010 行き付けの喫茶店の紅茶とコーヒー
慎とフェイの決着は割りと呆気なく終わってしまった。
あのまま膠着状態が続き結局フェイのガス欠と言う結果で終わった。
だが自身の全力を搾り出した結果であり一切手を抜かなかった状態での敗北な為、呆気なく終わろうがフェイの表情は晴れ晴れとしたものだった。
その表情が十人が見たら九人の男が恋に落ちてしまう程綺麗な笑顔で、事実野次馬と化していたギャラリーの大半は恋に落ちていた。
だが生憎と慎とアルトには効果がなかったようでふたりは「いい試合だった」や「また手合わせしようぜ」など純粋な賞賛の言葉を送った。
それを受けたフェイも笑顔で礼を言う。
そしてアルトとクライスに謝罪を述べた。
理由は試験に向けての特訓中だと知りながらも慎の剣士としての実力を垣間見たら居ても立っても居られなくなってしまった、特訓の邪魔をしてすまなかったといった具合だ。
それに対してアルトは実際に体を動かすのも大切に違いないが見て得る事もある。と然程気にしてない態度で対応し、クライスは先程の笑顔に少しやられてしまったのかしどろもどろになりながらアルトの言った言葉をオウムの様にただ繰り返すしか出来なかった。
頬が軽く赤くなって眼を合わせないクライスにフェイは若干首を傾げて怪しみ、アルトと慎は心情を悟り苦笑を浮かべるだけだった。
だが、此の一戦で一番成長したのは間違いなくミリアだった。
元々の素材は良く、大鎌という特殊な武器をメインに扱っている為、剣術では活かしきれていなかったが元は武器は違えど前衛タイプの人間である。
ミリアと慎の攻防を後半には完璧に見切れるようになっており、実際手合わせをしたら早々やられはしないだろう。
結果はミリアと同じくガス欠で慎の勝利は揺るがないだろうが、速さで言えば間違いなくミリアのほうが上なのである。
大鎌という武器は剣より遥かに大きく遥かに重い。
そんなのを振り回しながら前線で駆け回る脚力と腕力を持っているミリアの底力は意外と軽視出来ないものであったりする。
慎より速く、フェイより力があるといった位置だろう。
とはいえ、勿論慎より非力で、フェイより遅いのも間違いないのだが。
実際大鎌を使用した状態でふたりと手合わせしても敵わないのは眼に見えている。
それでも、ミリアは前ほど悩む事はない。
自身もまた此の輪の中に居ても大丈夫だと、そう自信を持てた。
慎とフェイの攻防を眼で完璧に見切れた時点で自分もまた平凡じゃないと思えるようになったからである。
ミリアは此の短期間の間で精神的にも技術的にも大きな成長を果たした。
*****
放課後、いつものように五人は行き着けと言い切れる程通い慣れた近くの喫茶店に集まった。
今日はそれぞれ私用があり喫茶店で集合という形を取っていた。
各々の私用というものはアルトは図書館で調べもの、慎はクライスを連れて試験対策の為に自主練習、フェイとミリアは今日の一戦の反省会を行っていた。
そんな訳で五人全員が集まり切ったのは六時過ぎとなり授業が終わってから一時間半という決して短くない時間が過ぎてからである。
一番初めに喫茶店に着いたのは慎とクライスだったがそれでも一時間程経ってからである。
まさか自分達が一番乗りだと思わずに驚いてしまった。
次にアルトが着いて最後にミリアとフェイで全員揃った。
「マスターあたしいつものちょーだい!」
「あ。あたしもいつもので!」
席に着くなりカウンターに居る店主に向かって叫ぶふたり。
それを受け取り笑顔で頷けば店主は紅茶とコーヒーの準備を始める。
ミリアは紅茶、フェイはコーヒーである。
「いつもの、って言えるほど此処に通ってるんだよね。」
ボソッ、とクライスが呟いた。
その言葉にその場に居る全員が首を縦に振り、神妙深い表情で店内を見渡す。
此の店に通い始めて一ヶ月程時間が過ぎた。
暦の上では今は五月の半ば辺りであり、中間試験は六月の上旬に行われる。
四月に入学してからここまで約一ヶ月、色々あったようななかったような、良く判らない感覚に襲われると自然と誰からでもなく笑みが浮かんだ。
「早いもんだなー。ミリア達と知り合ってからもう一ヶ月以上経つのか。」
そのまま笑みを浮かべたまま慎は言う。
「そーだよね。なんだかんだでもう一ヶ月。早いけど、もっと長く一緒に居た気分だよー」
「まあね。その気持ち判るわー。あたしも半年くらい一緒に過ごした感覚だもん。」
「本当にね。一緒のクラスになれて本当に良かったよ。」
うんうん、と三人は何度も頷きながら互いの言葉に同意する。
そんな三人を見ながらアルトは再来週から始まる試験についての話題を出す事にした。
「一ヶ月と言えばそろそろ中間試験だが、調子のほうはどうだ?」
ピシっ、と三人…否、その場に居るアルト以外の四人の動きが止まった。
各々苦手な科目が存在しどうしようかと悩んでいるところだった。
「そ、そういうアルトはどうなんだよ!」
「俺か? 魔法はどうしようも出来ないとしても学問でカバー出来るし…剣術も此処に入学してから毎日稽古させてもらってる。なんとかなりそうだが。」
再びピシっ、と四人は固まる。
「慎とフェイはそんな反応になるのは判るとしてミリアやクライスまでどうした?」
アルトのその発言に反論しようと慎とフェイは口を開けたが、発せられる言葉が見当たらなかった。
それもその筈である。
慎は魔法が使えない、フェイは魔法を苦手としてる。
学問はふたり供問題外だ、最早唯の剣術馬鹿である。
「うー。あたしは魔法の方は如何にか出来そうだけど、学問がボロボロ。…剣術は今日の昼に何か掴めた気がするから問題なさそうなんだけどね…」
「僕は、剣術がちょっと…。」
ミリアの言い分は確かに弱腰になっても仕方がないだろうと言った内容ではあった。
些か心配しすぎな感は否めないが。
しかしクライスに関しては疑問を感じずには居られない。
学問も魔法もクライスは優秀であり、剣術に関しても決して低い訳ではない。
なのに何故凹む必要があるのだろうか? と。
その答えは速く知る事になる。
「剣術試験って実技じゃない? だからさ、やっぱり剣を持って接近戦を繰り広げなくちゃいけないじゃん。…実はさ、接近戦怖くてやなんだよね。」
そこまで言い切ってクライスは深々と溜息を吐く。
それを聞いて凹んでる理由が判ったアルトはやはり苦い笑みを浮かべるしかなかった。