第38話「奏斗」
放課後全員が集まるのを待って俺は佳苗の事について四人に尋ねることにした。
「みんな最近佳苗を見たことあるか?」
「佳苗様か、懐かしい名前が出たな。そういえば最近みていないな」
雅彦の言葉に三人は同意するように頷いた。
「そういえば社交界には顔をだしてないよなー、昔はよく見た記憶があるが、慊人の婚約者だっけ」
「嘉手納、婚約者ではないぞ。ただここ数年全く姿を見ないのが気になってな」
「確かに、突然姿を見ないようになったな。昔夏休みに慊人の所に来てた時に会って以来見ていない。正直毎年来るものだと思ってたんだけどな」
雅彦と嘉手納は結構社交界に顔を出すタイプであった。
その二人が見ていないとなると、やはりあまり表には顔を出していないようだ。
「奏斗に直接聞いたらどうだ? 明日あいつの誕生日パーティーだろ?」
「は? そうなのか?」
「ああ、俺の家に招待状が来てたからな、一応俺も参加する予定だ」
何てタイミングの良い……。
しかし狗神がこの事を朝知らなかったということは、俺の家には招待状が来ていない。
「兼続、俺もそのパーティー参加出来ないか?」
「多分大丈夫だと思うが、立食パーティーみたいだし子供一人増えたところで多分何も言われない。それにしても慊人がパーティーに出たがるなんて珍しいな、そんなに櫻田佳苗が気になるのか」
「……まぁな」
「慊人、佳苗様と結婚するの嫌そうだったのに……」
なんでちょっと寂しいそうな顔をするんだ結城。
「他にパーティーに出る奴はいるのか?」
「俺は参加するぜ、パーティ―って結構可愛い子来るんだよ。きっと慊人も楽しめるに違いない」
嘉手納、お前は彼女いるんじゃなかったのか。
「俺は行かないな、多分兄と親はいくかもしれないが」
「僕も両親だけ出ると思う、行かないって言っちゃったよ。慊人が行くなら僕も参加すればよかった」
「よし、じゃあ明日は三人で乗り込むか、奏斗がどんな顔するか今から楽しみだ」
パーティー当日、俺は正装をしてホテルの入口で嘉手納と兼続を待っていた。
東京の一等地にある、豪華なホテルの最上階にあるスカイラウンジを貸し切ってやるようで、庶民感覚が抜けきらない俺にはどうにも場違いな気がして落ち着かない。
「慊人ー、何ソワソワしてるんだ? 久々の社交界で緊張してるのか?」
嘉手納片手をあげながら声を掛けて来た、異様に正装が似合っている。
しかも香水まで付けていた。
「嘉手納……、臭いぞ」
少し遅れて顔をしかめた兼続も現れた。
「高級ブランドの香水だぜ? 奏斗様のパーティーだからな、気合を入れないとな」
それは奏斗のパーテイーだと可愛い子が多いという意味だろうが、嘉手納狙うには年上過ぎる相手ばかりなんじゃないだろうか。
「そういえばお前ら、親はどうしたんだ?」
「もう中入ったよ、俺達は子供だからな、親が中にいるっていやーすぐ通してくれる、俺たちはネームバリューもあるしな。おっともうすぐ始まる」
俺は嘉手納に急かされ、に会場に向かった。
エレベーターで最上階に行くと、すぐに受付のカウンターが目の前にあった。
嘉手納の言う通り名前を伝えるだけで簡単に通してもらえる。
ちなみに俺は兼続の親戚ということしておいた。
奏人にバレて話をする前に追い出されたらかなわない。
大量に飾られている花を横目に扉を開くと、そこには既に多くの大人たちで賑わっており、俺はその光景を見ただけで何だか精神的疲れを感じてしまう。
俺は視線を避ける様に会場の隅に向かい、そこにあった椅子に腰を落ち着けた。
「おいおい慊人何座ってるんだよ、女の子に声かけに行こうぜ」
「いや、俺の用事は奏斗だけだからな、それにあんまり目立ちたくない」
「まぁそう言うとは思ってたけどな、慊人がいるとばれたらちょっとした騒ぎになるかもな、下手したら主役喰っちゃうぜ」
「ふん、奏斗の奴が主役のパーティーなんて面白くも無い。慊人が喰ってしまえばいい」
どうやら兼続はあまり奏斗が好きではないようだ、少々心配になる性格をしているが、人を見る目はあるようだ。
俺達が三人が椅子に座り話をしていると、突然電気が消え、マイクを持った司会者にスポットライトが当たった
「皆様、大変長らくお待たせいたしました! 本日の主役の登場です!」
司会者の声に盛大な拍手が起こり、大きくライトが当てられた場所に奏斗が現れた。
長々と謝辞を述べ終わると乾杯をして、会場に光が戻る。
「それでは皆様、しばしご歓談をお楽しみ下さい」
人々は当然、奏斗の周りに集まりだす。
今日の主役だ当然といえば当然だが、こうなると中々声を掛けるタイミングがない。
俺が奏斗の様子を観察をしながら声を掛けるタイミングを考えていると、奏斗と目が合ったような気がした。
すると奏斗は喋りかけて来る人たちに右の手のひらを顔の前に上げて遮り、こちらにゆっくりと歩いて来る。
「どうやらこっちに気が付いたみたいだな」
「お、おい慊人、奏斗の奴がこっちに来るぞ!」
「ああ、好都合だ」
何だか少し焦っている兼続の事は気にせず、俺は歩いて来る奏斗を睨みつけた。
そして座っている俺を見下ろせる位置で立ち止まると、口元でだけ笑みを作った嘘くさい表情で俺に声を掛けて来た。
「これはこれは、樫宮慊人君。まさが君が来てくれていたとは。招待状を送った記憶はないんだが……、まぁ一応歓迎はするよ」
その奏斗の言葉に会場はざわついた。
今日で18歳になった奏斗は、昔と変わらず端正で女性受けの良い顔立ちに、少し長めの髪をばっちりと決めている。
そして顔に仮面を張り付けたような不気味さを感じさせる表情には、更に磨きが掛かっていた。
「久しぶりだな、櫻田奏斗。なに、最近顔を見せない許嫁の様子が気になってな、お前ではなく佳苗に会いに来たんだ」
俺の言葉に奏斗の顔が一瞬睨むような表情になったのを俺は見逃さなかった。
「ははは、君が佳苗の許嫁? そんな話は聞いた事が無いな。面白くない冗談だ。それに僕は君よりも年上だと思うんだが?」
「これは失礼、十八歳になった奏斗とは違いまだまだ十歳の子供なんだ、タメ口きいたくらいで、そう目くじらを立てないでくれ」
「別に目くじらは立てていないさ、ただ樫宮の長男が礼儀も知らないようじゃ恥ずかしいと思っての僕からの助言さ」
「心配しなくても、尊敬に値する大人にはちゃんと敬語を使っている。安心してくれ」
奏斗の表情はもう隠す気も無いくらいに険しいものになっていく。
「まぁいいさ、どちらにしても佳苗はここには居ないんだ、僕に用事が無いのならばとっと帰ってくれないか」
「へー、兄である奏斗の誕生パーティーに佳苗が来てないなんてな、もしかして嫌われているのか?」
「ははははは! 僕が佳苗に嫌われている? 悪い冗談だ。佳苗の通っている学園は厳しくてね、決まった時期にしか家族と会えないのさ。
そもそも嫌われているのは僕じゃなくてお前さ。最近顔を見てないから会いに来た? まるでストーカーだな! 嫌われてるから顔を見せないと判らないのか!」
「別にそれならそれで構わないが……、その学園にも最近顔を出してないそうじゃないか。そうなると佳苗はどこにいるんだろうな?」
「おい、お前……。あんまり家庭の事情に首を突っ込まないでもらおうか! くだらない詮索しやがって……」
「一度でいいから合わせてもらえないか、話もせず一方的に許嫁の話を破棄となるとこちらも気分が悪い、直接佳苗の口から聞きたいんだ」
「お前と佳苗は許嫁なんかじゃない! お前なんかに会すものか! もういい! 誰かこいつを追い出せ!」
どうやら奏斗の我慢に限界が来たようだ。
奏斗の声に答える様に二つの影がこちらに手を伸ばしてくる。
俺は一人を右手で投げ飛ばし、もう一人は左手で地面に叩きつけ腕に関節技を掛けて動けなくする。
一瞬の出来事に周囲は静まり返ってしまう。
しまった、つい咄嗟に応戦してしまった。
襲ってきた二人は見覚えがあると思ったら、遊園地で襲ってきた牧原と左近だった。
そういえ倖月は佳苗といるんだろうか。
倖月が佳苗の傍にいるのであれば多少安心はできる。
「樫宮慊人……! 貴様……っ!」
奏斗は自慢の側近二人が簡単に制圧されてしまい、戸惑いと怒りを交えた表情で声を漏らす。
「ふー、心配しなくてももう帰るさ。そうだな……、兄である奏斗にそこまで言われたら諦めるしかないよな。佳苗の事は諦めよう」
「は、はっ! 判ればいいんだ! 判れば……!」
俺は嘉手納と兼続を連れて、早々にその場を退散することにした。




