004 クラスメイト
剣術の稽古を再開してから三日が経過し、それなりに腕は戻しつつあった。
別に元が悪い訳じゃない上に剣術を怠けていただけで戦闘実技まで怠けていた訳でもない。
まあ、それでも全盛期に比べればまだまだなのだが。
「お、アルト!おはよーさん!」
ふう、と息を吐きながら今朝の疲れを癒そうと軽く首を回していたところに慎が現れた。
朝から元気だな、なんて事を思いながら挨拶を返すとふたりは並んで校舎へと向かった。
「それにしても、昨日は驚いたなー。」
「……ああ、そうだな。」
俺、あんなの初めてだぜ?なんて頬を緩めながら慎は言う。
それを見て、同意の意を込めてアルトは頷く。
そこへ――――――
「おっはよー!ふたりとも!」
ドーン、とふたりは背中を押され僅かによろけ。
そして、バッと後ろを振り返る。
―――――その表情には驚きを乗せて。
「おー。なになにふたりとも、驚いっちった?」
ふたりの視線の先――――そこには、あははー。なんて暢気に笑うひとりの少女の姿が。
彼女は昨日初めて会話をしたクラスメイトのひとり―――ミリア・フローレンスである。
少々小柄な体系にお世辞にも同級生とは思えない外見だ。
だが、外見は悪い訳ではなくサラサラの金髪に幼くも可愛いと称される顔立ちは、彼女の笑顔と相乗効果によって見てるだけでどことなく癒される。
まあ、行動は活発的であり、可愛い女の子というよりもお転婆少女といった具合だが。
「そりゃ驚くだろ。昨日の今日でそこまでフレンドリーに接してきたら。」
未だに開いた口が塞がらない状態で慎は言う。
「いやいや、元々あたしはふたりの事気になっててさー。昨日のアレで近付けたのが嬉しくって。つい、ね。」
えへ、とミリアは笑った。
「……気になってて、か。"a heretic"《能無し》に対して面白い事を言うな。」
「ぶーぶー。その言い方良くないよ!"a heretic"《能無し》だろうがなんだろうがあるとんと慎ちゃんは凄いじゃん!そりゃあ気になっちゃうでしょ?」
ふん、とアルトの言葉に今度は胸を張って反論する。
そう言って貰えると救われるな―――と。
アルト達はそう思った。
前日、"a heretic"《能無し》であるが故に起こるべくして起こったと言ったら身も蓋もないのだが――――事実、アルトと慎にとってはよくある日常のひとつが高校に入って初めて起こった。
要は、"a heretic"《能無し》差別である。
魔法が全然使えない、という事実は馬鹿にされやすく見下されやすい。
その上、力がないというレッテルを貼られ弱者の扱いを良く受けるのだ。
故に"a heretic"《能無し》である時点でその迫害を受けるのは珍しい事じゃない。
勿論、アルトも慎も経験済みだ。
だが。
慎もアルトも実は授業が始まってからあまり日は経っていないが魔法以外は優秀なのである。
その所為で"a heretic"《能無し》批判の思想を持った人間としては面白くない事に表立って彼等を批判する事が出来なかった。
ならば、どうするか。
答えは至極簡単だ。―――影からねちっこく。精神的に。
思考回路としては餓鬼だな、とアルトは鼻で笑い。
まだこんな事を考える奴がいるのか、と慎は呆れた。
そんな感じにふたりは相手にする気はなかった。
が、ここでもイレギュラーな事態が起こった。
今までの人生でそんな奴なんて存在しなかったのに、と。
そんなふたりを庇う存在である。
それが今ふたりに絡んでいるミリアであり、ミリアの友人であるフェイとクライスだった。
彼女等は前日、彼等が影から虐められていると知り、真っ向から加害者達に牙を向いたのだ。
アルト達もそうだが、相手も含めクラス全体が驚いた表情で彼女達を見た。
無理もない。庇う、なんてそんな存在は稀有なのだから。
それでも、彼女等は稀有な存在でふたりを庇った。
その事がふたりにとって素直に嬉しかった。
嬉しい――――のだが。
「ミリア。」
「ん?どーしたの?あるとん。」
「その、あるとんってのは俺の事で良いのか?」
「そーだよ?」
あったりまえじゃん!と威張るミリアを見て盛大に息を吐くアルト。
その光景を見て慎は笑うのだった。
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「おっはよー!」
「わひゃ!?」
教室に着くや否や再びドーンと突進するミリアを見てふたりは笑った。
どちらかと言うとその光景に、ではなくその声に、だが。
「ちょ、ミリア!急に突進するの心臓に優しくないから辞めろって言ってるでしょ!」
「へへーん、あたしの気配に気付かないフェイちゃんの修行が足りないんだよ!」
「あんたが辞めれば言いだけの話でしょ!何人の所為みたく言ってんの!!」
「わーきゃーわーきゃーうるさいよ。」
「クライス!あんたからも言ってよ!」
ミリアの突撃に今日こそは、といった感じに食い掛かってるのはフェイ・ノアーク。
背丈はこの歳の女子にしては高く、スラッと引き締まった体系にやや紫掛かった黒髪ロングでミリアとは対照的に大人びて見える。
スタイルも良く、外見も良い美人タイプである。
だが、ミリアと同じく性格上の問題で黙ってれば美人なのに…と言った感想を頂くような感じだ。
そして、そのふたりにやや呆れ気味に言葉を挟んでいるのはクライス・メント。
背丈はアルトと大体同じくらいでアルトよりも細身の優男といった印象を受ける青年だ。
茶髪に顔はそこそこ整っておりモテモテとは言わなくともそれなりに好意を持たれる外見であろう。
性格も面倒見が良く、三人組では彼女等のストッパー的な位置にいる。
「あ、緋色君に黒峰君。おはよう。」
フェイとミリアの口論を早々に諦め、ふたりに気付いたクライスは笑顔を浮かべてふたりに近寄った。
アルトは多少呆れたような笑みを浮かべ、止めなくても良いのか?という意を込めた視線でミリア達の方へ視線を送ると。
「ははは。そのうち勝手に収まるよ。」
と此方は苦笑交じりに返してきた。
「しっかし、お前さんも大変だなあ。」
「ははは…いや本当、この苦労判る?」
「……判らねえけど、同情はするな。」
俺なら止める前から諦めるね、なんて慎が言えば。
「それが正しい行動だと僕も思うよ。」
と、やや真面目な声色で返ってきた。
「まあ、それでもミリアやフェイといると飽きなくて楽しいのも事実なんだけどね。」
「あー。それはなんとなく理解する事が出来るぜ。」
ふっ、とアルトも笑みを浮かべて同意する。
ふたりの行動を見て満足気にクライスが微笑めば。
「ちょっとクライス!何勝手にふたりと話してるのよ!」
ミリアとの口論が終わったのかフェイが話しに入ってきた。
フェイの後ろでは額を押さえて蹲ってるミリアが見えた。
………最終的に殴ったのか。
その姿を見て三人は同じ感想を言葉にせず心の中で思った。
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今日の午前の授業は剣術実技だった。
前回と同じく慎のひとり舞台ではあったが稽古の成果があったのかアルトは前回ほど無様なやられかたはしていない。
それどころか何回か慎の攻撃を避ける事が出来、周りの人間を驚かせた。
「アルト、今日は動きが良かったなー?」
昼休み。
学食で昼食を食べながらそんな感想を慎は呟いた。
「ああ。まだ受け止める事は出来ないが、なんとか避ける事は出来るようにはなったな。」
前回は惨めな事に反応さえ出来なかった訳で。
それに比べると今回は合格点とは行かずともまあまあという評価だ。
「はあ、緋色君は凄いね。僕なんか三人掛かり向かったのに難なく伸されたよ。」
「ん?クライスは後衛タイプなんだろ?なら仕方ないんじゃないか?」
「そうだけどさ。―――でも剣が扱えるとやっぱり見栄えがいいじゃないか。」
「つか、クライスも別に剣術が駄目駄目って訳じゃねえんだからそんなに凹む必要もないと思うぜ?」
「そうかな?黒峰君がそう言ってくれると僕としても気が楽になるんだけど。」
そうは言いながらも、はあ、と溜息が漏れる。
――――そんな事言い出したら俺達なんか魔法を全く扱えないのに。
なんて事をふたりは思ったが口に出すのは辞めた。
さて、どうやって話題を変えようかと悩んでいたその時。
「お、男子組はもう終わってんのー?いいないいなー」
タイミング良くミリアとフェイが現れた。
それぞれ自分の昼食であろうものをお盆に載せて。
「女子は今終わったのか?」
「そうなのよねー。ちょっと手加減すんの忘れちゃってさ。」
ははは、なんて苦笑いしながらフェイはアルトの問いに答えた。
「フェイちゃん、さすがに殺傷力のない武器だけどアレはやりすぎだよ。」
十メートル以上も相手を吹っ飛ばすんだもん。と続いたミリアの言葉にアルトと慎は耳を疑った。
「十メートル以上…?」
「そ。十メートル以上。目測で言うと十メートル五十センチってところかな。」
「飛ばしすぎじゃねーか。…てか、それって本当に女子の力かよ。」
俺とあんまり変わらないんじゃ、といった表情でフェイを見る。
その視線に気付き。
「しょうがないでしょ。昔からびっちりと剣術とか習ってたんだし。多分慎君とその辺は変わらないんじゃない?」
「いやいや、俺と一緒にすんなって。体格全然違ぇだろ?」
「あー。まあ、あたしの場合は力って言うか相手の力を利用してって感じだからどちらかと言えば柔の剣術だからねー。」
相手もそこそこ強かったからこうゆう結果になったんだよ、とフェイはあっけらかんと言う。
それでも納得いかないのか慎は眉間に皺を寄せた状態でご飯を口へと運んだ。
「まあ、実際男子では黒峰君が圧倒的だけど女子ではフェイだろうなー。両方とも僕は手合わせしたけど僕レベルじゃ本当話になんないくらい強いし。」
「そんなに強いのか?」
「うん、少なくともフェイと同じくらい強いって思ったの黒峰君以外出逢った事がない。」
ピシャリ、とクライスは言い放つ。
それを聞いて驚いたのはミリアのほうだった。
「クラちゃんから話は聞いてたけど、慎ちゃんって本当に強いんだー!」
「あたしと同等なんてクライスが言うなんてね…なんで男女別々なんだろ。」
勿体無いなあ、なんて呟けばアルトと慎は苦笑するしかなかった。
「けどまあ、仕方ないっちゃ仕方ないか。」
「そうだよフェイちゃん。慎ちゃんとフェイちゃんが居たらあたし怖くて剣術実技に顔出せないよ。」
「とか言うミリアもあたし以外には負けなしのくせによく言うよ。」
ブッ、とお茶を吹く音がした―――吹いたのは慎だ。
「え?なに?ミリアも結構強いの?」
汚いなあ、なんて顔を顰めるミリアに慎は気にせず問い掛ける。
行儀が悪い、とアルトも思ったがそれはそれで仕方ないとも思った。
外見からして想像しにくい。
「まあ、驚くのも無理はないよね。ただ、ミリアの場合は武器が特殊だから剣術ではフェイに勝てないんだけど。」
「メインに扱う武器は剣じゃない、と。」
「そうゆう事。その所為で剣術じゃ結構弱くなっちゃうんだけどさ。あたしの武器は大鎌だからねー。」
大鎌使ったら結構強いんだよーと、ふふんと自慢げに胸を張るミリアに視線を移し。
想像するアルトと慎。
――――――想像出来ない。
人間の想像力の限界を悟ったふたりであった。
「け、けど、大鎌をメインで扱うなんて珍しいな。」
「あーうん、あたしのうちがね。剣以外を扱う武器屋でさー。こんな御時勢だから売れ行きはあんまり良くないんだけど、昔ながらの老舗って言うの?装飾品とかでも結構買ってくれる人もいて生活には困らないんだけど、それの関係でねー。」
「………どんな関係だよ。」
「まあ、騎士団の人達は剣しか使わないけど。あたし的には剣以外も使うべきだと思ってるんだよ。」
「……それは同感だな。」
「あれ、あるちゃんももしかしてメイン武器は剣じゃない人ー?」
……口が滑ったな。
と心の中では思うが顔には出さず。
「いや、そうゆう意味じゃないよ。ただ、魔法で形状を変えたり出来るから剣で十分だ、という今の考え方には納得してないだけだ。」
「ふーん。だけど、そうだよね!他の武器にも良さってのがあるんだし、なんでその辺判んないんだろう。」
「まあ、コストの問題って奴があるからな。」
コスト?という表情でクライス以外はアルトを見る。
それを見て頭を抱えそうになった衝動を無理矢理抑えてクライスを見る。
それを見てクライスは苦笑を浮かべながら、
「まあ、簡単に言っちゃうと様々な武器を大量生産するよりも剣のみを大量に作った方がお金も技術面でも楽でしょ?いくら他の武器が優れてると言ってもそれだけの職人を大量に育てるのもなかなか苦労するもんだし。何よりもうちの国には優れた剣を作れる人は居ても他の武器を作れる人が少なかったってのもある。」
「それに、この学校みたいに剣術実技だけを徹底的に鍛えれば良くなる。別に頭が悪いって訳でもないんだ。」
「んー。でも納得いかないなあ。」
「と言っても、だ。他の武器の実用性というものを世に知れ渡せればまた変わるさ。」
「……緋色君、その知れ渡せる方法ってのは考えてあるの?」
フェイの言葉に、ふう、と一息付く。
少し饒舌になりすぎたかな、とアルトは思う。
だが、今は話す時じゃないし、何よりも彼女等に感謝はしていても信用はしていない。
ここは誤魔化すべきだろう―――、アルトはそう判断した。
「……俺だってそこまで考えがある訳じゃない。ただ、何らかの方法で出来ない事じゃないだろう?―――例えばミリアが戦場で大鎌の強さを見せ付ければ良い。魔法でコーティングされた大鎌モドキなんかよりも実際の大鎌のほうが強いって。」
「うあー。考えるだけで頭が痛くなるよぉ……」
「ははは、何も難しい事じゃあないよ。」
そう、難しくはない。技術と知識さえあれば。
魔法で剣にコーティングを施して使用する武器に出来ない事をさせればいいんだ。
コーティングされた武器を使用するには魔力と精神力を大量に消費させる。
常にその武器をイメージしなければならないし強度と形を維持する為に魔力も必要となる。
何よりもそれを使用している限りは他の魔法が使えない。
それを踏まえればいくらか方法はあるもんだ。
「力を付ければ自ずと結果は付いてくる、そうゆう事だ。」
アルトがそう呟けば昼食の時間は終わった。