あるサラリーマンの悩み(短編)
お久しぶりの完全オリジナルです。
とはいえ、短編。
暇つぶしにでもお読みください。
誰もが夢見る21世紀になって、早くも10年がたとうとしているものの、夢見がちな未来は現実とはならずに今にいたる。
場末の酒場や赤提灯が残るこの町をみれば、かつてのSF作家たちは嘆くのだろうか?
しかし、薄給のサラリーしか縁のない僕・水崎 孝弘などから見れば、こんな場所が残る未来で良かったと感じないでもない。
「で、死んだってのが、あのにいちゃんか?」
日本酒に半ば漬かっている友人、木崎は言った。
中学時代からの親友で、その後も同じ会社に就職して今にいたる。
「うん、殺しても死なないと思っていたんだけれどもねぇ。」
僕も安い日本酒を煽った後、焼き鳥をつまむ。
にいちゃんというのは本当の兄のこと。
僕より10歳年上で、僕より何十倍も大人で、押しが強くて独善的で、どんな手を使ってか、旧華族の血統のお嬢様をものにして上流階級の生活を満喫していたスーパー級サラリーマンの兄のこと。
「怨んでる人は星の数だけれども、まさかあんな死に方とは・・・」
「どんな風に死んでたって?」
「奥さんが腹下死。」
「・・・・ぶっ。奥さんも死んでたんかい。」
「兄貴が 背上死。」
「あ?なんじゃそりゃ。」
「兄貴と奥さんの間に入っていたのが居るんだわ。」
「そいつは生きてたんかい?」
「アンドロイドなんだわ、セクサロイド。」
「そりゃぁ・・・ハードだ。」
割と個人的目的でアンドロイドを購入する金持ちは多い。
その目的は色々とあるけれども、大量生産体制にある今ならば、中堅サラリーマンでも買える値段なのかもしれない。
それでも用途によって値段も違うし、兄貴たちが使っていた様な用途のモノとなると目の玉が飛び出るほどに高いものになる。
が、その性能は値段に比例するものだというのがもっぱらの噂だ。
「無粋な話なんだけれども、相続ってどうなったんだ?」
「ああ、9分9厘、一人娘のありっさのもになったんだけれども・・・」
「だけれども?」
「・・・・それが今日の相談内容さ。どうしよう、きざきぃ~」
それはその日をさかのぼること33日前、土曜の夜だった。
結構不名誉な死に様だったためか、彼の葬式はしめやかなもので、兄の好きそうな派手さはなかった。
喪主席には、未だ小さな一人娘の御門院 ありっさが毅然と座っていた。
その奥に祖父母が居るものの、まったく寄りそうと言った雰囲気はなかったと思う。
僕は兄の会社の人と一緒に記帳席での受け付けを担当していたせいで、兄の仕事上の姿などを聞く事が出来た。
まぁ死人に鞭打つようなことは誰も言わなかったものの、誰にでも厳しい姿勢だったのだろう。時間終了とともに事務処理もそこそこに誰も居なくなってしまうような葬式を見れば、その辺が知れると言うものだ。
僕は残りの事務をまとめ、葬儀屋と支払いなどを相談などをし終えたところで、やっと一息をつけるだろうと、親族控え室に向った。
そこに渦巻いていたのは、親族と言うなの魍魎たちの宴だった。
世紀を越えての資産が兆にも達するといわれる遺産・年間売上だけで国が買えるほどの企業体の殆どを、まだ成人にもならない子供に相続されてしまうのであるから黙ってはおれまい。
自らの養子にと申し出るものや、自分の子供との婚約を叫ぶものや、自分との結婚を声高に主張する爺や・・・。
自分をさて置いて、大人のエゴと言うものを感じさせずにはいられない光景だ。
これが全く関係のない所の話であれば面白いのだけれども、そこの場の生け贄は可愛い姪御である。どうにかしてやりたいものだ。
「あのぉ・・・」
「ああ? きみだれよ。・・・ああ、葬儀屋ね。御祝儀から適当に持ってけや!!」
「駄目よ、兄さん。あのお金もそのお金も皆、ありっさのものなのよ! 誰にも自由にさせないわ!」
「お前こそ黙れよ、外嫁の分際で。家の問題に顔が出せると考える所で甘いんだよ!」
「見苦しいよおじさん達、黙るべきだよ。」
「黙るのはきみじ君の方だろう? 誰の子供かも分からない捨て子の分際で。」
「お・・・おれは捨て子じゃない! 御門の血が入っていると血液検査で証明されている!」
「君の勤める病院で、君の先生に検査してもらった結果だろ。」
いやらしい笑いが充満する。
言われた男、きみじは、顔を真っ赤にさせて震えている。
僕の経験上、この男はきれる寸前だと思った。
が、周りの人間たちの嘲笑はおさまらない。
誰も解らないのだろうか?
「お・・・おれは・・・おれは、俺は!!!!!」
絶叫をもって男が椅子をつかみ上げようとした、その瞬間。冷たい声が辺りに響く。
「御辞めください、皆様方! 両親の霊前です。」
10歳になったばかりであるはずのありっさの声は、辺りに染み渡るように広がる。
嘲笑をしていたものも、怒りに身を震わせていたものも、しんと静まる。
「両親共に不名誉な死に様をさらしているだけに、いささか皆さまの無礼も我慢させていただきましたが、ここまでにさせていただきます。本日は無き両親のために御集まりいただきありがとうございます。しかし、先ほどこの場に御残りいただく方は、遺産相続者のみとさせていただきたいとお知らせしたと思います。正式な遺産相続者以外の方はご無礼と承知致しますが御引き取りください。」
キッっと強く睨むその顔は、何故か兄を思わせた。
辺りは暫くざわついていたものの、すごすごと親族連中が引き上げだした。
後に残ったのは、脂っこそうなオヤジと、先ほどの男と、僕とありっさだけとなった。
「えーっと、じゃぁ記帳とお金の集計はここに置くから。・・・じゃ。」
居たたまれない思いの僕は、その場を去ろうとするが、くっと喪服のすそをつかむモノがあった。
ありっさだった。
「叔父様、孝弘叔父様も相続者としての名前が載っていますの。どうぞ御逃げにならないでくださいませ。」
「に・・・逃げるだなんて・・・ほら、人聞きが悪い。そんな話知らなかったから帰ろうと思っていただけで・・うん、大丈夫。ほら。逃げない、逃げない。可愛いありっさを置いてか無いよ、うん。」
ぼくはひらひらと手を振って見せる。
するとありっさは、にっこりと笑った。久しく見る、愛くるしい笑顔だと思う。
「では、財産分与に関する法定委譲遺言証の確認を致します。」
すっと懐から、四角く黒いカードを出す。
その中央をありっさが押すと、聞きなれた声が響く。
「この声を皆が聞く頃には、私は若くしてこの世にないだろう。誰が喜び、誰が悲しむかが、手に取るように解る。」
ああ、この根性悪で洞察力に恵まれた声は、確かに兄さん。
「欲の皮にまみれたスズシロさんや、きみじくんは居ると思うが、世間の荒波にもまれお人好しじゃ無くなってしまったかもしれない我が弟は居るだろうか? 人並みに苦労をして、人並みに仕事が出来てればこんな所には来ることがないだろうから、この話を聞ける時点で無能を証明しているようなものだ。しっかりしろ、この馬鹿者が。」
本当に、どうしようもなく嫌な人であるものの、真実が混ざっているだけにぐうの音も出ない。
「くだらない身内のために、貴重な時間を浪費するのも申し訳ないので、ここで配分率の伝達を行う。まず、きみじ君、君には総資産の3%と海運業のの委譲委託を行う。存分に運営したまえ。スズシロさんには、以前からのお約束通りに総資産の2%とバイオケミカル本社の委譲委託を行う。そして総資産の95%と総合運営管理をありっさが行うように。
・・・以上だ。」
え? 僕に何かあるんじゃなかったのか?
そう思った僕をからかうような声で、兄の声が続く。
「そうそう、絶対に居ないとは思うが、悲しくもこの兄の予想を越えてお人好しで有り続けてしまった弟がこの場に居た場合、一つ形見分けをしておこう。私が死んだその日のうちに発送が行われている算段なので、家に帰って梱包を解くように。まぁ、お前には必要ないものかもしれんが、私無き後にはこの家で必要とするものもいないのでお前が管理するように。・・・・」
無音状態が2秒ほど続いた後で、ありっさは再びスイッチを押す。
はいはい、こういう人なんですよ。
あからさまに僕のことを見下しているばかりか、その上で僕の性格を理解して先手を打って僕を驚かせて喜ぶのが兄の趣味なのだ。
ここまで先読みされていると、気持ちが良いほどだと思う。
しかしその兄も、もうこの世の人ではないのだ。
何となく空虚な思いが心を震わせる。
「さすがは彼だな。全て解っていると言うことか。」
スズシロといわれていた男が、がらがらの声で言う。
「っへ、さすがは義兄だ。・・・あんたは義兄の弟なんだって? 切れ者なんだろうなぁ。」
きみじと言う若者は、僕の肩を叩いた。
良く分からないが、やはり何処でも兄の評価は高いらしい。
「さぁ、皆さん。これからもお願いいたします。」
静かに頭を下げるありっさに背を向けて、二人は意気揚々とその場を去った。
残された僕は、所在無しにありっさの隣へ立った。
ずっと頭を下げ続けているありっさの肩を、僕は軽く抱き寄せる。
「いいよ、もう誰も居ないから。いいんだよ。」
「駄目です、孝弘叔父様がいらっしゃりますから。だから駄目なんです。」
「・・・ありっさは僕と一緒に泣いてくれないのかな? これで僕は天涯孤独になっちゃったんだけれども。」
抱き寄せたありっさの肩が揺れる。
「駄目なんです・・・・駄目なんです・・・」
軽い鳴咽は、大量の涙となって僕の胸を濡らす。
僕も涙を久しく流した。
ずうっと我慢していたんだろう。
周りの大人たちは、強い子だとか冷たい子供だとか言っていたが実際は違う。
ずうっと泣いていたのだ。いや、僕にはそう見えていた。
ずうっと一人で泣いていたのだ。
「このロリコン。」
「なっ・・・なんでっ! 可愛い姪だぞ、唯一の肉親で姪っ子だぞ?」
「誰にでも優しくしやがるから、色々とトラブるんだ。」
「わるいかよ?」
「まぁ、いいがな。」
「で、・・・」
ありっさを家に送った後で、僕は兄が出ていた後で一人で住むようになった家に帰った。
両親共に幼い頃に死に別れているのでこの家の住人は僕だけ。
この10年ほど独りで暮らしている。
誰も居ない家、冷たい部屋ばかりのこの家に帰るのが、最初は苦痛であった。
しかし最近は慣れたもので、何にも感じなくなっていた。
「あれ?」
家には明かりが点いていた。
誰も居ないはずに家に。
出る時には照明用ブレーカーごとOFFにしてきたので、電気なぞついているはずが無いのに。
絶対に閉めたはずのドアの鍵も開いていた。
絶対の不信が有りながら、僕はためらうこと無しにドアを開ける。
そこに居たのは・・・
「御帰りなさいませ、ご主人様」
メイドの恰好をした女の子だった。
いや、女の子ではない。
首筋に光る金色の首飾りと、そこに書込まれた記号を見て正体が知れる。
「なんでアンドロイドが僕の家に居るんだ?」
まぁ、メイドの恰好の泥棒アンドロイドと言うものはきかない。
メイドの恰好をしたアンドロイドは、僕ににっこり微笑む。
「はぁい、前のご主人様に御暇を出されまして・・・。ぜひとも貴方様、ご主人様に仕えるようにとご命令を受けまして・・・。」
ふと、嫌な予感が背中を走る。
「もしかして、兄貴のところから来たのか?」
「はぁい、そのその通りでございますぅ。」
にこにこと微笑むアンドロイドを見て、人間と同じ感情を持つ存在を廃棄するには忍びないと言う仏心が、彼女と僕に誤認識させた。
アンドロイドと言うものは、維持には殆ど金がかからないもので、当初のメンテナンスキットで10年やそこらは動くそうだ。
「はぁ、そうなのか。じゃ、まぁよろしくね。」
「はぁい、精一杯ご奉仕させていただきますぅ。」
誰かが待っていてくれる家というのは、何となく良いような気がした。
が。
甘かった。
いや、本当に甘かった。
彼女はメイドアンドロイドでありながら、全く料理と言うものが駄目だった。
レシピやシーケンスは内蔵しているらしいのだけれども、全く制御出来ていないのだ。
どうしようもないので、料理は自分ですることにした。
食べる機能のついている彼女は、一緒に食事をして見せた。
「ああ、とっても美味しいですぅ。」
「それはよかった。」
掃除はというと・・・明らかに努力はしているものの、今までの学習成果なんてわすれてきましたーと言った風の散らかしようであった。
掃除していると言うよりも、散らかしているという感じが強い。
仕様が無いので後片付けをすることにした。彼女は後ろからついてまわり、しきりに感心して見せた。
洗濯ぐらいは出来る、これだけは救いだろう。
ただし、僕一人の洗濯の量なんてたいした事はない。
すぐに終わってしまう。
で。
「はぁ・・・。」
深いため息を僕が吐くと、メイドアンドロイドはびくりと肩を震わせる。
「で、君は兄貴のところで何をしてたんだい?」
思わずそんな言葉を吐いてしまった。
「私・・・・どじで、ばかで、どうしようもなくて・・・御姉様方にはご迷惑をおかけしてばかりで・・・・それでも新しいご主人様に御仕え出来ると思うと嬉しかったもので、新規に家事のスキルをインストールしたんですが・・・・慣れないことは出来ないらしくてぇ・・・・。」
そうか、そうなのだ。彼女は家事を「新規に」インストールしたのだ。
普通、メイドと言うものに何を求めるべきなのかを、僕は失念していた。
兄貴のうちほどの金持ちならば、家事用のアンドロイドとは言え、メイドの仕事も色々と分業しているのだから自ずと限定される。
家事はだめだめでも、メイドがデフォルトで出来る事が有るはずだ。
「・・・あ・・・、お茶を入れてくれるかな?」
そう、メイドの出来る仕事は力仕事でも掃除夫でもコックでもないのだ。
「あ、はいぃ。ただ今ぁ御持ちします。」
すぅ、っと一礼した彼女は、ものの数十秒で再び現れ、何処から持ってきたのか解らないが立派なポットとカップで僕の目の前のテーブルに紅茶を入れだした。
今までカクカクとしていた彼女の動きは、信じられないほど滑らかに動き、入れおわるその瞬間まで優雅さ失わなかった。
「ご主人様、御待たせ致しました。」
にっこりと微笑む彼女に、再び僕は人間を見た。
「いかがでしょうか?」
ちょっと不安げに見つめる彼女に、僕は微笑む。
「美味しいよ。ありがとう・・・・あー、」
「みな、とお呼びください、ご主人様。」
「うん、美味しかったよ。みな。」
嬉しそうに微笑む彼女の名は「みな」。
「なんだ、何処にも問題が無いじゃないか。」
「ここからなんだよぉ。」
「ご主人様、お風呂のご用意が出来ておりますぅ。」
失点回復の勢いか、「みな」はくるくると働いて見せる。
見ていないとどんな失敗をされるか解らないような気もするが、そのスリルもまた楽しい気分にさせてくれる。
アンドロイドで「どじ」という性能は、実のところ希有のモノではないのだろうか?
僕は「みな」の用意した風呂に入ろうとしながらそう思っていた。
「はっ!」
そう、この手の場合は二つのどじを予想せねばなるまい。
全く沸いていないか、ぐらぐらと煮立っているか。
僕はゆっくりと手ぬぐい一枚で浴室のドアを開けるものの、湯船にはほどよく湯気の立ち上るお湯が張って有り、浴室も暖まっていた。
そう苦手なことばかりではないのかもしれない。
ほぅ、と一息ついて一歩前に出ようとすると、背中に何やら柔らかいものが二つ、押し付けられた。
「ぽよん」
「どわわわわわー!」
驚き、そのまま湯船へ転落。どぼーん。
「な、な、な・・・。」
吃りながらそちらを向くと、大きなタオルで前を隠した「みな」がいた。
タオルの向こうは、当然のことながら裸である。
「お背中をお流ししますわ、ご主人様。」
「い・・・いらん、いらんぞ・・・。お背中は流さんでいい!」
「では、正面を・・・。」
などといいつつ、「みな」は頬を赤らめて言う。
「背中も正面も自分で洗うから、とっとと服着て外で待ってろ!」
「それでは私が最も得意とするスキルがお見せできません。」
「おみせって・・・何だよ。」
この時点で僕は、薄々このアンドロイドの正体が解った。
炊事洗濯一切駄目で、そのくせ反応が人間くさくてどじ。
用途など決まっていると言うものだ。
「はい、ベットテクニックでございますわ。」
「あああああああああああああ。」
僕はその場で崩れ落ちるように湯船に沈んでいった。
「ほほー、それじゃぁあの兄貴を背中に嫁さん下にして昇天させたツワモノが、お前のうちで待っていたっていうのか。」
「ああ、そうなんだよ・・・全く。」
「しっかしお前の兄貴は何を考えているんだろうなぁ。自分の使っていたダッチワイフを弟に形見分けするだなんて。ハードに使って有ったんだろ?色々と。」
「いや、実はさ、僕はまだ使っていないんだ。そういう事には。」
「なに? セクサロイドだろ?なんで。お前の兄貴が使っていたほどだから、かなりの極上品なんじゃないのか? まぁ肉親が使っていたダッチワイフじゃぁ立たないか。」
「それがさぁ、兄貴も気を使ったらしくて、俺の手に渡る前に部分的に部品交換をしたらしいんだ。・・・あそことか。」
「ぶっ、・・・・ぶはははっははは! てことは、経験豊富なメイドセクサロイドが、実は処女ってか?」
「・・・そうなんだよ。」
「うひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「つまりお前は、アンドロイドではなくてセクサロイドなんだな?」
アンドロイドとセクサロイドとの差などは殆ど無い。
その差と言えば「出来る」か「出来ない」かぐらいしかない。
ただ、その機能差に伴う性格も差が全てと言えるものだと思う。
「はい、夜の寝室でも朝靄の中でも昼の日差しの下でも、24時間フルタイムでOKですわ!いつでもお呼びください。」
「いや、あのな・・・。」
どうやら、単なる趣味でセクサロイドにメイドをさせていたらしい。
今で正面切ってそんな事を言われても・・・と、当惑する僕だった。
「あのなぁ、僕はお前をそんな目的に使うつもりは無いぞ。」
「ええええええ!!!」
この世の終りかのような絶叫が、家中に響く。
「そ、それでは、ご主人様がこの体を、舐める事もしゃぶる事もねぶる事も弄ぶ事も一切無いと言うのですか?」
「ああ。」
「熱くぬめったこの体がご主人様のお情けを、嫌らしい液をたらしながら心待ちにしておりますのに、一切熱い飛沫を頂く事が出来ませんの?」
「・・・・ああ。」
「ああああああああああ。」
脱力した様に崩れ落ちるみなは、恨めしそうに僕を見上げた。
「その為だけに生を受けたこの体を、なぜに、なぜに弄んでくださいませんのぉぉぉぉぉぉ。」
滂沱の涙を流すみなを、じつは結構冷静に見下ろしていた。
「おまえ、実は今の状況に酔ってるだろ?」
「・・・・あら、御判りになりましたか?」
今までの涙など嘘の様にして、みなはすっくりとたちあがりしなだれかかる。
「でも、本当に勿体無い事なんですのよ。私のこの体には古今東西のあらゆるテクニックと接客方法が叩き込まれていますから、どんなプレイでもどんなシュチエーションでも完璧にこなす事が出来ますしぃ。」
つつつっと僕の胸に指を這わせたみなは、そのまま右手を下腹部に這わせた。
「・・・御心配なさらないで下さい、私の体は衛生第一の上に究極の名器を備えて・・・」
「や、やめろ!!」
そこまでいいかかったみなを、僕は跳ね飛ばしていた。
「きゃん。」
「言ったはずだ! 僕はそんな目的で一切使わない、家族をそんな目的には一切使わない!」
思っていた、思ってしまっていただけの台詞が思わず口から出ていてしまった。
暫くボーッとしていたみなは、恥ずかしそうに俯いた。
まいった、アンドロイドを、それもセクサロイドを家族だなんて発言するなんて、僕はそうとう狂ってしまったらしい。
何とも言えない思いでみなを見ると、彼女はうつむきつつ言葉を発する。
「・・・そういうシュチュエーションがお好みでしたのね、ご主人様。」
「ちがーう!!!」
絶叫と共に足蹴にする僕だったが、彼女は無茶苦茶嬉しそうだった。
「んで、何処が問題なんだ?」
木崎は半眼になって僕を見つめる。
「新品のセクサロイドが食事の世話から下の世話までしてくれるって言うんだ、一介のサラリーマンには勿体無いぐらいだぞ。」
「あのなぁー、僕だって普通のアンドロイドなら問題を感じない。でも、あの馬鹿者は、僕に叱って欲しくてわざと失敗するんだぞ。」
「ほほぉ。」
そう、家の仕事も御使いもスキル上何の問題も無く出来るはずなのに、皿は割るわ御茶をこぼすわと失敗ばかり。
その度にひざまづいて詫びるのだが、よーく見てみると期待に表情が歪んでいるのが知れる。
最初のうちは蹴るだの叩くだのしていたのだが、そのうち御叱り用と称したバットだの鞭だのが廊下に常備され出すのを見取って叱るのもやめた。
みなのやつ、直接交渉をやめ、間接的な蹴りだのはたきに喜びを見出したようなのだ。
最近では一言も言葉を交わしていないのに、目をウルウルさせて常に喜びの表情をしている。
たぶんみなは「放置」だのなんだのと自分で勝手に理由をつけて、心から喜んでいる様だった。
ほんとうの趣味の人だったら、何の余禄も無いご主人様から逃げる様に去るだろうが、相手は機械。飽きる事も諦める事も知らない頑固者だ。
思わずその様に「変態」と呟いた所、余りの嬉しさにみなはハングアップしてしまい、日に三度もリセットしなければならないと言う事態に陥ってしまった。
致し方なく工場に送り返して一息ついたのだが、その間で更に恐ろしい事が発覚した。
「なんだ、その更に恐ろしい事って言うのは。」
「自分の家なのに、靴下一つ何処に有るのか判らないんだ。」
「ぶはははははは!」
「真剣に話しているんだぞ、木崎。」
「・・・だってよぉ、その先はパンツやシャツの有る所もわからないって話で・・・・嫁さんを怒らせて実家に帰られたダメ亭主って感じだぞ。笑うしかないべ。」
「あーーーーー、やっぱりお前もそうおもうか・・・・」
「まぁまぁ落ちこむなよ。でも直に工場からメイドが帰ってきてめでたしめでたしなんだろ?」
「ち・が・う! たしかにみなが帰ってきて助かるようになったが、今日の相談はまだ始まっていない。」
「はぁ? お前の所の淫蕩メイドダッチワイフで悩んでいるんじゃなかったのか? 人類と精密機械の間での愛は存在するかって…。」
「おれは未だあいつに手を出しちゃいない!!」
「おうおう、お堅い事で。」
「それが俺の良い所だ。」
「そんなんだからマリちゃんに振られるんだぜ。」
「うぐっ! それとこれとは・・・・」
「お前は大人だし、相手も大人。言葉だけじゃァ伝わらないおもいもあるんだぜぇ。」
「一利も二利も有る事は認める、しかしそれじゃァ根本的な解撤にはならないんだ!」
「まぁいい、で、何の相談なんだ?」
「ばれたんだ。」
「なにが?」
「鬼原=段の正体がだようぅ!」
木崎は、涙をちょちょぎらせながら、声も出せずに笑っていた。
真っ青な青は酸欠のために違いない。
このまま殺したろうか。
ああ、あの淫蕩メイドのバイブルを、SMから鬼畜まで何でもござれなあれを俺が書いていたことがばれてしまった、どうしよう・・・・。
えー、複線はりまくりで逃げるという、いささか卑怯な短編でしたw