2. 剣道少女現る
悠也の前に現れた女の子は、悠也もよく知る女の子だった。
女の子は、黒く長い髪の毛を後ろで結び、ポニーテールにしている。そして、剣道着に身を包んでいた。女の子は、悠也と同じクラスメートの早乙女蘭子。蘭子は身構える悠也にゆっくりと間合いをつめていく。
「早乙女さん……? ど、どうしたのかな? 目が怖いよ……」
「櫻井どの……何故にげようとしている? 私は、ただ、櫻井どのに用があるだけなのだが……」
「よ……用事ねぇ~、何のかな? 竹刀まで持って……」
「私は、剣道部員で武士のはしくれだから、竹刀を持ってて当然だろう」
「そ……そうなんだ……で、僕に用ってなんなの?」
「じ、実は私には高校を卒業する前までに果たしたい夢があるんだ」
「え~と、それが僕に何か関係があるのかな?」 「もちろん。私は、この日を待っていたんだ。このイベントでラッキーボーイにキスをすれば何でも願いが叶うって事だから……」
「や、やっぱり……それで、僕を探してたの?」
「うん、探してた」
「そ、そっかぁ~」
悠也は、ゆっくりと後退りした後、その場を立ち去ろうと踵を返す。
蘭子は、逃げようとしている悠也に対して、竹刀を向け
「櫻井どの、話は最後まで聞いてほしいものだな。話の途中に逃げようとするのは、武士の風上にもおけぬよ」
「武士って言われても……分かったよ、最後まで聞くから竹刀下ろして」「ありがとう、櫻井どの、では、私の夢を教えてあげよう。見ての通り、我が高の剣道部は、男子は全国制覇して天下統一をしている。しかし、女子に至っては、全国制覇どころか、全国大会にも進めず事態なのだ。私は、全国制覇をして天下統一をしたい! だが、どうしても強くなれない。そして、私は女子部員と一緒に考えて、結論に達した。それは、今日のイベントのラッキーボーイの唇を部長である私が奪えば願いが叶うと! だから、櫻井どの! ここは、私の夢を叶える為に私とキスをしてくれまいか。私は、男子とキスするのは初めてなのだ。恥ずかしいが、櫻井どのなら構わない。よろしく頼む、櫻井どの!」
「やっぱり、早乙女さんも自分の目的の為に参加してるんだ。本当にキスしたとして叶うかどうかも分からないのに……」
「ああ、私は、自分の夢が叶うなら手段は選ばぬよ」
「僕ならこんな訳の分からないイベントに自分の夢の為をかけたりしないよ。夢は、自分で努力して掴み取らなきゃ意味ないと思うな。だから、はい、そうですかって早乙女さんにキスなんか出来ないよ……」
「櫻井どの……分かってもらえぬなら仕方ない……ゴメン」
蘭子は、素早く竹刀を振りかざし悠也の頭に竹刀を叩きつけた。
悠也は、蘭子の素早い動きについていけず竹刀をまともに受けて気絶してしまった。
悠也が目を覚ましたのは、頭に竹刀を受けてから数十分たった頃だった。悠也は、まだ痛みが残っている頭に手を置き辺りを見渡す。だが、悠也が今いる場所は倒れた場所ではなかった。
「ここは……何処? 僕、グラウンドにいたはずだったような……」
その時後ろから不意に
「櫻井どの、目覚めたのか」
「さ、早乙女さん? ここは、何処?」
「ここはな、我が女子剣道部の部室だ」
「部室? 何でこんなとこに?」
「櫻井どのは、こうでもしないと私とキスをしてくれまいと思ってな。気絶させて部室へ連れ込んだのじゃ」
「だから、早乙女さん……自分で努力して頑張らなきゃ、キスしたとこで何も変わらないし……早乙女さんだって、初めてのキスは好きになった男子としなきゃ、後悔するよ……ね、だから諦めてよ」
「櫻井どの……私の初めての相手は、おぬしでも構わぬよ」
蘭子は、悠也の肩を掴み強引にキスをしようと唇を近付けて来る。
悠也は、咄嗟に顔を背ける。
「櫻井どの、顔を背けるな。私を見てくれ」
と、顔を掴まれ悠也は身動きとれなくなった。
一方、その頃咲と結花は、先程まで悠也がいたグラウンドに来ていた。
「咲~、どうしたの? 急にグラウンドに来て」
「グラウンドに行けば悠也くんに会えるかなと思って……」
「咲、櫻井くんはラッキーボーイ役なんだよ。こんな目立つとこにずっといるわけないじゃない。今頃、どっかに隠れてるか逃げてるかしてるわよ。キスされてなきゃいいけどね」
「結花はぁ~、何で私が凹むような事いうかなぁ~。まだ、グラウンドにいるかもしれないじゃない」
咲と結花はしばらくの間グラウンドを歩きながら悠也を捜した。
しかし、悠也が見つかる訳もなく、咲は
「もう、悠也くんったら何処にいるのよぅ~。悠也くんと一緒にいれない文化際なんて楽しくないよぅ~」
と、肩を落とし嘆いた。
その頃、悠也は大ピンチに陥っていた。悠也は、蘭子に押し倒され今、まさに蘭子は悠也の唇を奪おうとしていたのだ。
「さぁ、櫻井どの。もう観念して私にキスをしておくれ」
「ダメだよ。早乙女さん! 無理だよ。僕は、最初のキスは好きな人としたいんだ。お願いだから辞めてよ」
「櫻井どの、まだそのような戯れ事を言うのか」
蘭子は、悠也の顔を見ると、悠也の顔が真剣な表情になっているのに気付いた。
「早乙女さん。お願いだよ。僕は、今日好きな人に告白する為に来たんだ。だから早乙女さんとはキス出来ない……」
「櫻井どの……だが、私の夢を叶える為に」
「だから、自分の力で勝ち取らないと後悔するよ。早乙女さんが、自分の力で勝ち取れるよう応援するからさ」
「さ、櫻井どの……仕方ない、今日は私の負けだな……分かった。もうキスしないよ。その変わりしっかり応援してよ」
「うん、約束するよ」
蘭子は、悠也から離れて 「私も、櫻井どのの夢を応援してあげよう。今日、必ず告白を成功させるのだぞ」
「ありがとう、早乙女さん!」
そして、悠也は、蘭子の元を後にした。蘭子は、悠也の後ろ姿を見つめながら
「櫻井どの……いや、悠也どの、私はおぬしが好きになったかもしれないな。頑張れよ……」
蘭子は、自分の胸に手を当て呟いた。