脅迫電話
この作品は今より更に未熟な当時の執筆のため、見苦しい箇所や指摘箇所もいくつかあると思いますが、あえてそのまま手を加えずに載せています。ご了承下さい。
殺される・・・!
絶対に殺される!
男は、アルコール中毒でもないのに手を震わせながら、ウィスキーを飲んで気分を落ち着かせようとしていた。
逃げられない・・・! 逃げられるわけがないんだ・・・!
恐怖心から、汗が止まらず、しょっちゅうシャワーを浴びている。今日はまだ昼前だというのに五回は浴びていた。
ジリリリィィィーーーン!
「うわぁ!」
まるで死の宣告をされたかのように、電話に驚いた。
ジリリリィィィーーーン!
「はぁ、はぁ」
なるべく呼吸を落ち着けようと、何度も深呼吸を繰り返す。
ジリリリィィィーーーン!
「わかった! 今出るから!」
ガチャッ
「おらぁ! 遅えじゃねえか! なめてんのか、ああっ!?」
「ひぃっ!」
ヤクザの脅迫のような、ドスの効いた電話の声は、それだけで男をどん底に落とすのに十分だった。
「な、なあ、ああ、はあ、はあ、なんでしょうか」
かろうじて声が出たものの、先ほどの深呼吸など全くの無意味となった。
「おい、いい加減にしようや、さっさとブツを渡せって言ってんだよ」
口調は落ち着いたが、相変わらずのドスの効いた声に、男はすっかり弱気になっていた。
「だ、だから、なんだよ、ブツって、俺はそんなもの―――」
「惚けんじゃねえ!!」
「ひぃっ!」
「こっちはもうとっくに知ってるんだよ、そこにブツがあるってことをな」
「そそそ、そんなことを言われても! 本当になにも」
「そうかい、あくまでも白を切るつもりなんだな」
「そんな!」
「いいか、よく聞け。もしもあと一週間以内に渡さなかったら、今度は脅しじゃねえ、本物の殺し屋をそっちに送る」
「殺し屋!?」
「ああ、そうだ。これは脅しでもなんでもねえ。いい加減痺れ切れてんだよ。だからな、あと一週間だ。一週間以内に渡せ。じゃねえと本気で殺すぞ」
「わわわ、分かった! 渡せばいいんだな!? なんだ、金か? 麻薬か?」
「馬鹿にしてんのか!!」
「すすす、すまん!」
「いいか、警察なんかに知らせやがったらただじゃおかねえからな。すぐに殺してやる!」
ブツッ! ツー、ツー。
電話は一方的に切られた。
「・・・っくぅ! なんだっていうんだ・・・!」
ブツってなんだ? 金でもない、麻薬でもない・・・。他になにがある? 持ち出してきたものなんか何にもないっていうのに。
「一週間で、一体どうすりゃいいっていうんだよ!」
ジリリリィィィーーーン!
「ひぃっ!?」
今度はカエルのように飛び上がって、勢い余ってそのままドシン! と床に落ちてしまった。
「あいたっ!」
ここは安アパートだ。あまり大きな音を立てると苦情が来る。今のドシン! という音は確実に聞こえただろう。後で苦情がくるだろうなあ。いや、苦情がなんだ! こっちは今殺されるかも知れないっていう状況なんだぞ!
小さいことは強気になれた。
ジリリリィィィーーーン!
相変わらず電話はしつこく鳴っている。
仕方ない、ここは覚悟を決めるしかない。ついでに金をよこせとか? そしたら金なんかない! と言ってやろうか。どうせこのままじゃ殺されるんだ。今度こそ強気でいってやる!
先ほどまでの恐怖はどこへやら、人間開き直ると強いものだと実感した。
「はい、金ですか? そんなものありませんよ!?」
「なに言ってるんだ? 酔ってるのか?」
酔ってるだと? 確かにウィスキーは飲んでいるが・・・酔ってるかも。
「誰だ」
「俺だよ、樋口。今日は会社が休みなのに誰とも連絡がつかなくてさ、久しぶりにお前に会おうと思って電話したんだよ」
要するに最終手段ってところか。まあいいだろう、こんな気分だ、気分転換も必要だろう。
「いいよ、どこで待ち合わせ?」
「お前、今どこに住んでる?」
一瞬巻き込むのではないかとも思ったが、もしあの組織が狙っているんだとすれば俺だけを消すはずだ、問題はないだろう。
「ああ、今はN市にあるアパートに住んでる」
「ああ、そこなら会社に近いな。今から行って・・・十三時頃に着くと思うけど、いいか?」
「来てくれるならありがたい。いいよ、十三時だな、待ってる」
「おう、じゃあまたな」
電話を切ると、妙に落ち着いている自分に気づいた。
旧友と話すというのも、意外と落ち着くものだな。
「よう! 久しぶり!」
「いらっしゃい、随分と久しぶりだな、何してた?」
「広告代理店で働いてるんだよ」
「どこの?」
「駅前にあるだろ? 小ぢんまりとした旅行キャンペーンやってる」
「ああ! あそこか、何度か見たよ。以前お世話になったこともある」
「本当か? いつ?」
「去年の暮れだったかな」
まあ、その時はプライベートではなく、仕事で利用したのだが。
「ああ、その時は俺休みもらってたからな、いなかったのか」
「見かけた記憶はないからな、多分そうだろう」
もう少しキグシャクするかと思ったが、懐かしいということもあるのだろう。意外と話が弾んだ。
この樋口という奴とは高校以来の付き合いで、入学当時から昔仲間のように打ち解け、すぐに仲良くなった。それ以来なにをするにも一緒だったのだが、卒業してからは別々になった。
オールバックの黒髪に好奇心旺盛だとひと目で分かる大きく輝く目。性格も人懐っこく、よく慕われる人間といった感じだ。
「お前はなにしてたんだ?」
「俺はA社に勤めてたよ」
「A社!? すっげえな。あんないい会社にいたのか! 勤めてたってことは―――」
「ああ、辞めたんだよ。ちょっと嫌気がさしてな」
まあ、嘘はついてない。嫌気がさして辞めたのだから。
「マジかよ・・・。そうか、そっちでも色々あったんだな」
本当に色々あった―――。いや、今も続いている。
「そうだ、そういえば俺この前面白い噂を聞いたんだよ」
「面白い噂?」
「ああ。仕事の関係で、色んなお客さんと話すんだけどよ、その時に聞いたんだ」
「なにを?」
「始末屋って知ってるか?」
男の心臓は一瞬飛び跳ねそうになった。
しかし、始末であって、殺し屋ではない。平然を装い「いや、知らないな」と答えた。
「まあ、そうだよな。知ってたらびっくりだ」
こっちがびっくりしたよ。と思わず言いそうになったのを必死で堪えた。
「で? その始末屋って物騒なのがどうかしたのか?」
「そうそう、その始末屋ってのがな、ここの近くの山にいるらしいんだよ」
「山? なんだそれ、修行でもしてるのか?」
どこかの漫画じゃあるまいし、どうせ都市伝説かなんかだろう。
「いや、表向きは山で喫茶店を営業してるらしい。名前は<喫茶葉月>」
「葉月? 珍しい名前だな」
「食いつくところが違うだろ。まあいいや、ここからなんだよ」
「なんだ、その始末屋とかいうのを探したのか?」
「ビンゴ!」
「マジか」
「大真面目だよ! ここから十五㎞ほど北に行った山にあったんだよ! <喫茶葉月>が!」
「おいおい、なにか依頼でもしてきたのか?」
「んなわけないだろう。確かに始末してほしい奴とかはゴマンといるけどよ、そんな裏の世界に頼ってまで殺したいとは思わないよ」
「それならいいが・・・ていうか、結局なにしてきたんだ?」
「お茶飲んできた」
「それだけ?」
「ああ。だが、あそこのウェイトレスが和服美人でな! 金髪のポニーテールで目が青いんだよ。それが可愛いのなんの!」
「おいおい、女の子目当てかよ」
「まあ、それは行ったついでってやつだよ。本当に裏でそんな仕事しているのかは知らないし、誰が実際にその仕事する人かは知らないけど、表向き喫茶店やってるっていうんだから、単に喫茶店としてのお客でもいいだろ?」
「まあ、確かにそうだな」
「今度お前も連れてってやるよ、すごい美人だから! ああ、そういえば男もいたなあ。カウンターに」
「いきなり冷めたな」
「男には基本的に興味ないからな。しかし! あの男は出来ると見た!」
「はぁ?」
「なんていうか、あの男からはオーラみたいなの感じるんだよ。ああいう手合いはなんでも出来るタイプだぜ。家事から事務から雑務までスマートに無駄なくこなすってな」
「お前が男を褒めるとは珍しい」
「ははっ、俺も気に入った奴は素直に称賛するぜ」
「そいつはどんな奴なんだ?」
「そうだなあ、黒のショートで切れ長の目でメガネかけてたな」
「よく観察してるなあ」
「まあな。人間観察も趣味の一環だ」
えっへん。と胸を張る。別に偉いことではないんだが・・・。なんせこの樋口は多趣味で、確かに趣味の一環と言える。釣り、クレー射撃、野球、将棋、弓道、合気道と・・・。とにかく多い。
「そいつが始末屋って奴なのかな」
「さあなあ、出来る奴だとは思うけど、そんな裏の仕事をやってるようには見えなかったな」
「そうか・・・」
始末屋・・・もしかして、そいつならこの厄介ごとを片付けてくれるのでは。その最後の希望は、確かに目の前に光を与えてくれた気がした。
「気になるか?」
「ん? ああ、まあな。そんな非現実的な世界にいる奴が本当にいるなら、怖いもの見たさみたいな興味はわくさ」
「よっし! 今から行ってみるか!」
「今からか?」
「車で行けば三十分ぐらいだろ、行こうぜ」
「まあ、確かにそうだけど」
「それに、夜遅くまでやってるっていうから、時間は気にしなくてもいいぜ」
そんなことを気にしてるわけじゃない! しかし、樋口の前でそんなことは口が裂けてもいえない。好奇心に火がつくに決まってる。
「さて、じゃあ準備しようぜ」
その時、電話が鳴り響いた。
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