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シリアスは酒に呑まれました  作者: 東風になりきれない春
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なんでも一番でないとな!

草原に敷かれた一本の街道。

年老いた驢馬が引くおんぼろ荷車の荷台には多くの藁の束。

そして妙齢の美女が乗っていた。


「もう少しで街に着くけぇな。そしたらちゃんとギルドで護衛雇って守ってもらえよ」

驢馬の手綱を握る老人が、しわがれた声で美女に忠告する。

美女―――褐色の艶やかな肌に、燃えるような赤毛の豊かな肢体を持つ彼女は、からからと笑った。

「おっちゃん、ほんまええ人やな!ウチまじついてるわ!」

「わい・・・長いこと生きてるけど、ねえちゃんほど楽天的な子は初めて見たわ」

容姿の与える印象をがらりと変える元気はつらつ、能天気な返事に老人はかわいそうな子どもを見るような目で美女を見た。


老人が美女と出会ったとき、彼女は草原にひとりたたずんでいた。

手には背負えるほどの小さな革袋ひとつ。

衣服は場末の酒場の踊り子たちが着ているような露出の高いもの。

そして遠目からでも充分すぎるほどにその美貌は際立っていた。

年甲斐もなく豊満な双丘に視線が釘付けになったが、慌てて目をそらす。

ついで疑問がわいた。

旅装というには軽装すぎるし、第一女の一人旅など危険この上ない。

一体このような草原でどうしたのだろうと訝りながら近づくと、彼女は妖艶な顔をくしゃりと歪め、金色の瞳を細めてにっかり笑った。

ぱっと雰囲気が快活なものに変化する。

「ウチな、旅芸人仲間からはぐれてもうてん。ちょっと次の街まで乗せてってくれへん?あ、お礼は歌と踊りでええかな。ウチ、めっちゃ自信あんで!」

第一印象はあてにならない。

老人は長い人生の中で改めてそう思った。


一両日続いたふたりの旅は終わりに差し掛かっていた。

遠くに街の外壁と、門が見えてくる。

老人は美女と話すうちに、彼女のことをまるで孫のように感じていた。

見た目は妙齢の女性だというのに、纏う雰囲気が天真爛漫な子どもを彷彿とさせるのだ。

「ねえちゃん、この街でしばらくおるんか?宿は決まってるか?ひとりで行けるか?」

「そうやなあ。酒場で歌って踊って、お金もろて呑むつもりやで!」

「待てい」

いくらなんでも人生舐めすぎじゃなかろうか、という言葉は脱力のあまり喉の奥に消えた。

たしかに短い旅のあいだに披露された彼女の芸は素晴らしかった。

だからこそやっかいな荒くれ連中に目をつけられそうで、老人は彼女の未来を思うとめまいをこらえきれない。

「せめてギルドで護衛雇ってからにしてくれんか。そのあとはもう酒場でもなんでもどこでも行きゃええ・・・」

しぼりだすような老人の声はいっそ哀れだった。

美女は老人の言葉に破顔一笑して、その場で荷車の台車から御者台に身を乗り出した。

「わかった!おっちゃん心配させんように、ウチ頑張るわ!そんでウチの歌と踊り、また見てや。しばらくは街におるつもりやし」

「見に来い言うてもな。どこの酒場かわからんやないか」

「わかるで。下町ですぐウチの名前聞くようになるからな。ウチの名前はテッラや」

若者の戯言と片付けるには、彼女の表情は自信に満ち溢れていた。

老人はまぶしいものを見るように目を細めて頷いた。


******************


テッラは鼻歌を歌いながら街の大通りを歩いていた。

最低限の荷物を入れた袋を背負い、片手に屋台で買った麦酒。もう一方の手にイカの塩焼きを持って楽しげな調子で進む。

親切な老人に出会い、ギルドの場所も聞いていたので彼女は何も心配していなかった。

むしろ昔、養父と各地を巡ったときに比べれば幸先がいい。

「まあ、あのときはあちこち戦争してたし・・・ええことのほうが少なかったからなあ」

愚痴りながら、イカを奥歯で引きちぎる。

そして麦酒を一口。

にんまり笑うその顔は完全にオヤジだった。

周囲の通行人が、美女と行動のギャップに二度見しているがテッラは気にしない。

堂々と歩いてギルドの建物に入っていった。


ギルド会館の内部は古い貴族の館を改装したのか、ところどころ内装が東の大国風で雅である。

ただし、精緻な模様の壁紙はすすけて黒ずんでいた。

それらを横目に見ながら玄関ホールを抜け、さらに階段を上がっていく。

昼食時だからか、人は少なかった。

二階は全て壁を抜いて、ひとつの大きな部屋にしており、その奥に一列に並んだ机が見える。おそらく受付だろうと目星をつけて、テッラは軽い足取りで近づいていった。


優しそうな風貌の女性が座る受付台に行くと、彼女はぎょっとした顔をして固まった。

受付嬢にあるまじき態度でまじまじとテッラの顔を眺め、ついで肉付きのいい胸と腰回りを見て目を見開き、露出の多い衣装に口をかぱっと開ける。

テッラは他人のそのような態度は慣れっこだったので、構わず机に肘をついて受付嬢の顔を逆に覗き込んだ。

なだらかな腰のラインが色を帯び、深い切込の入った薄布から健康的な太ももがあらわになる。さらに机の上で形のいい小麦色の双丘がむにゅっと柔らかく形を変えるさまに、周囲からどよめきが起こった。

その声で受付嬢がはっと我に返る。

「あ、あの。失礼いたし・・・ました。御用はなんでしょうか」

テッラは己の肢体に無頓着だが、価値を知らないわけではない。

今のパフォーマンスは、これからしばらくこの街で歌姫として活動するための宣伝である。

こんな昼時の時間帯にギルドにいる暇人ならば、口軽くテッラの噂話をあっという間に広めてくれるだろう。

その想像ににんまり笑いながら、テッラは高らかに言った。

「この街で一番腕の立つ人を雇いたいんや!一番や!一番以外認めへんで!」

その言葉にギルドでたむろしていた冒険者や傭兵たちが顔色を変えた。

腕っ節で生計をたてる者としての矜持。

そして美女の護衛という男としておいしい案件。

彼女に認められたい。一番は自分だと周知したい。

そんな思いが凶暴な顔面にあらわれる。

受付嬢はそんな周囲の様子を見て、焦ったように早口でテッラに言った。

「お客様のご用件に沿う人材こそ適任と存じます。ですので、適任者という意味での一番で・・・」

「一番『腕の立つ』人以外、ウチは認めん」

受付嬢の気遣いはあっさりと振られた。

すでに殺気立つ者も出始めている。

受付台の奥にいた壮年の男がちらりとテッラを見て、受付嬢とアイコンタクトを交わしている。

おそらくギルド長あたりだろうか、とテッラは想像しながら周りを見渡した。

ぎらぎらとした欲望の視線が突き刺さる。

予想内の出来事なので、テッラは構わなかった。むしろテッラにとっては、ここにいる暇を持て余した連中ではなく、金では動かないプライドの高い本物の戦士を求めていたので、どんな目で見られても気にする必要がないのだ。

そうこうしているうちに、ギルド長らしき男が立ち上がってこちらに近づいてきた。

テッラは止められてはかなわないと、先に叫ぶように宣言する。

「ウチは今夜、この街の一番でかい酒場にいる!ウチと呑み比べで勝負せい!話はそれからや!ウチはウチより弱い男は認めへん!ウチが求めるんは、いっしょに世界を旅できる強い男や!!」

言い終わるやいなや、すぐさま踵を返してテッラはギルド会館を逆走した。

受付嬢と推定ギルド長が呆然とつぶやく。

「い、言い逃げ・・・」

破天荒な美女。

その日のうちに街は彼女の噂で持ち切りになった。




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