第28話「A組対C組」
グローブを付けてマウンドに立ち、周りを見渡すと応援席はかなりの人数で埋まっていた。
今日の球技大会は4・5・6年の上級生のみのはずだが、今試合をしている生徒以外全員来てると考えても明らかに人数が多い。
一回の表。
兼続率いるC組からの攻撃だ。
ピッチャーが俺で、雅彦がキャッチャー。
結城は補欠だ。
「最初のバッターは嘉手納か」
「お手柔らかに、慊人様」
いつもの余裕を浮かべた笑みで嘉手納はバットを構えた。
嘉手納と兼続は油断出来ない、この二人りには全力で投げるしかない。
それにしても嘉手納って野球似合わないな……。
「ストライクバッターアウト!」
嘉手納は一度もバットを振らず、三球全て見送った。
「お手柔らかにってお願いしたのに何て速さだよ。小学生にこんなの打てないぞ」
「嘉手納と兼続以外には加減してやるよ」
小学生の体じゃ、全員に全力投球は流石に辛いしな。
その後の2人もアウトにし、攻守交替となる。
C組ピッチャーは当然兼続で、キャッチャーは嘉手納。
一番バッターは雅彦だったが敢え無く空振り三振、その後に続く2人も全くバットに玉が当たらずに終わってしまった。
「わるい慊人、慊人程じゃないが兼続の球もかなり早いぞ」
目測で兼続の球は80キロといったところか、小四にしてはかなりの速さだ。
ちなみに俺のは大体90キロぐらいで投げているつもりだ。
正直言うとこの速さの球を打つのは本気で野球に打ち込んでいる奴以外には難しいだろう。
現にC組は俺達の前の試合で1点も入れられていなかった。
「これはお互い中々点が入りそうにないな……」
C組の攻撃、4番の兼続がバッターボックスに立つ。
それにしてもお互いにピッチャーで4番とは少々自己主張が過ぎる気がするな。
まぁ勝つためには遠慮していられないか。
「遠慮はいらないぞ慊人」
「元から遠慮するつもりはない――――ぞっ!」
「ストライクバッターアウト!」
兼続は意外にも一度もバットを振らず見送り三振となった。
兼続の性格を考えると絶対振ると思ったんだが……、もしかして俺のボールに目を慣らしてるのか? 誰の入れ知恵だよ。
点数が入らないまま4回になり、そこでやっと打者が塁に出始める。
俺と雅彦が兼続の球をバットに当てれるようになり、それ以外のメンバーにはバントをするように指示をした結果だった。
しかしそれは向うのチームも同じで、兼続が俺の球を打ちだし、同じく他のメンバーはバントでなんとか出塁する者が出て来ていた。
そんな中、嘉手納だけは一向にバットを振らなかった。
なんだか不気味だ。
そして試合は点数の入らないまま8回の表、C組の攻撃に。
バッターボックスには嘉手納が立つ。
「今回も見送り三振か?」
「どうかな?」
どうせ振らないと思って、俺が油断するのを待っているのかもしれないが、気を抜くつもりはない。
俺は大きく振りかぶり雅彦の構えるミットに向かってボールを投げ込んだ。
しかしいつも聞こえるミットにボールが収まる音は耳に届かず、代わりに甲高い小気味いい音がグランドに響き渡った。
「何!?」
俺は打ち上がったボールを目で追う。
高い! しかしホームランではない、外野がキャッチすればアウトだ。
しかし見ると外野手が全く動いていなかった。
「そうか、俺じゃなくても良かったのか」
全く打つ気の無い嘉手納に守備達の油断を誘っのか。
誰も嘉手納の打った球を追えず、グランドに球が落ちる。
「慊人様悪いけど、今回ぐらいは兼続に勝たせてもらう……ぜっ!」
余裕な顔で嘉手納はホームベースを踏んだ。
その瞬間大きな歓声がグランドを包んだ。
「打つ気の無い振をして、余裕を誘うとはな……、回りくど過ぎるぞ」
「結果に的にそうなっただけで、慊人様の球に目が慣れるのに時間が掛かったんだよ、9回までに打てればいいなとは思ってたけどな」
怪しいものだ、闇雲に打っても出塁、もしくはアウトで終わってしまう可能性が高い。
そう考えれば狙っていたとしか思えない。
嘉手納は見かけによらずギャンブラーだな。
その後の二人は三振にするものの、次は4番の兼続だ。
「まぁ、点を入れられることはないか」
「なんだと!」
一塁に出塁はされたが、次のバッターをアウトにして攻守交替となった。
この回俺はバントせず、兼続のボールを見逃すように指示をした。
そうすればちょうど次の回、バッターは雅彦からとなる。
9回の表。
バッターに兼続と嘉手納がいないのだ、問題なく三者三振にする。
「斉藤がバッターか……」
俺達A組の勝利は雅彦が出塁出来るかに掛かっていた、それは兼続も判っているようだ。
「兼続! 敬遠しろ!」
「慊人は一度も逃げずに勝負しているんだぞ! そんなことが出来るか!」
嘉手納の指示に兼続は大声で拒否をした。
こっちは敬遠されても出塁出来るから、むしろ有難いが。
雅彦は中々良いヒットを打ち2塁に出塁した。
流石雅彦信じてたぞ!
その後の二人は敢え無く三振となり、俺はバットを持ってバッターボックスに立った。
俺と雅彦以外が中々打てなかったため、あまりバットを振る番が回ってこなかったが、これで4回目だ。
それに流石に兼続も疲れてきている頃だろう。
「思ったよりも兼続の球が速くて苦戦したが、そろそろ覚悟しろよ」
もっと速い球でバットの練習しておけばよかったよ。
「ふん、運良く最後に番が回って来たみたいだが、勝つのは俺だ!」
一応回ってくるように調整したんだけどな。
運の要素が無かったと言えば嘘になるが。
「今までの球が俺の本気だと思ったら後悔することになるぞ! 俺の魔球をくらえ!!」
いやいや、くらったらデッドボールだぞ。
いや、デッドボールになったら出塁しなきゃいけないから、実質俺達のクラスの負けが確定するのか、何て恐ろしい球だ。
「ストラーイク!」
俺の振ったバットは思いっきり空を切った。
「カーブか!」
「どうだ慊人!」
たかがカーブを魔球とか言って恥ずかしくないのかと思ったが、その言葉は心に留めておくことにした。
「た、球が曲がっただと……!? こんな球打てる気がしない……」
「ははは! そうだろ! 残念だったな慊人!!」
勝を確信した顔をしながら、兼続は次の球を投げようと構えた。
「慊人! これで終わりだ!」
何度か首を振った後に大きく振りかぶり、俺に向けてボールを投げる。
そしてボールは甲高い音共に高く高く空に飛んでいった。
空しい勝利だった。




