色気より食い気
「こちらがルネ様のお部屋でございます。お荷物はこちらにおいて置きます。何か足りない物があれば何でもお申し付けください」
「ありがとうございます」
「夕食のお時間になりましたら呼びに参りますので、それまで少しお休みになってください」
それだけいうとルシアンは綺麗な一礼をもって部屋を出て行った。
扉が閉まるのを見届けたルネはとりあえず旅行かばんの中身を片付けることにした。せっせと荷物を部屋に納めていき、すべてを片付け終えたのはすっかり日も暮れた頃だった。ベッドに腰掛け窓の外を眺めれば、空が橙から群青へと移り変わっていくのが見える。
朝まで慣れ親しんだ街にいたというのに、今このブランシェールの屋敷の一室に自分がいることがなんだか信じられない。ぼんやりと今日のことを思い返していると、思いのほか疲れていたらしくだんだんと瞼が重くなってくるのを感じた。いつの間にやらうつらうつらとしていたルネだったが、ほどなくして扉がノックされた音で目が覚めた。
「失礼します。夕食のお時間でございます」
「あ、今いきます」
あわてて扉を開ければ隙の無い執事の姿が目の前にあった。案内されるがままについていき食堂へと足を踏み入れれば、なんとも食欲を誘う香りが鼻をくすぐる。ひかれた椅子に、腰掛れば目の前に並ぶのは美味しそうな料理の数々。色鮮やかなサラダ、透き通るような黄金色のスープに、肉汁たっぷりの肉料理、パンはぱりっと香ばしい。いまさらながら空腹を感じ、さっそく料理に手をつけた。
常日頃、年頃の淑女らしく振舞おうと努力しているルネだが、食事だけは別だった。せっかくの美味しいご飯をちまちまと食べるのでは勿体無いと、ご飯はお腹一杯食べるのがルネの信念である。見ているほうが気持ちの良いくらいぱくぱくと食べ続け、しばらくすると美味しい料理たちはすっかりルネのお腹の中へとしまわれた。
「ごちそうさまでした!すごく美味しかったです!」
「気に入っていただけたようで何よりです」
デザートまでぺろりとたいらげ幸せそうに目を細めるルネをみて、食後のお茶を淹れてくれていたルシアンの口元に微かに笑みがかたちどられる。そんなルシアンを見て、ふとルネは疑問に思った。
「このお屋敷にいるのはルシアンさんひとりなんですよね?」
「ええ」
「もしかしてもしかすると、さっきの茶菓子やこのお料理もルシアンさんが作ってたり…?」
「はい、僭越ながら」
どうやら料理人にも転職できるらしい。この分だときっと何でもそつなくこなせる人なのだろう。
まったくヴァロンおじいちゃんはこんな人をどこで見つけてきたのやら。ルネしかいないこの小さな屋敷に収まっているのが勿体無いような気もするが、すっかり胃袋をつかまれたルネはもはや手放す気なんてこれっぽっちも無いのであった。
お久しぶりです。大変遅くなってしまって申し訳ありません。
この物語に足を運んでくださる貴方に心からの感謝を。