001 魔法高校の異端者
(―――――ッッ!!)
全身から、毛穴という毛穴から――――冷や汗が流れ出る感覚に襲われる光景だった。
そんな状況でも周りから叫び声が発される事は無かった。
それもその筈である。
誰もが身体が動かないのだから。
(麻痺魔法、か)
その瞬間、首筋に刃が触れる感覚を感じた。
――――――、ゴトリ。
地面に落ちる音。
この騎士を最後にギルハバートの騎士は見事に全滅、大敗を喫したのだった。
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「―――――この時、グランディア騎士団が使った魔法は隠密系ハイドウォークと麻痺系パラシスセンスと言われている。」
カツカツ、とチョークを黒板に打ち付ける音が教室内に響く。
もう耳にタコっスよ、先生。
とでも言いたそうな顔をしてつまんなさそうに黒板を見詰める青年―――名前は緋色アルト。
此の世界にも此方の世界と同じように学校は存在する。
というよりも、全くと言って良いほど同じだ。
小・中・高、そして大学―――この四つだけだが此方の世界と同じ仕組みで進級、もしくは進学していく。
そして、アルトは現在高校一年生であり、今日は入学初日である。
(………それにしても、入学初日からこんな初歩的な歴史から入るのか。)
アルトはそう頭の中でひとり毒づいた。
アルトの思ったように今教師が行っている歴史の授業というのはこの世界では常識に近いものである。
―――――ギルハバートの悲劇と言われている此の戦争は世界の戦術を大きく変える切欠となった一戦だ。
今思えば何故あんなに効率の悪い戦術を採用していたのだろう、と首を傾げる軍師は山のようにいるものだが、実際、歴史というものはそうやって築き上げていくものである。
先人の行ってきたものを見ていけばそういった穴は沢山見付かる。
その穴を見付け変革した者は"偉人"として後の世に語り継がれていくものだ。
勿論、此のギルハバートの悲劇にもひとりの偉人が誕生した。
―――――ヒルドレイス・ウィル・ロックラン
剣士にも魔法を覚えさせれば戦術の幅は大きく広がる、とグランディアの騎士団に提言した天才軍師だ。
その時代、剣士は剣術の修行のみを、術者は魔法の修行のみをと言われていた時代であり、各々の役割を百パーセント達成する為、余計な事はしないと言うのがこの時代での定説だった。
だが、ヒルドレイスはその定説を変えたのだ。
今までの戦術では部隊の穴が大きすぎる。ならば――――。
そうして考えた結果、魔法剣士という存在が出来上がったのだ。
最初の頃は簡易魔法のみを一部の優秀な騎士にだけ教え、後に魔法剣士そのもので形成された部隊を作成。
そして、国全体の騎士という騎士が魔法剣士になっていった。
無論、他国もそれに見習い負けじと魔法剣士の教育に力を入れ始めた。
こうした国の軍事方針の結果騎士になる為には魔法を扱う事が必須条件になっていったのである。
(……迷惑な話だ。)
はあ、と隣の席の人間に聞こえるくらい大きな溜息をアルトは吐いた。
隣の席からマジマジといった興味本位剥き出しな感じの視線を感じたが丸無視。
元々、そんなに積極的に人と絡もうとしない主義なのだ。
「さて、ヒルドレイスの功績により現代の戦術は色々と試行錯誤し始められた訳だが……と、これ以上は入学初日に語るような内容ではないな。」
全くその通りだ。
と言ったような表情で頷くアルト―――。
見渡せば他にも数人同じような表情をしている人間がいるが、アルトからしてみれば少ない人数だと思った。
此の高校を選んでいるのに此の話を興味深く聞いているのは少々知識不足である。
「では、歴史の話は此処までにして…新入生の諸君。入学おめでとう。アンブレイ魔法高等学校は諸君等の入学を心より歓迎するよ。」
――――此処、アンブレイ魔法高等学校とはネオルターク大陸の北側に設立された軍直轄の魔法剣士育成学校である。
平たく言えばギルハバート騎士団養成所みたいな所だ。
「先程話した通り、我が国はグランディア騎士団によって壊滅的なダメージから逃れられないでいる。……ギルハバートの悲劇により優秀な人材を失った我が国は現在の戦力体制において他の国に比べ大きな差を空けられてしまっている。だが、諸君憂う事は無い!逆に全てを一から立て直す我等は立て直した時こそ新の実力を発揮するのだ!その時、我々と肩を並べて戦う優秀な騎士になってくれる事を私は君達に心から望んでいる。………頼りにしている。」
パチパチパチ、と教室中から拍手が溢れた。
まあ、形だけでもしておくか。
程度な気持ちで拍手をしている者も中にはいたのだが。
――――、無論アルトもその内のひとりだ。
正直国の為に頑張ろうという気持ちは一切ない。
自分が騎士を目指しているのは別の理由なのだから――――。
(それにしても、この教師―――名前はヴァン・ハーツ…だったかな。なかなか人の上に立つのが上手い人間だ。単純な人間なら此の話を聞いてやる気が漲る事だろう。……まあ、ギルハバート騎士団四番隊隊長という肩書きを持っているのだから当然と言えば当然か。)
なんて己の中でヴァンに対する評定を終えたところで今日一日のカリキュラムは終了した。
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アルトが此の学校を選んだ理由は大まかにふたつの理由があった。
ひとつは家が近かったから。
徒歩で五分圏内とはかなり楽な距離である。
ふたつ目は此の学校が優秀な学校だからである。
騎士団の四番隊隊長自らが教師として高校に滞在している辺り、国が此の学校に対する力の入れようが判るだろう。
まあ、こんなロクデナシが入学出来るとは思ってもみなかったのだが――――。
知識はかなり豊富ではあるが、技術は皆無に近い。
魔法は殆ど使えず剣術は嗜んだ事がある程度の技術なのだ。
自分で言うのも可笑しな話だが、良く騎士になりたいと思えたものだ。
とはいえ、戦闘能力が皆無な訳でもないのだが。
「よっ!アンタも帰り道はこっちなのか?」
アルトが物思いに耽っていると不意に声を掛けられた。
誰だ?こいつは、と思いながらも記憶からこの人物の顔を探してみる。
と、思ったよりも早くその答えは出てきた。
「……確か俺の席の隣、だったよな?」
「お。覚えてたのかー。いやあ、良かった良かった。話し掛けてみたものの覚えられてなかったらどうしようかと思ったぜ。」
セーフセーフ、なんて掻いても無い汗を拭うような仕草をしてアルトの方へ笑みを浮かべる。
………正直、鬱陶しい。
「アンタ。ヒイロアルト、だよな?俺は黒峰慎。慎って呼んでくれ。」
「………ああ。それじゃあ遠慮なくそう呼ぶよ。俺の事もアルトで構わない。……ところで、黒峰と言うと」
「ん?あー、アルトは博識なんだな。」
言われた通り慎はアルトの事をアンタでは無くアルト、と呼んで問い掛けに答える。
アルトもそうだが、緋色、黒峰は此方の世界で言う日本名だ。
此方では住んでる場所によって変わるのだが此の世界では少し意味合いが変わる。
「……博識も何も俺も"緋色"だ。―――、気付かなかったか?俺"a heretic"《能無し》だよ。」
そう、"a heretic"《能無し》…つまり無能力者の事を指す。
無能力者とは本来備わっている筈の体内にある魔力が無い為、魔法を使えない者の事。
魔法とは体内に存在する魔力と大気に存在するマナを練り合わせて発現させる。
魔法には大きくふたつの種類が存在する。
術式と呪文だ。
呪文は練り合わせた魔力を術者のイメージ―――つまり精神力によって発現させる。
術式に比べて比較的簡単に出来る為、魔法の基礎とされている。
世間的には呪文で魔力とマナを練り合わせる感覚を身に付け次のステップである術式に移行するパターンが多い。
だが、"a heretic"《能無し》の肩書きを持つ者は魔力自体が体内に存在しないので呪文でさえも発現させる事が出来ないのだ。
「へえ、アルトの緋色って"ヒイロ"じゃなかったのか。」
「まあ、《能無し》にしては珍しい名前ではあるからな。」
そうかそうか、とあまり深く考えていないかのように納得する慎を見て少しだけ気分が楽になったような気がした。
―――――否、気がしたじゃない。アルト本人は無自覚だった。
"a heretic"《能無し》である事を自然に受け入れてもらえた事がアルトにとって初めての経験だったから。
「ところで、だ。慎はなんで俺の名を覚えてたんだ?」
高校で自己紹介なんかしてなかったぞ?という視線で慎を見るアルト。
その視線に気付いた慎は「あっ……」という表情を見せバツが悪そうな表情で俯いた。
その表情を見たアルトは先程と変わって疑いの眼差しで慎を見る。
「………そんな眼で見んなよ。」
「怪しい真似をしてる御前が悪い。」
その言葉を聞いて「うっ」という呻き声が聞こえた気がした。
多分、気のせいではないのだろうけど。
「………まあ、その。なんだ。……聞いても怒るなよ?」
「話の内容による。」
ズバッ、と慎の言葉を切り捨て視線を益々キツイものにする。
その視線で心が折れたのだろう、恐る恐るといった表情で慎は言葉を発した。
「アルトと同じ学校だった奴が俺のダチにいて…ああ、そいつは"a heretic"《能無し》じゃねえんだけど。……そいつがアルトは"a heretic"《能無し》じゃねえけど"a heretic"《能無し》みたいな奴で魔法が使えないって教えてくれて……、んで俺と同じ高校に入学するって聞いたからよ。そいつから外見の特徴を聞いてな……そしたら、まあ、隣から溜息聞こえて見てみたら――――」
「噂の俺だったって訳だ。」
「悪ィ……。そいつもアルトの名前ちゃんと知ってなかったらしくて"a heretic"《能無し》だなんて思ってなかったみたいなんだよ。」
「………まあ、前の学校でそうゆう眼で見られていたのは薄々気付いてはいたが、良い気分はしないな。」
「…………ごめんなさい。」
いきなり弱々しい態度になった慎を横目でチラッと覗けば少し愉快な気分になった。
まるで怒られた大型犬のような奴だな、なんて思ってみて。
実際、慎は同年代にしてみては結構体格は良い方だった。
アルトは百七十三センチであり、慎はそれよりも大きい。
少なくとも百八十はあるだろうといったくらいだ。
ガタイもしっかりしていて魔法を扱わずに騎士になろうとしている努力を体で表している感じだ。
黒髪黒目で程好く焼けた肌―――漆黒の騎士なんてふたつ名が付きそうな外見だった。
対するアルトのガタイは然程悪くない。
慎に比べたら色々と物足りなさは感じるが、それでも無駄な肉がなくバランス良く筋肉が付いていて引き締まった体型だ。
赤髪に茶色い瞳、慎が漆黒ならばアルトは赫焉であろう。
「まあ、反省してるみたいだし。許してやるよ。」
「本当か!?」
ガバッ!という効果音が聞こえてきそうな勢いで慎は顔を上げた。
――――まるで、待てと言われて待ち続けてやっとの思いで餌を食べれる犬みたいな反応だ。
なんて思い至れば今度は耐え切れず思わず笑みが零れてしまった。
此の度はCheckmateを読んでいただき誠に有難う御座います。
二話目にして突然で申し訳ないのですが……
此の場をお借りして、この世界について少し補足を。
イメージとしては此方の世界とあんまり大差はありません。
唯、何処にいても色んな国の人がそこかしこにいるような感じです。
日本人もいればアメリカ人もいて、ロシア人もいればフィリピン人もいて……
なので、外見については誰が特殊なんてものは無いです。
後、今更ではありますが此方の世界とは作者達が住んでいる世界を現し、此の世界とは物語の世界を指しています。
判りにくい表現でしたら申し訳ございません。
指摘やら疑問に思ったところがあれば遠慮なく申してください。
直さなければならないような内容でしたら早急に直し、
今回のように補足が必要ならば此の場を借りて補足致します。
………本来ならば、補足が必要ないくらいちゃんとした文章を書ければいいのですがまだまだ未熟な故に多めに見ていただければ幸いです。
これからもっとクオリティを上げられる様独学では御座いますが此方も精進致しますので宜しくお願い致します。