第20話「お兄様再び」
俺と倖月は、三人を見送った後、飲み物を買ってデス・マウンテンの入口の近くにあった、椅子に座った。
倖月の顔は青く目が死んでいてかなり気分が悪そうだ。
「佳苗達が戻ってくるまでは寝てたらどうだ? 姿が見えたら起こすぞ」
「すみせん、お言葉に甘えます……」
倖月はそう言うと、体を横に倒して目を瞑った。
倒れた勢いで、長い髪の毛が乱れて何か怖い。
俺は座ったら大分気分は良くなってきていたが、倖月を置いていくわけにもいかず俺は空を眺めてのんびりとする事にした。
「慊人様!!」
突然声を掛けられ、視線を地上に戻すと、そこには見覚えのある顔が二つと、知らない顔が一つあった。
「花屋敷と鴻巣か、久しぶりだな」
「ごきげんよう、慊人様」
「大きな声をだして申し訳ありませんわ、ごきげんよう慊人様。まさかこんなところで会えるなんて!」
二人はお揃いの花柄のワンピースを着ていた。花屋敷がピンク、鴻巣が水色と色違いだが、ほぼペアルックであった。仲良いなぁ。
「へー、これが樫宮の長男ですか」
二人の後ろにいた知らない顔が、前に出てきて声を掛けてくる。
恐らく二人の引率役なんだろうが、凄くちゃらい。
金髪頭に、右耳には髑髏から十字架がぶら下がっている変わった形のピアス。一応服装はスーツだが、ノーネクタイで赤色のシャツを着て首からはネックレスを掛けている。
一応笑顔だが目が笑っていない気がする。はっきり言って俺の苦手なタイプだ。
「誰だこのちゃらい男は」
「一応わたしの使用人で護衛役の在善治宗治です」
「どうも、どうも。慊人様よろしくです。ちょ、なんですかその胡散臭い物を見る目は、怪しい者じゃないっすよ?」
「いや、ちょっと面食らっただけだ。ちょっと堅気の人間に見えなかったからな」
「えー、そうですか?今の時代これぐらいカジュアルな方がむしろ普通だと思うんすけどなー」
別に悪くも、おかしくも無いとは思うが、普通では無いと思うぞ。
「宗治、もうだまってなさい。勝手にしゃべらないで」
「はいはい、お嬢は俺に厳しいなー」
「慊人様、在善治様は見た目はこんなのですけど、わるい方じゃありませんわ」
「そうか」
俺も一応倖月を紹介しようと思い横を見ると、既に倖月は起き上がって鋭い目つきをしていた。
「えー、こいつは倖月。俺の知り合いの使用人だ」
下の名前は忘れた。
「櫻田佳苗様専属の倖月夏芽です、お見知りおきを」
「櫻田の倖月さんですか! 噂は聞いてますよー、一度お手合わせ願いたいっすね」
「遠慮します……」
「宗治、さっき言ったことわすれたの?」
「ちぇー」
どうやら、同じ金持ちに雇われた護衛同士名前は知っているようだ。だから倖月はさっきから在善治を睨んでいたのか。
「そんなことよりも、何で慊人様が佳苗様の使用人といっしょにいるのか知りたいですわ」
「ちょっと知り合いでな、遊びに来てるんだ」
「呉羽、櫻田佳苗は慊人様のいいなずけよ」
「え!?慊人様いいなずけがいたのですか……、しょっくですわ……」
「違うぞ。鴻巣、いい加減な事を言うな」
「そうなんですか? この前佳苗様がパーティーで慊人様は私のいいなずけだと言い回っていましたよ」
「まじかよ……」
おれの目が届かないところで何てことを……。小学生の言うことなんて本気にしないだろうが、嘘は辞めてもらいたいものだ。
「そのようすだと、正式ないいなずけではないようですわね、慊人様にいいなずけなんてまだ早いですわ」
全くその通りだ、俺もそう思うよ。
「慊人!」
佳苗達がデス・マウンテンの出口からこちらに歩いて来ていた。
もっと何回も乗ってくるのかと思ったが、早かったな。
「ちょっと見ない間に浮気してるなんて、目が離せないわね!」
「何が浮気だ、俺は佳苗と付き合ってないし、許嫁でもないぞ」
このまま本当に許嫁ってことにされてしまいそうだ、しっかりと否定しておかなければ。
「それにこの二人は俺のクラスメイトだ」
「はじめまして花屋敷呉羽ですわ」
「お久しぶりです、佳苗様。後ろの男は私の護衛です、気にしないでください」
「花屋敷さん初めまして、櫻田佳苗ですわ。そう、鴻巣さんって慊人のクラスメイトだったの、なんで隠してたのよ」
「別に隠していたわけでは無いです」
鴻巣は心外だという顔で、佳苗に答えた。
この二人は知り合いか、佳苗が鴻巣から変な事を聞いたりしないか不安だな。
「はじめまして、樫宮愛衣です」
「はじめまして。とてもかわいらしいですわ、慊人様の妹ですか?」
「ああ、2歳下だ。可愛いだろ? 自慢の妹だ」
「えへへ」
「雰囲気が慊人様にも亜美様にも似ていませんね、将来有望そうです」
鴻巣、それはどういう意味かな?
まぁ亜美に似ないでくれとは俺も願っているけどな。
「お嬢様!」
「何だてめぇー!!」
突然倖月と在善治が声を上げた。
倖月は佳苗の手を引き抱きかかえ、在善治は佳苗に迫っていた着ぐるみを思いっきり蹴り飛ばした。
「なんだ?どうした?」
突然すぎて自体がよく理解出来なかった。
「その着ぐるみがお嬢様に抱き着こうとしていたのです!テーマパークでこのような襲撃があるとは。お嬢様大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫だけど……、何が何だか」
在善治に蹴り飛ばされた着ぐるみは1Mほど宙に浮き、勢いよく地面に落下した。
その勢いで着ぐるみの頭がとれ、その正体が露わになる。
「お兄様!!」
「奏斗様!?何故ここに!」
その正体は、昨日追い返したはずの佳苗の兄櫻田奏斗であった。
「なんだ、佳苗様の兄貴ですか。しまったな、これヤバいっすよね?」
「いえ、問題ないわ。むしろ感謝ね。この好機にもっとボコボコにしてほしかったくらいよ」
「確かに昨日、縛りつけて送り返したはず」
「倖月、俺は櫻田の長男だぞ! 何とかしようと思えばなんとでもなる!」
「奏斗様……、普段は家の権力など使ったりしない方なのに、お嬢様の事になるとこうも見境が無くなるとは」
「お兄様、これ以上迷惑を掛けたら二度と口を聞かないと言ったはずですが」
「佳苗……、お前は騙されている! 樫宮慊人から救うために俺は戻って来た!」
何か一人で盛り上がっているな。
「佳苗、もう一緒に帰ってあげたらどうだ、何か可哀想になってきたぞ」
あと、これ以上奏斗の相手するのがめんどくさい。
「絶対イヤ!」
ちょっとくらい早く帰るくらいいいじゃないか、帰るまで付きまとってきそうだぞ。
「ぐううう! この手は使いたくなかったが、牧原!左近!」
奏斗が声を上げると、スーツに身を包んだ二人の女が奏斗の前に現れた。
「佳苗を連れて帰る! 邪魔者は排除しろ!」
「「かしこまりました奏斗様」」
「牧原と左近を連れて来ていましたか、佳苗様に仇名すものは奏斗様でも容赦しませんよ」
「倖月やっちゃいなさい」
おいおい、やっちゃいなさいじゃないよ、遊園地の中で何を始めるつもりだよ。
「倖月様とはいえ、私と左近の二人相手では勝ち目はありませんよ」
「倖月様負けて」
「あなた達が百人いても勝てる自信があります」
三人ともやる気満々の顔をして睨み合っている。まずいな。
「お嬢、俺も参加していいっすか?」
「……駄目に決まっているでしょう、距離を取って他人のふりをしましょう。呉羽もいらっしゃい」
「何がおこってるのかぜんぜんわかりませんわ」
「愛衣ちゃんも私達いきましょう、危ないわ」
鴻巣は、全く状況が理解できずポケーと立っていた花屋敷と、心配そうにしていた愛衣の手を引いて俺達から距離を取った。
俺も他人のふりをしたいぞ。
睨み合っていた、倖月達三人の体が微かに揺れた、始まりそうだな。
俺は静かに地面を蹴った。
「動くな!」
俺は三人が睨み合っている隙に奏斗に近づき、腕を取り、足を払って地面に叩きつけた。
「動けば奏斗の腕を折る」
「痛い痛い痛い! 何をする!」
「な、樫宮慊人! いつの間に奏斗様を!」
「奏斗様痛そう」
こちらを振り向いたことで倖月から視線を外してしまった二人は驚いた表情をしたまま地面に倒れていった。
恐らく倖月が何かしたのだろう、二人共既に意識が無いようだ。
「俺が平和に解決しようとしたのに」
「この二人は慊人様が本気で奏斗様の腕を折るなんて思っていませんよ、結果奏斗様の腕は折られ平和な解決なんてしない可能性が高かったです」
「狗神、もうこいつらはウチで送り返すぞ」
「はい、すでに手配済みです」
相変わらず手際がよくて助かるな。
「慊人、なんで腕を折らなかったの? 痛い目をみないとお兄様はきっと反省しないわ」
「無茶を言うなよ……」
樫宮の長男が櫻田の長男の腕を折ったら大問題になりかねないぞ。
とはいえ、牧原と左近が止まらなければ本気で折る気ではあったが。
「慊人様、すごくかっこよかったですわ!」
「おにいさまはつよいのですね」
「慊人様は武道の心得があったのですね」
少し離れて成り行きを見守っていた4人がこちらにきていた。
「昔ちょっとな」
「申し訳ありませんでしたわ、兄の暴走に巻き込んでしまって」
「気になさらないで、ヒーローショーみたいで面白かったですわ、慊人様もかっこよかったですし」
「佳苗様も大変そうですね」
「そう言ってもらえると助かるわ、そうだよかったらこの後一緒に回らない? 慊人の学校での話が聞きたいわ」
「わたしも、おにいさまのお話ききたいです!」
正直学校ではあまり良い噂が無さそうだから聞いてほしくないな。
特に愛衣に対しては、良い兄でいたいのだ。
花屋敷は大丈夫だろうが、鴻巣には後で釘をさしておこう。
「それよりもこの場所を離れるぞ、注目され過ぎた」
警備員が来たりしても面倒だ。
「でもお兄様達が」
「お嬢様問題ありません、三人共気絶させてありますし狗神様が後の処理はやって下さるそうです」
「はい、私の事は気になさらず、みなさんで遊んできてください」
まぁ狗神に任せておけば大丈夫だろう。
「狗神まかせたぞ、今度は確実に送り返してくれ」
「はい、おまかせください」
その後俺達は何事も無かったかのように遊んだ。途中狗神も合流してかなりの大所帯になってしまった。
奏斗には困ったものだったが、中々楽しい一日だったな。
鴻巣に釘を刺すのを忘れていたが、気を使ってくれたのか良い事ばかりを言ってくれて俺の中で鴻巣の好感度が少し上がった。




