~前編~
夢で見た話を膨らませてみました。
ちょっと不思議、ファンタジー感があります。
前編は一日だけです。
*:また主人公が「私」「僕」「俺」を使っていますが一人称をコロコロ変えてるだけで同じ人なので、そこだけ注意です。性別はあえて不明にしてます。
漫画のアニメの小説のドラマの映画の人々。
つまりは登場人物たち。
例えを挙げるなら、物語の中を誰よりも動き、動かしていく主人公。同じように物語の鍵を、彩りを与え、主人公を支えるヒロイン。物語の目印的存在のマスコットキャラ。彼らに敵対する悪の組織。時には味方になったり、味方が寝返ったりで忙しい悪の幹部。そして、そんな彼らの背景であるモブキャラ。
彼らは多くなくとも、少なくとも、物語に関係すれば、自分のことを話すだろう。かっこよく言えば自分語り、深く言えば自己の証明、硬く言えば自己表示、ようは初対面でする自己紹介。
どんな人であれ、物語に関係すれば、物語の中で形となって表れる。
容姿、声、性別、髪型、髪の色、骨格、体つきなど外見的特長を。話し方、しぐさ、目の動き、性格、過去、現在、未来など精神的特長などを。文章で、絵で、画面で、見ているものにみせてくる。
だが、物語の主人公であるところの私であり、僕であり、俺である、自分は名前も容姿も出身も過去も語らない。記す事も無い。なぜなら自己を記し、示すことに必要性が無いからである。
だって、もうすぐこの世界は終末になるのですから。
終末まであと三日間。私僕俺の記録に残らない終末の話―――
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終末一日目
「ちわー………って誰もいないな」
僕は半ば、強制的に習慣化されてしまっていた『学校登校』をしていた。
もちろん朝早く起き、朝食を食べ、歯磨きをし、服を着替えてきている。カバンの中身に教科書、ノートが入っていないのもいつも通りだ。
「僕だけだよ」
無人だと思っていた教室に一人机に向かう男子生徒がいた。
確か、クラスの女子からガリ勉というあだ名をつけられてしまった狩屋君である。
「他のうるさいのはここには来てないよ。先生とかも掃除のおじさんぐらいだよ」
「そうなんだ。じゃあここに来てる奴はそうとうの変わり者かな」
狩屋君の前の席にドカッと座る。そんな僕を彼はちらりとも見ない。彼は終末だっていうのに勉強をしている。
「変わり者? 僕はただ勉強するのにここが一番いいから来ただけだ」
机に向かいながら狩屋君は言った。
「もうすぐ終末だっていうのに、何のために勉強するんだよ? 他にやること無いの?」
「無いよ」
あっさりとすぐさま狩屋君は答えた。
「はは、即答か」
「学生の本業は勉強だよ。僕はただ学生の仕事に勤しんでるだけさ」
「なるほど。それじゃ僕はそれを横目に見ながら読書するよ」
カバンの中には筆箱と本が入っていた。厚いもの、薄いもの、色とりどりの表紙の文庫本。それらを机に乗せていく。そのどれもが薄いビニールに包まれている。
「それ、盗んだのかい」
ちらっと今日初めて僕の方を見た。だがその顔は少し険悪だ。
「違うよ。ちゃんとレジにお金は置いてきたよ。しかもぴったりの値段で。ちゃんと税込みでだ。おかげで今日はもうジュースしか買えないよ」
財布の中身は少しの小銭とポイントカードとかなり寂しいことになっている。
「この時間に本屋はやってないはずだけど」
「林淋堂の本屋は開いてたよ。店長さんが居なかったけど」
「そうなんだ」
そう言って、狩屋君はまたもくもくと勉強を始めた。
「じゃ、ここで読ませてもらうよ」
「どうぞ」
まず終末の始まりはいつ起こったのか? その事から話そう。頭の中で。
最初は南から。日本から遠く離れた国の人々が突然消えた。
そのことはニュースとなっていろんな所にあること、ないこと、さまざまな話が飛んだ。だが次の日急にシンとなった。日本の中で人が数百万人消えた。このことを真っ先に教えるテレビも消えている。
あんなに人でうるさかった東京が一気に無人の都市に変貌した。
だが、不思議と混乱は起こらなかった。いや不思議ではないか、なんせ直ぐに騒ぎ立てる人達がまずいなくなったのだから。ただ物言わぬテレビに人々が漠然とした不安を覚えただけ。ただそれだけ。
なので今この時点で世界に何人残っているかは分からない。もしかしたら世界に数億人は残っているかもしれないし、もう100人しかいないかもしれない。
ただ分かるのはこの世界から突然人がいなくなっていくことだけ。これだけは変わらない事実である。
人を消していっているのは誰なのかは分かる。神だ。実際に逢ったのだから本当の事だ。
僕は不安じゃないのかって? そんなに不安じゃないよ。
「よし、終わったー」
いつのまにか5冊目。一気に読んだから余計に疲れた。
「ん、そろそろ帰るの?」
時計を見れば4時過ぎ。いつもなら帰り支度をして、帰っている時間だ。
「んー、帰るかー。といっても家には行かないけど」
持ってきた本をカバンに入れる。
「家に帰らないならどこに帰るのさ」
「とってもいい場所で静かに読書さ。今日は読書の日にしたからね。飽きても本を読み続けるよ。狩屋君はどうするの? 家に行くの?」
「そうだな…。僕も帰ろうかな。ここが一番落ち着くのだけれど」
「そんなにしたいならここに泊まれば?」
「はぁ?」
これには狩屋君も口をぽかんと開けて、驚いた。
「というか泊まりなよ。ホームセンターでテント借りたりしてさ。天体観測でもしてたほうがいいよ」
ドカッと大きな一冊の本『月の教科書』を狩屋君の机に置いた。
「僕は天文学は好きじゃないんだ」
「あ、狩屋君もしかして見てないの? だったらなおさらもったいない。屋上にテントでも寝袋でもなんでもいいから持っていって、勉強したほうがいい。いやするべきだ」
「外で勉強? しかも屋上でとか、7月だからって寒いだろ絶対に」
「どんなとこでやったって勉強じゃないか。あ、ついでにおじさんと一緒に泊まったら? 暇だろうし」
なんど拒絶されようと僕は屋上に狩屋君を、できれば夜の屋上にいて欲しいと思った。
「…それもそうだね。じゃあそうしようかな」
「やった! 君は絶対後悔しない選択をしたよ」
ついに狩屋君は折れた。
「屋上に何があるっていうんだ」
「はは、多分今夜も月が見えると思うよ。とってもよく」
「月? 君は月が好きなのか。知らなかった」
「いや、最近だよ。君も絶対好きになる。絶対ね」
そう言っている間に身支度は終わり、教室から私は出た。おっとその前に今日分かった事がある。
「狩屋君は勉強が好きなんだね」
「…女子にも男子にも言われてるよ。今更なんだい」
「いや、君は好きなんだよ。頭に知識を蓄える事が。でなければここに勉強するために来るなんて、普通、嫌なら、強制的でもない限り。君はここに勉強しに行くことに戸惑いも躊躇もなかった。そうだろ」
「!?」
少しずつ少しずつ狩屋君の顔が変化していく。それは私が言った言葉を狩屋君がゆっくり咀嚼しているからだ。
「なるほど。僕は勉強が好き。親から言われて、褒められて、馬鹿にされて、だけどやめない理由…」
「君を見てて、分かったんだ。私が読書が好きだから本を読んでいたように、君は勉強が好きだから机に向かっているんだ」
「お互い今日は好きな事に没頭していたんだな…」
「言われてみればそうだね」
「…言ってくれてありがとう。今が終末だっていうのが残念だ」
「んじゃ、言いたいこと言ったから行くね。それじゃあ、気をつけ! れーい! さようならー」
「さようならー」
狩屋君はにっこりと笑って手を振ってくれた。
なぜ私が夜の屋上に行く事を勧めたのかは今度にしよう。
それより、ああ、お腹がへってしまったからコンビニに行こうかな。
後編に続きます。長さによって中編がでる可能性があります。