007 白服と喚ばれる者
実の父親に宣戦布告をして数日が経過した。
あの後、幸人は複雑な表情を浮かべて去っていた事がアルトの中では引っかかっていたが、あまり気にしないよう頭の片隅に片付けた。
そんな弱さを持ってはいけない、アルトの出した答えはそれだった。
入学してから数週間という日が過ぎアルトや慎が"a heretic"《能無し》だという事は学校中に知れ渡っていた。
騎士候補生が集まると言える当校に"a heretic"《能無し》が入学出来たという事は信じられないニュースであり、人の耳から耳へ渡らせるには十分すぎるものだった。
無論それは同級生の枠で収まるものではない――
「成績は優秀なんですよね。」
「そうですね、少なくとも実技の成績では私以上だと推測されます。」
学校内のとある一室。
用意されている長机を挟むようにお互い向かい合って座るふたりの男女。
生徒会――ではないが、この学校にも生徒による自治会が存在する。
自治会には正式な名称は存在しない。
理由は色々とあるのだが、簡潔に言うと名付けるにもどういう名にしたら良いのか判らない、といった具合だ。
此の学校に在籍する教師の殆どが騎士団関係者であり、学校の経営も騎士団が行っている。
学校という名を冠してはいるが自治やら防衛やらその他諸々の事全てを騎士団が行っているが為、生徒達による完全な自治活動というものはないに等しい。
学生、という身分ではあるのだがどちらかと言えば研修生に近い位置づけな為、そういった権限は持てないのだ。
ならば何故自治会が存在するのか。
それはある種の此れも研修なのである。
教員達の推薦によって選ばれるエリート集団が此の自治会であり、将来人の上に立つであろうと見込まれた者が経験を積む為に学生たちの上に立つ事を許される。
只生徒達の上に立つだけではなく有事の際にはその権力を使う事も許可されている。
権力の重圧や重要性、それを私利私欲の為に使わない等と言った他の生徒達とは違う、上に立つ者の心構え等を育む事を目的とした特殊な集団であった。
此の自治会に参加が決まると一般の生徒との立場の違いを形で表す為に特別な服を用意される。
普段一般的な生徒達が身に着けているのは制服であり、黒を主にしたブレザー型の制服である。
だが、此の自治会の人間の服は白を主に扱っている物である。
形としては一般的なブレザーの色違いという単純な物ではあるが、身に着けた者とそうでない者では地位や実力にかなりの差があると思っていい。
それだけこの白服を着た者は優秀なのだ。
そしてその白服を身に纏った人間がふたり、自治会専用の部屋でアルトと慎の事を話していた――
「ふむ。アイザード君より優秀となると…なかなかの強者ですね。」
アイザードと呼ばれた緑色の髪をした優男は苦い笑みを零した。
顔や身に纏う雰囲気は確かに優男なのだが、白服を纏っていても判る程、彼の肉体は強靭なものであった。
「ええ。認めたくはないのですが、授業の感じを見る限りでは黒峰の実力は私より上かと。」
「そうです、か。――学問の分野では間違いなく緋色君が学校内で一番優秀でしょうし。」
ふーむ、と悩ましい表情で腕を組み悩む。
その表情を見てアイザードは驚きの表情を浮かべ。
「隊長よりも上だと言うんですか?」
自分よりも上の立場である"隊長"に疑問を投げ掛ける。
――便宜上、自治会にも階位が存在しており上に行けば行くほど騎士団の期待度が判る仕組みになっている。
一番上は隊長、その下に副隊長が存在し後は隊長によって多少アレンジを加えた位が存在するのだ。
実質、騎士団が期待しているのは隊長と副隊長で、その下の者は成績優秀者なだけといった具合に評価が格差されている。
副隊長以下の人間の位はその時その時の隊長が自由に決める事が出来、中にはユニークな名を付けた者もいる。
余談ではあるが昔はパンダ組、キリン組、ゾウ組と名付けた者が居て騎士団員の頭を抱えさせた者も居た。
因みに現隊長は一番から三番まで組という枠を作り、それぞれに組長を立てる事で組織の情報伝達を軽量化させている。
又、組織の有事の際の労働の効率化を考え一番、二番、三番には別々の役割を与えていた。
「私よりも上ですよ。彼の知識は既に学生レベルじゃありません。」
アイザードの問いをバッサリと一言で切り捨てれば。
「…緋色君も黒峰君も、後は数人ですが今年も優秀な方が入学してきたようですしね。私達"白服"もうかうかしていられませんよ。」
「…ええ。"a heretic"《能無し》のふたりは魔法が使えないというハンデがあるのでそれぞれの専門分野外では私達の足元には及ばないでしょうが…」
「それでも、他の人達はそのハンデがないんです。彼等以外にも注意する事を忘れてはいけませんよ?」
何れ白服に選らばれる者も出てくるでしょうから、何事も情報は大事なんです。
隊長はそれだけアイザードに言い付けると席を立ち、部屋を去った。
「隊長でもやっぱり焦るところがあるんだろうなぁ……」
アイザードは隊長の去った誰も居ない教室でひとりそう呟くのであった。
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「……なあ、アルト。」
「なんだ?」
「コレ、どうやってもどう考えても無理じゃね?」
「……ああ。」
校庭の隅の隅、"a heretic"《能無し》のふたりは魔法実技の時間の為目立たぬよう此の場所に逃げてきた。
「まあ、コレが基礎なんだろうけどよ。俺達にはレベルが高すぎるっつーの!」
「そうだな。」
「御前の魔法でどうにかしてくれよ。」
「…冗談でも笑えないぞ?」
悪ィ悪ィ、と苦笑しながら謝る慎を横目にアルトは今起こってる現実に視線を戻した。
「うわぁぁあああああ!」
ドーン! と鳴り響く爆音の発生源で何人かの生徒が吹っ飛ばされた。
「あーあ。魔力の練り合わせに失敗したなありゃ。」
慎がそう呟くと違う場所で魔力が暴走する気配を感じ其方に視線を移す。
すると暫くの間が空いて悲鳴と共に又爆音が鳴り響いた。
今は呪文の基礎を学んでいる最中である。
呪文を扱う為にイメージと魔力とマナが重要なのは周知の事実だが実際言葉で言うほど簡単なものではない。
才能のある者ならば簡単に習得出来るが、才能のない者は長期に渡り鍛錬を重ねなければならない程のものだ。
今アルト達の目の前で起きている魔力の暴走はそういった才能のない者達が起こしている現象である。
イメージをし、魔力とマナを練り合わせる。この段階で魔力の配分に失敗するとこういった現象が起こる。
呪文程度では致命傷には至らないが、此れが術式になると命に関わる。
その為、それが起こらないよう呪文で練り合わせる基礎を学ぶ必要があるのだ。
「そういえば慎は魔力の波動を感じることは出来るのか?」
「俺? んー…、滅茶苦茶集中すれば微かに、って感じだな。アルトは?」
「結構普通に感じられる。」
「マジか!? うっわー…又アルトとの差が広がったぁ……」
そんな大袈裟な、と笑うアルトにむすっとした顔で拗ねる慎。
「けど、魔力を扱えないのによくもまあ、そんな真似が出来るなあ。」
「俺の場合は少し特殊な事をしてるからな、少し敏感になってる。」
「ああ、なるほど。」
慎は魔道具について詳しい知識は持ち合わせていない。
だが、持ち前の鋭い嗅覚でアルトの言わんとしてる事を殆ど正確に理解する事が出来た。
――魔力の波動を感じる、という行為は魔力を持たない"a heretic"《能無し》にはかなりハードルの高いものになってる。
自身にない物の為、鍛えるにしても魔力を持っている者の傍で常に気を張って集中しなければならない。
一朝一夕で、ましてや数ヶ月単位で出来るようなものじゃあない。
「俺も魔力があれば自分の魔力で魔力の波動を覚える事が出来るのに。」
「無い物強請りをしても仕方がないだろう?」
アルトの言葉に「まあな」と言葉を返しドーン! と響く発生源へ視線を移す。
そこには吹っ飛ぶフェイの姿があった――
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「いや、あれは見事な飛びっぷりだった。」
帰り道、最近の恒例となりつつあるお茶会をすべく行き付けの喫茶店へ足を運んだ。
その喫茶店で今日の魔法実技の話になり、アルトがそんな事をフェイに言った。
「アルト君! 人の不幸を楽しむなんて最低だよ!」
「不幸? 俺達なんか吹っ飛ぶ事さえ出来ないんだぜ? そんなのまだまだだな。」
「いや、黒峰君。それ胸張って明るく言うような事じゃないよ……」
いつにも増してわーきゃーわーきゃー騒ぐ最早常連と呼ぶに相応しい学生達に視線を向けクスリと笑うマスター。
彼等が来てから此の店も明るくなったものだ、と心の中で喜ぶ。
「そーいえば授業中ふたりの姿が全然見えなかったけど、どこにいたの?」
キョトン、と首を傾げてふたりにミリアが問い掛ける。
「校庭の隅の隅。教師の死角になるところでのんびりしてた。」
「俺達には魔法が使えないからな。いつもどう過ごそうか悩んでるんだよ。」
堂々とサボってます、と発言するふたりに深い溜息を吐いたのはクライス。
彼は根が真面目なのであった。
とはいえ、彼等の境遇を考えると表立って怒る事も出来ず仕方ないと自分に言い聞かせる事で冷静を保つ事にした。
「……真面目だなクライスは。そんな性格でよくあのふたりと居られるな?」
クライスから漏れる溜息が耳に入ったアルトはその溜息の真意をしっかり理解し、そんな言葉を掛ける。
他の人間にはクライスの溜息は勿論、アルトの声も聞こえない程、サボる時便利な場所談議で盛り上がっていた。
「……緋色君がそういうタイプだとは思わなかったよ。まあ、真面目だからこそ馬が合う部分や一緒に居て楽しい部分があるんだけどね。」
前半はアルトの問いには全然関係ない内容だったが、苦笑しながらクライスは言う。
その言葉に「ああ、なるほど。」とだけ後半の部分に理解を示すと。
「どっちか気になってたりするのか?」
ぶーっ! といつぞやの慎のように自身が口に含んでいたコーヒーを盛大に噴出し。
「な、何を言っちゃってるのかな! このひひ人は!」
と盛大に裏返っちゃったり噛んじゃったりと無残な言葉を大音量で叫んだ。
それを見て満足そうにくすくす笑うアルトを余所に何事かと視線を送る他の三人。
その視線に気付き顔を真っ赤にして「なっ、なんでもないよっ!」とだけ言うと静かに俯いた。
「緋色君がそうゆう話を振ってくるような人だとは思わなかったよ……」
「おいおい、さっきからそういった発言が多いぞ? 少し俺の認識を改めたほうが良いな。」
「…そうしておくよ。」
はあ、と落胆の表情を浮かべクライスは肩を落とした。
「ん? どーしたの、クラちゃん。」
そんなクライスの反応を偶然視界に捕らえたミリアは首を傾げながら問い掛ける。
別になんでもないよ、と言葉を返すクライスであったがその顔はどこか疲れているようだった。
「具合が悪いんだったら早めに帰ろ?」
そんなクライスの表情を見て具合が悪いんだろう、と誤解したミリアはそんな言葉を続ける。
それを耳にした他のふたりも「大丈夫?」と声を掛けながら心配そうにクライスの顔色を伺う。
「いや、本当に大丈夫だから。緋色君に弄られてただけだし。」
ははは、と乾いた笑みを浮かべ我関与せずといった具合にコーヒーを飲んでるアルトを巻き込む。
――予想外の反撃にコーヒーを飲む手がピタッと止まる。
「何? アルト君、クライスで遊んでたの?」
「別にそういう訳じゃないが……。」
「じゃあ、いじめてたの?」
「アルト、虐めはよくないぜ?」
「……クライス。俺が悪かった。」
どことなく居心地が悪くなってきたので、早々にそう言ってアルトはクライスに頭を下げる。
その行動を見て満足そうな笑みを浮かべれば「気にしないで」とアルトに声を掛ける。
……なんでこんな事に。
アルトはそう思ったがそもそもが自分の蒔いた種であり、クライスで遊んでいた自分が悪いのだ。
何も言う事が出来ず返す言葉も見付からないという、珍しい事態に陥った。
「……ところで、アルト君も慎君も|あの後大丈夫だったの?《・・・・・・・・・・・》」
会話が途切れ、少しだけ間が空いた時少し声を潜めてフェイは気になっていた事をふたりに聞いた。
此の場にいる五人の内、尾行に気付いていたのは此の三人であり事の顛末を知らないのはフェイだけであった。
そんなフェイの質問に慎がなんて返したら良いのだろう、と悩んでいる時に。
「ああ、予想通りだったよ。」
と、アルトは何気なく返答した。
アルトにとっての予想通りとはヴァンが尾行していたという事を指しているのだがフェイにとっては違う。
フェイにとっての予想通りとは"a heretic"《能無し》であるふたりを快く思ってない者の犯行だという事になる。
勿論、アルトはそう解釈してくれると思ってこう返答した為、何も問題はない。
「やっぱり、そうゆう人達かぁ……。」
クライスとミリアは何の事だかさっぱり判らない会話を繰り広げられ首を傾げているが三人の醸し出す微妙な空気を察してあまり好ましくない出来事があったんだなと理解する。
慎としてはなんとなく嘘を吐いた様な気がして申し訳ない気持ちになっているのだが、別に嘘は言っていない事も判っている。
只、事が事だけに素直に言えない事を慎は歯痒く感じていた。
とはいえ、アルトにもそういった感情がない訳ではないので機会が出来たら本当の事を話そうと考えていた。
そういった旨を目で慎に合図すると判ったとばかりに軽く微笑む。
――そのやり取りを偶々ではあるが又目敏くミリアが見掛けると。
「んー? なになに? アイコンタクトなんかしてー」
怪しいなぁ、なんて言ってきたミリアにふたりは又目を合わせて苦笑するのだった。