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Checkmate  作者: 柳乃 晟
異端騎士
9/13

008   満月の夜に

 ――昔から言い伝えられてる都市伝説があった。


 それは、神隠し。


 実際に体験したという発言も目撃証言もないのだが、いつしか此の世界で広まっていった都市伝説。

 詳細は多少差異はあるのだが、どれもこれも突然人が消えたという知人の証言によるものが多い。

 街外れ――例えば魔物が現れる場所での事ならばそれは魔物の仕業になるだろう。

 街の中でも人気がない場所で起こったならばそれは人の所為になるだろう。


 だが、此の都市伝説は違う。


 一瞬の出来事なのだ。

 その人間を視界から外した瞬間突如消える。

 先程までは確かに居た筈なのに、一瞬で消え去る。

 誰も消える瞬間は見た事がない。

 故に――神隠しと呼ばれている。

 それ以外にその現象を指す言葉を人々は持ち合わせていないのだから――



*****




 アンブレイには中間試験という物が存在する。

 試験の結果は大々的に生徒の目に付く場所に張り出されトップからビリまで細かい順位が皆の目に届くことになる。

 又、分野毎にも順位が割り出され、学問、剣術、魔法、そして総合と四つの順位が出されるのだ。

 偏る人物が居れば全てが平均的になる人物等、多種多様な角度から生徒達の成績が判る仕組みになっている。


 何故そうしているのか。


 ひとつ、一目で各分野の優秀者が判るという利点から。

 ひとつ、生徒間の競争心を(あお)る為。

 ひとつ、生徒自身が己の得意、不得意を見つけ易くする為。

 ひとつ、――白服選考の参考にする為。


 そういった理由から試験の結果は公開される事になっている。

 だが、全ての生徒がそれを好意的に感じている訳ではない。

 勿論不満を漏らす者も存在する。

 ――ミリア・フローレンスもその内のひとりだ。


「はあ、なんで試験の内容を公開したりするんだろ。」


 ひとつ、溜息を漏らす。

 暫くしてもうひとつ。

 そして此れが最後だとばかりにもう一度大きな溜息を吐いて自室の窓から見える月を見詰めた。


 中間試験まで後、二週間。


 今日の授業も試験対策といった感じだった。

 アルト達に試験対策は楽しくないといった旨を伝えれば。


「授業中に試験の内容を少なくとも教えてくれてるんだ。何も言われずに当日を迎えるよりも良心的だと思わないか?」


 と茶色の眼を鋭く光らせ(とが)める様な視線で、――声色(こわいろ)は優しく問い掛けてきた。

 そんな事を言われたら何も言えない。

 ミリアはそーだよねー、と乾いた笑いを浮かべながら同意する事しか出来なかった。


 頭では判っている、判っているのだ。

 只、判っていても納得してくれない己の頭に嫌悪感を覚える。

 自分の事は自分が判ってるんだ。

 自身はあの面子の中では平凡な存在だという事を。

 慎やフェイには剣術がある。

 クライスには魔法。

 アルトには学問。

 だが、ミリアは平凡なのだ。


 学問は悪い。

 魔法も上手く扱える訳でもないし、剣術は普段扱ってる得物の違いから得意ではない。

 大鎌と剣の最大の違いは何よりもリーチの差だ。

 大鎌のほうがリーチが長い分、いつもの調子で剣を振り回したら相手に当たらず(くう)を切る羽目になる。

 格下相手ならばリーチ差に気を遣いながら戦う事は可能なのだが、同等以上の相手となったらそんな余裕等ない。

 故にクラスでの自身の戦闘能力は実力には見合っていないほど下に位置付けされている。

 フェイ達等、ミリアの事情を知っている者達は仕方がないと同情出来るのだが他の知らない者達はそれをミリアの力だと認識するだろう。

 腕の立つ者であれば気付くかもしれないが剣術には関係ない。

 魔法を使って剣を大鎌状態にすれば問題ないのかもしれないが残念な事にミリアにはそんな技術はない。


 ――自分の平凡さに頭を抱えたくなる。


 むしろここまでくると平凡にさえ達していない錯覚に陥る。

 そんな感覚に襲われれば再び口から溜息が漏れた。


 今までは如何とも思っていなかった。

 だけど、高校に入って環境が変わって"a heretic"《能無し》達と触れ合って。


 ――()と出逢って、変わった。


 己の抱いてる感情が何なのかミリア自身には判っていなかった。

 というよりも、自覚していない無意識下の感情なのだが。

 それでも、多少なりとも影響を与えるまで自分の中で育っていた。


 此れは置いて行かれたくないという焦りなんだろう。


 自身の周りがあまりにも非凡過ぎて置いていかれる感覚に襲われる。

 手を伸ばしても届かないような位置に自分の友人達は居るのだ。


 間違いなく剣術、学問、魔法の三分野に自分の友人達が上位に名を残すだろう。

 では、自分はどうだ? と考えれば答えはいつもノー。

 自分では上位には入れない、これは確信を持って言える。

 今からの努力じゃ友人達と同じ位置には立てないだろう。


 ――付け焼刃も良い所だ。


 それどころか刃にすら成り得ない。

 それだけの差が自分と彼等には存在しているのだ。


 ――はあ。


 今日何度目になるか判らない溜息を吐いて視線を月から外す。

 結局悩んでいたって何も変わらないのだ。

 ならば少なくとも前へ進もうと思う。

 少しでも彼等の遠い背中へ近づける様に。


 小さい小さい一歩を。


 小さい小さい努力を。


 そうしなければ。







 ――()と並んで歩く事が叶わないのだから。













*****



 ミリアが悩んで頭を抱えてる頃、丁度クライスも自室で頭を抱えていた。

 同じ行動であるが原因は全然違う。


 クライスの魔法力は意外な事に高い。


 高校入学以前に既に呪文は扱えるようになっていた。

 独学ではあったが、それは自身の才能なのだろう。

 比較的スムーズに習得することが出来、その才能に溺れていた事もあった。

 ――だが、溺れる期間はそんなに長くは続かなかった。

 自身の才能を持ってしても決して届かない域に存在する人物に出逢ってしまったからだ。


 クライスが呪文を習得したのは齢五歳。


 この数字は相当早い数字であり、周りからは天才と呼ばれるには十分な数値だった。

 十代になる頃には術式も扱えるようになっており天才の名を成すがままにしていた。

 そして此の頃から自身の才能に酔いしれ出した。

 人を見下すといった性格の歪みこそ出なかったが、魔法に関しては誰よりも優れているとそう思った。

 そう――勘違いしていた。


 小学をそろそろ卒業するといった時期に彼は出逢ってしまったのだ。

 自身の勘違いに気付いてしまう人物に。


 その人物は自分と同年代であるにも関わらず騎士団の術者クラスの存在だった。

 彼女(・・)は小学を卒業すると共に騎士団入りを果たした。


 何故自分ではなく、彼女が?


 その思考が巡った時、最早止まる事が出来なかった。

 彼女を倒して自分の力を世間に認めさせる!

 その思考しか働かなかった。


 結果、クライスは手も足も出ない完敗を喫した。


 そしてその時悟った。

 嗚呼、自分はなんて弱いのだろう、と。


 それでも、魔法を磨く事は辞めなかった。

 むしろ敗れる以前より力を入れるようになった。


 いつかまた出逢った時にリベンジを果たせるように――


「あー…」


 頭を抱えた状態でクライスはそんな声を上げた。

 クライスの悩みとは魔法の事――とは全く関係のない事である。


 ここ最近少しでも暇が出来るとこうやって頭を抱えたくなる面倒な思考だ。


 このままでは試験に影響が出るのでは? と違う方面へ悩み事が発展する事も少なくない。

 全くもって厄介な事だ。

 クライスはそう己の中で呟くと外へ視線を移した。


 そこには雲ひとつ見えない綺麗な空にぽっかりと穴が空いているかのように見える綺麗な満月の姿があった。



******



 ブン! ブン! と風を切る音が響いた。


 二週間後に迫った試験へ向けて鍛錬する時間を増やした。

 素振りをして強くなるのなら苦労はしない――昔はそう思っていたが何よりも大事なのは基礎なのだと今では思っている。

 フェイは女性である為筋力が男性に比べて圧倒的に足りない。

 それでも、自身には剣しか誇れるものがなかった。

 そう、フェイは剣しかないのだ。


 初めて剣を握った時の事は覚えていない。


 気が付いていたら毎日握っていた。

 なんで? と疑問に思った事は少なくない。

 だが年を重ねる毎に剣が己の全てなのだと思えるようになってきた。

 そして力を得た事によって此の力をどう扱おうか、悩むようになった。


 自慢ではないが同年代相手には負けなしだ。

 それ故に自身の力を盾に独裁的な真似もする事だって可能だと思った。

 幼い頭ながら本能でどう悟っていた。


 だがそれをする事はなかった。


 それよりも先に自身の力の使い方を見付けたからだ。

 ――幼馴染であるミリアとクライスの存在。

 此のふたりが居たからこそ自分は全うな道を進めたのだと理解している。

 本人たちは気付いていないだろうし、自身も口に出した事はない。

 だが、事実はそうなのだ。


 初めて力の使い道に気付いたのは齢五歳の時。


 呪文を習得した事でクライスを見る周りの目が変化し出した頃だ。

 クライス本人は気付いていないし、フェイは気付かないでいいと思っている――そんな事件が起こった。

 クライスを妬む人間達によって彼を集団で襲おうという計画が水面下で繰り広げられていた。

 こんな言い方をすると大袈裟に聞こえてしまうのだが首謀者は自分達と同い年な為、簡単に言えば集団イジメをしようというものだ。

 魔法が使えるからといって接近戦で集団で襲い掛かってしまえば負ける筈がない、そういった考えで帰り道のクライスを襲おうという計画。

 それを偶々フェイは耳にしてしまった。


 ――その時フェイは気付いた。


 嗚呼、自分の力は此の為に存在してるのか、と。

 その計画の決行日、フェイはその集団をひとりで相手にする事になる。

 十数人をたったひとりで――


 結果、フェイは無傷で勝利した。


 その結果にはフェイ自身が一番驚いた。

 良くて相打ちだろう、と思っていたのにここまで周りと差があるという事に。

 そしてその時、邪な考えが脳裏を()ぎった。


 同年代の人間を支配出来るだけの力を自分は持っているという考えが。


 だが、その考えはすぐ否定する事になる。

 そんな事をしてあのふたりと今まで通り接する事が出来るのだろうか。

 そう思考が巡れば何を馬鹿な事を、と鼻で笑ってすぐさま忘れた。


 あたしはふたりを守る騎士になれれば良いや。


 幼い考えながらも今と変わらない答えに辿り着いた。

 今はその人数が少し増えたが。


「千回、っと!」


 ぷはっ、とその場で息を吐き出して座り込む。

 ちょっと頑張り過ぎたか、なんて苦い笑みを浮かべて空を見上げる。


 そこにはやはり綺麗な満月が存在するのだった――



*****



 シン――と静まった道場のような部屋で座禅を組むひとりの人影。


 明かりは蝋燭(ろうそく)の火と月明かりのみで照らされた簡単な光のみだ。

 慎はここで座禅を組むのを日課にしている。

 理由は特にないのだが黒峰家が代々行っている事で自然と慎もするようになっていた。


 ――とはいえ、ちゃんとした理由がないだけで割りとちょっとした理由は存在する。


 ここで座禅を組んで気持ちを落ち着かせると何故だか感覚が鋭くなっていくのだ。

 アルトも感心していた嗅覚は此の行為によって磨かれてきたものだといって過言ではない。

 ――慎本人は気付いていないが。


 黒峰家は代々剣術を教える剣術道場としてひっそり営んでいた。

 それほど有名な一家ではないが剣の腕前は一級品である。

 ギルハバートの悲劇にも実は黒峰家は参戦していた。

 当時"a heretic"《能無し》は魔法が使えないという理由での迫害はあったものの騎士になれないという決まりはなかった。

 それどころか黒峰家の様に己の力を活かす為騎士として国に使える事も少なくなかった。


 だがギルハバートの悲劇から一転して"a heretic"《能無し》の肩身は狭くなっていった。


 優秀な騎士だった"a heretic"《能無し》も事件以降解雇になった者も少なくなく一部騎士団に残れた者もいたが肩身が狭いのには変わりない。

 元来、此の世界は魔法によって生活が支えられているようなものである。

 日常生活に魔法は切っても切れない存在なのだ。

 その為"a heretic"《能無し》の就職口は限りなく少ない。

 騎士だけでなく色んな仕事に魔力の有無が関わってくるのだ。


 その為幼い頃から"a heretic"《能無し》だという理由で迫害されてきた慎にとっては今の世界は居心地が悪い。

 友人が居ないという訳ではないが数少なく、又深い関係ではない。

 普段明るく振舞っているが心の中では常に暗い闇のようなものを抱えて生きてきた。


 だからミリア達が自分達を庇ってくれた事に慎は複雑な心境を覚えた。


 最初は感謝しながらもどこか疑っていた。

 "a heretic"《能無し》を庇っても良い事等ないのだ。

 自身の生きてきた時は長くはない、が今までの自身の経験から言ってろくな事などなかった。

 そもそも庇う理由が見当たらない。

 そんな捻くれた見方しか出来ないほど世界は慎に優しくはなかったのだ。


 騎士を目指そうと思った時の事は今でも覚えている。


 自分達を見下している此の世界を見返してやろう、そう決意した。

 騎士になって功績を挙げて見返してやる、と。

 最初はそんな不純な動機だったのだ。


 ――最初、というよりここ最近までは、だ。


 高校に入って同じ"a heretic"《能無し》であるアルトと親しくなり今までの人生で得られなかった親友を手に入れた。

 そしてミリアやフェイ、クライスといった友人も手に入れた。

 そういった事により不純だった動機が最近変わりつつあるのを感じた。


 こいつ等と一緒に騎士になって、一緒にいたい。


 そう思うようになっていった。

 今の慎には世界の事など眼中にない。

 見返すや守るやそういった感情はない。

 ただ、初めて出来た自分の仲間達との時間をより多く得たい。

 それだけなのだ。


 フッ、と蝋燭の火が消えた。

 それに気付きまるで銅像のように動かなかった慎が眼を開く。

 暫し火の消えた蝋燭を見詰めれば腰を上げる。

 足はそのまま道場の出口へ。

 ――ガラッ、と扉を開けば目の前に写ったのは綺麗な綺麗な満月。


「――、綺麗だな。」


 それだけ呟けば暫しの間月を眺めるのだった。

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