5. 白衣の少女
悠也は、理央と別れて、各部活の部室がある棟へ来ていた。
恐る恐る歩きながら咲を捜す。しかし、咲の姿は見当たらない。
「咲ちゃん、いったい何処にいるのかなぁ? 早く見つけないと……」
悠也は、溜め息をつきながら歩いた。
悠也のいる部室のある棟は、運動部から文化部全ての部室がある。いつもは、休憩時間や放課後など賑わっているのだが、今日は文化祭。しかもラッキーボーイ争奪のイベントもあり誰もおらず静かだった。
その静けさの中、悠也は誰にも見つからないよう進んで行く。
そして、悠也が化学部の部室を通り過ぎようとした瞬間、化学部の部室の中で、パリンッとガラスが割れる音がした。
悠也は、その音にビクッとしたが、気になり化学部の部室のドアをゆっくり開ける。
ドアを開けた悠也の前に部員なのか白衣を着た女の子がいた。
その女の子は、悠也に気づくと
「あれ、櫻井先輩じゃないですかぁ~? どうしたんですかぁ? もしかして、また実験の?」
「いやいや……違うよ! 麻奈美ちゃん。ただ、通りがかっただけで」
悠也が、麻奈美と呼んだ 女の子は、芹澤麻奈美。悠也の後輩で一年生だ。 麻奈美と悠也は、麻奈美が化学の実験の為に片っ端から男子に声をかけ実験台になってくれる人を捜していた。その時に、麻奈美は、悠也にも声をかけていた。悠也は、麻奈美に実験台になるようせがまれ、断るに断れなくなり、仕方なく実験台になるのを承諾したのが始まりだった。それからというもの、麻奈美は、新しい実験をする度に悠也に実験台になってくれるようせがむようになっていた。
そうして、今も悠也に新たな実験の実験台になってもらおうと目を輝かせながら悠也を見つめていた。
そんな、目を輝かせている麻奈美を見た悠也は
「麻奈美ちゃん……そんなに目を輝かせてこっち見ても、今日は、違うからね……」
と、麻奈美に言った。
「え~、違うんですかぁ~、それは、残念ですぅ」
麻奈美は、大袈裟に肩を落としてみせた。
悠也は、一つ溜息をして麻奈美に今自分に起きている事を話した。
話を聞いた麻奈美は、少し考え込むような仕草をして、しばらくすると、何かひらめいたかのように深く頷き、悠也に
「先輩、キスをされないように女子から逃げてるんですよねぇ~! って事は、今私と先輩の二人っきりだし、私が先輩の唇貰っちゃおうかなぁ~」
と、麻奈美は顔をニヤっとさせて言った。
「な……何を言ってるのかな……真奈美ちゃん……」
悠也は、危険を察知し一歩後退りした。
「先輩~、後退りしなくてもいいじゃないですかぁ~、先輩とキスしたら願いが叶うんでしょ? なら、私の願いを叶える為に先輩! 犠牲になって下さいね」
「な、何言ってんのかな? 麻奈美ちゃん……む、無理に決まってるよ! 好きでもない人と麻奈美ちゃんだってキスしたくないでしょ!」
「私は、願いが叶うなら構いませんよキスぐらい。むしろ私のファーストキスをあげるんですから先輩が喜んでくれなきゃ。それとも、先輩は私の事嫌いなんですか~?」 「嫌いじゃないけど……僕には、心に決めた人がいるからさ。ごめんね、麻奈美ちゃん」
「えぇ~、何それぇ~! 櫻井先輩、今どきそんな純情君は流行りませんよぅ~」
「い……いいんだよ、僕は、最初は好きな人とがいいから」
「駄目ですよぅ~。そんな言い訳は、私には通用しませんから。櫻井先輩がどうしてもって言うんならこっちにも考えがありますよ」
「な、何かな? 麻奈美ちゃん……」
と、悠也は麻奈美の顔を見ると、麻奈美はニヤっと笑みを浮かべていた。 「いえいえ、ただ」
と、麻奈美は、白衣の中に手を入れた。そして次の瞬間、麻奈美は白衣をバッと広げてみせた。
一方その頃、咲たちは、家庭科室に来ていた。 「あ~あ、やっぱここにも悠也くんいないんだ」 咲は、ますます悠也を見つけれない事に落ち込んでいた。
「あのさ~、咲。さすがに家庭科室には櫻井くんは来ないんじゃないかなぁ~」
と、結花が言うと
「だって、手当たり次第捜さないと悠也くんに会えない気がして……」
「そうかもだけど……さすがに手当たり次第で捜してたら会えないって……ちゃんと櫻井くんが行きそうなとこ捜さなきゃだよ、咲」
「分かってるよ、もう、いいわよ。どうせ見つからないもん。ここに来たのも私ジョウロを取りに来たんだもん」
と、咲はハブてた。
「はいはい、で、ジョウロを何に使うのよ」
と、結花はため息を一つついて言った。
「別に、何でもいいじゃないの。結花、もう家庭科室には用もないから行くわよ」
と、言って咲は家庭科室を後にした。
咲がハブてて家庭科室を後にした頃、悠也は、麻奈美の白衣の中に隠してあった試験管の数にびっくりしていた。ざっと、三十本はあるだろう試験管の中には色とりどりの液体が入っていた。
「ま、麻奈美ちゃん……何でそんなに試験管を持ってるのかな……しかも、全部液体も入ってるみたいなんだけど……」
「櫻井先輩~、また、実験台になってもらってもいいですかぁ~? ちょっと爆発するかもしれないけど大丈夫ですからぁ~」
「ば……ば……爆発するの? ま、麻奈美ちゃんそんな笑顔で言われても困るよ……爆発するような実験だったら……実験台にはなれない……」
「え~、じゃ、櫻井先輩私とキスしてくれますか?」
「いや、だからそれは……」
「じゃ、実験台になってもらいます」
と、言って麻奈美は試験管を一つ手に持った。
「うわぁ~、ちょ、ちょっと待って麻奈美ちゃん! 僕には、選択肢ってものはないのかな……? どっちも無理って言うのはダメ……かな?」
怯えた表情を浮かべている悠也に対して麻奈美は、冷たい表情で悠也を見つめて
「ダメです。キスが実験台かしか選択肢はありません」
と、答えた。
「そ……そんなぁ~」
「さぁ、櫻井先輩どっちにしますか?」
麻奈美は、少しずつ悠也に近づいていく。
「わ、分かったよ……爆発で痛い思いするくらいならキスの方がマシだから……麻奈美ちゃんとキスするよ……」
悠也は、観念し麻奈美に言った。
「そうこなくっちゃ~、櫻井先輩! では、早速しましょ」
と、麻奈美は試験管を白衣の中に戻し悠也の目の前でキスの体制に入る。 「麻奈美ちゃん、ちょっと待って、まだ心の準備が……」
「櫻井先輩、女の子を待たすのはダメですよ。早く~」
「分かったよ……じゃ、麻奈美ちゃん、目を閉じて……」
「はぁ~い」
麻奈美は、言われた通り目を閉じた。
「じゃ~、いいって言うまで目を開けないでね」 悠也は、麻奈美の背中に手を回し麻奈美を抱き締める。そして、次の瞬間「ごめんね、麻奈美ちゃん。やっぱりキスは無理だよ」
と麻奈美の耳元で言って 麻奈美から離れ一目散に走って逃げ出した。
「もう、櫻井先輩のバカぁ~」
麻奈美の悔しがってる声を遠くに聞きながら悠也は、何とか唇を守る事が出来た。