲良さそうだな。
「学校には執事や使用人用の待機部屋があるので、多少の交流はありますよ」
俺の疑問を察して狗神が答える。そんなものがこの学校にあったとは知らなかった、この部屋で待機しているのかと思っていた。
それよりも狗神以外にもストーカーみたいな執事が一杯いるんだろうか、こわい。
お騒がせしましたと狗神が仕切り直し。やっと花屋敷達と話がはじめられる。
雅彦が二人の前に出る。
鴻巣は神妙な顔で雅彦を観察し、花屋敷は不安そうな顔で鴻巣の後ろに隠れている。
「花屋敷、鴻巣。ほんとうにわるかった。慊人のことになるとどうも、まわりが見えなくなってしまって……。いじめをするつもりもなかったんだ。ごめんな」
雅彦は勢いよく頭を下げて二人に謝罪をする。俺に話した本当の理由ではない方で雅彦は謝った。俺もその判断は正しいと思ったので、不誠実ではあったが、雅彦の嘘に特に口出しはしなかった。
二人は驚いた表情をした後、花屋敷は安心したように息を吐き、鴻巣は俺の方を睨むように一瞥した。
「そうですか、辞めていただけるのならば文句はありません。それにしてもお二人はずいぶんと仲がよくなったようですね?」
最初に口を開いたのは鴻巣だった。雅彦が俺を呼び捨てにしたことが気になったのだろう。
するどい奴だな……。
「ああ、今日から友達になった。深い意味はない。雅彦も悪気があったわけではないようだしな」
俺が雅彦の代わりに答えると、神妙な顔つきで俺に視線を向ける。鴻巣は俺の事が気に入らないらしい。
いや、俺がどんな奴か測りかねているのかもしれない。
どうやらクラスでの俺のイメージはよくないみたいだからな。
「慊人様は……」
鴻巣の後ろに隠れていた花屋敷がやっと口を開く。心なしか花屋敷の巻き髪に元気がない。俺がどうした花屋敷。あと泣くなよ花屋敷。
「慊人様は、わたくしのことがおきらいなのですか?いじめがなくなっても、わたくしはきらわれたままなのですか?」
涙目になりながらそんなことを聞いてくる。どうやら花屋敷は虐めよりも俺に嫌われていることを気にしているようだ。心なしかいつも元気な巻き髪も萎れている。
別に俺が樫宮の力を使って花屋敷に何かすることなんてないんだけどな。イメージの払拭には時間がかかりそうだ。
っというかまず雅彦を許してやれよ。雅彦まだ頭を下げたままだよ。
「いや、そんなことはない。そもそも俺は花屋敷のことを別に嫌ってはいないぞ。そうだな……これを機会に二人も俺達と友達になるか?」
一癖ありそうな二人だが、悪い人間ではなさそうだしな。俺と仲良くしておけばもう虐められることもないだろう。
「ほんとうですの!?慊人様からお友達になろうと言っていただけるなんて!」
花屋敷は飛び跳ねながら喜んだ。微笑ましい。あと出来れば雅彦のことを思い出してあげてほしい。
雅彦もいつまで頭下げてるんだよ、もういいだろ。
「わたしは、えんりょいたします」
喜ぶ花屋敷とは対照的に冷めた様子で鴻巣は俺の友達申請を辞退した。なんか……ショック!
「呉羽も、気持ちはわかりますが……、やめておきなさい」
「なんでですの!?よくわかりませんが、璃々葉がならなくとも、わたくし一人でもぜったいに慊人様のお友達になりますわ!」
鴻巣の下の名は璃々葉というのか、どうでもいい情報だが一応覚えておくか。
っと、それよりも雅彦だな。
「まぁ俺はどっちでもいいんだが、そろそろ斎藤の謝罪を受け入れてやってくれないか」
「あ……、これはすみません。わたくしも、もう気にしていませんわ、あたまを上げてくださいませ」
花屋敷の言葉を聞いて、やっと雅彦は頭を上げた。
「ふぅ、許してもらえてよかったよ。二人ともありがとう」
「呉羽はともかく、わたしは許したわけではありません。こんごしだいです」
「鴻巣はきびしいな。いや、それでも十分だよ」
こうしてなんとか問題は解決した。友達も増え、虐めもなくなり、これで平和に学園生活を送れそうだ。
中央の円卓五人で狗神の入れた珈琲を飲んだ後、連れ出した三人を真田が運転する車で送らせた。
「思ったよりもスムーズに解決したな」
三人を部屋から見送った後、俺は帰る前に少し今日のことを結城と話をしておく事にした。
「そうだね、それにしても、慊人が斎藤を引き入れたのはびっくりしたよ」
「そうなのか?」
「だって慊人って、いじめにたいしてかなりおこるし。ゆるすにしても、友達にするとは思わなかったよ」
「雅彦の意思ではなかったからな、同情もある。もしかして結城は反対だったか?」
「そういうわけじゃないけど、ちょっと意外だっただけ。今まであんまり、ほかの人に興味なさそうだったのに、学園に入って慊人変わったなと思って」
そう言いながらも、結城の顔は少し不満そうだ。
結城には俺が変わったように映ったようだが、そうなんだろうか?そうかもしれない。
正直前世のこともあり、他人が少し怖かったが、樫宮に楯突く人間などまずいない。
そんな状況がうまいこと俺の心のリハビリになっていたのかもしれない。
元々俺は、友達が多いわけではなかったが、好意的な人間を受け入れず、自分の世界に閉じこもるほど排他的な性格はしていなかった。
そう考えると、まるで世界が広がるような感覚に襲われた。
そうだ、俺はもう弱かった昔の自分ではないのだ。恐れるものなど何もないじゃないか。
いざとなれば樫宮の後光を存分に使えばいいんだ。家の力を使えば、山崎が出てきたって怖くはない。
山崎のようなやつがいれば遠慮なく叩き潰せば良い話だしな。
「そうだな、今後は人間関係を広げるのも悪くない」
「慊人にとってそれは良いことかもしれないね、良いとおもうよ。僕はまだ慊人いがいの人を、信じることができそうにないけど」
結城は少し前の俺と似た精神状況なのかもしれない。しかし俺だけでなく結城にとってもプラスになるだろう。
結城も白藤家の長男なんだ、望まなくても最終的に俺達はとても逆らえない大きな波に飲み込まれていく。
今回のことを機会に、俺は結城を連れて一歩前に進むことを決めた。